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3-37 続・花魁道中

「……っ!」


 ――自害……?正気か……?


 俺は思わず立ち上がった。隣に腰掛ける恋町(こまち)は静かに俺の瞳を見つめている。


「本気でござんすよ。〈天衡(テミス)〉で偽証なのか確認してみるといいでありんす」


 恋町(こまち)の真意が掴めなかった。俺は、恋町(こまち)に言われるがままに、掟を定めることにした。


『掟:偽証を禁ず。

 破れば、(くしゃみ)をする。』


「掟は定めたどすか?もう一度言うでありんすよ?」


「ああ……」


「わっちは……雪渚はんがわっちと付き合ってくれないのであれば、この場で自害するでありんす」


 一時の静寂。恋町(こまち)(くしゃみ)をする様子はない。特に、我慢している様子もない。つまり、恋町(こまち)は脅しでもなんでもなく、本気でこの発言をしているというわけだ。


「はは……恋町(こまち)、本気なんだな……」


「……天音はんにも陽奈子はんにも悪いと思ってるでありんす。ただ……どうしても、雪渚はんだけは取られたくないでありんす」


 恋町(こまち)はその場に立ち上がり、その豊満な胸元を俺に押し付けて、上目遣いで迫ってきた。


「――お願いでござんす。雪渚はん……わっちを彼女にしておくんなまし」


 ――こうなっては……俺に断ることはできない。俺が断れば……恋町(こまち)は本気でこの場で自殺するつもりだからだ。


(ずる)いよ……恋町(こまち)


「許しておくんなまし……。わっちも……『最期は笑って死にたい』でありんすから」


「そうか……」


 ――天音……ごめん……。


「わかった……。付き合おう」


 俺がそう告げた途端、恋町(こまち)の表情がぱあっと明るくなる。


「ほ、ほんとでありんすか!?」


「……本気で自害するとまで言われちゃあ仕方ねえ。恋町(こまち)に死んでほしくはないからな……」


「嬉しいでありんす……!嬉しいでありんす……!」


 恋町(こまち)は大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。俺は優しく恋町(こまち)を抱き寄せる。


「ただ、天音は俺に依存しきってる。……多分、天音に『別れる』なんて言えば天音も自殺を考えかねない。それに、陽奈子も酷く傷付きかねない」


「……そうでありんしょうなあ。わっちは二番目でもいいでありんすよ?」


「そう言ってくれると助かる……。これは二股だ。この件は、俺と恋町(こまち)だけの秘密だ」


「……ふふ、わかったでありんす」


 ――嗚呼(ああ)、俺はどうしようもないクズだ。


「……雪渚はん、わっちを抱いておくんなまし。(けが)れたわっちを、上書きしておくんなまし」


「……恋町(こまち)……それは……」


「愛し合う二人が交合(まぐわ)うことの何がおかしいでありんすか?そうでっしゃろ、雪渚はん?」


 そう言って恋町(こまち)は、俺をベッドに押し倒した。その瞳は深く澄んでいて、とても直視できるものではなかった。


 ――力……強っ……!


 抵抗しようとするも、全く恋町(こまち)に太刀打ちできない。俺は恋町(こまち)に衣服を剥がされる。恋町(こまち)も、恥じらいながら着物を脱ぎ始める。


嗚呼(ああ)……夢にまで見た光景でありんす……」


 ――そうか……。この子も……壊れているんだ……。


 俺は為す術もなく、恋町(こまち)に飲み込まれていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌朝。自室にて目を覚ます。意識が朦朧(もうろう)としており、記憶が定かではない。――が、隣で安らかに眠る全裸の美女を見て、全てを思い出した。


 ――やってしまった……!


