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3-31 パートタイム・ドラゴニュート

「……この居酒屋か?」


「……そのようですね」


 竜ヶ崎を追って俺たちが辿り着いたのは、我が国、〈日出国(ひいづるくに)ジパング〉――ではなく、遠く離れた国、世界六国が一つ、〈冥界トコヨノクニ〉の中心地であった。


「まさか……飛行機を使うとは思っていませんでしたな……」


「竜ヶ崎……あいつアホだろ……。普通バイトって近場で探すだろ。なんで国を(また)ぐんだよ」


「そこまでしてバレたくなかったんでしょうか……」


「限度があるだろ……。そしてこれ多分バイト代、ここまでの交通費で相殺されるだろ……」


「夏瀬雪渚、プレートフォンで調べたが、『交通費支給』という制度があるそうだ」


「バイトで飛行機の交通費支給してくれる職場なんてねーよ……」


 俺たちがいるのは、〈冥界トコヨノクニ〉の都心に当たる、〈妖魔(ようま)エリア〉。どう形容すべきか言葉に迷うが、一言で表すなら「オリエンタル×サイバーパンク」だろうか。「熱烈歓迎」と書かれた赤く巨大な鳥居や、クトゥルフ調の巨大なクリーチャーを模した立体看板に建ち並ぶビル。車道には当然のように車が走行している。明るくポップな色合いだが同時に危うさも感じさせる、そんなエリアであった。


「雪渚、さっきも言ったかもだけど、この〈妖魔(ようま)エリア〉……〈不如帰会(ほととぎすかい)〉の本拠地があるエリアよ」


「……ったく、よりにもよって……だな」


「こ、今回は関わらない方向で行きますぞ!か、関係ないですからな!け、決して怖いワケじゃありませんぞ!」


「御宅さん、ビビりすぎですよ」


「にゃはは~、尾行ってワクワクするね~」


 竜ヶ崎が入ったのはその路地裏にある一軒の居酒屋だった。陽奈子の『着替照(きがてらす)』のお陰で、誰もここまで気付かれずに辿り着くことができた。その居酒屋からは光が漏れ、どうやら騒がしい。かなり繁盛しているようだ。


「せつくん、入ってみましょうか」


「そうだた。陽奈子の『着替照(きがてらす)』で竜ヶ崎からは一般客に見えるはずだし、堂々と団体客として入ってみるか」


 俺たちは頷き合い、その居酒屋に立ち入った。内装は一般的な居酒屋だ。変わったところはない。俺たちの入店に、スタッフらしき若い男が声を掛ける。


「いらっしゃいませー!何名様ですか?」


「六名です」


「かしこまりました!こちらのテーブル席へどうぞー!」


 案内されたのは、掘炬燵(ほりごたつ)のある座敷のテーブル席。靴を脱いでそこに座る。ニコは、慣れない居酒屋の雰囲気にソワソワしている。


「ご注文、お決まりになりましたらボタンでお知らせくださーい!」


 去ってゆくスタッフを横目に、俺たちは小声で話し始める。その居酒屋は大層賑わっており、そこかしこからどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。


