3-42 十天集結
『緊急ニュースをお伝えします!巨大隕石が――ただいま大気圏に突入しました!既に上空は炎に包まれ、轟音が〈埃及エリア〉各地に響いています!』
〈埃及エリア〉上空では、アナウンサーの乗るヘリコプターが飛来していた。間一髪で流星群を避け、命懸けで状況を伝えている。
『衝突は避けられません!落下地点の周辺では、数秒から数分以内に甚大な被害が予想されます!現在は〈世界ランク〉上位クランである〈神威結社〉、及び〈十二支〉を中心として、巨大隕石落下に迎え撃っている状況です!国民の皆様、至急、命を守る行動を取ってください!!』
その真下――ピラミッドの頂上には、雷霧が立っていた。身体中に電気をバチバチと纏い、眉間に皺を寄せている。
「――ケケッ♪マイメンがピンチらしいから来てやったぜ♪アルジャーノン♪」
「雷霧……!」
「銃霆音……!アンタ……!」
いや、雷霧だけじゃない。その後方には、師匠もいた。
「助太刀に参ったで御座るよ、雪渚殿」
「師匠……!」
糸目の侍――師匠は、いつも通り、筋骨隆々の上裸の肉体の上から黒い袴を羽織っている。モヒカンスタイルの頭の側頭部には、X字の傷がある。
「あー、死ぬかと思ったしー。何あてぃしを痺れさせてくれてんの?ラッパーくんさー」
「ケケッ♪コイツマジかよ♪」
「………………コイツが〈十災〉か……。…………銃霆音の坊主の一撃を喰らってピンピンしてるとは……中々やるようじゃねーか」
そう呟くのは、黒を基調とした詰襟の将校服に身を包む小柄な男だ。目深に制帽を冠り、背中からは黒いマントが垂れている。身長は百二十センチメートル程度のマスコット体型で丸顔。大きな丸い目の中に光のない黒く大きな丸い瞳――ぱっちりした児童向け漫画のキャラクターのような丸い目の、デフォルメの効いた外見の男。
彼は〈十天〉・第三席――飛車角歩。そう、俺たちが〈オクタゴン〉で、ペットカメラ越しに話していた男だ。飛車角さんの口に咥えた煙草からモクモクと煙が立ち上る。
「そっかぁ。この子が〈十災〉なんだぁ。もっと化物みたいな大男かと思ってたよぉ」
顔に見合わず女の子のような甘ったるい声でそう告げたのは、タンクトップを着た、強面で大柄な男。〈十天〉・第六席――噴下麓である。
口周りにワイルドに髭を生やし、黒地のタンクトップから日焼けした褐色の肌と筋骨隆々の肉体が透けて見える。黒いスポーツキャップを冠っており、髪型は髪を後ろで団子状に結った、所謂、マンバンヘアだ。
「夏瀬くんっ☆大丈夫かなっ☆」
蜜柑を彷彿とさせる鮮やかなオレンジ色のサイドテールの、ウェーブがかった長い髪をサイドに纏めた大きな編み込みを右の肩に垂らしている女。その編み込みに沿って螺旋を描くように淡い青のメッシュが入っており、全体的に動きのある髪型だ。
〈十天〉・第九席――漣漣漣涙。前髪には大きな貝殻の髪飾りを着けている。トップスは水色のビキニの上から、白いモコモコとした縁取りが施された、短い丈の綺麗な海色のケープを羽織っている。ボトムスは海色のショートパンツに、青と水色の縞模様のニーソックスという露出度の高い、全体的に青や水色を基調としたファッション。その瞳は、夜空に瞬く星が宿っているかのように、燦然と輝きを放っていた。
「涙ちゃん……!」
「るいるい……!」
「飛車角さんから『〈埃及エリア〉で犇朽葉の目撃情報を受けた』って聞いてねっ☆動ける〈十天〉みんなで飛んできたよっ☆」
「………………『魔王城バトルロード』の一件で犇朽葉は唯一のS級犯罪者として指名手配されているからな。…………ふっ、夏瀬の坊主、この姿で会うのは久しいな」
