1-40 Coming out in the Moonlight
――目を覚ますと、泣きじゃくる仲間たちの顔が見えた。
――これは……俺は気を失っていたのか……。立ち上がれそうにもない。この感触は……膝枕か?……ああ、天音が膝枕をしてくれているのか。
「――雪渚氏!良かった……良かったですぞ……!」
「おォ!ボス!ボス!」
「夏瀬……ホント馬鹿なんだから……」
集合場所になっていた「I♡歌舞姫町」のネオンサインがあるビル前、そこから真っ直ぐ延びた通りのベンチストーンの端。俺たちはそこに座っているようだった。
「……悪い。心配掛けたな……」
不思議と刺された胸の痛みはない。天音が異能で治癒を施してくれたことは、日の目を見るより明らかだった。
「ううっ……うう……せつくん……!ごめんなさい……!私が……私が……もっとちゃんとしてれば……っ!」
「天音……」
「あの男を……ちゃんと殺すべきでした……!痛い思いをさせてしまって……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「天音が悪いわけじゃない。俺の不注意だ。ごめんな」
涙で瞼を腫らし、俺の頭を抱き締める天音。俺は天音に、言った。
「――天音」
「……はい」
「天音は……〈十天〉だったんだな」
「……はい」
天音は誤魔化すこともなく、素直に答えた。その言葉がすっと腑に落ちた。涙ぐむ日向が天音に声を掛ける。
「あまねえ……言うことにしたんだね……」
「はい、もうせつくんには誤魔化せませんよ」
「姉御……〈十天〉……だったのかァ……」
「ずっと非公開設定だった〈十天〉の第二席……天ヶ羽女史だったのですな……」
「せつくん……黙っていてごめんなさい」
――もっと早く気付けたことだ。蘇生の力なんて、正しく神話級異能としか言いようがないのだから。
「どうして言わなかった?」
――今思えば、〈神屋川エリア〉の城壁の外で、日向陽奈子と初めて対面したとき。日向は拓生の珍妙な出で立ちには言及して、天音のメイド服姿には何の疑問も抱かずスルーしたのもおかしかった。それは……〈十天〉として天音とは既に顔見知りだったからだ。
「――アタシが話すわ。いいわよね?あまねえ」
日向が涙を拭い、口を開く。天音がこくりと頷く。俺たちは、月明かりの下、日向の言葉に耳を傾けた。
「あまねえはね、〈十天〉の発足時から何十年も……ずっと〈十天〉の一員だったの。アタシや今のメンバーが生まれるずっと前からね。でもあまねえは病院に通い詰めて……『ずっと帰りを待っている大好きな人がいる』とだけ言っていたわ」
「それが……雪渚氏だったというわけですな」
「うん……。凄く悲しそうな表情をするから……夏瀬のことをアタシたちは詳しく聞けなかったけど、〈神屋川エリア〉で夏瀬、アンタを初めて見たときね。あまねえが夏瀬を見つめる目を見て、『あまねえが待ってた人が帰ってきたんだ』って思った。あまねえの異能に蘇生の力があるってのは知ってたしね」
「……姉御」
「あまねえが夏瀬に〈十天〉だって言わなかったのは、夏瀬に嫌われたくなかったからよ。〈十天〉なんて世界を崩壊させかねない力を持っている存在――そんな女の子、嫌われるかもしれないでしょ?」
「……そんなことで俺が天音を嫌うかよ」
「そうね。あまねえもそんなことはわかってたわ。でも、どうしても、また夏瀬が離れてしまうのが怖かったんだと思うの。だからあまねえは、夏瀬が目覚めた日に、アタシたち〈十天〉に、夏瀬の前では他人のフリをするようお願いしたの。だからアタシは〈神屋川エリア〉で、あまねえとは初対面のフリをしたの」
「……そうか」
「竹馬大学だっけ。槐ちゃんと樒ちゃんにも会ったでしょ?あの子たちもそうしたハズよ」
――〈十天〉・第十席――杠葉槐に杠葉樒……。
「そうだったんですな……」
「せつくん……いえ、皆さん……秘密にしていてごめんなさい」
「いや姉御……謝ることはねェだろォ……」
「全くですぞ!ばあちゃんの恩人が水臭いですぞ!」
「天音……心配性だな。大丈夫、俺はもう離れないから」
――俺の自殺は、未だ尾を引いている。こんな風に、世界の頂点に影響するまでに。
「はい、はい……!ごめんなさい……。もう隠していることはございません」