「うーん、人が多くて竜ヶ崎を見つけられないな……」


「雪渚氏!折角なので色々注文しますぞ!」


「まあ注文しないのも変だしな。飲食は普通にさせてもらうか」


 適当に唐揚げ、生、焼き鳥、刺身等、飲み会の定番メニューを一通り注文し、料理の到着を待つ。


「雪渚、アタシ事務しかやったことないからわかんないけど、居酒屋のバイトって結構大変よね?」


「俺も居酒屋バイトの経験はないけど、時給の割には大変だろうな。グリスト掃除に客のゲロ掃除までしなきゃいけないからな」


「にゃはは~。きたにゃ~い」


「そうらしいですね。居酒屋バイトはアルバイトの定番ですが、かなり大変だと聞きます」


「夏瀬雪渚、『グリスト』とはなんだ?」


「厨房から出る排水に含まれる油脂や生ゴミが集まる装置で……まあデカい排水溝みたいなモンだ。クソ汚いからマジで誰もやりたがらないんだよな」


「せつなっちー、やったことないのに詳しいね~」


「無駄な知識ね……」


 そんな他愛もない話をしていると、料理が運ばれてきた。驚くべきことに、料理を運んできたのは――竜ヶ崎だった。


「お、お待たせしましたァ……!――あッ」


 無理に料理を抱えていた竜ヶ崎がバランスを崩す。テーブルの上で皿が割れ、料理が散乱してしまった。


「――おい竜ヶ崎ィ!テメェ何やってんだァ!ぶっ殺すぞォ!」


 その途端、キッチンの奥から強面の中年の男がやってきて――竜ヶ崎の顔を激しく殴り付けた。男の胸には、「店長」と記されたネームプレートがある。


「いでェ!」


「テメェ!いつになったら仕事覚えるんだ!?〈極皇杯〉のファイナリストかなんだか知らねぇが、本当に使えないヤツだな!?」


「う……わ、悪ィ……」


「『申し訳ございません』だろうが!ぶち殺すぞ!ガキが!」


 店長は竜ヶ崎の顔をまた殴り付ける。竜ヶ崎の顔は赤く腫れてしまっていた。竜ヶ崎は泣きそうになってしまっている。


「お客様!申し訳ございません!ウチのクズが!」


 俺たちは、あまりの衝撃的な光景に言葉を失っていた。必死に謝る店長。店長は竜ヶ崎の頭を乱暴に掴み、無理矢理に頭を下げさせる。


「わ、悪かったァ……。じゃねェ……。も、申し訳ございませんでしたァ……」


「戦うしか能のないクズが!さっさと片付けろ!今日のバイト代はナシだ!」


「ま、待ってくれェ!それじゃボスたちにプレゼントが買えなくなっちまう……!アイツらに恩返ししてェんだよォ……!」


「知るか!ここにいねーヤツなんざ知らねーんだよ!そもそもお前が弁償するのが筋だろうが!この能無しが!」


「う……うう……」


 竜ヶ崎は泣きそうになりながら、必死に散らかした料理を片付けている。俺たちは何も言わずそれを見守っていた。声を出せば、竜ヶ崎にバレてしまう恐れがあったからだ。


「竜ヶ崎のバカ、また怒られてんのか。ダセーな」


「アイツ、ボス(笑)がいねーと何もできねーんだろ」


「ヤクザの妹だろ?社会の悪じゃん、死んじまえよ」


 竜ヶ崎を(さげす)む空気は、店長に留まらず、この店特有のものであるように思われた。店のあちこちから竜ヶ崎を嘲笑するスタッフの声が聞こえてくる。


「ぐすっ……ボス……」


 やがて料理を片付け終わった竜ヶ崎は、ぺこりと頭を下げて、逃げるようにキッチンに戻っていってしまった。そして、(ようや)く俺は口を開く。


「クソ……あの店長、殴ってやろうかと思ったぞ」


「よく耐えましたね、せつくん。私も正直腹立たしいですが、竜ヶ崎さんはどうやら私たちにプレゼントを買うためにバイトを頑張っているようです。その気持ちを踏み(にじ)らないためにも、黙っていたのは正解だったかもしれません」


「ホント……アタシも手が出そうになったわよ。巽ちゃんの立場が弱いのを利用して、最悪の店ね」


「〈極皇杯〉のファイナリストって基本は人気者になるけどさ~、やっぱり嫉妬する層も一定数いるんだよね~。あの店長は巽ちゃんより上の立場なのを利用してマウント取ってるんだね~」


「夏瀬雪渚、あの男は殺すか?夏瀬雪渚が命じるならば、私には秘密裏に殺すなど容易いことだ」


「待てニコ、殺しはダメだ」


「とは言え黙っているワケにもいきませんな……。竜ヶ崎女史が可哀想ですぞ……」


「竜ヶ崎にバレないようにあの店長を懲らしめないといけないな」


「せつくん、どうされますか?」


「要は竜ヶ崎がバイトしている目的を俺たちが知っているということを、竜ヶ崎にバレなきゃいいんだもんな」


「そうだね~」


「――よし、この店、潰すか」

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