3-20 奈落
「――というワケです」
『…………成程な』
一夜明け、再びの〈オクタゴン〉。時刻は二十二時を過ぎたところだ。リビングには、〈神威結社〉の七人が集う。俺たちが座るL字型のソファに囲まれるような形で配置されたガラス製のローテーブルの上で、車輪付きのペットカメラが機械音を奏でながら走行していた。それを捕まえようとする竜ヶ崎から逃れるためだ。
「――おォい!逃げんじゃねェ!」
『…………おい、やめろ。…………夏瀬の坊主。……驕るつもりはないが、竜ヶ崎の嬢ちゃんは俺が〈十天〉だと理解しているのか?』
「いやー、説明はしたんですけどね。何分アホなもんで」
ペットカメラの向こうにいるのは〈十天〉・第三席――飛車角歩。二十五歳という若さで〈警視庁〉の上から二番目の役職である警視監に就く正真正銘のエリートである。
『…………竜ヶ崎の嬢ちゃん、今は大事な話をしている。……少し静かにしてろ』
「……お、おォ。悪ィ……」
竜ヶ崎は、ペットカメラ越しにもその存在感を感じたのか、少し怖気付いた様子で床に腰を下ろした。俺に頬を擦り寄せる竜ヶ崎の頭を優しく撫でてやる。
本来ならば警視監になるには二十年以上のキャリアが必要である。だが新世界は異能至上主義。有能であれば昇進、というのが新世界の暗黙の了解だ。年功序列という制度は今や旧世界の遺物である。
「せつくん、気持ちいいですか?」
「ああ」
天音は俺に膝枕をして耳掻きをしてくれている。先程まで〈十天円卓会議〉があったようで、天音と陽奈子は若干お疲れの様子だ。主に雷霧の所為で今回も荒れたのだろう。
『…………夏瀬の坊主。天ヶ羽の嬢ちゃん。お前らもお前らだ。……耳掻きをしながらするような話じゃあねえだろう』
「飛車角さんよりせつくんが優先です」
天音は膝枕をされる俺の耳穴を掃除しながら、拗ねたようにぷいっ、とそっぽを向いた。脱線した話を本題に戻すのは猫屋敷だった。
「それであゆむっち~、〈奈落〉へ立ち入りはできるのかにゃ~?」
『…………誰が「あゆむっち」だ……。……だがまあ、そうだな。……〈奈落〉は俺の管轄だ。……俺の部下に同行させれば問題ない』
――〈奈落〉。新世界中の犯罪者が収容される地下の巨大監獄。罪の重さや個人の異能の強さによって算出される危険度――それに応じて、収容される階層が決まる。階層は八つあり、最下層に近付くほど危険な犯罪者が収監されていると聞く。
「〈奈落〉……新世界中の犯罪者が収監される監獄ですな。竜ヶ崎龍もそこにいるはずですぞ」
「竜ヶ崎龍……竜ヶ崎巽の兄か」
「そうね……。巽ちゃん的には会いたくないだろうけど……」
「……まァな。でも仕方ねェ。兄貴の裏には〈不如帰会〉がいるんだァ。兄貴から情報を聞かなきゃなんねェからなァ……」
『…………ああ、奴はA級犯罪者。……よって第七層――「大焦熱地獄」に収監されている』
――そう、竜ヶ崎の言う通り、〈不如帰会〉の会員番号一桁である竜ヶ崎龍から、〈不如帰会〉の情報を直接聞き出すというのが今回のミッションであり、〈不如帰会〉攻略戦の準備の総仕上げといったところだ。
「飛車角さんの方でも既に竜ヶ崎龍に接触したんですよね?何か収穫はありましたか?」
ペットカメラ越しに、俺は飛車角さんに問い掛ける。
『…………ああ、何度か接触は試みたが、俺に対しても「夏瀬雪渚を出せ」の一点張りだ』
「兄貴はボスに用があるみてェだなァ……」
「まあ、雪渚氏が竜ヶ崎龍を打ち倒し、〈竜ヶ崎組〉を壊滅させたようなものですからな……。収監されているとは言え、警戒しておくに越したことはないかもしれませんな」
「〈奈落〉は難攻不落の要塞……過去に一度足りとも脱獄者を出していません。心配は無用です。私たちもいますしせつくんに手出しはさせませんよ」
『…………で、誰が行くんだ?……危険な場所には変わりねーし、大勢で来る場所でもねーだろ。……連れて行けて四人だ』
「俺は当然行くとして……」
「私はもちろん行きますよ。せつくんにお供させてください」
