3-26 真宿エリア防衛戦
――〈真宿エリア〉。|天ヶ羽天音サイド。三対六枚の天使のような白い翼を広げた私は、その戸建て住宅が建ち並ぶ住宅街に舞い降りた。
「俺たちのエリアを守れ!」
「夏瀬さんの手を煩わせるな!」
「御宅君から買った武器を手放すなよ!」
夜桜がひらひらと舞い落ちる、舗装された歩道。〈真宿エリア〉の住民たちは各々が武器を手に取って、白い法衣を着た老若男女と戦っていた。元・〈竜ヶ崎組〉の構成員も住民たちと力を合わせて対抗している。閑静な住宅街だったそのエリアは、既に地獄絵図だ。
「……酷いものですね。〈不如帰会〉の信者を集めて〈真宿エリア〉を攻め落とす気ですか」
――「はんぶん様」でも出てこない限りは〈十天〉が二人いる〈神威結社〉は潰せない。だから外堀から壊してしまおうというワケだ。〈竜ヶ崎組〉を壊滅させて〈不如帰会〉に喧嘩を売った代償を支払う時が来た。
「――おい!天ヶ羽様が来てくださったぞ!」
「天ヶ羽さん!」
「良かった!助かった!」
〈十天〉の助けに、住民たちの表情が綻ぶ。私は電柱の傍で傷だらけになって倒れていた初老の女性を、祈るような動作で癒す。その傷が塞がり、流れる血が止まる。
「……あ、ありがとう。天音ちゃん」
「山村さん、傷は塞がりました。もう大丈夫ですからね」
「天音ちゃん……いきなりあの白い格好の人たちがエリアを襲って……」
「はい、助けに来ましたから安心してください。他に死傷者はいませんか?」
「ええ、怪我した人はたくさんいるけど……拓生君が私たちに良質な武器を安く売ってくれたお陰で、みんな自分の身は守れているわ」
「それは何よりです。さて……」
私は再び翼を広げ、夜空に舞い上がる。そして、背後に美しい装飾が施された四つの水色の水瓶――〈水星砲アクアリアスカノン〉を展開。その注ぎ口から放たれる聖水の軌道が、白い法衣を着た者たちに凄まじい勢いで触れると、彼らは音もなくその場に倒れ込んでしまった。
「――す、すごい……!天ヶ羽様……瞬殺だ……!」
「あんなに苦戦したのに……!」
コンマ数秒で信者は全滅。倒れた彼らの白い法衣に夜桜がひらひらと舞い落ちるだけであった。
「殺してはいませんよ。異能戦争で気絶してしまった兵士たちを、遥か大昔に回復させたことがあります。その『気絶』ダメージを与えただけです」
再び地に舞い降りながら、私は淡々と答える。
「……な、なるほど」
「――そ、そうだ!今のうちにコイツらを縛り上げろ!」
「さて、怪我人の方がいらっしゃれば教えてください」
「天ヶ羽様!息子が足を怪我してしまって……!助けてください……!」
「かしこまりました」
男に案内されるままに、路上で蹲っている小さな子供を見つける。五、六歳くらいの男の子。骨折でもしたのだろうか。足が酷く腫れている。
「――悠太!天ヶ羽様が来てくださったぞ!」
男の子はあまりの痛みに声も出ない様子だ。私はその場にしゃがみ込み、少年に声を掛ける。
「怪我を直してあげますからね。痛いの痛いの飛んでいけー!」
男は不安そうな表情を浮かべながら、祈る私と祈られる息子を見守っていた。少年の腫れていた足から、見る見るうちに赤みが引いてゆく。
「わぁ……痛くない!痛くないよ!」
「天ヶ羽様!ありがとうございます!息子に何かあったらどうしようかと……」
「〈十天〉すごい!ありがとう!お姉ちゃん!」
「はい。どういたしまして」
私はにこやかに返事をして、男の子の頭を優しく撫でる。そして、その場に立ち上がった。男が再び、不安そうな表情を浮かべ、私に尋ねる。
「あの、天ヶ羽様……あの白い法衣を着た者たち……〈不如帰会〉だと名乗っておりました。日向様のご家族の命を奪った集団であることは理解しておりますが……世界二位のクランが何故……こんなことを……?」
――せつくんから〈不如帰会〉の件は無闇に他言しないよう指示をいただいている。不必要にこの話を広げれば、住民たちを不安にさせかねない。私もせつくんに同感だ。
「目的はわかりかねますが、大丈夫です。このエリアには〈神威結社〉がいますから」
「はは、本当に〈真宿エリア〉は安全ですね。他のエリアだとそうはいかないでしょうから……。私たちも心強いです」
心からの言葉だろう。男は純粋な笑顔を浮かべた。
――新世界の住民は麻痺している。この惨状で「安全」なんて言ってしまうのだ。
「いえ、全てせつくんのお力ですよ。私などは何も」
「そんな……!〈十天〉ともあろうお方が謙遜しないでください!夏瀬さんにも日頃から良くしていただいてますが、それは〈神威結社〉の皆さんもですよ!」
「ふふ、そうですか」
――私は特に不安を感じてはいなかった。このエリアには〈神威結社〉がいる。せつくんや〈神威結社〉の皆さんで築き上げたこの〈真宿エリア〉……底力を見せ付けてやろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――一方、〈オクタゴン〉・一階、リビング。小生とニコ女史――療養組がそこにはいた。天ヶ羽女史に傷を癒してもらったニコ女史は食卓でコーヒーを嗜んでいる。
「御宅拓生、身体はもう問題ないか」
「天ヶ羽女史が回復させてくれましたからな。もう大丈夫ですぞ!」
