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1-38 Hello, World!

 ニュースキャスターは重々しく、厳粛な声で言葉を継いだ。


『夏瀬雪渚はかつて、大学入試における共通テストで満点を獲得し、もう一人の天才と称された、現・〈天網てんもうエンタープライズ〉のCEOである五六ふのぼり一二三ひふみ氏と並び称される存在でした。当時のニュースでも「世界最高の頭脳」として二人は大きく報じられ、その名は全国に知れ渡っていました』


「――はァ!?ボス!どういうことなんだァ!?」


「竜ヶ崎……後で説明するから待ってろ」


「ばあちゃんから何度も聞いてはいたものの……規格外すぎますな……」


『その後の東慶とうけい大学医学部の二次試験では五六氏に次ぐ次席合格を果たし、将来を嘱望しょくぼうされていたにも関わらず、突如として消息を絶ちました。そして、更に十年後、相模湾さがみわんの海底から彼の白骨化した遺体が発見されるという、衝撃的な結末を迎えたのです』


 その報道に、天音や拓生の表情が曇る。竜ヶ崎は、全く事情を飲み込めない様子で、ニュースの画面から目を離さない。


『しかし、それから八十五年――夏瀬雪渚の名と同じ容姿を持つ男が、再びこの新世界に現れた……。この謎をどう捉えるべきなのか、世間の注目が集まっています』


 ――最悪だ。怒りもあったが……イキって竜ヶ崎龍に名乗ったのがあだとなるとは。冷静になって考えれば、絶対に偽名を使うべきだった。


『また、組長が倒された後、組織内での統制が崩れ、元幹部のリー蓬莱ホーライを含む構成員らは自首し、その過程で、これまで隠されてきた組織的な殺人や恐喝の証拠が発見されました。警察は、これらの証拠をもとに、関係者の捜査を進める方針です』


 ニュースキャスターは少し間を置き、落ち着いたトーンに戻る。


『突然の暴力団の崩壊に、地元住民からは「やっと平和が訪れるのではないか」との声が聞かれる一方、長年の恐怖から立ち直るには時間がかかるとの意見もあります。果たして、この街に本当の平穏が訪れるのか――今後の警察の捜査に注目が集まります』


 BGMがフェードアウトし、ニュースキャスターの声だけが残る。


『以上、ジパングTV(テレビ)の高橋がお伝えしました――』


「おォい待て待て!『お伝えしました』じゃねェ!待ってくれよボス!どういうことだよ!」


「まあ隠すつもりもなかったが……話そう」


 すると俺のスマートフォンが着信音と共に着信画面を表示する。その画面に映し出されたのは「五六 一二三」という文字列。更に続け様に、「日向 陽奈子」からの着信画面を表示した。


「五六氏に日向女史……このタイミングとなると……ニュースを観て、ということでしょうな……」


 取り敢えず一二三からの着信に「応答」した。その直後、電話越しの親友――一二三は凄まじい勢いで俺をまくし立てた。


『――雪渚!お前か!〈竜ヶ崎組〉を潰したのは!』


「あー、その件だよな……」


『顔を見て話がしたい。今何処(どこ)だ?テレビに繋げるか?』


「あ、ああ……」


 テレビにスマホの画面を投影する。ビデオ通話に切り替わったその画面には、先日訪れたばかりの〈天網エンタープライズ〉――その社長室の椅子に座る、スーツに白衣を羽織った姿の端正な顔立ちの男――五六一二三が映し出された。一二三はスマートな印象の眼鏡をクイッと持ち上げ、神妙な面持ちを浮かべている。


『雪渚……お前な……。お前が大人しくしているとは思っていなかったが暴れすぎだ――』


 そのとき、再び画面に「日向 陽奈子」からの着信画面が表示された。リビングに着信音が鳴り響く。


『む?なんだ着信か?』


「〈十天〉の日向だ。同時に繋いでいいか?」


『日向さんだと……!?CMを依頼したことがある、顔見知りだ。恐らく用件も俺と同じだろう』


「……そのようだな」


 「応答」すると、二分割された画面――その一二三の隣に、風呂上がりなのだろう、桜色の毛先の長い金髪をタオルで乾かしている女が映った。その女――日向は画面が映るやいなや、頬を膨らまして不満げに俺に言い放つ。テレビに内蔵された、カメラを意味するランプが赤く点滅する。


