3-40 決起集会
――〈黄金郷エルドラド〉・〈埃及エリア〉。カジノでの一幕を終えた俺たちはその深夜、カジノを後にしてホテルに戻ろうとしていた。
その場には、カジノで散財し、生活苦に陥ってしまった、所謂ホームレスの人々が寝泊まりしていた。杠葉槐は、彼らに歩み寄る。
「御機嫌よう」
「……チッ、〈十天〉の嬢ちゃんか。俺ら浮浪者に何の用だよ」
「あら、口が悪いですわね?」
「〈十天〉みたいな成功者に俺らの気持ちはわかんねーだろ……」
「確かにわかりませんわ。ですので教えてくださるかしら?貴方方のお気持ちを」
「チッ……カジノで全財産スっちまったんだよ……。家内にも逃げられて……。クソっ……興味本位でカジノなんて立ち寄らなけりゃ……」
「後悔してますの?」
「当たり前だろ……。俺たちはその日暮らしでギリギリのドン底の人間だ。アンタみてえな嬢ちゃんが話しかけない方がいい……」
「あら、ここにある虹金貨百三十二枚……貴方方に差し上げると申し上げても、同じ口が利けますかしら?」
「はっ……?」
「差し上げますわ……。ここにいる皆さんで分ければ一人当たり虹金貨六枚……。旧世界で言うところの六百万円ですわね。やり直すには十分な金額ですわ」
「ま、待ってくれ……!杠葉の嬢ちゃん、こんな金……俺たちには返せねえよ……!」
「ワタクシはお金など、本当はこの世界に要らないと思っていますの。お金がある所為で、苦しむ人が生まれてしまいますわ。ワタクシはそんな世界を変えたいんですの」
「嬢ちゃん……アンタ……」
「約束してくださる?このお金は豪遊のためのお金ではありませんわ。このお金で、貴方方は人生をやり直すんですわ」
「うっ……すまねえ……すまねえ……!」
「杠葉の嬢ちゃん……アンタは救世主だ……!」
「必ず……!この恩は必ず……!」
ホームレスの人々は、一斉に涙を流し始めた。余程辛い目に遭ってきたのだろう。一度は借金を抱え、地の底に落ちた俺にもその気持ちが痛いほどに伝わった。
「さて、行きますわよ。樒、影丸」
「よろしかったのですか?お嬢様。あの者たち、また同じ過ちを繰り返さないとも限りませんが……」
「彼らはそんなことはしませんわ。きっと立派になってくださいますわ」
「……い、一度の失敗で……終わりなんて……あ、あんまりだもんね……」
「お嬢様方はお優しいですね」
――杠葉槐。こんな人間が旧世界にもいれば……俺も自殺なんてせずに済んだのかもな……。
そんなことを考えながら、俺たちもホテルに戻ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
西洋風の雰囲気のホテル。俺と拓生が泊まる部屋に、〈神威結社〉の面々、〈十二支〉の面々、恋町に幕之内――つまり、〈不如帰会〉攻略戦に参加するメンバーが勢揃いしていた。
「さて……夏瀬、〈不如帰会〉攻略戦の参加メンバー、全員集まったぜ?」
「ああ、先にも話したが……〈災ノ宴〉での〈十災〉との戦いを〈十天〉が控えている状況だ。当然この世界を滅亡させるわけにはいかない。〈災ノ宴〉で勝利するためにも、まずは俺たちは〈不如帰会〉攻略戦を成功させなければならない」
「そうなのだ!勝つしかないのだ!」
「夏瀬の、信者の制圧は吾輩らに任せておけ。役目は果たしてみせよう」
「そうばい!あたしらなら余裕やけんね!」
「雪渚はん、わっちらは会員番号一桁を潰せばいいでありんしょう?」
「ああ、そうして俺たちが会員番号一桁や信者を足止めしている間に、陽奈子に『はんぶん様』を討ってもらう」
「うん!任せて雪渚!アタシが絶対に倒すから!」
「こりゃあ陽奈子ちゃんの本気が見れそうだな……。〈十天〉が三人味方にいるってなると負ける気がしねーぜ」