「ええ……なんか変な感じですね……」
「きゃははっ☆黙って聞いてあげてたけどー、こんなにあてぃしのために〈十天〉が集まってくれるなんてラッキーじゃね?マジツイてるんですけど!」
「………………念のため確認しておくが、犇の嬢ちゃん、あんた……〈十災〉だな」
「きゃははっ☆よく知ってんじゃん!」
犇は、蟷螂のような巨大な鎌を、飛車角さんの首元を目掛けて横薙ぎに振るう。それを、師匠が刀で受け止めた。鎌と刀――火花が散る。
「……拙者の兄者も……犇殿の仲間で御座るか……?」
「きゃははっ☆さあね!?〈災ノ宴〉のときにはわかるんじゃね!?」
「答えるつもりはなさそうだねっ☆」
「そうだねぇ、まぁ、〈十天〉六人相手に、女の子一人で勝てるかなぁ」
噴下さんが全身をダイヤモンドの装甲に変貌させ、強烈な張り手を繰り出す。飛車角さんが特殊警棒を縦薙ぎに振るう。雷霧が韻を踏んで雷を落とし、陽奈子が光の速さで殴る。師匠が斬り、涙ちゃんが水のキャノン砲を放つ。犇は、左腕の鎌を振るい、その全てに対処して見せる。
――ヤバい……!これじゃ足手纏いだ……!俺ができることは……!
『掟:神話級異能を除く異能の使用を禁ず。
破れば、受けるダメージが百倍に増幅される。』
――スーパーサポート……!
「――およ♪なんか今日は雷がよく通る日だな♪アルジャーノンのサポートか♪」
「みたいだねっ☆」
「その上で〈十天〉六人を相手取れるとは……敵ながら天晴れで御座るな……」
「きゃははっ☆お褒めいただき光栄だけどー、それって逆にあんたらが雑魚なんじゃね?」
「――ケケッ♪コイツ化物かよ……♪」
「――あんたが一番雑魚だけど!」
瞬間、鎌は他でもない俺に振り下ろされる。「無敵状態」の罰を己に下すも、それが意味を成さないことは、俺自身が最も理解していた。
『掟:赤いニット帽の着用を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
――くっ……!万事休すか……!
――そのときだった。俺の視界が、一面のダイヤモンドで埋め尽くされる。膨張するようなダイヤモンドの筋肉。その男が、俺を庇うために立ち開ったのだ。
「噴下さん……!」
「夏瀬くんは殺させないよぉ」
――瞬間。カキーン――と金属に鎌が跳ね返る音が響いた。噴下さんのダイヤモンドの肉体が、犇の攻撃を歯牙にも掛けなかったのだ。思わぬ伏兵に驚いたアラクネ――犇は、思わず体勢を崩す。
――〈十天〉・第六席――噴下麓。その神話級異能は〈剛鎧〉。「ダイヤモンドの装甲を纏って不壊の防御力を手にする異能」――防御力は〈十天〉随一だ。俺に一撃で死の淵を彷徨わせた犇の攻撃ですら、噴下さんからすれば蚊が止まったようなものだ。
「――今で御座る。――『颪』」
師匠はその隙を逃さない。師匠は高く跳躍し、細い目を見開いた。そして――高所から刀を振り下ろす、痛恨の一撃。犇の頭の先から爪先まで、一刀両断する。
「スゴい威力っ☆これは耐えられないねっ☆」
「――いや、まだだ♪」
巨大蜘蛛と化していた犇の身体から鮮血が飛び散る。――が、それだけだった。犇は血を流しながら、高笑いし始めた。〈十天〉の面々の攻撃の手が止まる。
「きゃははははははははははははははははははははははははははははっ☆」
「ケケッ♪イカレてんのか♪」
「総征の『颪』で死なないなんて……すごいねぇ」
「………………感心してる場合じゃねえぞ」
「アンタ……何なの……!?」
「つーかおかしくねーか♪」
「雷霧……何がだ」