 恋町(こまち)は俺に抱きついたまま、満足そうに眠っていた。その表情は何処(どこ)までも穏やかで、まるで童話の白雪姫すら想起させた。


 慌てて時計を見る。早朝の五時半。まだみんな眠っているハズだ。俺はあまり騒ぎ立てないようウィスパーボイスで、しかしできるだけ大きな声で、安らかに眠る恋町(こまち)を揺すり起こす。


「――恋町(こまち)恋町(こまち)!起きてくれ!」


「……ん……んん……、ああ、雪渚はん、おはようござりんす。雪渚はんはベッドの上では野獣でありんすね。最高に気持ち良かったでありんす……。極楽でありんした……」


 そう言って恋町(こまち)はぽっと頬を赤らめる。


「呑気なこと言ってないで……!恋町(こまち)……誰かにバレると不味(まず)い。マジで悪いんだけど一旦こっそりゲストルームに戻ってくれないか……」


「……んん……雪渚はんはいけずやなぁ。わかったどす」


 まだ寝惚けている恋町(こまち)に慌てて服を着せ、部屋から追い出す。回廊はとても静かで、他の個室から光が漏れる様子もない。まだ誰も起きていないようだった。もう一眠りしようかとも思ったが、眠れるはずもなかった。俺は柄シャツに着替え、リビングへと降りてゆく。


 まだ電気も点いていないリビング。照明の電源をオンにし、キッチンの冷蔵庫に入っていたプリンを持ち出す。そしてスプーンとプリンを片手にソファに腰掛けた。


「うま……」


 カラメルソースが絡まったプリン。口内で甘味が弾ける。――そのときだった。


「――あ、せ、雪渚、お、おはよ」


 二階から階段で降りてきたのは――髪を下ろした陽奈子だった。陽奈子は俺と目を合わせない。陽奈子はぎこちなく俺に朝の挨拶をした。


「おう、陽奈子、早いな」


「う、うん……せ、雪渚も早いね」


「あー、まあ昨日の今日だからな。ちょっと眠れなくて……」


「そ、そっか。ア、アタシも……」


 陽奈子はやはり俺と目を合わせない。様子がおかしい。


 ――まさかな……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――アタシは偶然、聞いてしまった。深夜に雪渚の部屋で、雪渚とつれこまが話しているのを……。そして偶然、見てしまった。雪渚とつれこまが身体を重ねているのを……。


 リビングでプリンを頬張る雪渚は何事もなかったかのように平然としている。数時間前までつれこまとあんなことをしていたとは思えないくらい……。


「雪渚……隣、座ってもいい?」


「ああ、いいよ。陽奈子もプリン食うか?」


「う、ううん。大丈夫」


 ――つれこまいいな……。ずるいな……。アタシも雪渚に愛されたい。


 アタシは雪渚の隣にちょこんと腰掛けた。雪渚は、いつもと明らかに様子の違うであろうアタシを(いぶか)しげに見ていた。


 アタシは、気付けば唇を震わせながら、絞り出すように声を発していた。自分の意思ではなかった。理性ではなく、本能のままに口を開いていた。


「せ、雪渚さ、昨日、つれこまと部屋にいたよね」


「……っ!ゲホッ……ゲホッ……!」


 雪渚は()せてしまった。咳き込み、口元を拭いながら、アタシに顔を向ける。


「見てたのか……」


「ご、ごめん、あの……それで、アタシ、雪渚とつれこまが……その、してるの……見ちゃって……」


「…………」


「あの、雪渚、あのさ、抱いてほしいとか、つれこまみたいにめんどくさいこと言わないから、その――」


 ――違う。こんなこと……言うつもりじゃなかったのに。


「――ア、アタシとも付き合ってほしい」


「陽奈子……」


 ――違う、違うの。雪渚……。アタシ、こんなこと言いたいんじゃない……。


「も、もう今更さ、二股も三股も一緒でしょ?」


 ――違う。こんなあまねえを裏切るような真似……したいワケじゃないのに……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 陽奈子は、目を泳がせながらそう口走った。まるで、口に脳が追い付いていないような、そんな印象を受けた。


