3-45 内通者
「内通者……♪危惧してたがやっぱりいやがるか♪」
「この中に……そんなことをする人がいるとは思えないけどねぇ」
「……そ、そんな……し、信じたくないよ…………」
「……………………だが事実がそう物語ってる。…………厳密には内通者と言うよりは〈十災〉の一人だろうがな」
――〈十天〉に、〈十災〉の一人が紛れ込んでいる。これは、飛車角さんの言う通り、事実が物語っていることだ。
「な、なんなのだ……!じゃあ……ボクの仲間は……〈十天〉に殺されたのだ!?」
「ああ♪着ぐるみガール♪要はこの中に犯人がいるっつーこったな♪」
「そんな……なんでそんなことするのだ……!」
「せつくん……せつくんなら何か既におわかりなのではありませんか?」
「お♪天才♪頼むぜ♪」
「うんっ☆夏瀬くんなら何か掴んでるかもねっ☆」
「……いや、残念ながら、証拠が少なすぎる。あの場にいた〈十天〉となると、鳳さん以外の全員に可能性がある」
「誰もアリバイは証明できないよねぇ。駆け付けたボクたちもバラバラだったし、天音ちゃんや恋町ちゃんも単独行動してたみたいだしぃ」
「因みに牛女と戦闘してたからって日向も外せねーぞ♪日向なら光の速度で殺して戻ってくることも容易いからな♪そうなったら誰も目で追えねえ♪」
「……っ!まあ、やってないけど否定はしないわ……」
「この中に〈十災〉が混じっているで御座るか……。何とも……面妖で御座るな」
「それにしても……『悪魔級異能』どすか。本当に厄介なものが出てきたでありんすなぁ」
「『悪魔級異能』――〈暴食〉だったわね。アタシの〈天照〉にも力で拮抗してたわ」
――ベルゼブブ。キリスト教における悪魔の一人で、その名前の意味は「蝿の王」や「糞の王」。字面だけでも最悪な敵だ。七つの大罪の一つである、「暴食の罪」を象徴する悪魔ともされる。
「〈災ノ宴〉――犇朽葉のような〈十災〉を相手に、十連戦のうち六勝を勝ち取れば拙者らの勝利で御座るが……」
「うん。犇ちゃんと戦ってみた限りだとぉ、一勝すら厳しいような気がしてしまうねぇ。しかもタイマンで戦わなきゃいけないんでしょぉ」
「そこは戦略なんじゃね♪誰に誰をぶつけるか次第じゃ引っ繰り返せるかもしれねーぞ♪」
「でもでも銃霆音くんっ☆そのためには〈十災〉が誰なのかハッキリさせないといけないよっ☆」
「内通者に〈十災〉の正体の特定、〈災ノ宴〉に〈不如帰会〉攻略戦……問題は山積みですね……」
「……っ!内通者!誰なんですの!?」
「ケケッ♪名乗り出るわきゃねーだろ♪」
「…………わ、私たちで……う、疑い合うなんて……い、嫌だよ……」
「樒様……」
「……とにかく、〈災ノ宴〉で僕たちが勝利するためにも、夏瀬君たち〈神威結社〉に〈不如帰会〉を壊滅してもらうしかないね。頼むよ……」
「ええ……」
こうして、議題は何も解決しないまま、〈十天円卓会議〉は終わりを迎えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――数時間後。真っ黒の部屋の中央に、大きな大きな黒い円卓が置かれている。席は十席。〈十天円卓会議〉と同様に、円卓にはギリシャ数字が刻まれているようだ。
「〈十災円卓会議〉も久々じゃね?……ってかあんたもよくやるよねー、〈十天〉全員を騙してさっ!」
その「Ⅳ」の席には、牛柄のアイドル風の白い衣装を着た女――犇朽葉が座っている。
「っつーか犇、〈災ノ宴〉前に暴れすぎじゃねーか?下手に目立って〈奈落〉にでも放り込まれたらどうするんだよ」
「きゃははっ☆あてぃしが捕まるわけないじゃーん!元侍様は黙ってなよ!ウゼーから!黒騎士団長っちもそう思うっしょ?」
「……………………………………」
「あー、コイツ喋らねーんだった。つまんね」
「蝟ァ蝌ゥ縺ッ繧?a繧医≧」
「コイツ相変わらず何言ってるかわかんないよねー。クソキモ……」
「縺ェ繧薙〒縺昴s縺ェ縺薙→險?縺??」
「はぁ……本当に鬱よ……」
「コイツは陰気くせーしぃ」
「アカンで、朽葉たん♡みんなで世界を牛耳るんやから仲良くせな♡」
「その『朽葉たん』ってのキモいからやめてくんない?マジでヤリマン菌が移るんですけどー」
「朽葉たんは相変わらずドSやなあ♡」
「それで……?次は私が〈神威結社〉を滅ぼせば良いのかね?」
「おっ、クソブス教祖ー!わかってんじゃーん☆まあ、やってみた感じ、夏瀬雪渚ってのもクソザコだったし〈十災〉・第十席のあんたでも余裕なんじゃない?」
「せやんなぁ♡」
「縺後s縺ー縺」縺ヲ」