「そうか。私も天ヶ羽天音に傷を癒してもらったが、彼女の力は凄まじいな」
「そうですなぁ。雪渚氏も、『大学で必死に勉強した医学は何だったのか』とボヤいていましたな……」
「………………」
ニコ女史は言葉を返さない。何を言えばいいかわからないのだろう。
――ここは、小生が気を利かせる番ですな。
「とは言え……猫屋敷女史が〈不如帰会〉だったなんて、驚きでしたな……」
「……何か事情があったのだろう。悪人には見えない」
「それは同感ですぞ。でもきっと、雪渚氏なら勝ってくれますぞ」
「……夏瀬雪渚を高く評価しているのだな」
「それはニコ女史もではないですかな?」
「……そうかもしれないな。私は……〈神威結社〉の雰囲気が嫌いではない」
――珍しいですな……。ニコ女史が自分の意見を……。
「ニコ女史は、〈神威結社〉を守るために猫屋敷女史と戦ってくれたんですな」
「そう……かもしれないな。だが、私の出番は終わりだ。夏瀬雪渚に〈オクタゴン〉を守るよう『依頼』されたからな」
「まあ外には天ヶ羽女史と日向女史、それに竜ヶ崎女史がいますからな。小生の出番はなさそうですな……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――一方、日向陽奈子は夜空を光の速さで飛行しながら、指先から放たれる光線で、地上に群がる白い法衣の信者たちを一掃してゆく。地上のあちこちで起こる小規模な爆発は、全て日向陽奈子の神話級異能、〈天照〉によるものだ。
「はぁ……殺さない程度の威力に調整するのも大変ね……」
――彼岸が〈不如帰会〉なのはショックだった。でも、雪渚の言う通り、きっと彼岸にも事情があったんだと思う。だから、今はアタシにできることを。
地上にある一軒の店がアタシの視界に映る。この前、〈神威結社〉のみんなで行った、彼岸が店長を務める猫カフェ――「にくきゅう日和」だ。その店は雑居ビルの一階にあった。
その営業時間外のハズの猫カフェに、一人の上裸の男が立ち入ろうとしていた。大量の白衣の信者たちが、彼を中心に集まっている。この上裸の男が〈不如帰会〉の中でも、上位の地位の人間であることに疑いようはない。
「まさか……会員番号一桁……!?」
指先からの光線で、男の周囲に群がる白衣の信者を吹き飛ばしながら、凄まじい速度で地に降り立つ。眼前の男はこちらに気付き、アタシの方へと振り返る。
「おや……これはこれは、〈十天〉の陽奈子ちゃんか」
「アンタ……〈不如帰会〉だったのね」
「おお!覚えててくれたんだ!この漫才ワングランプリ王者の、僕、千日前千秋楽のことをさ!」
外見は奇怪だ。上裸のムキムキの肉体に、髪型はスキンヘッド……なのだが、前髪だけ残している。まるで前髪だけ海苔でも貼り付けたみたいだ。変な髪型。
「いやいや、陽奈子ちゃん。テレビの収録以来じゃないか?」
「うるさいわよ。アタシが〈不如帰会〉嫌いなの知ってるでしょ」
「まあまあそんな冷たいこと言わずに。でもガッカリだよ。どれだけデートに誘っても無視してた陽奈子ちゃんが、ぽっと出の夏瀬雪渚くんにお熱なんてさ」
「雪渚は関係ないでしょ。アンタなんか全然タイプじゃないし」
「ふーん。まあいいや」
「それよりその店、営業時間外なのわからない?」
「ああ、これね。彼岸ちゃんと約束してるからね」
「約束?」
「あれ、知らない?彼岸ちゃんが〈神威結社〉のうち最低三人を殺さないと、この猫カフェの猫、皆殺しにしなきゃいけないんだよ」
「……は?」
「まあ要するに、この猫たちが人質だから彼岸ちゃんは従うしかないってワケ。あー、人質じゃなくて猫質とかつまんないボケはしないよ?まあその結果に関係なく、僕は犬派だから今から全部殺すんだけど」
「……させるわけないじゃない。猫に罪はないわ」
キャットタワーに飛び乗る猫。スクラッチボードで爪研ぎをする猫。戯れ合う猫。大きく欠伸をする猫。窓ガラスの奥の猫たちは、何も知らない様子で寛いでいる。
「うわあ、参ったなぁ。狙ってた陽奈子ちゃんに嫌われちゃったなぁ。しかもこれ言っちゃいけないヤツだったっぽいし」
「彼岸の事情は大体わかったわ。アンタはもう用済みよ」
「あ、これバトる感じ?じゃ、一応こういうのってお約束だし名乗っとこうかな。会員番号『拾弐』――〈不如帰会〉、文部省・副大臣の千日前千秋楽でーす」
「……御託はいいわ。かかって来なさい」
「ははっ!そんじゃ、お言葉に甘えて!」
千日前が構えを執ると、その身体に雷を纏う。そして、雷を纏った拳で、アタシに殴り掛かってくる。
「はぁ……女を殴るなんて最低ね、アンタ」
アタシの拳が光り輝く。その拳は、千日前の腹部を捉えた。
「――うぐっ!」
「何なの?その銃霆音の下位互換みたいな異能……」
アタシが拳を振り抜くと、その男は夜空の彼方に吹っ飛んでいった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「弱いわね……」
ガラス張りの猫カフェ。その奥では、猫たちが何事もなかったかのように戯れ合っている。
「ああ、違った。アタシが強すぎるのか」
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