3-36 花魁道中
「内通者…………」
飛車角さんの言葉は衝撃だった。味方であるはずの〈十天〉に、敵であるはずの〈十災〉の内通者がいるという事実。胸を強く締め付けられるような気分だった。
「……飛車角はん、わっちらも内通者である可能性があるということでありんしょう?何故話したでありんすか?」
『…………話すかは正直迷ったところだ。…………だがまあ、可能性はゼロじゃねえが……この場には内通者はいねえという俺の勝手な判断だ。…………賢い夏瀬の坊主なら内通者を探り当ててくれるかと期待して、な』
「推理はせつくんの十八番ですからね。せつくんならきっと読み当ててくださるでしょう」
「待って……アタシまだついていけてないわよ……」
「小生もですぞ……。まさか、〈十天〉に裏切り者がいるなど……」
『…………そういう意味で「状況は最悪」っつーことだ。……俺の一敗は確定。……〈十天〉に〈十災〉の内通者がいることも確定。…………そして恐らく、〈十天円卓会議〉で話したことは全て〈十災〉に筒抜けだ』
「かなり厳しい状況だね~。〈不如帰会〉攻略戦で『はんぶん様』を先んじて倒しておかないと、この不利は覆らないよ~」
「そもそも〈十天〉の大半の異能は世間に割れているでありんすが……〈十災〉は……異能は疎か、その面すら割れていないでありんす。元より大きく不利でござりんす」
『…………〈十天〉は十一人だ。……一人が寝返ってもまだ十人いるから〈災ノ宴〉での勝負は成立する。……が、例えばこの状況下で、〈十天〉に更に欠員が出れば、代理の者が戦わなきゃならなくなる』
――雷霧も危惧していた点だ……。〈十天〉でない者が、〈十天〉と同等の力を持つ〈十災〉と戦う……それは即ち、必敗を意味する。
犇朽葉に為す術もなく敗北した俺は、少なくともそう理解していた。例えば、〈不如帰会〉攻略戦において、〈十天〉の誰かが死亡するようなことになれば、新世界の滅亡が更に近付く。俺の第二の人生も、呆気なく終わりを迎えるのだ。
「代理の者が〈十災〉と戦うとなると……勝ち星を得るのは極めて難しいでしょうな……」
「〈十天〉が一人でも欠ければ、実質的に世界の滅亡が確定するようなものでありんすなぁ」
「嫌だにゃ~。折角〈神威結社〉にまた迎え入れてもらったのに……まだ死にたくないにゃ~」
『…………そういうことだ。……〈十天〉は呉々も元旦まで死ぬな。……俺も含めて、な』
空気は重い。飛車角さんの話は、その場を沈み込ませるには十分な威力を有していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕食と入浴を済ませ、深夜一時。俺は自室でベッドに寝転がっていた。部屋のユニットバス――その洗面台には竜ヶ崎から貰った電動歯ブラシが置かれている。俺は飛車角さんの話を|反芻しながら頭を悩ませ、思わず枕に顔を埋めた。
――くっ……。どうすればいい……。俺だって「最期に笑って死にたい」んだ。世界の滅亡なんて論外だ。折角楽しく生きているのに突然そんなことで終わらせてたまるか……!
