3-34 カミネイター
「何言ってんだ……?一二三……。異能戦でもやろうってか?」
「そんな大層なモンじゃない。ちょっとしたゲームさ」
「ゲーム?」
「覚えてるだろ?大学時代に流行っていた、あのゲーム……」
「……『カミネイター』か」
「御明答。……ここに二枚の紙がある。これを使おう」
そう言って一二三は、懐から取り出した一枚の紙の切れ端とボールペンを俺に手渡した。
「そこに一つ、単語を書いてくれ。ルールは覚えているだろう?」
「ああ。お互いがお互いに見えないよう、ある単語を紙に記入する。ターンを交代しながら、お互いに『YES』、『NO』、『わからない』で答えられる『質問』を繰り返す」
「そうだ。そうして『質問』を繰り返し、相手の単語がわかった場合は質問の代わりに『回答』する。そして先に相手の単語を的中させた方の勝利。シンプルなゲームだ」
「久しぶりだな。……よし、やるか」
そうして、俺は一二三に見えないよう、紙に単語を記入する。記したのは、「時間」――という単語だ。メジャーな単語だが、だからこそ、灯台下暗し。そこに勝機を見出した。
「雪渚、ブランクもあるだろう。先攻は譲ろう」
――この「カミネイター」。「先に相手の単語を的中させた方の勝利」というルール上、先攻が有利だ。
「じゃ、遠慮なく。――質問、『抽象名詞か?』」
――名詞、というのは「具体名詞」と「抽象名詞」に分かれる。具体名詞は五感で知覚できる、物体として存在するもの……例えば、「猫」、「机」、「ゲーム」などが該当する。対して抽象名詞は、形のない概念や状態を表す名詞だ。「勇気」や「知識」、「勝利」などが該当する。
すると、一二三がバーカウンターに伏せて置いた一枚の紙から、光る記号が宙に浮かび上がった。そこには、「✕」と記されている。
「✕……?なんだこれは」
「……ああ、その紙は天プラで遊びで作った代物でな。この『カミネイター』の審判の役割を果たしてくれる。つまり、俺の指定した単語は『抽象名詞ではない』――具体名詞だということだ」
「成程……」
「ああ、とは言え不正はないから安心してくれ。俺に雪渚の単語は知る由もない」
「わかってるよ。一二三は不正するような奴じゃない」
――何にせよ、一二三の指定した単語は抽象名詞ではない。つまり具体名詞……はっきりとした、形あるものということだ。「車」、「煙草」、「テレビ」に「タオル」、「猫」……まだまだ絞りきることはできない。
「よし、ならば雪渚。次は俺のターンだ」
「ああ」
「――質問、『抽象名詞か?』」
――上手いな。同じ質問で被せ、こちらにヒントを与えない。そして具体名詞か抽象名詞かでまずは大きく絞ってくる。「カミネイター」の初ターンとしては最適な質問だ。
すると、俺の伏せた紙から記号が浮かび上がる。浮かび上がったのは――「〇」。
「そうか。抽象名詞か」
――抽象名詞と一言で言っても、内包する単語は多種多様だ。「愛」や「知識」、「勝利」……それだけでは絞れない。まだ猶予はある。
「……よし、次は俺だ。――質問、『食べられるものか?』」
その質問の直後、一二三の紙の真上――宙に現れた記号は「?」を示していた。
「クエスチョンマークか……」
「クエスチョンマークが出たということは、雪渚の『食べられるものか?』という質問に対する回答は、『わからない』ということだ」
――食べられるかどうか、「わからない」もの……ということか……。
「一二三、この判定は誰基準だ?」
「飽くまで世間一般的には、と考えてくれて良い。世間一般的に、食べられるかどうか、『わからない』ものと言える」
――さて、食べられるかどうか「わからない」ものと言われて、何を考えるのが正解だろうか。例えば昆虫。世界には昆虫食と呼ばれる文化がある。蜂の子……蜂の幼虫を食べる人もいれば、当然食べられない人もいる。この場合、世間一般的な考えを基にするこの紙は、俺の「食べられるものか?」という質問にどう回答するか。恐らく、「わからない」――即ち、クエスチョンマークだろう。
「どうだ?雪渚、答えは見えたか?」
「いや……残念ながらまだ『回答』できる段階じゃないな」
「そうか。俺もだ。質問させてもらおう。――質問、『人が干渉できるものか?』」
――……っ!上手い……!
