3-41 犇流星群
天を覆い尽くす光の奔流。敵が呼び下ろした流星群は、夜空を焼き斬り、地上を焦土に変えようとしていた。一つ一つが巨大な岩塊、灼熱を帯びた隕石。降り注ぐその数は数百、数千。まるで星座が崩れ落ちるように。
「――雪渚!あそこ!」
陽奈子がピラミッドの頂上を指し示す。そこには、俺にトラウマを植え付けた存在――犇朽葉が立っていた。彼女は両腕を広げ、天を抱くように笑っていた。
「きゃははははっ☆全員死んじゃえーっ☆」
「なんだ、夏瀬!アイツが犯人か?」
「恐らくな……!」
「雪渚!アタシに任せて!」
「陽奈子!気を付けろ!」
「わかった……!」
光に包まれながらピラミッドの頂上まで飛来する陽奈子。彼女の体は矢のように弾けた。轟音と熱風の合間を摺り抜け、迫りくる火塊の影を踏み台にして跳ぶ。
「――きゃははっ☆日向陽奈子……っ!また会ったじゃーん!」
「アンタ……ここで潰すわ」
犇の首から下は途端に巨大な蜘蛛のように変貌する。「アラクネ化」した彼女の腕は蟷螂の鎌のように鋭く伸びている。犇が鎌を横薙ぎに振るうが、宙を舞う陽奈子はそれを片手で受け止める。
「アンタ……口ほどにもないわね」
「さっすがー☆」
しかし、その戦いを悠長に見ている余裕はなかった。その間にも、降り注ぐ流星群が濁流のように町を襲う。
「――来るぞッ!」
仲間たちの背筋に、瞬時に緊張が走った。誰も逃げることを考えてはいなかった。止めるしかない。ここで踏み留まらなければ、街も、人も、全て焼き尽くされる。その場の全員が散らばり、各々が異能を駆使して流星群を迎え撃つ。
「――『竜ノ両鉤爪』!!」
竜ヶ崎は咆哮し、腕を振り下ろす。隕石が裂け、内側から砕け散る。だがそれだけでは足りない。空から落ちる隕石は、地を叩き割り、火花のように粉砕して突き進む。
「ぴょーん!これどうすればいいの?」
「あたいらの力、見せてやろうかねえ!」
「カジノでウチらを楽しませてくれたお礼、返させてもらうで!」
「――っ!なんね!これは!」
「庭鳥島の、文句を言っている暇はないようだぞ」
「――斬る!」
「――まずいのだ!まずいのだ!」
馬絹百馬身差、庭鳥島萌、猿楽木天樂、犬吠埼桔梗、卯佐美兎月や虎旗頭桜歌――〈十二支〉の面々も家屋の屋根の上からそれぞれに流星群を迎え撃つ。羊ヶ丘手毬は相変わらず逃げ惑っているが。
「おらおらおらおらおらァ!」
幕之内は腕を六本に増やし、流星群にフックを連続で撃ち込む。その度に隕石が瓦解し、粉微塵に化してゆく。
「夏瀬雪渚、流星群を止めれば良いのか」
「……ニコ、頼む」
「承知した」
ニコが周囲に無数の剣を召喚――そして降り注ぐ流星群に無数の剣を突き刺した。隕石は爆散する。――だが、降り注ぐ流星群は、それにも飽き足らず、留まる様子を知らない。
「にゃはは~、これさー、あたしらの全滅は時間の問題じゃな~い?――っ!『鼠算』!」
猫屋敷もまた、瓦礫の上から流星群を迎え撃つ。四つん這いのまま、戦う彼女のミルキーブラウンの髪が、揺らめく炎の中で微かに輝いて見えた。
「――拓生!俺の〈天衡〉は対象者が必要だ!『無敵状態』の罰を両者に課す!」
「――りょ、了解ですぞ!」
『掟:呼吸を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
「よし……!掟は定めた!拓生も頼む!」
「これで小生も無敵というワケですな……!漲ってきましたぞ……!」
「――夏瀬様!〈天衡〉をお借りします!」
「あ、ああ……!」
「樒様……!『無敵状態』の罰を樒様に……!」
「……う、うん……。……か、影丸……ありがとう」
「ワタクシは〈瑞祥〉によって隕石に被弾することはありませんわ……!影丸、いい判断ですわ……!」
「恐れ入ります……!槐お嬢様……!」
「よし、俺たちもやるぞ……!――〈リベレーター〉」
拓生、黒崎、杠葉姉妹はそれぞれに散らばってゆく。俺は頭上に降り注いだ隕石に、手中に現れたロケットランチャーを撃ち込む。――爆音。隕石が爆散する。
――クソ……!こんなことをやっていても時間稼ぎにしかならない……!
