3-43 流星群のち曇り
「――マジかよ♪死人が出たか♪」
「銃霆音さん……不謹慎ですわよ」
「何という……ことですかな……!」
「――雪渚のせいなのだ!」
手毬は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら立ち上がり、俺に詰め寄った。着ぐるみの手で俺を殴り付ける――が、痛くはない。
「雪渚が旅行なんて言うからこんなことになったのだ!せっかくできた仲間なのに……ひどいのだ!」
「………………」
「――おォい!手毬ィ!そりゃ見過ごせねェぞォ!アタイらはボスに救ってもらった身だろうがァ!」
「ううっ……でも……!でも……!――そうなのだ!天音!天音の異能で……何とかならないのだ!?」
「残念ながら……もう亡くなっていますから……。申し訳ございません」
「手毬ちゃん、『何があっても責任は負えない』――そう伝えていたはずよ。亡くなった人を馬鹿にするつもりはないけど……亡くなった四人では実力不足だった。それだけよ」
「陽奈子……!ひどいのだ……!」
「いーや♪日向は間違ったことは言ってねーぜ♪そもそも新世界じゃいつ誰が死んでも全くおかしくねえ♪着ぐるみガール♪お前もわかってたことだろ♪」
「……あんまりなのだ。兎月も、桔梗も、天樂も、桜歌も……みんな必死に戦ったのだ」
「んなことはわかってんだよ、手毬。悪いのは夏瀬じゃなくてオメーだろ?」
幕之内が金色の頭髪を掻きながら、冷たく言い放つ。それは、眼前の手毬に向けられたものだった。
「……丈?ボクが……悪いのだ?」
「クランメンバーの死は全てクランマスターの責任――常識だろ。クランマスターってのは、クランメンバーの命を背負うってことだ。オメー、それもわかってねーでクランなんか作ったのか?」
「……ううっ……ううっ……うわあああああああああああああああああああああん!!!」
幕之内の言葉は正論だった。〈高天原幕府〉の師匠も、〈鉛玉CIPHER〉の雷霧も、そして無論、〈神威結社〉の俺も――皆がクランメンバーの命を預かっている。幕之内の言葉は正論――だからこそ、手毬を鋭く突き刺した。
「夏瀬雪渚、羊ヶ丘手毬は何を悲しんでいるのだ?」
「ニコ……お前は……」
――ニコは……まだ人の死を悼む気持ちがわからない。
「ニコォ!テメェ!よくそんなことが言えるなァ!」
竜ヶ崎がニコの胸倉を掴む。竜ヶ崎の表情には、怒りが滲んでいた。
「……竜ヶ崎巽、何を怒っている」
「テメェ……!テメェは結局……変わってはくれねェのかよ……ォ!」
「私自身も努力しているつもりだ。それを竜ヶ崎巽に否定される筋合いはない」
「……だったらよォ、例えばアタイが死んだらニコはどう思うんだァ?」
「どう...とは?」
「なんかあるだろォ?悲しいとか」
「理解できない。戦場に余計な感情は不要だ」
「アタイはニコが死んじまったら悲しいぞォ。ボスや姉御、陽奈子や拓生、店長が死んじまっても悲しいぞォ。ニコの代わりなんていねェんだからよォ!」
「私に代わる兵ならば〈陸軍〉にもいる。まだ未成熟だが正当な手順で鍛錬を積めば――」
「――そういうことじゃなくてさァ!」
「たつみょ~ん、ニコっちには言っても無駄じゃな~い?」
「アタイは諦めねェぞォ!」
手毬の泣き喚く声、庭鳥島や杠葉姉妹、幕之内が啜り泣く声が響き渡る中、既に、朝日が昇ろうとしていた。口を開いたのは、飛車角さんだった。
「………………何にせよ、臨時で〈十天円卓会議〉を執り行う必要があるな」
「そうだねぇ、もう一度、〈十天〉みんなで話し合った方がいいかもしれないねぇ」
「うんっ☆ボクも賛成だよっ☆」
「……………今回の当事者である〈神威結社〉と〈十二支〉――それぞれのクランマスターにも参加してもらう。…………無駄な言動は慎め。…………事実だけを述べろ」
「……わかりました」
「ぐすっ……わかったのだ」
「………………〈十天円卓会議〉は今日の夜だ。…………それまで体を休めておけ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、せつくん、私たちも戻りましょうか」
白い布が掛けられた四つの遺体。天音は四人に黙祷を捧げ、ゆっくりと立ち上がった。その場には、〈神威結社〉の七名と、恋町に幕之内、〈十二支〉の生き残った三名だけが残っていた。
「そうだな……」
「ちっ……埋葬くらいしてやりてーがな」
「仕方ないでありんしょう」
「〈警視庁〉の対応があるとは言え……このままにしておくのは……何だか可哀想ですな……」
「御宅拓生、何故『可哀想』なのだ」
「だからニコォ!テメェは――」
「竜ヶ崎、落ち着け。今はそんな場合じゃない。それにニコだって頑張ってくれてる。お前ならわかるだろ」
「お、おォ……悪かったなァ、ニコォ。言いすぎちまったァ」
「謝罪される筋合いもない。私は怒っていない」
「調子狂うなァ……」
そのとき、遺体の傍でずっと泣いていた手毬が涙を拭いながら立ち上がった。そして、俺に歩み寄る。
「――雪渚、さっきはゴメンなのだ」
「せつな、手毬はきっと気が動転しとっただけで本心じゃなかとよ。許してあげてほしか」
「ああ、別に怒ってないよ。それに俺も逆の立場だったらきっと冷静ではいられなかった」
「……雪渚は優しいのだ。それに比べて……ボクはダメダメなのだ。弱いし……見栄張ってばっかりで……大事な仲間もロクに守れないのだ」
「手毬の、吾輩は〈十二支〉での生活は楽しいものであった。手毬のがいなければ、作り出せなかった空間であるぞ」
「そうばい!手毬がそう思うなら、もっと強くなればよかたい!」
「そう……なのだ。ボクももっと強くなるのだ。もう誰も……失ったりしないのだ」
「ガッハッハ!それでこそ手毬だなァ!」
「ふふん!くよくよしてたら亡くなったみんなに申し訳が立たないのだ!……ところで雪渚、雪渚はいつ〈日出国ジパング〉に戻るのだ?」
「こうなっては旅行も中止だ。ホテルで休んで、夕方までには戻るよ」
「わかったのだ。〈十天円卓会議〉で会おうなのだ」
朝日が俺たちを眩しく照らす。激戦の一夜は〈埃及エリア〉の住民から三百五十二名、〈十二支〉から四名の犠牲者を出し、こうして幕を閉じた。
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