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3-39 Gamble Ramble Scramble

 ――〈黄金郷エルドラド〉・〈埃及(あいきゅう)エリア〉。砂漠地帯の岩山に挟まれた、ゴールドラッシュで栄えたエリア。エリアの奥には雄大なピラミッドが覗き、燦々(さんさん)と太陽が照り付ける。


 大勢の炭鉱夫が岩山の内部へと続く坑道に出入りしており、鉱石を積んだトロッコがレールを走る音があちこちから聞こえてくる。その夜、鉱石の街はバーやカジノで賑わっていた。夜も更けた頃、俺たちはそのエリアの中心地にある巨大なカジノにいた。


「……バカなんですか?せつくん」


「はい。仰る通りです。すみませんでした」


 カジノのトイレ前の廊下で土下座する俺。他に誰もいない廊下で、天音と陽奈子が俺を見下ろしていた。カジノのメインフロアからスロットマシンの電子音、ディーラーやスタッフの声、賑やかな歓声や響動(どよ)めきが聞こえてくる。


「あまねえ……やっぱ雪渚ってバカよね」


「はあ……バカと天才は紙一重とはよく言ったものですね。虹金貨(こうきんか)百枚も失うとは思いませんでした。せつくん、虹金貨(こうきんか)百枚は旧世界の日本で言うところのいくらですか?その賢い頭で計算してみてください」


「はい、あの……一億円です。はい」


「はい、正解です。おめでとうございます」


「あまねえ……詰め方怖いわね……」


「まあせつくんが稼いだお金ですのでこれ以上は怒りませんが……せつくん、あまり(はしゃ)ぎすぎないでください。私たち〈神威結社〉のクランマスターなのですから、節度を守った行動をしていただけないと、めっ!ですよ」


「はい……すみませんでした。以後気を付けます」


「はい、わかっていただければよろしいです」


「――姉御ォ!ジュース飲みたいぞォ!銅貨を一枚くれェ!――おあッ!?ボス、なんで怒られてるんだァ!?」


 竜ヶ崎がメインフロアから顔を出して天音を呼び寄せる。


「はいはい、竜ヶ崎さん。すぐ行きますから。ではせつくん、先に戻ってますよ」


「はい……さーせんした」


 天音が深々と一礼してメインフロアへと戻ってゆく。その廊下には俺と陽奈子が残る。


「雪渚、あまねえに怒られちゃったわね」


「まあこれは10:0(じゅうぜろ)で俺が悪いな……」


 俺が立ち上がると、陽奈子が強引に俺の手を引いた。


「――雪渚!ちょっと来て!」


「陽奈子……!?」


 陽奈子は俺を無理矢理男女共用のトイレに連れ込んだ。そして、豊満な胸を俺に押し付け、上目遣いで俺を見つめる。


「雪渚……キスしたい」


「陽奈子……」


 俺が答える間もなく、陽奈子は爪先を伸ばして俺と口付けを交わす。陽奈子はぎこちなく俺と舌を絡める。


「……ちょっ、陽奈子……待っ……!」


「ぷは……!雪渚……!好き……!好き……!」


「陽奈子……苦し……」


「雪渚……アタシの胸触って」


 陽奈子は俺の手を優しく掴んで、その手を自身の胸に押し当てる。


「あっ……♡」


「陽奈子……落ち着け」


 こんなことはこの一週間近くで既に数十回目だ。俺と交際を始めたことで抑圧されていた陽奈子の欲望が弾けたのか、陽奈子はキス魔になってしまった。天音や他の〈神威結社〉の面々の目を盗んではキスをせがんでくるようになった。


「あっ、待って、雪渚。もっとしたい」


「陽奈子、これ以上はバレるぞ……」


「ぶー!わかったぁ」


 陽奈子を連れてトイレを出ようとしたとき、扉の隙間が少し開いているのが見えた。扉はきちんと閉めたはずだった。隙間からは――猫目でミルキーブラウンのロングヘアの女がこちらを覗いていた。彼女はニヤリと口角を上げる。