「それでも俺は勝率は五分と見ている。気持ちはわかるが油断しない方がいい」
「せつくんの仰る通りです。敵は強大――私たち〈十天〉も、全力で挑まなければなりません」
「ははは……怖い……ですな」
「拓生!ビビってる場合じゃないのだ!」
「にゃはは~、やるしかないね~」
「――ちょっとお待ちなさって!そのお話、なんでワタクシが呼ばれていないんですの!?」
個室の扉が開け放たれる。堂々と足を踏み入れたのは――杠葉槐だった。後方には、杠葉樒と黒崎影丸も控えている。杠葉槐はずかずかと部屋に足を踏み入れ、ベッドに腰掛ける俺の前に立った。
「夏瀬さん?ワタクシも参加しますわよ?」
「ええ……。〈災ノ宴〉の件は知ってるんだろ?〈十天〉は極力そのために温存しておいてほしいんだが」
「夏瀬様、申し訳ございません。槐お嬢様は一度言い出したらもう止められないのです」
「……わ、私たちは……〈十天〉として……み、みんなを守る義務があるから……」
「〈不如帰会〉のことは、陽奈子お姉様の件を知ったときから何れ何とかしないととは思っていましたの。でも、得体も知れず動けない状況が続いていましたわ。このチャンスを逃す手はないんですの!」
――成程……。正義感からか。
「夏瀬様、無論、私奴も参ります。戦力としては、〈極皇杯〉で夏瀬様相手に勝利しているのです。文句はないでしょう?」
「黒崎……」
「……う、うん……み、みんなで頑張ろ?」
「夏瀬、いいのか?そりゃ〈十天〉が二人も増えるのは心強いが……」
「……仕方ねえ。ここにいるメンバーが〈不如帰会〉攻略戦の最終メンバーだ」
「当然ですわ!」
「と言っても決行は夏――もうちょっとあるけどね~」
「ガッハッハ!全員修行しろよォ!アタイらは必ず勝ァつ!!!」
「やるしかありませんな……」
――そのときだった。外から、夜空が裂けるような轟音が響いたのは。
「……な、何の音ね!?」
「外を見るのだ!」
次の瞬間、闇の高みから幾千もの光弾が降り注ぐ。流星群――だがそれは観測者の浪漫ではなく、戦場を焼き尽くす死の雨だった。
凄まじい光景だった。夜の〈埃及エリア〉の町に――大量の隕石が降り注いでいた。町の住民たちは、降り注ぐ流星群から逃げ惑っている。――いや、既に犠牲者も出ていた。その一つ一つが小さな隕石であり、燃え盛る弾丸だ。
建物は崩壊し、俺たちが先程までいたはずのカジノも、既に原型を留めていない。町の舗装は剥がれ、炎が奔り、建物の窓は砕け散る。まるで文明そのものを破壊する神罰の光景。あちこちから火の手が上がり、町には人間の死体が、ただ無造作に転がっているばかりだった。
「おいおい……こりゃやべーぜ、夏瀬」
「……っ!」
俺は慌てて外へと向かった。他の面々もその後に続く。外に出ると、夜風が俺の頬を嬲った。熱気を帯びた生暖かい風に、気分が悪くなる。
「夏瀬雪渚、これは……何が起きている……?」
「……っ!わかんねえ……!何が起きてる……!」
「せつくん!恐らく戦えるのは……!私たちだけです!」
「みんなで流星群を止めるのだ!」
「わかったばい!」
「〈神威結社〉も動くぞ!天音は住民の救助を!他の者は兎に角流星群を止めてくれ!」
「――かしこまりました!」
「夏瀬雪渚、承知した」
「な、何とかやってみますぞ……!」
「っしゃァ!〈神威結社〉!やるぞォ!」
――クソ……!何者かの異能か……!?
「あっ……」
ホテルのエントランスからピラミッドが覗いていた。そして――その頂点に立っていたのだ。「魔王城バトルロード」で、俺たちを絶望の底に突き落とした張本人――犇朽葉が。彼女の牛柄の服が、不気味に夜風に靡いていた。
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。