「――雪渚はん、そう言えば……わっちの異能を雪渚はんに見せたことはなかったでありんすなぁ」
その場には、恋町だけが残っていた。恋町はそう艶めかしく呟くと、俺の前にゆらりと立った。
「刮目しておくんなまし……。――『あかねさす牡丹の舞』」
燃え盛る炎の中、現れたのは――無数の牡丹の花弁。それらは降り注ぐ流星群を一様に切り裂き、全てを粉微塵にして魅せた。
「――っ!なんね!?せつながやったと!?」
驚いた庭鳥島がこちらを振り返る。
「いや……」
「わっちの神話級異能――〈界樹〉でござりんす」
「『植物を操る異能』か……」
「生み出すこともできんす――『あさぢふの生い立つ椿』」
カジノがあった町の中央。既にカジノの原型はない。その瓦礫の山から――巨大な椿の木が生えた。赤い花が咲くその木は、次々に降り注ぐ流星群を受け止め――そして押し返した。跳ね返った隕石が次に来る隕石に衝突し、空中で爆発を起こす。
「見事だな……」
頭上に降る隕石にロケットランチャーを撃ち込む。爆風が激しく頬を嬲った。
「雪渚はん、こっちは問題ないでありんすが――陽奈子はんが心配でありんす」
「……陽奈子が?」
「今の陽奈子はんは、正義感というよりかは、雪渚はんにいいところを見せたい一心でござりんす。あのままでは――陽奈子はんは死にんす」
「……っ!」
「行ってあげておくんなまし。――雪渚はん、死んだらあきまへんえ?」
「……わかった。行ってくる……!」
燃え盛る炎。逃げ惑う住民たち。その合間を掻き分け、踏鞴を踏んでピラミッドへと向かう。足が縺れそうになりながらも、必死にピラミッドを目指した。
「夏瀬の兄ちゃん!犇を頼むで!」
「こっちはあたいらに任せときな!しっかりやるからさ!」
「ああ……!頼む……!」
猿楽木天樂や虎旗頭桜歌が屋根の上で流星群を迎え撃つ。その近くでは犬吠埼桔梗、卯佐美兎月も抗戦していた。掛けられた声に返事をしながらも、必死にピラミッドを目指す。
見上げる上空――ピラミッドの頂上では、犇が鎌を振り下ろし、陽奈子がそれを飛行しながら避けていた。陽奈子が光を放つシリコン製のガントレット・〈キラメキ〉を填めた拳を繰り出し、犇が鎌でそれを防御する。
――大丈夫……!陽奈子はまだ無事……!
スフィンクスを横目にピラミッドの傾斜に足を掛け、必死に攀じ登ってゆく。陽奈子が死ぬかもしれないという恐怖が、頂上までを遠く見せた。頂上で戦う二人のバックに満月が浮き上がる。そして――。
「――陽奈子!」
「雪渚!来ちゃダメ!」
「あー!ひなこっちの好きぴじゃーん!この前殺したと思ったのに死んでなかったんだー?」
「アンタにひなこっちって呼ばれる筋合いはないわよ……!」
「まあいーや、死ねよ――」
「――雪渚っ!」
犇が俺に鎌を振るう。陽奈子が俺に手を伸ばす。――だが、間に合わない。俺が死ぬのは確定していた。――「奴」が来るまでは。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
犇に堕ちたのは――特大の雷。青白い光が犇の身体を包み、全身に強烈な電気ショックを与える。
「――おいおい牛女♪なにオレのマイメンに手出してんだ?殺すぞ♪」
その場に現れた黒パーカーにブレイズヘアの男は、銀色のグリルを覗かせて笑った。
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