「戦闘は不得手だがね。殺ってみようかね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈オクタゴン〉・リビングにて、〈神威結社〉の面々と恋町が集まっていた。時計が指し示す時刻は既に二十三時を回っている。
『緊急ニュースです。昨年の年末に行われた第十回〈極皇杯〉・予選Fブロックに出場した六万名の選手について、驚愕の事実が明らかになりました』
テレビでは、鬼気迫る表情で、ニュースキャスターが原稿を読み上げていた。〈極皇杯〉というワードに釣られ、各々寛いでいた〈神威結社〉の仲間たちも、自然とテレビの前に集まってくる。
『彼らは大会終了後、通常通り生活を続け、街を歩き、会話を交わしていたとされています。
しかし――最新の調査により、その六万名全員が、既に死亡していたことが判明したのです!』
「……せつくん、どういうことでしょうか……?」
「Fブロックの通過者は……」
「現憑月月だね~」
『心肺停止の状態でありながら、あたかも生きているかのように振る舞い、周囲に違和感を抱かせなかった彼ら。まさに「死者が日常に紛れ込んでいた」という、戦慄すべき事態です。専門家は「常識では説明できない現象」と語っており、主催者側は緊急会見を準備中。世間に広がる衝撃と恐怖――前代未聞の〈極皇杯〉の余波が、今なお人々を震撼させています』
「おォい、ボス!〈犠牲ノ心臓〉で死なねェんじゃなかったのかァ?」
「それすらも超越して殺害した……ということですな」
『これにより、〈警視庁〉は先程、第十回〈極皇杯〉・予選Fブロック通過者である現憑月月を史上二人目となるS級犯罪者に指定。事件の究明が急がれています』
「まあ……〈十災〉だろうな。『悪魔級異能』による力だろ」
「夏瀬雪渚、〈災ノ宴〉で〈十天〉が〈十災〉に負ければ……この生活も終わってしまうのか」
「終わるだろうな」
煙草を手に取り、口に咥える。すると、隣に座っていた恋町が待ってましたとばかりに、オイルライターで俺の煙草に火を点けた。
「雪渚はん、火が必要でっしゃろ」
「おお、恋町、サンキュ」
「――あーっ!つれこまずるい!」
「男性が煙草を手に取ったら火を点ける……当然のことでありんす。陽奈子はんはそんな発想もなかったどすか?」
「はあっ!?あ、あったし!遅れただけだし!」
「別にしなくていいって……」
そう言いながら、ふと天音に視線を向ける。天音と目が合うと、天音は少し照れながら優しく俺に微笑んだ。
――陽奈子と恋町。三股を掛けていることは天音にはバレていない。いや、絶対にバレてはいけないのだ。天音を傷付けるわけにはいかない。
『続いてのニュースです。〈黄金郷エルドラド〉・〈埃及エリア〉各地で観測された多数の隕石落下の混乱の最中、〈世界ランク〉上位に名を連ねた実力者四名が、何者かにより殺害されました』
「ボス!このニュースよォ……」
「ああ、今朝の件だな……」
『犠牲となったのは、猿楽木天樂、犬吠埼桔梗、卯佐美兎月、虎旗頭桜歌の四名です。いずれもA級クラン・〈十二支〉に所属する精鋭です。現地の治安部隊によりますと、死因はいずれも隕石による直撃ではなく、極めて精密な刺突や斬撃の痕が残されており、暗殺者の存在が強く疑われています』
「雪渚氏、〈十天〉の中に……内通者がいる、という話でしたな」
「ああ。〈十天円卓会議〉でも四人を殺したのは〈十天〉の誰かだと結論が出た。俺も同じ考えだ」
「そうですね。ですが、ニュースでその通りに発表するわけにはいきません。そんなことを発表してしまえば、新世界中が大パニックになりますから」
「そうどすなぁ。暗殺者言うて誤魔化すしかないでありんしょう」
『事件当時、空を覆う隕石群が各地に衝突し、通信網も麻痺。混乱に乗じた犯行とみられます。専門家は「単独の暗殺者ではなく、異能犯罪組織による計画的犯行の可能性」を示唆しており、世界的な衝撃が広がっています』
「冷静に考えれば、あの実力者四人を暗殺できる人間なんて〈十天〉くらいしか考えられない。だが〈十天〉と言えば新世界のシンボルだ」
「そうですな。〈十天〉がそんなことをするとは誰も思いませんぞ」
「でもせつなっち的には〈十天〉の誰かがやったんでしょ~?」
「〈十天〉に紛れた内通者は〈十災〉の一員だ。〈十災〉である犇朽葉が引き起こした今回の隕石落下。それに紛れて〈十災〉の仲間である内通者が暗殺……辻褄は合うだろ」
「残念ですが、そう考えるのが腑に落ちますね」
「ホントに〈十天〉の誰かが内通者なんだ……。アタシ、〈十天〉のみんなを信じたいけど……」
「姉御や陽奈子、恋町は裏切り者じゃねェだろォ?でもよォ、裏切りそうなヤツなんてわかんねェなァ」
