1-31 各個撃破
――静かなプレハブの街。その中心地――〈竜ヶ崎組〉事務所へと至る道中。俺たち〈神威結社〉は雨降る二車線の車道の上を歩いていた。
「日向女史はどうなったんでしょうなぁ……」
「〈十天〉か……」
――〈十天〉――神話級異能を持つ、この新世界における世界上位十名。大陸を動かしたり一国を滅ぼしたりできるレベルの連中だと聞く。簡単に負けるとは思えないが……。
眼前に見える環状の車道――ロータリーの中心に建つ二階建ての〈竜ヶ崎組〉事務所から、戦闘中と読み取れるような音は聴こえてこない。
ロータリーの車道上に、黒塗りの高級車が一台停まっている他は、〈竜ヶ崎組〉の構成員らしきスーツ姿の屈強な男たちが大勢倒れて呻き声を発しているだけだ。
すると、そのロータリーに二人だけ、立っている男女の姿が見えた。一人は浴衣姿の、眼鏡を掛けた長身の男性。もう一人の若い女性は、浴衣姿の男に包丁を向けている。
「――夫の仇よ!」
「……いけませんねェ」
ねっとりとした口調で話す浴衣姿の黒髪オールバックの男。彼は、女性が突き付けた包丁を素手で叩き落とした。
「……あっ」
「反逆の目は摘まないといけませんよねェ……。今日の見せしめは貴女で決まりですねェ……」
すると、眼鏡を掛けた浴衣姿の男の下半身が突如として変貌した。文字通り、男の下半身がタイヤに変わった。男は乗用車のタイヤ大のその下半身を回転させながら、ブルンブルンとバイクを空ぶかししたような音を響かせた。
「い、いやっ……!」
「轢き殺してあげましょうねェ……」
男が急発進し、腰が抜けてしまった女を轢こうと動いた、正にその瞬間。強烈な蹴りが浴衣姿の男の胸に炸裂した。男は物凄い勢いで飛ばされ、白いプレハブ住宅の壁に激突した。
「……成程成程。貴女方が組長の仰っていた羽虫ですかァ……」
浴衣姿の若い男はニヤリと笑いながら立ち上がった。そしてその男に蹴りを喰らわせた張本人――メイド服姿の白いウルフカットヘアの美女――天ヶ羽天音は、ニコッと笑って、男を挑発した。
「一輪車の分際で車道を走るんですね」
「……フフフ……面白いですねェ!」
「今のうちに逃げてください」
「は、はい!ありがとうございます……っ!」
天音は、背後の腰を抜かした女に声を掛けた。女は感謝の言葉を述べつつ、慌ててその場を走り去っていった。
「天ヶ羽女史……あんなに強かったのですな……。まるで雪渚氏の昨晩の戦いを彷彿とさせますぞ……」
――天音は普通の女の子だ。異能も回復特化。戦闘向きではないハズだが……。
「――せつくん、私の心配をしてくれていますよね?」
「……ん?あ、ああ」
「大丈夫です。こんな時代ですから、いつでもせつくんを守れるように、鍛えてはいたつもりです。最低限の戦力にはなるかと」
「……そうか。……よし、天音。作戦はシンプル――『各個撃破』だ。頼むぞ」
「かしこまりました。せつくんと御宅さんもご武運を」
天ヶ羽天音は、事務所内へと突入する二人の姿を見送った。その瞬間、急発進した浴衣姿の男が、時速百二十キロの世界の突進を繰り出した。
――その突進を、天ヶ羽天音は軽く身を傾けることで避けた。彼女の背後で、浴衣姿の男は彼女へと向き直り、告げた。
「〈竜ヶ崎組〉・三幹部が一人――計大車輪です。エリア全体に敷かれた車道……私のフィールドの上で、轢き殺してあげましょうかァ……」
天音は、右足を斜めに引き、左足の膝を軽く曲げ、メイド服のスカートの裾を指で摘んで頭を下げた。所謂、カーテシーと呼ばれる貴族社会の挨拶法だ。
「〈神威結社〉の天ヶ羽天音です。因みに一輪車は歩道も走行禁止ですよ?」
そして天ヶ羽天音は、車道の上を突然駆け出した。〈神屋川エリア〉の外周――城壁へと向かって。凄まじいスピードで。
「――は?敵に背中を向けて逃亡ですかァ……!?逃がしませんよォ……!」
計がそれを追う。ブルンブルンと音を鳴らしながら。凄まじいスピードで。