『ちょっと夏瀬、アンタ!アタシの電話を無視しないでよ!』


「おー悪い悪い」


『……ってか、五六くんじゃない。CMのときはお世話になったわね』


『ああ、日向さん。雪渚と知り合いだったか』


『〈神屋川かやがわエリア〉でね……って、そう、その件よ!ニュース観たけど、夏瀬!アンタ何者なの!?』


「おォ!そうだァ!アタイもそれが聞きてェ!」


『……ん?君は……』


「アタイは〈神屋川エリア〉の一件で〈神威結社〉に加入した竜ヶ崎巽だァ!」


『そうか……。竜ヶ崎……ということは竜ヶ崎龍とやらの親族か?』


「おォ……アタイの兄貴だァ……」


『そうか……。事情は聞かないが雪渚についていく判断は賢明だろう。俺の無二の親友だからな』


「ガッハッハ!ボスをよくわかってるじゃねェかァ!つーか天プラの社長さんは……ボスと親友だったんだなァ!」


『いやいや竜ヶ崎ちゃん……そこじゃないわよ。なんで八十五年前に自殺したはずの夏瀬雪渚が生きてるの!?』


『いや……日向さん、それは君だからこそわかるはずだ』


『えっ……?……って、まさか!あまねえ……!』


 ――「あまねえ」……?天音のことか?


「――私の異能の一つに、蘇生の力があります。無論、その力ゆえ、ほとんど一度きりの奥義のようなものですが」


「蘇生……それで雪渚は生き返ったってわけかァ……?」


『その通りだ。天ヶ羽さんはその力を、愛する雪渚のために、自身が壊れることを承知の上で使った』


『じゃああまねえ……じゃなくて天ヶ羽さんが夏瀬を生き返らせて……!それじゃあ夏瀬は……!』


「そうだな……ニュースの通りだ。俺は本来、この新世界の人間じゃねえ。天音がくれた二度目の人生だ」


「この世界に異能が確認されるようになって、私が授かったこの力は……絶望の中、その生涯を閉じてしまったせつくんと、もう一度だけ話すチャンスを神様がくれたのだと私は考えました。私は今、せつくんとこうしてまたご一緒できることが、何よりも幸せです」


「待ってくれ姉御……!なんでボスはそもそも自殺なんか……!」


「この際だ。今思えば大した話でもねえ。聞いてくれ」


「夏瀬……その話……アタシも聞いてていいの?」


「……ああ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――そして俺は、八十五年前、何が起こって命を絶ったのか、これまで何があったのか、余すことなく全てを打ち明けた。全ての事情を知る一二三や天音は静かにその話を聞いていた。


「――というわけだ」


「……そういうことだったのですな」


「うおおおおぉいおいおいおい!ボスも姉御も苦労したんだなァ!」


 泣きじゃくる竜ヶ崎の頭を天音が優しく撫でる。


「拓生のばあちゃんも良かったなァ!ボスに会えてよォ!」


「いやはや……雪渚氏と出逢えたのも運命ですな。そうして泣いてもらえると、ばあちゃんも喜びますぞ」


『……そうだったのね。アタシは両親に愛されて育ったから……夏瀬の気持ちをちゃんと理解してはあげられないけど、頑張ったのね』


 日向は悲しそうにうつむきながら、俺になぐさめの言葉を掛ける。


 ――「頑張った」。その言葉一つで、どれだけ救われることか。


「……ありがとう」


 ――だが、日向は〈不如帰会ほととぎすかい〉によって家族や親友を惨殺されたと聞く。その苦しみは、俺の比ではないのだろう。


「ボスはアタイに『報われていい』なんて言ってくれたけどよォ!報われるべきはボスじゃァねェのかよォ!」


『……その通りだ。何度も言うようだが……雪渚、お前は報われるべきだ。御宅くんに竜ヶ崎さん――良い仲間に恵まれたことを……俺は嬉しく思う』


 画面の中の一二三は涙ぐんでいた。俺が今幸せにやっていることを、一二三は心から喜んでくれている。そのことを強く実感した。窓から差し込む夕暮れの光は、リビングを温かく包み込むようだった。