――そのためには〈災ノ宴〉で〈十天〉陣営が少しでも有利に立つために、「はんぶん様」を必ず討伐しなければならない。ならば〈不如帰会〉攻略戦の人員を更に増やして強化すべきか……?だが〈十天〉を失うリスクを負うべきではない……。
――それに〈十天〉の誰かしらの助力を得たとしても、その人物が内通者だった場合、利敵行為も甚だしい。下手すれば全滅だ……。クソ……どうすれば……。
答えのない問いに延々と頭を悩ませ、既に二時間近くが経過していた。俺の頭では、一向に答えが出ない。俺の判断が世界の滅亡に直結するかもしれない。そのプレッシャーが、思考を更に妨げる。
――……そうだ。アイツなら相談に乗ってくれるかもしれない……。
俺は枕元に置いていたプレートフォンを手に取り、SSNS経由で「彼」に電話を掛けた。そして、「彼」は直ぐに電話に出てくれた。
『――雪渚か。どうした?DMではなく通話とは珍しいな』
「あー、一二三。悪いな、深夜に。今、大丈夫か?」
電話の奥からは微かにキーボードのタイピング音が聞こえてくる。どうやら一二三は仕事中のようだ。
『仕事中だが問題ない』
「そうか、助かるよ。……ちょっとな、一二三に相談があってな」
『……穏やかじゃなさそうだな。俺で良ければ聞かせてくれ』
そして俺は、「魔王城バトルロード」の件、〈不如帰会〉の件、〈災ノ宴〉の件、〈十災〉の件――全てを打ち明けた。一二三は度々、相槌を打ち、真摯に俺の話に向き合ってくれた。
『……成程。〈十天〉に〈十災〉とやらの内通者か。新世界の頂点である〈十天〉の中に、世界に滅亡を齎す〈十災〉の内通者とは……凄まじい話だな』
「ああ。〈不如帰会〉攻略戦の人員を増やすべきか……増やすなら確実に勝つために〈十天〉だろうが……〈十天〉を失うリスクを負うワケにもいかなくてな。『はんぶん様』の『悪魔級異能』もわからないし……」
『そうだな……。俺からすれば〈十天〉がそう簡単に負けるとは思えないのだが……実際に雪渚は犇朽葉があの日向さんと互角に戦っているのを目の当たりにしている……。慎重になるのも当然か……』
「ああ。一向に答えが出なくてな……」
『まあ一つ言えるのは、〈神威結社〉の面々は雪渚、お前を強く信頼しているからこそお前に判断を任せているということだ。自身の命を脅かす結果になるかもしれないのにも関わらず、他人に判断を仰ぐんだ。その信頼は人並みではあるまい』
「信頼か……」
『だからこそ雪渚、お前は俺に意見を求めるのではなく自分自身で答えを出さなければいけない。俺がアドバイスをすることはできるかもしれないが、それでは〈神威結社〉のお前の仲間たちは納得しない筈だ』
「そうだな……。悩むしか……ないよな」
『とは言え一人で閉じ篭って悩んでいても答えを出すのは難しいだろう。気晴らしに旅行にでも行ってみたらどうだ?』
「旅行か……。そうだな、悪くないかもしれない」
『大した力になれずすまないな』
「いや、俺にはなかった発想だ。助かったよ。ありがとな、一二三」
『おう、また来週にでも飲みに行こう』
「ああ、そうだな。じゃあな」
そう告げて電話を切る。プレートフォンを枕元に置き、俺は仰向けになってベッドに大の字に寝転がった。ふかふかのマットレスの沈むような感覚が何処か心地好い。
――旅行か。猫屋敷が正式に〈神威結社〉に加入したタイミングだし、〈不如帰会〉攻略戦前に更なる一致団結を図る機会として良いアイデアかもな。〈十二支〉や恋町、幕之内も誘って士気を高めてみるか。
噂をすれば影が差す。コンコンコン――その思考を遮るように、個室の扉が三回ノックされた。
――ん……?もう一時だぞ。みんな休んでいるものかと思っていたが……。
「開いてるぞ」
扉がゆっくりと開かれる。そこに立っていたのは、髪型は艶のある黒髪の丸みを帯びたショートボブ。髪には紅く大きな彼岸花の花弁を着けている美女であった。艶やかな着物姿は花魁を想起させる。
「雪渚はん、今、お時間よろしいでありんすか?」
