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3-23 鬼門

 葉月の後に続き、〈奈落(タルタロス)〉・第七層――「大焦熱地獄」の業火の中を進んでゆく。先頭のハズレちゃんに背中越しに声を掛ける。


「ハズレちゃん、この下――最下層は『無間(むげん)地獄』か」


「はい!雪渚センパイ!そうですよ!文字通りの奈落、底がない暗闇です!今は誰も収容されてませんが!」


 ――〈奈落(タルタロス)〉の最下層――「無間(むげん)地獄」。本来であれば、S級犯罪者に指定された、新世界を滅ぼしかねない巨悪を閉じ込めるための階層だ。つまり、新世界史上唯一のS級犯罪者である(ひしめき)朽葉(くずは)が行き着くべき場所だ。


「S級犯罪者が収容される階層ってワケね……」


「まあ今、S級犯罪者って例の(ひしめき)朽葉(くずは)しかいませんけどねー!まだ捕まってませんしー!あっ、そう言えば雪渚センパイと陽奈子さんは当事者なんでしたっけ!?」


「まあな……。ありゃ怪物だよ。――ああ、ところで雷霧(らいむ)……銃霆音(じゅうていおん)雷霧(らいむ)が来てるハズなんだが」


「雷霧さんですね!所長室に所長――〈警視庁〉の警視総監と一緒にいらっしゃるはずですよ!この先ですよ!」


 ハズレちゃんはずんずんと先に進んでゆく。囚人たちの悲鳴の中、通路の突き当たり。そこには巨大な扉が悠然と(そび)え立っていた。炎の中で、扉を構成する歯車が(あや)しく光を放つ。


 その扉は、ハズレちゃんが触れるまでもなく、俺たちの到着を待っていたかのように自動で開き始めた。ギイ、と鈍い音が鳴り響く。開かれたその部屋は所長室――のハズなのだが、目に映る光景は黒一色だった。


「え?」


「〈神威結社〉の夏瀬雪渚というのは貴様か?」


 野太い声。頭上からだ。何事かと思い、目線を上に向ける。――するとそこには、巨大な人の顔があった。肌は青みがかった冷たい色調。鋭い光を放つ青い瞳。立派な白髭と口髭を蓄え、顎から頬にかけての力強く整ったライン。厳格な表情と凄まじい威圧感。巨大な人なのだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「はっ……?えっ……?」


「雪渚センパイ!この方が私たち〈警視庁〉のトップ!(いぬい)警視総監です!」


 俺が最初に見た黒一色の何か――それが警察官の制服だったことを理解する。そして更に驚くべきことに、彼――(いぬい)警視総監の胸から下は床に埋まっていた。床から上半身だけを出した巨人である。また頭上から野太い声がする。


「〈警視庁〉の(いぬい)坤巽艮(きもん)だ」


「あ、えっと……〈神威結社〉の夏瀬雪渚です……」


 ――なんて威圧感……!この人が……飛車角さんの上司にして〈警視庁〉のトップ……!


「〈神威結社〉の天ヶ羽(あまがばね)天音(あまね)です。本日はお招きいただきありがとうございます」


「同じく〈神威結社〉の日向(ひなた)陽奈子(ひなこ)です」


「〈十天〉か……。昨日に引き続き珍客が多いものだな、葉月(はづき)よ」


「はい!そうですね!(いぬい)警視総監!」

 

「〈神威結社〉の竜ヶ崎(りゅうがさき)(たつみ)だァ!よろしくなァ!ジジイ!」


「おい、竜ヶ崎……失礼だぞ……」


 竜ヶ崎に耳打ちをする。それが聞こえていたのだろう。その巨人――(いぬい)警視総監は厳格な表情を崩さぬまま告げる。


「構わん」


 (いぬい)警視総監は濃紺の軍帽を着用し、正面には金色(こんじき)の星章が(あし)われている。左胸には金色(こんじき)の勲章、左肩から胸に掛けて金の飾緒が垂れ下がっており、〈警視庁〉のトップであることが窺える。


「――よっ♪アルジャーノン♪」


 そのとき、所長室の奥から顔を出した、コーンロウ、()しくはそれに近いブレイズヘアの男。この褐色の肌の軽薄そうな男は、〈十天〉・第八席――銃霆音(じゅうていおん)雷霧(らいむ)だ。


「おう、雷霧」


「げっ、銃霆音……」


 陽奈子が露骨に嫌な顔をする。雷霧はそれを気に留める様子もない。相変わらず銃と弾丸のグラフィティが描かれた黒いパーカーに身を包んでいる。側頭部の稲妻型(いなずまがた)にブロンドのメッシュが照明を反射した。


