3-35 銀髪のキューピット
五月に入った新世界。〈オクタゴン〉の拓生の個室――二〇七号室のベッドの上では、俺と拓生が「モンスタークルセイド」――通称・「モンクル」で遊んでいた。以前、天音に買ってもらったカードゲームだ。
室内は見るからにオタク部屋といった様相で、深夜アニメの萌えキャラのポスターやフィギュア、涙ちゃんやミルルンのグッズで埋め尽くされている。「全方位型オタク」の本領発揮である。
「よし、『玄武ゲンブロード』を召喚してターンエンドだ」
「――掛かりましたな!雪渚氏!『朱雀スザクオン』を召喚!フィールドの防御力最大のモンスター――つまり、『玄武ゲンブロード』を破壊しますぞ!」
「なにっ……!?」
「『朱雀スザクオン』は速攻アタッカー!そのまま雪渚氏に攻撃!ふひひっ!小生の勝利ですぞ!」
「くっ……!コントロールデッキと見せかけてミッドレンジデッキだったか……!やるな、拓生」
「フッフッフ……ピン刺しの『朱雀スザクオン』が活きましたな……!」
そのとき、コンコンコン、と扉がノックされた。
「どうぞ!ですぞ!」
一礼と共に部屋に入ってきたのは天音だ。天音の胸にはトレーが抱えられており、その上にはクッキーが積まれた小皿と二杯のココアが載せられている。天音はベッドの脇のテーブルにそれを置いた。
「せつくん、御宅さん、おやつを持ってきましたよ」
「おお、丁度小腹が空いていたところだ。ありがとう、天音」
「天ヶ羽女史!助かりますぞ!」
「ふふ、何やら楽しそうですね。……おや?」
「どうしましたかな?天ヶ羽女史」
「この写真は……」
天音がトレーを置いたテーブル。そこには少女の遺影が飾られていた。白ブラウスの上から黒いタータンチェック柄のジャンパースカートを着た、内巻きの銀髪ボブスタイルの可愛らしい女の子。左右のサイドには白いポンポンヘアゴムを着けている。
「束花さんか……」
「そうですぞ。小生の尊敬するばあちゃんで……雪渚氏や天ヶ羽女史にとっては教え子ですな。先日、〈淡墨エリア〉に寄った際に実家で見つけましてな」
――束花紬。八十五年以上前、旧世界で俺や天音がバイトをしていた塾の教え子だ。俺と天音が付き合うきっかけになった女の子でもある。
「ふふ、懐かしいですね。紬ちゃんはせつくんにとても懐いていて、それでいてとても賢い子でしたね」
「ああ。俺が死んだ後に立派に医者になったんだよな。本当に凄い子だよ」
「ばあちゃんはよく雪渚氏や天ヶ羽女史の話をしてくれましたぞ。こうして小生が〈神威結社〉に加入したのも、ばあちゃんが引き合わせてくれたのかもしれませんな……」
「拓生、この遺影、手に取って見てもいいか?」
「ばあちゃんの恩師であるお二方なら、もちろんOKですぞ!」
俺は小さく頷いてその遺影を手に取った。その少女は、俺たちが塾で授業をしていたときの姿のままだ。
「懐かしいな……。……ん?」
写真の隅に、写真が撮られた日付が記載されている。そこには、「2107.04.18」と記載されていた。現在は二一一一年五月。今から、たった四年ほど前に撮られたもののようだ。
「え……?拓生、これ、撮られたのって……」
「ばあちゃんが亡くなる少し前ですぞ」
「おや?おかしいですね。それにしては全く歳を取っていないどころか……私たちが塾で紬ちゃんを教えていたときの姿のままですが……」
「そう言えば言っていませんでしたな。ばあちゃんは、『歳を取らない異能』を授かったのですぞ」
「それで……小学生のときの姿のままなのですね」
「異能を授かるのは十代が一般的ですからな。実際に授かったのは中学生のとき――十四歳頃だと言っていましたぞ」
「じゃあ中学生の姿のまま歳を取っていないのか……。俺たちが教えていたのが十二歳頃だから……道理であのときの姿のままなワケだ」
「二年じゃそんなに変わりませんからね」
「束花さんは俺にまた会えるようにと思って、〈淡墨エリア〉を寒緋桜が咲き誇るエリアにしたんだよな……。入れ違いになっちゃったな」