「そうか……」
「むむっ、待ってくだされ。となると天ヶ羽女史も雪渚氏と同じく神話級異能……ということになるのですかな!?」
「はァ!?拓生ォ!ボスが神話級異能だとォ!?」
「神話級異能……そうだったのね。いや……ニュースで観た夏瀬のスペックを考えると、不思議はないわね」
「そういや竜ヶ崎や日向に言ってなかったな……。で、天音、どうなんだ?」
「はい。〈聖癒〉――それが私の神話級異能です」
――ラファエル。ユダヤ教の四大天使やキリスト教の三大天使に数えられる大天使か……。
「ガッハッハ!よく考えてみりゃァ、さすがボスに姉御だぜェ!アタイの恩人が神話級じゃねェわけがねェもンなァ!」
「いや竜ヶ崎女史……その理論は意味不明ですぞ……」
しかしながら、竜ヶ崎の底抜けの明るさが場の重い空気を僅かに拭い去った。
「でもホント……深くは刺さってなかったのが不幸中の幸いだったわ。あまねえの異能で治るとはわかっていてもちょっと泣いちゃったじゃない!」
「悪かったって……」
「夏瀬、あまねえ……アタシもごめん。アタシが集合時間と集合場所を勝手に決めちゃったせいで……」
「計のあの感じなら遅かれ早かれだっただろ」
「はい。せつくんの仰るとおりです。日向さんが悪いわけではありませんよ」
「うん、ありがと。夏瀬、あまねえ」
「せつくん、こうなったからには私は〈十天〉・第二席の非公開設定を外します。そのほうが敵も近寄りませんし、せつくんも安全でしょうから」
「……そうか、わかった。まああれだ。天音が〈十天〉なのは驚いたが、だからと言って別に関係性が変わるわけでもねえ」
「おォ!そうだぜェ!」
「そうですな!」
「つーか日向悪いな。もう〈十天円卓会議〉始まってるだろ」
「ううん、いいわよ。どうせ定刻どおりに集まったことなんてないし、今やっと集まったぐらいの時間だわ」
「そうか。……よし、行くか!〈十天円卓会議〉!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈歌舞姫町エリア〉。俺たちはごく普通の、何処にでもあるようなチェーンのカラオケ店に足を踏み入れた。
「なァ陽奈子ォ。カラオケ店だろここよォ。こんなとこで〈十天円卓会議〉やるのかァ?」
「〈十天円卓会議〉の開催場所は〈十天〉しか知り得ないと言われてましたが……まさかカラオケとは思いませんでしたなぁ」
「もう!馬鹿なの?超大事な〈十天円卓会議〉をカラオケでやるわけないじゃない!」
そう言って日向は、受付――そのカウンターの内側に立つアルバイトらしき若い男性に声を掛ける。
「――〈十天円卓会議〉に来たわ」
「日向様に天ヶ羽様。お待ちしておりました。ご一緒の方々も〈十天円卓会議〉へ……?」
「鳳さんの指示でね」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
男が受付――カウンターの内側へと俺たちを招き入れる。男が奥の扉を開くと、ロッカーに机――従業員用の休憩室らしき、雑多にモノが置かれた空間が視界に飛び込んできた。バックヤードも兼ねているのだろう。
「行ってらっしゃいませ」
男は〈十天〉である日向や天音に敬意を示しつつ、恭しく頭を垂れ、扉を閉める。その白を基調とした休憩室の隅に、明らかに場違いな、女神を象った石像が置かれているのが目に留まった。日向がその女神像を指し示す。
「これよ」
「日向女史……これは〈翔翼ノ女神像〉ですかな?」
「オタクくん、よく知ってるじゃない」
「ですが通常のものと色合いが異なりますな?」
「〈十天〉だけが使える魔道具なのよ」
――魔道具。俺に神話級異能、〈天衡〉を授けたのは原初の魔道具――〈審判ノ書〉だった。その魔道具か。
「魔道具……そんなのあったな」
「夏瀬……『そんなの』ってアンタねえ……。まあいいわ。夏瀬のために解説してあげると、〈翔翼ノ女神像〉に触れると、特定の場所まで転移できるの。この〈翔翼ノ女神像〉は特殊仕様だけど、〈十天〉と同時に触れれば問題なくみんなも転移できるわ」
「ほう……ワープ装置ってわけか」
「まあそんなとこね」
「これで〈十天円卓会議〉に行けるわけですな!」
「おォ!やべェぞボス!また緊張してきたァ!」
「ふふ……竜ヶ崎さん、緊張しなくても大丈夫ですよ。取って食ったりはしませんから」
