1-37 水底よりニュース速報
――〈神屋川エリア〉を後にした俺たちは、エクスプレスへ乗車し、〈オクタゴン〉への帰路に着いていた。右隣の席に座る竜ヶ崎が俺に半泣きで縋り付く。
「なァボス……アタイ捕まったりしねェかなァ……?罪のねェ人たちから金を奪っちまったしよォ……」
「お前のカツアゲはまあ……良くはなかったが……。だが〈神屋川エリア〉で起こった十六年間は今回の件で世に出る。事情と住民たちの証言もあるし罪に問われることはないだろうが、まあ奪った金は返すべきだろうな」
「おォ!当然だァ!ちゃんと謝って……色付けて返してくるぜェ!」
――〈竜ヶ崎組〉の事務所の金庫には、竜ヶ崎巽が集めた金が蓄えられていたようだ。その金は、きっちり回収し、今は拓生の異能によって亜空間に収納されている。
「つーか竜ヶ崎、お前は結局どうやって城壁の外に出てたんだ?」
「あァ?なんだァ、それなら壁をこう……タタターって駆け上がンだよォ!」
「できるか……」
――コイツ……あの兄の妹と言うだけあってか、やはり身体能力がイカれてるな……。
「ねー夏瀬、アンタ……なんでアタシだけオタクくんと後ろの席なのよ」
後方の席から、日向が俺の頭をぺしぺしと叩いて不満を垂れる。俺の左隣では、天音が優雅にその光景を見守っている。
「仕方ないでしょう日向さん。他のお客様も多いことですし、竜ヶ崎さんも『ボスの隣がいい』と言って聞かないのですから。当然逆サイドは私ですし」
「おォ!姉御とアタイでボスの両端は埋まってんだァ!〈十天〉だからと言って陽奈子の席はねェぞォ!」
「お前……天音のこと姉御って呼ぶのな……」
「おォ!ボスの女なら『姉御』だァ!」
「てかオタクくんのお腹が場所取って狭いのよ!」
「フフフ……小生の腹には夢と希望が詰まっていますからな!」
よくわからないことを自慢げに言う拓生に溜息を吐き、諦めた様子の日向が座席の上から俺に再び話し掛けた。
「ていうか夏瀬、アンタ、次の〈十天円卓会議〉に呼ばれるかもしれないわよ?」
「なんで〈十天〉の集まりに俺が出張らなきゃならないんだ」
「アンタも言ってたけど今回の〈神屋川エリア〉の件、ニュースにもなるでしょ。そしたらアンタ、今回の事件解決の立役者じゃない。アタシは竜ヶ崎龍に事実上負けたわけだし、アタシの尻拭いをしたアンタにも〈十天〉から話があると思うわ」
――〈十天円卓会議〉。杠葉姉妹や日向陽奈子を含む、世界上位十名が集まる円卓会議。〈十天〉の面々の面を直接拝めるなら、悪くない機会か。
「そうか、まあそのときは呼んでくれ」
「わかったわ。ほら、SSNSのID教えなさいよ。連絡先交換しておくわよ」
「あいよ」
申請欄に表示される、「@hinateras」というIDの日向陽奈子のアカウント――そのプロフィール画面には、フォロワー数四億という、異様としか言えない数字が並んでいた。
「はは……『#ぶっ壊れギャル』か……」
「ちょっと夏瀬、その異名恥ずかしいんだからやめてよねっ!」
日向は照れ臭そうに、後部座席に身を潜める。周囲の乗客たちが異様に騒めき立っているのも、日向の知名度を考えれば当然なのだろう。
『――まもなく、真宿駅。真宿駅に到着します。お出口は右側です。列車とホームの間が空いているところがありますので足下にご注意ください――』
車内のアナウンスが、〈オクタゴン〉のある〈真宿エリア〉への到着を報せる。エクスプレスがゆっくりと停車すると、俺たちは立ち上がった。
「じゃあ日向、俺たちはここだから」
「ええ、〈十天円卓会議〉のときは連絡するわ」
「ああ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈オクタゴン〉。リビングに足を踏み入れる。一日ぶりだと言うのにも関わらず、久々に帰った感覚のある我が家は、何処か温かく俺たちを出迎えた。
「――よし竜ヶ崎、今日からここがお前の家だ」
「おォ!まさかここに住むことになるとはなァ!」
「そう言えば竜ヶ崎女史……一昨日の晩に雪渚氏を襲いに来てましたな……」
