3-24 敗者は語る
「……まず前提として、俺様は貴様が死ぬと確信して話す」
揺れる炎の中、竜ヶ崎龍は静かに口を開いた。男のサングラスが燃え盛る炎を反射している。俺は脳内で、竜ヶ崎龍を対象に掟を定める。
『掟:偽証を禁ず。
破れば、左腕が切断される。』
――これで嘘かどうかの判定ができる。嘘を吐いた瞬間、左腕とはサヨナラだ。
「……俺様は会員番号『玖』。会員番号『零』――教祖である『はんぶん様』を含め、俺様より強い人間が八人いる」
「会員番号一桁か」
「そうだ。だが会員番号『捌』――四条迅はそこにいる日向陽奈子によって殺害された」
「……当て付けのつもりか?そいつは旧世界なら間違いなく死刑の大量殺人犯だ。気にするな、陽奈子」
「……うん」
「四条の奴は俺様とは比べ物にならないほどに強かった。……が、更に上はいる。会員番号『漆』より上は化物しかいない」
「化物……か」
「〈不如帰会〉は省庁制を採用している。会員番号『漆』より上は各省庁の大臣たちだ。俺様は経済省の副大臣……主に資金集めを担当していた」
「会員番号一桁に神話級異能がいると聞いた。事実か?」
「……事実だ」
「『はんぶん様』について詳しく話せ」
「……それは断る。話せば俺様の命はない」
「知るか。『はんぶん様』は神話級異能か?」
「……話せない。……勘弁してくれ」
竜ヶ崎龍は小刻みに震えていた。心の底から恐怖しているように見える。だが、俺は攻撃の手を緩めない。
「黙れ。お前が犯した罪を考えれば、お前に何かを拒否する権利はない」
竜ヶ崎龍は少し考えるような表情ののち、口を開いた。
「……そもそも、俺様を除く会員番号一桁は、同じ養護施設の出身者だ。……俺様は身を守るために〈不如帰会〉に入信した身だ」
「それなら……お前は本来部外者なのか」
「……ああ。だから知る情報も限られる。会員番号一桁たちに聞いた話によれば、『はんぶん様』は本来、下級異能のはずだ」
そう語る竜ヶ崎龍の腕が落ちる様子はない。いや、〈天衡〉の掟がなくとも、彼が嘘を言っているようには見えなかった。声を発したのは――陽奈子だった。
「待ってよ……!『はんぶん様』が下級異能なワケないじゃない!」
「陽奈子、残念ながら事実みたいだ。少なくともコイツは嘘は言っていない」
「そんな……!」
「……話はまだ終わっていない。『はんぶん様』は下級異能だったというのが正確かもしれない」
「異能を昇格させたのか?」
「……そのはずだ。だが、〈審判ノ書〉に『はんぶん様』が手を翳されたとき、そこには何も記されなかった」
「……どういうことでしょうか?」
天音が疑問を口にする。
「天音、〈審判ノ書〉に神話級異能が記されなかった例は?」
「ございません。私たち〈十天〉でも漏れなく、〈審判ノ書〉にその異能を示す金色の文字が記されます」
「そうね。アタシのときも〈審判ノ書〉にはちゃんと〈天照〉って出たもん」
「間違いねーぜ♪アルジャーノン♪」
「あァ?よくわかんねェ話だなァ」
――つまり「はんぶん様」の異能は、下級異能、中級異能、上級異能、偉人級異能、神話級異能――その何れにも属さないことになる。だとすれば「はんぶん様」の異能は……。
「竜ヶ崎龍、『はんぶん様』は〈鬼ヶ島〉に行ったことがあるか?」
「……意図が読めない質問だが……貴様らが〈神屋川エリア〉に来る数日前、そんな情報は会員番号一桁から聞いている」
「やはりか……」
――「はんぶん様」は悪魔級異能を持つ。〈十災〉の一人で確定だ。
「わかった。聞きたいことは以上だ」
「……そうか」
「雪渚、もういいの?」
「ああ、知りたいことは知れた。帰るぞ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜、〈日出国ジパング〉の〈羽成田エリア〉にある〈羽成田空港〉へと、俺たちの乗る飛行機が到着した。一階の到着ロビーの通路を歩きながら、俺たちは帰路へと就いていた。
「せつくん、得た情報については〈十天〉に共有しておきました」
「ああ、ありがとう。天音」
「まあ『はんぶん様』とやらは〈十災〉で確定だな♪〈神威結社〉が〈不如帰会〉攻略戦に失敗すりゃ、オレたち〈十天〉の誰かが『はんぶん様』と〈災ノ宴〉で殺し合うことになる♪」