「にゃはは~、見ちゃった~」


 扉が開かれる。そこに立っていたのは――猫屋敷だった。


「猫屋敷……見てたのか」


「彼岸……」


「にゃはは~、せつなっちとひなこっちはそんな関係だったんだね~。まあせつなっちも男の子だもんね~。ひなこっちに迫られて我慢しろってのは酷な話だよね~」


「待て、猫屋敷……事情があってだな……」


「まあ大体わかるよ~。こまっちーがせつなっちを脅したのを見て、ひなこっちが我慢できなくなっちゃったんでしょ~?」


 ――……鋭いな。


「彼岸!お願い!このことは内緒にしてて!」


「にゃはは~。他でもないひなこっちの頼みだしまあいいけどさー、二人も気を付けてよね~。バレたらあまねっちがどうなっちゃうかわかんないよ~」


「う、うん……」


「はあ……もう後に引けないな……」


「ほら、二人共戻るよ~。えんじゅっちが無双してて面白いトコだからさ~」


「ああ……」


 猫屋敷に連れられ、カジノのメインフロアへと戻る。一際賑わいを見せるのは、中央で行われている、「カジノの王様」とも称されるギャンブル――バカラだ。バカラとは、バンカー――(すなわ)ち、胴元かプレイヤーのどちらが9に近い合計数字を出せるかを予想してお金を賭けるギャンブルだ。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


「すげえ!(えんじゅ)様!これで十連勝だ!」


「さすが『天運姉妹』……!」


 カジノの客が集まる中、〈神威結社〉の面々、〈十二支〉の面々、幕之内や恋町(こまち)もその場に居合わせていた。


「影丸、これでワタクシはいくら勝ちましたの?」


「はい、(えんじゅ)お嬢様。プラス虹金貨(こうきんか)百三十二枚、白金貨(はっきんか)八枚、金貨八枚でございます」


 桃色が多くを占める左右非対称のツインテールに、白い着物と赤い袴。花柄の和傘を差す雅な和装少女は、黒い燕尾服に身を包む若い執事に尋ねると、小さく頷いて席を立った。大負けした胴元――バンカーは苦しそうな表情を浮かべる。


「バンカーさん?今日はこのくらいにしておいて差し上げますわ」


「ははは……杠葉(ゆずりは)様、私の完敗です」


 俺は彼女――杠葉(ゆずりは)(えんじゅ)の後方に控えていた執事――黒崎影丸とゴシック調の少女――杠葉(ゆずりは)(しきみ)に声を掛ける。


「おい……未成年がカジノに来ていいのか」


「ふふ、無論禁止されておりますが、〈十天〉であるお嬢様方ならば話は別です。〈十天〉はあらゆる権限を持ちますからね」


「それにしても凄まじいな……。神話級異能か……」


「う、うん……夏瀬さん……(えんじゅ)お姉様の神話級異能、〈瑞祥(ラクシュミー)〉……。……か、『確率が絡む状況で必ず最良の結果が得られる異能』だよ……」


(えんじゅ)お嬢様の異能であれば、例えばソシャゲの最高レアを単発で引き当てることも、ロシアンルーレットを百回連続で続けて生き延びることも可能です」


「……え、(えんじゅ)お姉様、お疲れ様。……さ、流石(さすが)お姉様だね……」


「あら、(しきみ)の神話級異能、〈禍兆(アラクシュミー)〉も素晴らしい異能ですわよ?」


「……そ、そんなことないよ……。……え、(えんじゅ)お姉様に比べれば……わ、私なんて……」


「卑下される必要はございませんよ、(しきみ)お嬢様。『確率が絡む状況で必ず最悪の結果を対象者に得させる異能』――この強力な異能を全く悪用されないのは、(しきみ)お嬢様がお優しい方である証左でございます」


「そうですわよ。本来であれば、嫌いな人を事故に見せ掛けて殺すことも容易い異能ですのに。(しきみ)は立派ですわ」


「……う、うん。……あ、ありがとう、え、(えんじゅ)お嬢様……か、影丸」


 ――杠葉(ゆずりは)(えんじゅ)の〈瑞祥(ラクシュミー)〉に杠葉(ゆずりは)(しきみ)の〈禍兆(アラクシュミー)〉。これが、二人が「天運姉妹」の異名を取る理由だ。


「それにしても黒崎、お前がまさか〈埃及(あいきゅう)エリア〉に来てるとはな」


「ええ、お嬢様方はオフの日は度々〈埃及(あいきゅう)エリア〉に足を運ばれ、大金を稼いで帰られるのです。そのお金を私利私欲に使わず、生活に苦しんでいる者に全て分け与えておられるのですから尊敬の念を抱かずにはいられません」