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――一方、雪渚・拓生サイド。雨風に晒され、汚れたコンクリートの外壁。その二階建ての建物――〈竜ヶ崎組〉の事務所へと突入した。
その一階フロアの中心に、全自動麻雀卓が置かれていた。つい先程まで賭け麻雀でもしていたのか、麻雀牌や金貨が麻雀卓の上に放置されたままだ。
――そして、窓際に一人の茶髪の女が立っていた。赤く妖艶なチャイナ服に身を包み、チャイナ服の裾から片脚が露わになっている。
頭の両サイドに結んだ二つの団子の上から白いシニヨンカバー――団子状に纏めた髪に被せる飾りを着けた、糸目の女。触覚のようになった髪で小顔効果を演出している。
「你好」
「雪渚氏……恐らく、幹部ですぞ……」
「……だろうな」
「挨拶を無視する。良くないアルネ」
女はゆっくりとこちらに歩み寄る。その女の所作には、何処か軽やかさが感じられた。
「計サンから聞いてるアル。羽虫アルネ。〈竜ヶ崎組〉に楯突く。阿呆アルカ?」
「――雪渚氏!ここは……ここは……小生が……!」
拓生の脚はガクガクと震えていた。恐怖するのも無理はない……そんな妙な圧が、その女にはあった。
「……そうか。拓生、任せるぞ」
「早く行ってくだされ!竜ヶ崎龍を潰せるのは、雪渚氏だけですぞ!」
拓生の言葉に小さく頷き、手に掴んだモノをポケットに仕舞い、夏瀬雪渚は階段を駆け上がった。御宅拓生とチャイナ服の女――二人だけとなった〈竜ヶ崎組〉・事務所の一階。赤いチャイナ服の糸目の女は、感心した様子で言った。
「その勇気……好ネ」
「お褒めに預かり光栄ですな……」
「〈竜ヶ崎組〉・幹部――李蓬莱アル」
「〈神威結社〉所属!商人の御宅拓生ですぞ!必ず!勝ちますぞ!」
そう意気込む御宅拓生の両脚は、恐怖でガクガクと震えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈竜ヶ崎組〉事務所、二階。扉を開くと、血塗れの異様な空間が俺を出迎えた。壁際には日本刀が仰々しく飾られている。
部屋の奥の黒い革製のデスクチェアには、金髪のオールバックの大柄の男が座っている。二メートルはあるであろう体格。白いスーツを上裸の上に羽織り、はち切れんばかりの筋骨隆々の肉体が覗いている。サングラスを掛けたその強面の男は、紙煙草を咥えながら、座ったまま、言った。
「今日は羽虫がよく湧く日だな……」
「組長さんか?」
「ああそうだ。〈竜ヶ崎組〉・組長の竜ヶ崎龍だ」
「そうか、俺は〈神威結社〉の夏瀬雪渚だ。お前を潰しに来た」
チクタク、チクタク――時計の針の音が耳を劈くほどに聴こえた。竜ヶ崎龍は眉間に皺を寄せ、怒りを露わにした。
「『お前』……?貴様……誰に口利いてやがる……?」
「お前だよお前」
「イキがるなよ小僧が……!」
「……ううっ」
背後から呻き声が聴こえた。背後に目をやると、金髪ツインテールのへそ出しファッションの女――〈十天〉・第七席――日向陽奈子が腹部を苦しそうに抱えて横たわっていた。
「なんだ、〈十天〉じゃないか。やられたのか」
日向の隣には、首から上がぐちゃぐちゃに潰された、顔のない遺体が仰向けに横たわっていた。スーツ姿から構成員かと推察できる。
「……情けないとこ見せちゃったわね」
「世界上位十名の一角が負けるか……。まあ事情があったんだろ。深追いはしねーよ」
「……そう。――って、後ろ!」
日向の声に反応し、瞬時に身を翻すと、竜ヶ崎龍の拳が、俺の眼前にまで迫っていた。瞬時に竜ヶ崎龍――男の脛に右足を引っ掛け、バランスを崩させる。そのまま、男の顎にアッパーカットを喰らわせた。
――直後、凄まじい衝撃音。真上に吹っ飛ばされた男の巨躯は、天井へ激突し、天井に大きな罅が入る。
「……なんだ。敵じゃなさそうだ」
――二一一〇年十二月五日。時刻は十三時。五度目の異能戦が、今、始まる。
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