「ケケッ♪相変わらず日向(ひなた)はオレのこと嫌いだな♪」


「当たり前でしょ……。アンタは〈十天〉でつれこまの次に嫌いだわ」


「陽奈子さん、銃霆音さん、今は揉めている場合ではありませんよ。私たちも用件があって来たのですから」


「――銃霆音雷霧、貴様は今日出所するつもりか?」


「そーだぜ♪(いぬい)の爺さん♪いくらアンタでも邪魔はさせねーぞ♪」


「フン、勝手にしろ。……では葉月、あとは任せるぞ」


「了解しました!(いぬい)警視総監!じゃ、行きましょうか皆さん!竜ヶ崎龍の牢へ!」


 所長室を後にし、俺たち〈神威結社〉の四人は、ハズレちゃん、雷霧と共に竜ヶ崎龍が捕らえられている牢を目指す。背後では自動で扉が閉まった。あちこちで燃え盛る炎が、緊張感を高める中、炎の道を歩きながら雷霧が呟く。


「あの(いぬい)の爺さんな♪初代〈十天〉の第三席にして〈極皇杯〉の創設者だぜ♪」


「へえ、あの人が……。それは知らなかったな」


「まあ表舞台には滅多に出ねー人だからな♪アルジャーノン御用達(ごようたし)のネットに載ってなくても仕方ねえ♪」


「初代〈十天〉ってことは……前回の〈(わざわい)(うたげ)〉で〈十災(じっさい)〉と戦ったってことか」


「そーだろーな♪オレもその件聞いたら調弄(はぐらか)されたけどな♪天ヶ羽の方がその辺詳しいんじゃねーか♪」


「私が昔から〈十天〉に所属しているとは言っても、二代目〈十天〉の期からですから。私も詳しいことは何も……」


「てかアタシ初めて会ったんだけど……あの(いぬい)さん、なんで地に体が埋まってるワケ?意味わからないぐらい大きいし……」


「異能なんじゃね♪」


「めちゃくちゃ強そうだったよなァ!」


「ハズレちゃんは何か知らないのか?」


「うーん、そうですねー。(いぬい)警視総監ってご自身のこと何も話さないんで私も全然なんですよねー!」


「そうか……」


 ――初代〈十天〉で〈極皇杯〉の創設者……そしてあの威圧感。実力は健在ということだ。絶対に敵に回したくないな……。


「あっ、皆さん!あそこが竜ヶ崎龍が収監されている牢ですよ!」


 ハズレちゃんが指し示した牢。炎に紛れてはっきりとは視認できないものの、金髪オールバックに刺青の入った筋肉質な大男が胡座(あぐら)を掻いて座っている様子が視界に映る。男はサングラスを着用しており、全身が鎖で繋がれている。


 ――間違いない……。竜ヶ崎龍だ……。


 〈神屋川(かやがわ)エリア〉での〈竜ヶ崎組〉との戦いが思い起こされる。小一時間殴り合って辛勝できた相手だ。


「兄貴……」


 真っ先に駆け寄ったのは竜ヶ崎だった。その表情には苦悶が浮かんでいる。竜ヶ崎も何か思うところがあるのだろう。竜ヶ崎の後を俺たちも追う。


 その牢の中で上裸のその男――竜ヶ崎龍は坐禅を組んでいた。燃え盛る炎の中、全身に汗を掻いている。俺たちに気付いた竜ヶ崎龍は、(おもむろ)に顔だけを上げた。そして、口を開く。


「夏瀬雪渚……。(たつみ)……。それに……〈十天〉か……」


「クソ兄貴……ボスに負けて捕まりやがってよォ……ざまァねェなァ……」


「……何とでも言え」


「竜ヶ崎龍、今日は同情しに来たワケじゃねえ」


「……〈不如帰会(ほととぎすかい)〉の件だろ。貴様らは俺様に喧嘩を売ったんだ。想像は容易(たやす)い」


「そうだ。知っていることを洗いざらい話してもらうぞ」


「……本当に〈不如帰会(ほととぎすかい)〉を潰す気か?」


「ああ、本気だ」


「……貴様では無理だ。やめとけ」


「お前と戦ったときより俺は強くなったぞ」


「そうだぞォ!兄貴はボスが強くなったの知らねェだろォがァ!銃霆音(じゅうていおん)とも引き分けたし〈極皇杯〉も準優勝したんだからなァ!」


「ケケッ♪まあオレ本気出してねーけど♪」


「……新聞で知った。見事だ。だが足りない」


「俺に負けたクソ雑魚のお前の主観なんて知るか。さっさと話せ」


 竜ヶ崎龍は、(しば)しの沈黙ののち、再び口を開く。


「……そこまで言うなら話してやる。心して聞け」


 そして竜ヶ崎龍は、劫火(ごうか)の中、語り始める。

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