「いやアルジャーノン♪お前なら気付いてんだろ♪」
「犇の異能か……」
「ああ♪コイツの『悪魔級異能』――蜘蛛や蟷螂、ライオンみてーに変身したり、流星群を降らせたり、一貫性がなさすぎる♪異能っつーのは、『一言で表せる』んだよな♪」
「きゃははっ☆簡単じゃん♪あてぃしの『悪魔級異能』――〈暴食〉はさー。『喰らったモノの特徴をその身に再現できる異能』だしー」
「うへーっ☆じゃあこの子、蜘蛛とか蟷螂、ライオンを食べたってことかなっ☆」
「いやいやそれだけじゃ説明になってねーだろ♪流星群はどう説明すんだよ♪」
「ウザイなー!ちゃんと説明になってるし!流星群ってさー、そんなことができる異能のヤツ、第八回〈極皇杯〉のファイナリストにいたくね?」
「……………………まさか……夜空野彼方か……?」
「いやいや♪だから何だって――っておい♪嘘だろコイツ♪」
「ピンポンピンポーン☆大正解じゃーん☆ブッ殺して食べちゃった!他にも殺ってるけどねっ!」
「『喰らったモノの特徴をその身に再現できる異能』――異能とて、その者の『特徴』と言えるで御座るな」
「でも待ってよ……!夜空野くんってこんなに流星群を降らせる異能じゃなかったはず……!」
「その身に宿すことで『昇格』させたんじゃないかなぁ」
「ピンポンピンポーン☆またまた大正解ー!!」
「これが〈十災〉……♪こんなのが十人もいるってのかよ♪マジで新世界終わっちまうぞ♪」
「――ま、何でもいいけどさー。〈災ノ宴〉での勝利ってあてぃしら〈十災〉にとって悲願なんだよねー。だからあんたら〈十天〉には邪魔させないっていうかー」
「勝つのはボクらだよっ☆」
「そうだねぇ。新世界の滅亡なんて、許されるわけないもんねぇ」
「当然だろ♪まだオレにはMCバトルでアルジャーノンをぶっ倒す仕事が残ってるし♪仲間たちもまだ幸せにしてやれてねーしな♪」
「……アタシも……雪渚とまだやりたいことあるし」
「ま、正直このままじゃあてぃしも無事じゃ済まないだろうし?今日のところはこの辺でトンズラしてあげるー!」
「――おい♪待てや♪」
「――『形態変化:驫』☆」
雷霧の静止も聞かず、犇は下半身を馬のように変貌させる。そして、ピラミッドを駆け下り、物凄い速度で向こうへと消えていってしまった。犇が去った跡には砂埃だけが残される。
「行っちゃったねっ☆」
「……面妖な敵で御座ったな」
俺は、落ち着いた様子で噴下さんに頭を下げる。
「噴下さん……さっきは庇っていただいて……ありがとうございました。あれがなければ……俺は今度こそ死んでいました」
「いいんだよぉ。夏瀬くんが死んじゃったら、オイラたちも悲しいからねぇ」
「……雷霧もありがとな。助けられた」
「ケケッ♪オレはEMBでアルジャーノンに惜しくも敗れてっからな♪勝ち逃げは許さねーぞ♪いいか♪惜しくも、だからな♪」
「はは、わかってるよ。……師匠に飛車角さん、涙ちゃんもありがとうございました」
「愛弟子の絶体絶命……助太刀して当然で御座るよ、雪渚殿。出来れば、犇殿を討伐したかったで御座るがな」
「………………ニコを預かってもらった礼だ。……が、俺はそこまで戦力になれなかったがな」
「でも本当に強かったよねっ☆帰って鳳さんにもすぐ報告しないとっ☆」
気付けばそのエリア全体を襲っていた流星群は止んでいた。先程までの激戦が嘘だったかのように町は静かだ。だが、燃え盛る炎、剥がれ落ちた町の舗装、町中に転がる亡骸――その光景は、つい数時間前とはまるで異なる。微かに、町中から咽び泣く慟哭が聞こえた。