「まだ十四歳だろ……。立派なモンだ……」


「――ボォス!アタイこれやりたいぞォ!」


 後方から慣れ親しんだ声がする。振り返ると、竜ヶ崎がスロットマシンを指差して、瞳をキラキラと輝かせていた。


「おう、やってみな。同じマークを揃えるんだぞ」


「おォ!」


 竜ヶ崎に銀貨を一枚渡す。竜ヶ崎が銀貨を投入し、席に座ると、スロットマシンが回転を始める。拓生がその後ろで見守っている。


「――おらァ!今だァ!」


 しかし、そう簡単には当たらない。スロットマシンにはバラバラのマークが並んでいる。


「あァ!ちくしょォ!なんだこの機械はよォ!」


「なかなか難しいようですなぁ」


「たつみょんは下手くそだね~」


 隣に座る猫屋敷は次々にマークを揃えてゆく。スロットマシンは単なる運否天賦ではない。目押し――つまり、動体視力によって技術介入の余地があるのだ。


「猫屋敷女史は上手いですな!」


「すげェ……!猫屋敷……いや、店長だァ!アタイにも教えてくれェ!」


「にゃはは~、いいよ~」


 その近くの台では、天音が他の客とポーカーをしていた。トランプを使って手札の役の強さを競う、カジノでは代表的なゲームの一つだ。


「――さて、レイズです」


「……くっ、フォールド……」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


天ヶ羽(あまがばね)様がまた勝ったぞ!」


「どうなってんだ今日の客層……!〈十天〉無双じゃねーか!」


 煙草に火を点け、カジノの奥――中庭へと続く窓際に立つ。そこには、ニコや幕之内、恋町(こまち)が他の客に紛れて立っていた。


「夏瀬雪渚、負け分は取り返せたか」


「いや……全くだ」


「夏瀬はギャンブルのセンスはねーんだな。はは、安心したぜ。完璧人間かと思ってたからよォ」


「雪渚はんはわっちが将来的に養いんすから心配要りまへんえ」


「はは……。で、お前ら何観てるんだ」


「おう夏瀬、『人間競馬』だとよ。〈十二支〉の連中が(こぞ)って出走してやがる。誰が速いか賭けんだと」


 窓の奥の砂地には、広大な競馬場があった。そのスタート地点には、赤い翼を生やした庭鳥島(にわとりじま)(もえ)、ケンタウロス形態となった馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)、他にも羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)猿楽木(さるがき)天樂(てんらく)犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)卯佐美(うさみ)兎月(うづき)虎旗頭(とらきべ)桜歌(おうか)も並んでいる。先日の昇格戦で戦った〈十二支〉の面々だ。


成程(なるほど)……十二支レースというワケか。面白そうだ」


「夏瀬雪渚、私たちは馬券を購入した。夏瀬雪渚は誰に賭けるのだ」


「夏瀬、オレは馬絹(まぎぬ)の単勝にしたぜ?」


「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥……旧世界の古代中国の伝承通りであれば……虎旗頭(とらきべ)はんでありんすなぁ」


「そうだな……。じゃあ俺は、馬絹(まぎぬ)庭鳥島(にわとりじま)猿楽木(さるがき)の三連単で行くか」


「おっ、夏瀬、三連単たぁ漢だな!」


『――さあ!今、各馬揃ってスタートしました!』


 馬券を受付で購入すると、間もなくしてレースが始まった。実況の声が熱を帯びる。それに伴い、窓際に集まっていた観覧客も盛り上がりを見せる。


「――馬絹(まぎぬ)!頼むぞぉ!」


『まずは先頭に立つのは三番の馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)!外から庭鳥島(にわとりじま)(もえ)が勢いよく飛び出していきます!』


「――庭鳥島(にわとりじま)!差せ!差せ!」


『先頭は三番、馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)!リードは一馬身半!二番手には庭鳥島(にわとりじま)(もえ)、その外に猿楽木(さるがき)天樂(てんらく)がぴたりとつけています!後方集団も差がなく続いていますが……おっと、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)だけが取り残されています!』


「ありゃー手毬(てまり)は無理だな」


『さあ第四コーナーを回って直線コース!ここで先頭は庭鳥島(にわとりじま)(もえ)に変わった!内から馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)が食い下がる!さらに外から猿楽木(さるがき)天樂(てんらく)、その外から一気に卯佐美(うさみ)兎月(うづき)が突っ込んでくる!』


「夏瀬雪渚、案外、このような娯楽も悪くないものだな」


「ああ……」


『残り200メートル!まだ先頭は庭鳥島(にわとりじま)(もえ)!しかし外から馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)が伸びる!内の虎旗頭(とらきべ)桜歌(おうか)犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)も粘っている!』


 ゴールが間もなくという時だった。先頭集団が、突然、気力を失ったようにその場に倒れ込む。唯一立っていたのは――最後尾にいた手毬(てまり)だった。そして、手毬(てまり)は直線距離をどたどたと駆け抜け、ゴールインしてしまった。


『大逆転!ゴールイン!一着は――羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)だぁ!』


「うへー、マジかよ!」


「雪渚はん、また負けはったなぁ。わっちの胸でも揉むでありんすか?」


「夏瀬雪渚、これでいくら失ったのだ」


成程(なるほど)……やっぱり俺にギャンブルの才覚はなさそうだ」

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