「恋町か。今日は泊まるんだったな。どうした?三階のゲストルームに何か不備でもあったか?」
恋町は伏し目がちに首を横に振った。この距離だと、どうしてもシャンプーの良い香りがしてしまう。
「……違うでありんす。わっちが今日、〈オクタゴン〉に来たのは……実は雪渚はんに話したいことがあったからでありんす」
「……そうか。まあ入ってくれ」
「失礼するどす」
「適当にベッドにでも座ってくれ」
恋町をベッドに座らせる。俺がその位置と向かい合うように椅子に座ろうとすると、恋町が遠慮がちに口を開いた。
「雪渚はんにもこっちに座っておくんなまし」
「……わかった」
恋町に促されるままに、恋町の隣に座る。
「それで……話って……?」
「雪渚はんには……わっちの気持ちがどれくらい伝わっているかわかりまへんえ」
「恋町……」
「この半年近く、わっちなりに頑張って愛を伝えてきたつもりでござんす。でも、わっちもここまで人を好きになったこともなく……多分やり方を大きく間違えてしまったでありんす」
――〈極皇杯〉の打ち上げでの俺の手を胸に触れさせての「いつでもわっちを性処理に使っておくんなまし」発言に、毎分毎秒のDM――確かにマトモな恋愛とは言い難い。
「それで雪渚はんに嫌われてしまってへんか……不安で不安で……」
「恋町。それくらいで嫌いになったりしねーよ。気持ちは嬉しいよ」
「そうでありんすか。嬉しいでありんす。でも……雪渚はん、わっちが天音はんや陽奈子はんに『ヤリマン』扱いされているのはきっと知っているでありんしょう……?」
――恋町からこの話を切り出してくれるか……。
「……まあな」
「それは――事実でござんす。あっ、でも、〈極皇杯〉のときからは他の男には抱かれていないでありんす」
「多分……過去に何かあったんだろ」
――天音に陽奈子、雷霧、師匠、飛車角さん――神話級異能を持つ者……特に俺が良く知る〈十天〉は、皆が一様に壮絶な過去を背負っていた。これは勘だが、恐らく、恋町もきっとそうだ。
「……今は亡き父に……性的虐待を受けていたでありんす」
「そう……だったのか……」
「それに……学生時代は性的な虐めを毎日のように受けていたでありんす。毎日のように犯され……今思い出しても泣きそうになるどす」
「そうか……。辛かったな……」
「雪渚はんは優しいでありんすね。でも雪渚はんなら、軽蔑せずに寄り添ってくれると思っていたでありんす」
「恋町も知ってるだろうが、俺も色々あったからな……。恋町が受けた苦痛を完全にわかってやることはできないかもしれないが、できる限りはわかってやりたい」
「その気持ちだけで嬉しいでありんす。きっと……天音はんも陽奈子はんも、私を『ヤリマン』と冗談めいて弄ることで、ネタに昇華してくれようとしているでありんす。二人とも素敵な女性でござりんす」
「そうか。ちゃんと気付いてたんだな」
「ふふ、雪渚はんへのわっちの過度なアプローチの所為で、二人に嫌われている自覚はありんすけどね……」
「多分、天音も陽奈子も恋町をライバル視してるだけで、心の底から嫌ってるわけじゃないと思うよ。特に陽奈子は結構不器用なトコあるからな……」
「そうでありんすね。……雪渚はん、わっち、まだ死にたくないでありんす」
「……〈災ノ宴〉か」
「〈不如帰会〉攻略戦は……まあ会員番号一桁くらいなら余裕でありんしょう。……ただ、〈十災〉は話が違うでござんす。生きて帰ってこられるかすらも五分でありんす」
――事実、六十年近く前の〈災ノ宴〉では、〈十天〉のうち三名が死亡した。今回の〈災ノ宴〉でも、〈十天〉が全員生還できる可能性は……限りなく低いだろう。
「わっちは……後悔したまま死にたくないでござんす」
「恋町……」
恋町は着物の懐から――包丁を取り出した。先端が鋭い光を放つ。そして、その刃を――自身の首に突き立てる。
「――だから……雪渚はんがわっちと付き合ってくれないのであれば、この場でわっちは自害するでありんす」
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。