「私がもう少し早くせつくんを生き返らせてあげられれば良かったのですが……。申し訳ございません。私の力不足です」
「いや、天音が悪いワケじゃないよ」
「そうですぞ、天ヶ羽女史。それに、ばあちゃんになるまで生きられるなんて、この新世界じゃ幸運なことですぞ」
「そうかもしれませんね……」
「……雪渚氏、天ヶ羽女史、これは話すか迷っていたのでありますが……小生、少し気になることがあるのですぞ」
「気になること?」
「先日、〈淡墨エリア〉に立ち寄った際、ばあちゃんの墓参りもしたのでありますが……その墓が荒らされていたのですぞ」
「荒らされていた……?」
「そうですぞ。まるで掘り返したような……。流石にばあちゃんに申し訳ないので、小生も地面を掘って確認したわけではないでありますが……」
「〈淡墨エリア〉にそんなことをする方がいるとも思えませんし……妙ですね」
「何にせよあまり気分のいいものではないな……」
「……いや、忘れてくだされ。きっと悪戯だと思いますぞ!」
「そうか……。〈淡墨エリア〉のエリアボスは海酸漿だったよな。一応連絡しておくか」
「そうしてもらえると助かりますぞ」
「――ボォス!」
そのとき、竜ヶ崎が勢い良く部屋に入ってきた。
「おォ!ボス!拓生の部屋にいたかァ!」
「どうした、竜ヶ崎」
「おォ!恋町が来てるぞォ!陽奈子と喧嘩してらァ!」
「またか……」
溜息を吐き、ベッドから立ち上がる。一階・リビングへと降りると、そこには見慣れた光景があった。
「――はあ!?アンタに〈不如帰会〉攻略戦の協力してほしいなんて頼んでないんですけど!アンタどうせ雪渚に気に入られたいだけでしょ!?」
「陽奈子はんは賑やかでありんすなぁ」
「あっ、せつなっちー。助けて~」
「夏瀬雪渚。徒然草恋町が来て早々に日向陽奈子と喧嘩を始めたのだ」
「おー、アホ共。喧嘩すな」
「雪渚はん、ごきげんようでありんす。最近は雪渚はんが連絡を返してくれて、わっち、嬉しいでござりんす」
「ねー!雪渚ー!聞いてよー!つれこまがさー!」
「勝手に人の名前を略さないでおくんなまし。似非ギャルはん」
「は、はあ!?似非じゃないしー!」
「だから喧嘩すな……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〈神威結社〉の七名に恋町、そしてペットカメラで繋いだ飛車角さんが集うリビング。俺たちはペットカメラを置いたガラスのローテーブルを囲うようにして、L字型のソファに腰掛けていた。
「おォ!じゃあ恋町は遊びに来たんだなァ!?」
「そうでありんす。愛する雪渚はん――将来の伴侶のご尊顔を見に来たでありんす」
「マッジでつれこまバッカじゃないの!?雪渚はアンタなんか相手にしないしー!」
「そう言う陽奈子はんも何も進展してないみたいでござんす」
「ふ、ふん!ア、アタシは〈極皇杯〉の後に雪渚とキ、キスしたもーん!」
「……!?き、聞いてないどす……!」
「陽奈子……ムキになってどうする……」
「絵に描いたような修羅場ですな……」
「にゃはは~。面白いね~」
「日向陽奈子、徒然草恋町、殺し合って白黒はっきりさせたらどうだ」
「にゃはは~、ニコっちは相変わらず物騒だし~」
「あのー、せつくんの彼女は私なんですけど……」
「ねー!雪渚ー!つれこまが〈不如帰会〉攻略戦に来るの嫌なんだけどー!」
「そう言ってもな……。〈不如帰会〉相手の戦力として恋町は心強いぞ……」
「第七席の雑魚はお黙りんす」
「キー!!!」
『………………おい、夏瀬の坊主。…………茶番を続けるなら俺は仕事に戻るぞ』
「おっと……。ま、まあアレだ。この場に折角〈十天〉が四人もいるんだ。〈不如帰会〉攻略戦の後に控える〈災ノ宴〉や〈十災〉のことについて話し合いたくてな」
「おォ!ボス!ワザワイノウタゲとジッサイってのはなんだァ?食えるのかァ?」
「マジですかな……」