当然のように〈奈落〉から釈放された雷霧が俺の少し前を歩いている。通路の窓からは月明かりが差し込んでいた。
「そうですね。〈鬼ヶ島〉に立ち入った人間はもう〈十災〉と見て問題ないでしょう」
「アルジャーノンたちも調べたんだろ♪今わかってる〈十災〉――オレたち〈十天〉と〈災ノ宴〉で殺し合うのは誰だ♪」
「〈鬼ヶ島〉との関係性が見られたのが犇朽葉、大和國幻征、最上川真下。ほぼ黒なのが現憑月月だ」
「『はんぶん様』も入れて五人か♪」
「そいつらとアタシら〈十天〉が戦わなきゃならないのね……」
「ガッハッハ!姉御や陽奈子が負けるかよォ!」
――そう思いたいが、前回の〈災ノ宴〉では、初代〈十天〉が戦い、六勝四敗の辛勝だ。死人も出たと聞く。〈十天〉全員が無事でいられるとは限らない。
「まあ〈神威結社〉は〈不如帰会〉攻略戦を頼んだぜ♪オレら〈十天〉の〈災ノ宴〉での負担を減らしてくれや♪」
「ああ……善処する」
「『はんぶん様』は絶対にアタシが倒すわ。もう誰も死なせないから」
「ケケッ♪頼もしー♪」
「つーか雷霧、お前、〈奈落〉に入ったのって〈十災〉や〈災ノ宴〉について調べるためだろ?何かわかったのか?」
「いーや全然♪A級犯罪者共シメて知ってること全部吐かせようとしたんだけどよ♪アイツらマジで何も知らなかったな♪クソつまんねー犯罪者共だ♪」
「そうか……」
「結局〈十災〉は半数しか判明してねー♪割れるまではオレら〈十天〉も年始の〈災ノ宴〉に備えて鍛えとくしかねーな♪まだ死にたくねーもん♪」
「なァボス、アタイの出番はねェのかァ?」
「ケケッ♪馬鹿が♪ドラゴンガールじゃ話になんねーよ♪オレの代わりに出て死ぬか?」
「ボス!コイツひでェこと言う!」
「雷霧、俺の可愛い竜ヶ崎を苛めないでくれ……」
「でもわっかんねーぜ♪〈十天〉に裏切り者がいた場合、誰がその穴を埋めるんだ?」
「雷霧、それどういう意味だ?」
「冗談だ♪」
〈羽成田空港〉の入口、その自動ドアを出たところには神々しい女神像が置かれていた。魔道具・〈翔翼ノ女神像〉だ。
「じゃーな♪〈神威結社〉♪次会うときも生きてろよ♪」
「ああ、お前もな。雷霧」
雷霧は小さく頷き、〈翔翼ノ女神像〉に触れる。すると瞬く間に雷霧の身体が消滅した。〈翔翼ノ女神像〉の力によって転移したのだ。
「さて、俺たちも帰るか」
「おォ!帰ろうぜェ!拓生にニコ、猫屋敷が待ってるからなァ!」
「そうね……。アタシ早くお風呂入りたい」
「ふふ、そうですね。帰ったらすぐご飯にしましょうか」
俺たちは四人揃って〈翔翼ノ女神像〉に触れる。その瞬間、視界が切り替わる。目に映るのは見慣れた、〈オクタゴン〉の庭園だ。庭園に美しい月光が差し込んでいた。
「巽ちゃん、一階のバスルーム、今日アタシ使っていい?」
「おォ!アタイは部屋で入るから構わねェぞォ!」
「陽奈子さん、今日は私が食事を作りますから、先にお風呂でゆっくりしてください」
「ありがと、あまねえ」
玄関の扉に手を掛ける。その瞬間、何故か悪寒がした。違和感が生じる。いつもの〈オクタゴン〉ではない――そんな気配。俺はポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込み、扉を思いっきり開けた。
「――ちょっ、雪渚、どうしたの!?」
「――せつくん!?」
扉を開けると――そこはいつものリビング。だが明らかに違う。酷く荒らされた室内――その壁には血が飛び散っていた。
「――おあッ!?」
「えっ?えっ?どういうこと!?」
慌てて靴を脱ぎ、リビングに立ち入る。リビングの中央には、ボウルカットの肥満体の男――拓生が血を流して倒れていた。
「――拓生!」
拓生に慌てて駆け寄る。拓生はひゅー、ひゅーと必死に呼吸しており、今にも事切れそうだ。拓生に触れた手が、一瞬で真っ赤に染まる。
「――御宅さん!」
「オタクくん!何があったの!?」
「拓生ォ!大丈夫かァ!?」
三人も慌てた様子で拓生に駆け寄る。閉じていた拓生の目がゆっくりと開かれる。
「雪……渚氏……」
「拓生!大丈夫か!?何があった!」
「逃げて……くだされ……」
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