「そうだな……。問題は山積みだが俺たちはまず〈不如帰会〉攻略戦だ」
噂をすれば影が差す。そのとき、百インチの液晶テレビの画面に写った人物に、俺たちは言葉を失った。
『――新世界の諸君、壮健かね』
突然、ニュースの画面が切り替わって映し出されたのは、顔の右半分が焼け爛れた、漆黒の長髪で長身の男。顔の左半分は酷く整っている、端正な顔立ちだ。頭には閻魔大王を想起させる金色の王冠を戴き、赤や紫、黒を基調とした着物に身を包んでいる。そして、彼の周囲には、酷く不気味な、能面のような白い仮面が幾つも浮遊していた。
「だ、誰かチャンネル変えましたかな?」
「誰も触ってないよ~」
「何なの……?コイツ……」
「不気味……ですね……」
その不気味な男は、神社仏閣のような内装の建物の中にいるようだ。ジャックされたテレビは、彼だけを映している。
『――私は〈不如帰会〉の教祖だがね』
思わず、その場に立ち上がる。それは恋町を除く、みんなも同じだった。予想すらしていなかった展開に、思わず息を呑む。わなわなと肩を震わせ、声を荒らげたのは――陽奈子だった。
「コイツが……『はんぶん様』……!」
「にゃはは~、初めて見たにゃ~」
「テレビ越しでも……途轍もない圧ですな……!」
「おォい!ボス!コイツやべェ!」
「夏瀬雪渚……この男は……危険すぎる」
「ああ……これは……」
震えが止まらない。これは……生物としての本能的な恐怖だ。犇朽葉のときと同様の、恐怖。画面の中の「はんぶん様」は、表情一つ変えず、淡々と言葉を発する。
『名を修羅座情景と言うがね。まあ、これは宣戦布告というものだ』
「修羅座情景……!」
陽奈子が怒りを滲ませた表情で、その名を復唱する。
『〈十天〉・第七席――日向陽奈子。見ているかね。君が私に怒りを抱いているのは知っているがね』
突然呼ばれた、親しき者の名前。その本人は、ニヤリと口角を上げた。まるで、嬉しそうに。
「待ってたわよ……!アンタが出てくるのを……!」
『宣戦布告――戦争を、始めようかね』
そして、画面は再び暗転し――ニュースの画面に切り替わった。一拍の静寂。アナウンサーは、冷静さを取り繕うように、視聴者に向けて言葉を発する。
『――ただいま、予定外の映像が流れました。現在確認を行っております。引き続き番組をお伝えいたします』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈オクタゴン〉・自室。時計の針も午前二時を回った頃。俺の部屋には、陽奈子と恋町がいた。陽奈子はベッドの上で俺を押し倒し、貪るように俺に舌を絡めてくる。
「雪渚……!雪渚……!好き……!好き……!」
ベッドに腰掛け、乱れた服装のまま、煙管を吸う恋町は、そんな陽奈子に見向きもせずに、背中越しに言葉を残す。
「まるで動物どすなぁ。命の危機を感じ取った動物は、本能的に子孫を残そうとするものでありんす」
「つれこま……!そんなんじゃないわよ……!」
「されどわっちと違って陽奈子はんははじめてでありんす。まだ雪渚はんに身体を許す覚悟もできてへんとは……まっこと情けないでござんす」
「うるっ……さいわよ……!」
俺に伸し掛かる陽奈子の背中を擦る。服越しに感じる、陽奈子のすべすべの柔肌の感触が妙に心地好い。
「アタシは……絶対に『はんぶん様』を殺す……!絶対に……!何があっても……!」
陽奈子の執拗なキスは、その怒りを性欲に昇華させているかのようで、外からはとても見ていられる代物ではなかったであろう。
「キスばっかりじゃ溜まるだけでありんしょう。雪渚はん、いつでもわっちを性処理に使っておくんなまし」
このときの俺は知る由もなかった。固く閉ざされた自室の扉。その向こうに、一人のメイドが立っていたことに。
「せつくん……あなたが陽奈子さんや徒然草さんに揺らいだとしても、私はいつまでもあなたをお慕いしておりますよ」
第三章『四天王篇』、これにて完結となります。
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次回からはいよいよ第四章『不如帰会篇』に突入します。
ただ正直に申し上げますと、最近は伸び悩みを感じることも多く、モチベーションの維持が課題になっています。
そこでお願いです。
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第四章『不如帰会篇』の開幕までは少しお時間をいただくかもしれませんが、できるだけお待たせせずお届けできるよう頑張ります。
これからもお付き合いいただければ幸いです!