「部屋は拓生の隣辺りで良いだろう。ほれ、カードキーだ」
天音から受け取った二〇六号室の部屋のカードキーを竜ヶ崎に手渡そうとすると、竜ヶ崎は不満そうに口を開いた。
「待ってくれよォボス!アタイが隣じゃねェとボスに何かあったときに身を守れねェだろォがァ!」
「隣はもう埋まってんだよ。あと俺に何かあったとき身を守るってお前……俺に二度負けてるの忘れたか?」
「おォ……!それを言われちゃ適わねェよォ!」
「よし、行け」
「おォ!了解だぜボス!」
竜ヶ崎は俺からカードキーを受け取り、スーツケースを両手で持ち上げながら意気揚々と階段を駆け上がっていった。
「いやはや……竜ヶ崎女史は完全に雪渚氏に懐いてしまいましたな……」
「御宅さん、せつくんに従順なのは素晴らしいことですよ?」
「天ヶ羽女史も大概ですな……。とは言え竜ヶ崎女史が雪渚氏に刃向かっていたときのことを考えると、どうも現実感がありませんな……」
「それほど竜ヶ崎さんもせつくんに恩義を感じているということでしょう」
二人を横目にソファに腰掛け、スマートフォンの〈世界ランク〉アプリ――そのソロランキングのページを開く。
――――――――――――――――――――――――
Solo Ranking
1.【天】鳳 世王
2.【天】――非公開――
3.【天】飛車角 歩
4.【天】徒然草 恋町
5.【天】大和國 綜征
6.【天】噴下 麓
7.【天】日向 陽奈子
8.【天】銃霆音 雷霧
9.【天】漣漣漣 涙
10.【天】杠葉 槐
10.【天】杠葉 樒
12.【極】大和國 終征
13.【極】幕之内 丈
13.【極】冴積 四次元
15.【極】馬絹 百馬身差
15.【極】猿楽木 天樂
15.【極】霧隠 忍
15.【極】庭鳥島 萌
19.【極】――非公開――
20.【極】――非公開――
↓
――――――――――――――――――――――――
――ソロランキングは変化なし、か……。結局のところ最上位には〈十天〉、次いで〈極皇杯〉の昨年のファイナリストが名を連ねている。
非公開設定にしていても、自身の名前だけは表示されるようになっている。ページを下にスクロールすると、自身を示す「You」の表示が見つかった。
――五十四位か。竜ヶ崎龍を倒したからか……かなり上がったな。
最上位に日向や杠葉姉妹の名もあることを確認しながら、俺は次にクランランキングのページを開いた。
――――――――――――――――――――――――
Clan Ranking
1.【S】――非公開――
2.【S】高天原幕府
3.【S】不如帰会
4.【S】警視庁
5.【S】鉛玉CIPHER
6.【S】ワルプルギスの夜
7.【S】尋常機関
8.【S】X-DIVISION
9.【S】赫衛
10.【S】天網エンタープライズ
11.【A】炎自警団
12.【A】海軍
13.【A】――非公開――
14.【A】NO BORDER
15.【A】――非公開――
16.【A】弱酸マスカレード
17.【A】オラクル・コーポレーション
18.【A】陸軍
19.【A】――非公開――
20.【A】空軍
21.【A】神威結社
↓
――――――――――――――――――――――――
「お」
「どうしましたか、せつくん」
天音と拓生が俺のスマートフォン――その画面を覗き込む。拓生が目を丸くして、大袈裟に跳び上がった。
「――に、に、に、二十一位ですと!?」
「御宅さん、驚くことはないでしょう。せつくんがクランマスターを務めるのですから、寧ろこれからと見るべきです」
――天音が俺を過大評価しすぎているのはさておき、これは……ソロランキング以上の上がり幅だな。元々世界二十位にランクインしていた〈竜ヶ崎組〉を壊滅させたためか。
「ほ、本来はランクアップの度に昇格戦があるものですぞ……。いきなり〈竜ヶ崎組〉なんて超強豪クランを壊滅させたものですから……それもすっ飛ばして順位も大きく上昇したのですな……」
「せつくん、次に倒すべきは空軍のようですね」
「いや戦わねーよ?なんだ空軍倒すって」