「天音と一二三がいてくれたからこそだ。お前らには感謝してもしきれねーよ」


『……なに、親友のためさ』


『……夏瀬、アンタ、いい友達と彼女に恵まれたわね』


「……全くだな」


『……さて、悪かったな雪渚。時間を取らせた』


「いや、問題ねーよ。どうせ竜ヶ崎にも話そうと思っていたところだ」


『だが忠告しておくが、今回の報道で夏瀬雪渚の名は世界に広まった。俺と並んで紹介された上に世界二十位のクラン――〈竜ヶ崎組〉を壊滅させたとあってはな。この異能至上主義の新世界で注目を集めることの危険性は……言うまでもないだろう』


「おいおい一二三、お前の親友はそんなにヤワか?」


『はっ、流石雪渚だな。杞憂きゆうだったようだ。じゃあ、またな』


「ああ」


 俺の返事に静かに頷いて、一二三との通話が切れた。画面に残った日向が、思い出したように言った。


『――あ!夏瀬!あともう一個、話があったの!』


「なんだ?」


『〈十天円卓会議サミット〉!アンタもやっぱ来なきゃいけないわよ?』


「マジか。いつだ?」


『急で悪いんだけど……明日の夜、二十時に〈歌舞姫町かぶきちょうエリア〉よ。詳細はDMで送るわ』


「おォ!ボスが〈十天円卓会議サミット〉に出るのかァ!」


「〈十天〉と円卓を囲むなんて……とんでもないことですぞ!」


『何言ってるの竜ヶ崎ちゃん、オタクくん。……あと天ヶ羽さんも。アンタたちも参加するのよ?』


「あァ!?なんでだァ!?」


『当事者なんだから当然でしょ?第一席のおおとりさんが、みんなからきちんと話を聞きたいって言ってるわ』


「やべェ!ボス!緊張してきたぞォ!」


「ちょ……まずいですぞ!〈十天〉の面々といきなり……!」


『そんな緊張することはないわよ。まあ、ちょっとだけ……いや、だいぶ変人ばっかだけど』


 ――この新世界の頂点――世界上位十名――〈十天〉か。厳密には、竹馬ちくば大学で出会った黒崎影丸の主人である杠葉ゆずりは姉妹が第十席に座するため十一人いるわけだが……。


「そう言えば日向、〈十天〉の第二席だけは非公開設定だったよな?そいつも来るのか?」


『あー、えーと、そうね……。来るかわかんないけど』


 嫌に歯切れの悪い日向。その言葉が、何処どこか引っ掛かる。


「なんだそれ」


『えっと、いや、来るのは来るんだけど……なんというか……』


「おォ?そういやァ、〈十天〉の名前は〈神屋川エリア〉の外に出る度よく聞いていたがよォ。第二席だけは誰も名前も知らねェよなァ」


「そうですなぁ。同じ〈十天〉の面々ならばご存知なのでしょうが、〈十天〉ほどの強さで非公開設定というのもに落ちませんからなぁ」


「そうですね。もしかすると、第二席の方にはそうせざるを得ない特殊な事情があるのかもしれませんね」


『……まあいいわ。明日の夜はアタシと待ち合わせして〈十天円卓会議サミット〉に向かいましょ。〈十天円卓会議サミット〉が行われる場所には〈十天〉しか行けない造りになってるから』


「わかった……が、明日の夜は別に予定があってな。遅れたら悪い」


『そうなの?わかったわ。そのときは連絡してね』


「ああ。じゃあ日向、明日はよろしく」


「うん。じゃあね」


 画面が暗転する。普段通り落ち着いた様子の天音とは対照的に、〈十天〉と相対するとなって緊張した面持ちを浮かべる拓生と竜ヶ崎。これが正常な反応なのだろう。


「まずいぞボス!〈十天〉と会うなんて緊張するじゃねェかァ!」


「まずいですぞまずいですぞ!小生、臭くないですかな!?」


「いや待て拓生ォ!アタイらがこんな調子じゃァボスの股間こかんに関わるぞォ!」


「『沽券こけんに関わる』だろ。なんで俺の股間が関わってくるんだよ」


「ふふ……」


 口元を抑えて可愛らしく笑う天音。夜が、徐々に更けてゆく。

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