「ね、ねえ、雪渚、いいでしょ?つれこまがいいなら、アタシも雪渚の彼女になりたい」


 陽奈子は今にも泣きそうだ。多分、自分の中で天音への罪悪感と本心とで葛藤しているのだろう。


 ――何度だって俺も葛藤してきた。陽奈子の背景を思えば、陽奈子だって報われていいはずだ。


「……ご、ごめん、アタシ、こんなこと言うつもりじゃなかったのに……でも、ごめん、やっぱりアタシ……ずっと雪渚が好きで……でも、何をやっても振り向いてもらえる気がしなくて……」


 陽奈子は遂に、顔を覆って泣き出してしまった。俺は優しく陽奈子を抱き寄せた。


「ごめんな……陽奈子。辛かったよな……。俺が……もうちょっとちゃんとしてれば良かったんだけど」


「ううん……雪渚が悪いんじゃないの。アタシが……アタシが雪渚を好きになっちゃったから……」


「陽奈子……ごめんな、ごめん」


「ごめん……雪渚。『雪渚を振り向かせる』って言っておいて……やってることちぐはぐで……」


「謝るな。全部俺が悪いから……」


「ううん……。でも、やっぱりアタシ、つれこま嫌い……。あんなこと言ったら雪渚が断れないのわかってて……ずるいよ……」


「陽奈子……」


「雪渚……お願い……絶対あまねえにはバレないようにするから……アタシも雪渚の彼女にして。つれこまのことも誰にも言わないから……」


 ――陽奈子はそこまで俺のことを……。いや、わかっていたことか。俺が陽奈子を、我慢させすぎてしまった。


「……わかった。もう俺も後に引けないところまで来てしまった」


「いいの……?雪渚……」


「……仕方ないだろ。そうじゃなきゃ、陽奈子が報われなさすぎる」


「ありがと……雪渚。嬉しい。アタシ、頑張るから……」


 陽奈子は目を閉じ、俺の唇にキスをした。陽奈子はぎこちなく舌を絡めてくる。


「はぁ……はぁ……雪渚……好き……」


「陽奈子……」


 ――そのとき、上階から激しく扉を開ける音がした。微かに、彼女の大きな声が聞こえてくる。


「――ガッハッハ!朝だぞォ!起きろボォス!」


 ――竜ヶ崎……!


「やべ……!陽奈子……!」


「あっ……!うん……!アタシ、朝ご飯作る……!雪渚は普通にしてて……!」


 陽奈子の口から引く糸を、陽奈子は袖で拭い取る。陽奈子は慌ててキッチンへと向かった。俺は何かを誤魔化すようにテレビのリモコン――その電源ボタンを押す。


『――続いてのニュースです。先日、世界二位のクラン・〈不如帰会(ほととぎすかい)〉により〈真宿(しんじゅく)エリア〉にて大規模な襲撃が行われた模様です。現場の――』


 テレビの画面では朝の変哲もないニュース番組が流れている。先日の〈真宿(しんじゅく)エリア〉防衛戦に関するニュースのようだ。今日も新世界は異常だ。何の変哲もない。


「――おはようでありんす」


「ああ……」


 そのとき、リビングに足を踏み入れたのは恋町(こまち)だった。恋町(こまち)は舐め回すように俺と陽奈子を順に見つめ、ニヤリと口角を上げた。そして、キッチンで慌ただしく朝食を準備している陽奈子に声を掛ける。


「陽奈子はん、雪渚はんとのキスは気持ち良かったでありんすか?」


「――つれこま……!アンタ……見てたの……!?」


「一部始終見せてもらったでありんす。陽奈子はんは(みじ)めでござんすなぁ」


「……っ!アンタに言われたくないわよ……!」


 ――これで俺は天音、陽奈子、恋町(こまち)の三股を掛けることになった。天音にバレたら全てが終わる。これは……三人だけの秘密だ……。

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