「…………夏瀬の坊主。……〈不如帰会〉攻略戦のメンバーが集まってるんだろ?……一度全員で集まるか。……無事も確認したい」
「ええ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、俺の連絡により、〈埃及エリア〉のカジノ跡地へと全員が集まることとなった。先に行った雷霧、師匠、噴下さん、飛車角さんの後を、涙ちゃん、陽奈子、俺の三人でゆっくりと追う。
町には住民たちの亡骸が転がっていたが、既に火の手は消えていた。あちこちから立ち上る煙に何処か寂しさを覚える。
「……雪渚、大丈夫だった?ごめん……アタシ……ちゃんと雪渚のこと、守れなくて……」
「いや、陽奈子は悪くない。俺が冷静じゃなかった」
「――夏瀬くんっ☆ちょっと話があるんだけどいいかなっ☆」
「あ、ああ……。悪い、陽奈子。先に行っててくれるか」
「う、うん……」
陽奈子は不安そうに一瞬、逡巡したのち、名残惜しそうにその場を去っていった。そして、二人だけが残されたその場で、涙ちゃんが俺の胸倉を思いっきり掴む。その瞳は何処までも深く、暗く。
「……それで?例の件、誰にも言ってないよね?」
――涙ちゃん……君は一体……。
「誰にも言ってない。みんなの反応でわかるだろ」
俺がそう淡々と告げると、涙ちゃんは俺を掴む手を離した。
「……そう。ならいいわ」
「涙ちゃん……君はどっちが本性なんだ……?」
「はぁ……気安く『涙ちゃん』なんて呼ばないでくれる?」
「そう呼べって言われたんだけどな……」
「……はぁ、あんたのことは本当に嫌い。ボクより目立ちすぎ」
「……承認欲求か」
「そうね。ボクはそれが人一倍強いの。小さいときから」
「俺なんかより涙ちゃ……お前の方が目立ってるだろ。世間への影響力も、俺なんかより断然上だ」
「そんなことはわかってるわ。でもそれでも……〈極皇杯〉のあのとき、あんたは確実にボクより目立ってた。それが許せない」
「……別に今更好かれようとも思ってねーけどな。……もう少し仲良くできないもんかね」
「だから表面上は仲良くしてあげてるでしょ?もういいわ。本当にあんたは嫌い。どこか達観してるところも。全部、全部」
「………………」
涙ちゃんは足早にカジノ跡地へと去ってゆく。俺はその場に取り残されたが、向かう場所は同じだ。涙ちゃんの後を追うわけではないが、俺もカジノ跡地へと向かった。
「――なんでなのだ!なんでこんなことになってるのだ!」
カジノ跡地。その場には、〈十天〉・第一席――鳳さんを除く〈十天〉の面々、〈神威結社〉の面々、幕之内に黒崎が集合していた。そして、〈十二支〉の面々も――そこに元気な姿で揃っているはずだった。
俺らに囲まれ、手毬が横たわる原型のない遺体にしがみ付いて泣き喚いている。羊の着ぐるみの少女――手毬の慟哭は何よりも痛々しかった。
直ぐに理解した。そこには四つの亡骸が並べられている。身体に穴が空いて、絶望の表情を浮かべている者、眠るように静かに目を閉じている者、そもそも、原型を留めていない者――その遺体は、全て、知っている人物だった。
「なんで……!なんでなのだ……!兎月……!桔梗……!天樂……!桜歌……!なんで死ななきゃいけなかったのだ……!」
「手毬の……吾輩は……悔しいぞ」
「なんで……こんなことになったとね……」
並べられた猿楽木天樂、犬吠埼桔梗、卯佐美兎月、虎旗頭桜歌――四人の遺体。手毬の慟哭は、いつまでも、いつまでも響き渡っていた。
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