「ふふ、冗談です」
「ははは……」
――笑えるか。
「ですがニュースになることも考えると……これは一気に〈神威結社〉の名が広まりますな……」
「ふむ……」
――気になるのは三位の〈不如帰会〉。日向の家族や親友を惨殺したというカルト集団。日向に配慮してか、ネット上ではその件に関する情報は見当たらなかった。
「この〈不如帰会〉……犯罪集団がランキング入りしているのはそもそもどうなんだ?管理している世界六国からはお咎めなしか?」
「そうですね……。もちろん、犯罪を犯せば警察が動くのですが……結局のところこの新世界は異能至上主義……。異能が強ければそれが正義……というのがこの新世界の理ですから」
「小生らにとっては当たり前でありますが……。確かに……異能が存在しない時代を知っておられる雪渚氏にとっては違和感があるのも当然ですなぁ……」
「成程な……」
ガラス製のローテーブルの上に置かれたリモコンを手に取り、テレビ台の上の百インチの液晶テレビの電源をつける。その画面には、正に俺たちが当事者となった事件が映し出されていた。ニュースキャスターの厳粛な声が、リビングに響く。
『――十六年間に亘り、〈神屋川エリア〉の街を恐怖に陥れていた暴力団の闇が、ついに明るみに出ました』
ニュースキャスターは少し間を空けて、深刻な雰囲気を強調するように言葉を継いだ。ソファに座った拓生、俺の背後で佇む天音もそのニュースを静かに見守っていた。
『〈竜ヶ崎組〉は、住民や商店主に対して毎月多額の見ヶ〆料を強要し、拒否した者には容赦ない制裁を加えていたことが判明しました。証言によると、暴力だけでなく、反逆する者の命を奪うなど、街全体を支配するかのような行為が繰り返されていたと言います』
「――ボス!片付けが終わったぜェ!」」
リビングの奧――エレベーターの隣の階段から竜ヶ崎が顔を出す。竜ヶ崎はテレビを視界に捉えると、深刻な表情で、その画面に釘付けになっていた。画面から、重く静かなBGMが流れる。
「早速ニュースになってますな……」
「まあ……出頭した李や構成員たちの証言もあるだろうからな」
『しかし昨日、〈竜ヶ崎組〉の幹部であった李蓬莱らが出頭、その証言により、〈竜ヶ崎組〉・組長――竜ヶ崎龍が〈神威結社〉の夏瀬雪渚によって倒されるという事件が発生したことが判明。この異能戦を機に、長年隠されていた犯罪の実態が次々と明るみに出ることとなりました』
李蓬莱や竜ヶ崎龍の顔写真が画面に映し出される。それは、この事件により一層のリアリティを齎した。
「せつくん……これ、まずいのでは……?」
「え……?あ……」
「どういうことですかな?」
「せつくんの実名が出るということは――」
天音の言葉を遮るように、BGMが僅かに高まり、緊迫感が増す。
『警察の調査や出頭した〈竜ヶ崎組〉の元構成員ら、住民らの証言によって共通して挙げられた「夏瀬雪渚」という名の人物。彼の存在が、この事件の最大の謎となっています』
ニュースキャスターは、少し間を空け、より慎重な口調で言葉を継ぐ。その百インチの大きな液晶に、白いボサボサの髪に、茶色のレンズが入った金縁の眼鏡、ギザギザの歯の青年の顔写真が映し出される。当時の学生証の写真だろうか。その表情はあまりにも暗い。
『驚くべきことに、この夏瀬雪渚という名前――それは、今から八十五年前に自殺し、相模湾の海底で、白骨化した遺体で発見された青年と同姓同名であることが判明しました。さらに、複数の住民の証言によれば、彼の容姿もまた、記録に残る夏瀬雪渚と完全に一致しているというのです』
「あァ?どういうことだァ?」
「誰が『最大の謎』だ……。不味いな、大事になり過ぎた」
「いくら異能とは言え……『蘇生した』なんて通用しないでしょうからね……」
ニュースキャスターの厳粛な声だけが響くリビングで、チクタク、チクタク――という時計の針の音が、耳を劈くほどに五月蝿く聴こえた。
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