「アタシも行くわ。竜ヶ崎龍には正直会いたくないけど、雪渚に危害を加えないとも限らないしね」
――〈神屋川エリア〉を陸の孤島に変え、十六年間もの間、住民たちを支配し続けた竜ヶ崎龍。彼は両親すらも殺した。つまり、竜ヶ崎の両親でもある。竜ヶ崎が兄・竜ヶ崎龍から受けた苦しみは計り知れない。
仲間たちを見渡す。拓生は怖いのでパス、と言わんばかりにぶんぶんと首を横に振っている。相変わらず表情が読めないクールなニコに、掴みどころのない猫屋敷。留守は誰に預けても信頼できるメンバーだ。……多分。
「戦力は分散させすぎない方が良いだろう。夏瀬雪渚、私は留守を預かろう」
「にゃはは~、あたしは役に立ちそうにないし、今回はパスかな~」
――竜ヶ崎は言わずもがな会いたくないだろうな……。天音と陽奈子が来てくれるなら心配ないし、〈オクタゴン〉の留守を守れるメンバーも残しておきたい。今回は三人で向かうか。
『…………三人で構わないか?』
「――ボス」
口を開いたのは竜ヶ崎だった。一同の注目が、竜ヶ崎に集まる。
「アタイも行く」
「竜ヶ崎……」
『…………役者は揃ったようだな』
竜ヶ崎は俺の目を真っ直ぐに見据えて、頷いた。呼応するように俺も頷き、飛車角さんに告げる。
「ええ、このメンバーで〈奈落〉へ向かいます」
『…………あ?おい、夏瀬の坊主、テレビを観ろ』
突如、飛車角さんが語気を強くする。俺は天音の膝枕から起き上がり、リモコンを手に取る。テレビの電源を入れると、夜のニュース番組が流れていた。
『――続いてのニュースです。〈警視庁〉によりますと、つい先程、〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧様が自ら署を訪れ、ドリームチケットの密売事件への関与を認めました』
「……は?」
「銃霆音氏ですかな……?」
「らいむっちは相変わらず自由だね~」
「ドリームチケット……ってなんだァ?」
『…………激しい幻覚作用を齎す違法薬物だ。そうだろうとは思っていたが……銃霆音の坊主が主犯だったか……』
――何やってんだ……雷霧の奴……。
ニュースキャスターは淡々と言葉を継ぐ。
『……その後、銃霆音雷霧様は〈奈落〉へと収監されましたが、明日中の釈放を希望されている模様です』
「銃霆音のヤツ……何やってんの?自首しといて釈放を希望って……勝手すぎるわよ……」
「暴れすぎだろ……」
『…………このタイミング、銃霆音の坊主には裏がありそうだな』
――〈十天円卓会議〉で雷霧にも〈十災〉や〈災ノ宴〉の件は通達済みだろう。このタイミング……早速雷霧は「動いた」のだ。
そのとき、突然、リビングに着信音が鳴り響いた。その発信源は――ポケットに入れていた俺のスマホだ。俺はスマホを取り出し、応答する。画面を確認するまでもない。アイツは、見計らったかのようなタイミングで連絡をしてくるのだから。
『――よっ♪マイメン・アルジャーノン♪』
「雷霧……お前な……」
『ニュース観ちった?観ちったっしょ♪』
『…………銃霆音の坊主。何が目的だ?』
『おー、その声は歩サンか♪いやな♪ちょっと気になることがあってよ♪〈災ノ宴〉じゃオレも〈十災〉と戦わなきゃなんねーからな♪』
「雷霧、お前収監されてんだろ。スマホなんて自由に使えるのか?」
『バーカ♪オレは〈十天〉だぜ♪檻にも入れられずVIP待遇だ♪』
「雷霧、俺も明日〈奈落〉へ行く。第七層――「大焦熱地獄」で落ち合おう」
『竜ヶ崎龍か♪オーケー♪』
――相変わらず頭の回転が早いというか……察しがいいな。
「ああ、じゃあまた」
『あいよー♪』
通話が切れる。独特な緊張感の中、静寂を破るように口を開いたのはペットカメラ――飛車角さんだった。
『…………では〈神威結社〉一同、明日は〈奈落〉に部下を待たせておく』
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