「天音……開き直ると怖いこと言うのな」
「ふふ……」
「さ、行くわよ。みんな、手を触れて」
日向の言葉を合図に、一斉に〈翔翼ノ女神像〉に手を触れる。
――この新世界の世界総人口十一億人――その頂点に座する世界上位十名――〈十天〉。
――俺の身体は不思議な感覚に覆われた。――と思ったのも束の間。次の瞬間、俺たちが立っていたのは、白一色の広い部屋だった。部屋の四隅には〈翔翼ノ女神像〉――例の女神像が置かれている。
そしてその部屋の中央には、大きな大きな白い円卓が置かれ、その円卓を囲うようにシンプルながら何処か高級感のある金と白の玉座が並べられている。頭の位置より高い背凭れが、引き締まった印象を与える。
目の前には、見知った双子の姉妹が二つの玉座を並べて座っていた。玉座の目の前――その円卓には、「Ⅹ」――ローマ数字で「10」を示す金色の刻印が彫られている。
姉妹の一方――左右非対称のウェーブがかったツインテールに白い着物に下は赤い袴――という和装の装いの少女が、こちらを一瞥する。
少女――杠葉槐は、桃色が大部分を占める桃色と水色のツートンカラーの、左右非対称のツインテールを微かに揺らしながらこちらに振り向いて、にこやかに言った。
「あら……またお会いできましたわね?」
「あ、ああ……」
――竹馬大学で出会った執事――黒崎影丸の主人。杠葉姉妹の姉――〈十天〉・第十席――杠葉槐。十四歳と聞くが……この子から感じる底知れない力は……。
「え、槐お姉様……駄目だよ。し、私語は慎まないと……」
そしてその杠葉槐を、オドオドとした様子で宥める妹。桃色と水色のツートンカラーの左右非対称のツインテールだが、姉とは対照的に水色が大部分を占める。ゴシック調のロリータドレスを身に纏い、両手にクマの縫いぐるみを抱えている。
――同じく〈十天〉・第十席――杠葉樒。如何にも気弱そうに見えるが……既に姉と同等の、底知れない力を感じる……。
そんな杠葉姉妹が座る二つの玉座の背後には、これまた見知った人物が優雅な仕草で控えていた。端正な顔立ちで、清潔感のある短い黒髪。格式高い、黒い燕尾服を着た男――黒崎影丸だ。
黒崎は俺たちを見ると、ぺこりと頭を下げた。知り合いである俺や拓生も、それに倣って一礼――会釈を返す。竜ヶ崎は、何処か緊張した面持ちで、遅れて会釈を返した。既に天音や日向は円卓に着席しているようだった。
大きな白い円卓には、杠葉姉妹の座席の目の前に掘られた「Ⅹ」と同様に、円卓の弧に沿って時計回りに、金色のローマ数字が彫られていた。「Ⅹ」から時計回りに、「Ⅷ」、「Ⅵ」、「Ⅳ」、「Ⅱ」、最奥に「Ⅰ」、「Ⅲ」、「Ⅴ」、「Ⅶ」、「Ⅸ」――そして再び「Ⅹ」へと戻る。
〈十天〉の席次で言うところの、偶数席次が俺から見て左側に、奇数席次が俺から見て右側に配置され、奥に往くに従って席次が高い者が座っているらしい。左手奥の「2」を意味する「Ⅱ」の座席には天音が、右手前側の「7」を意味する「Ⅶ」の座席には日向が座っている。
空間を満たす空気はあまりにも厳かで、人によっては失禁すらしてしまうのではないか――そんな、有無を言わせぬ緊張感があった。俺は小声で、隣で落ち着かない様子の拓生に耳打ちした。
「拓生、椅子貸してくれねーか」
「雪渚氏!?この空気の中、座るおつもりですとな!?」
拓生は声を殺しながらも、驚いた様子を見せる。俺がこくりと頷くと、拓生は渋々と、虚空からキャスター付きの椅子を取り出し、静かに杠葉姉妹の背後――その白い床に置いた。拓生に小声で感謝を述べつつ、場違いなその椅子に座る。
「……サンキュ」
隣に立つ黒崎がくすり、と笑ったような気がした。俺が座る、キャスター付きの事務感丸出しの椅子の背後に、拓生と竜ヶ崎が控えるように立つ。
――さて、〈十天〉の席次は、そのままこの新世界における順位を意味する。即ち、最奥の玉座――「Ⅰ」に座る人物が、この新世界において最強の人物……。
そして、俺たちの様子を静観していた「Ⅰ」に座る人物――つまり、〈十天〉・第一席のその男は、爽やかに告げた。
「――さて、揃ったね。〈十天円卓会議〉を始めよう」
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