俺の眼前の紙が映し出すのは――「✕」。それを見て、一二三はニヤリと口角を上げた。
「……ふっ、そうか。人が干渉できる抽象名詞……中々に限られる」
――一二三……やはり天才か……。先述した抽象名詞のうち、例えば「知識」は人の努力によって身に付けられるもの。十二分に干渉できると言える。そして、「愛」はそもそも人の感情に関する抽象名詞だ。これも人が干渉できると言える。そして、「勝利」……これは人の行動によって得られる結果……人が干渉できると言える。これらの可能性が全て、一二三の脳内から消えたのだ。今のたった一つの質問によって。
「……流石だな、一二三。今の一つの質問で、一気に窮地に立たされた」
「いや、雪渚。お前も大概だろう。大凡その検討はついている筈だ」
――食べられるかどうか、「わからない」もの。恐らく、身体の部位だ。例えば、豚や牛の心臓は「ハツ」として焼肉屋でも親しまれている。ただし、全ての動物の「心臓」が食べられるワケじゃない。「わからない」としか質問に回答できない道理だ。
――一二三なら次のターンで「回答」すら有り得るな。だが、焦って「回答」して外した場合、無駄にターンを消費することになる。飽くまで冷静に、だ。
「――質問、『それは臓器か?』」
一二三の眼前に置かれた紙から浮かび上がるのは――「〇」。これによって、一気に回答を絞ることができた。
「はっ、流石雪渚だ。この数ターンで王手か」
「……よし。一二三、まだお前も確信を持って回答できる段階じゃないはずだ」
「……そうだな。ならば……。――質問、『それは数値や単位で表すことができるか?』」
「なっ……!」
的確な質問。思わず声が漏れる。俺の紙から浮かび上がる記号は――当然、「〇」。
「成程な……」
――「抽象名詞」で「人が干渉できず」、「数値や単位で表せるもの」。それは、「時間」や「速度」、「距離」、「質量」、「電圧」などに限られる。
――不味い。もう、当てられるのも時間の問題だ。質問できて……あと一回。この質問で確定させるしかない。
「――質問、『二対か?』」
一二三の眼前に置かれた紙。そこから浮かび上がった記号は――「✕」。不正解を表す記号だった。
「雪渚、まだ余裕があるつもりか?」
――二対ではない臓器……。「肺」や「腎臓」は候補から外れる……。
一二三は赤ワインをひと口嗜み、グラスをバーカウンターに置いた。そして、堂々と告げる。
「――回答、『時間』」
「……っ!」
その途端、大きな「〇」が俺の眼前に浮かび上がる。そして、誰が触れたでもなく、紙が捲られる。そこにはしっかりと、「時間」と記されていた。
「はっ、雪渚。俺の勝ちだな」
「ちっ……。一二三の指定した単語……『脳』か……」
一二三はそれを聞いて小さく頷くと、目の前に置かれた紙を捲った。そこには、「脳」と達筆な文字で記されていた。
「成程な……。俺が外していれば、雪渚に負けていたわけか」
「やっぱり一二三、俺なんか天才じゃねえ。お前だよ、一番賢いのは。勝てやしねえ」
「とは言え『カミネイター』の勝率は五分五分だろう」
「まあな……。……どうして『時間』だとわかった?まだ、『距離』や『電圧』……他の候補もあっただろ」
「雪渚……この手のゲーム、例えば『ヴォイニッチ手稿』や『フェルマーの最終定理』のような難解な単語を選択すれば勝率は跳ね上がるだろう」
「そうだな……」
――普通、この手のゲームに勝つには、難解な単語を選ぶのが良い。そうすれば、相手は単語を特定するために、質問にターンを割かなければならないからだ。しかし、一二三は昔からこうだ。「脳」なんて誰でも知る簡単な単語で、鮮やかに勝利してしまう。
「だが雪渚、俺とお前は互いに天才だと認めている。言わば良きライバルだ。だからこそ、俺は雪渚を信じた。俺たちは俺たちに無関係な単語を選ばないんだよ」
「そういう理屈か……」
「ああ。八十五年という『時間』を過ごした雪渚と、『頭脳』で競い合ってきた俺たち……結果的に、両者共に選択した単語は俺たちに深く関係する単語だった」
「……はあ。参った、完敗だ。『カミネイター』の直前、俺が蘇ってからのら話をしたのもその布石か……」
「そういうことだ。人間の無意識的に働き掛けた。あの話をすれば、雪渚は無意識にそれに関連した単語を選択する」
「こんな芸当をできるお前が偉人級異能だってのが信じられねーよ」
「仕方ないさ。〈審判ノ書〉がそう決めたのならな」
「天プラの方はどうなんだ?相変わらず業績も世界一か」
「お陰様でな。今はARCADIAという電脳空間を開発していてな、そのプレオープンに追われている」
「電脳空間か……。また凄まじいことをしてるな……」
「ARCADIAが正式にオープンしたら、是非〈神威結社〉の面々にも遊びに来てほしいものだ。新たな〈神威結社〉の仲間にも会ってみたいしな」
「ああ、伝えとくよ」
そのとき、そのバーに着信音が鳴り響いた。聞こえてくるのは、一二三の白衣のポケットからだ。
「……おっと、もう少しゆっくり飲みたかったところだが……仕事の時間か」
「お前は忙しいな……」
「悪いな、雪渚。また会おう」
「ああ」
一二三は二人分の酒代――銅貨八枚をバーカウンターに置いて、そのバーを後にした。格式高い照明が、その足取りを不気味に照らしていた。
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