「天音……頼む」
「はい。竜ヶ崎さん、〈十災〉というのは世界滅亡レベルのヤバい危険人物たちだと思ってください。来年の元旦――一月一日に、〈鬼ヶ島〉で行われる〈十天〉対〈十災〉の十連戦――それが〈災ノ宴〉です」
「――おあッ!?なんかヤバそうだなァ!」
「はい。〈不如帰会〉の教祖――トップである『はんぶん様』も〈十災〉である、というのが私たちの見解ですね」
「兄貴より強ェってことかァ!」
「竜ヶ崎女史……もうそのレベルの話ではないですぞ……」
「つまりわっちや飛車角はん、天音はん、ついでにアホの陽奈子はんも〈災ノ宴〉で〈十災〉の誰かと戦うことになりんす」
『…………そういうことだな。……俺らの神話級異能と同等の力を持つ『悪魔級異能』――それを有する化物が十人集まるんだ。……〈災ノ宴〉に負けりゃあ、新世界は数時間で終末を迎えるだろうな』
「アタシたちが〈不如帰会〉攻略戦で『はんぶん様』を倒せなかったら……十戦のうち六勝しなきゃならないのね……」
「この新世界の歴史でも過去最凶クラスの敵でしょうね。正直、〈十天〉が全員生きて帰れるとは思えません」
『…………それに俺が出張らなきゃならねえ時点で既に一敗は確定しているようなモンだ。…………状況は最悪だな』
「……ん?飛車角さん、どういうことですか?」
『…………〈十天〉以外に話すわけにはいかねえが……まあそうだな……。……夏瀬の坊主の〈天衡〉ほどは複雑じゃねえが、タネがバレると急激に弱体化するタイプの異能だと思ってくれ。…………バレなくてもどうも使い勝手が悪くて弱いんだがな……』
「飛車角氏の異能は〈十天〉しか知らないとされていますぞ……。気になりますな……」
「ガッハッハ!神話級異能なんだろォ!弱ェワケねェだろォ!」
――飛車角さんの神話級異能か……。ここまで「弱い」と断言されると、単なる謙遜の類ではないのだろうが……。
「まあ個々で頑張るしかないでありんすなぁ。わっちは勝てる気しかしないでありんすが」
「ふん!つれこまなんか負けちゃえばいいのよ!」
「陽奈子さん……それだと世界滅亡に一歩近付きますよ……」
『………………一点、報告がある』
「む……?飛車角上官、何があったのだ?」
『………………ニコ、もうお前の上官じゃねえが……まあいい。夏瀬の坊主、〈十天円卓会議〉へ来る方法は覚えているな?』
「ええ、基本的には〈十天〉しか立ち入りできない……。例外としては、〈十天〉と同時に特殊な〈翔翼ノ女神像〉に触れることで入室できるんですよね?」
「そうですな。小生たちが〈十天円卓会議〉に行ったときも同じ方法でしたぞ」
『………………そこなんだよ。問題は』
「あゆむっちー、どういうことかにゃ~?」
『………………俺は〈十天円卓会議〉へのアクセス権限のある〈翔翼ノ女神像〉の管理も担当していてな。…………先日の〈十天円卓会議〉で違和感が生じて、全ての〈翔翼ノ女神像〉に付着した指紋を調べ上げた』
「あァ?どういうことだァ?」
『………………あったんだよ。……〈十天〉でも、最後に〈十天円卓会議〉に来た部外者である〈神威結社〉でもない、無論、黒崎の坊主でもない何者かの指紋が』
「〈十天円卓会議〉にはあれ以来、部外者は立ち入っていないはずです。〈十天〉が、誰かをこっそり〈十天円卓会議〉に立ち入らせたということでしょうか」
『…………目的はわからねえがそうだろうな。……例えばだが、『透明人間の異能』ならそれだけで〈十天円卓会議〉の発話内容を盗み聞きできる。……実際は〈十天〉が気付かねえはずがねえが』
「最悪……でありんすね……」
『…………タイミング的にも、そんなことをする人間は……〈十災〉しかいねえだろ』
「えっ……!?飛車角さん……どういうこと……!?」
『………………「いる」ってことだ。……〈十天〉に、〈十災〉の内通者がよ』
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