3-17 竜酉相搏つ
「――何しとっとね!あんた!降りんね!」
「ボスがアタイの勝利の報告を待ってるからなァ!絶対降りてやんねェぞォ!」
赤い翼を広げてサバンナの上空を舞う黄緑髪にスポーツウェア姿の女――庭鳥鳥萌。その背に乗るのは、「ドラゴニュート形態」となった竜ヶ崎巽であった。彼女の黄色い双角が陽光を反射する。
「あんた、ホント真っ直ぐアホたいね。そんなんだから〈極皇杯〉の一回戦もボロ負けすっとよ」
「テメェもその前の年は一回戦負けだろォがァ!」
「……っ!う、うるさかばい!」
竜ヶ崎巽を背に乗せても、庭鳥島萌は翼のコントロールを誤らない。縦横無尽に空を翔け、竜ヶ崎巽を振り落とそうとする。その様はまるで、安全装置のないジェットコースターだ。
「なァなァ、鳥女ァ、〈極皇杯〉の予選でボスのバトルずっと観てたんだろォ?」
「うん……?まあそうたい、あたしはせつなとずっと一緒に行動しとったけんね」
「それならボスがどう戦ってたか教えてくれよォ!映像じゃわからねェことも観てたんだろォ!」
「――そんなん終わってからでよかばい!早く降りんね!」
竜ヶ崎巽は、少し考えるような動作ののち、背中越しに庭鳥鳥萌に告げた。
「――なァ、鳥女ァ。お前、ボスのこと好きだろォ……」
「……っ!」
庭鳥鳥萌は赤面する。図星を突かれたのだ。
「な、なんば言いよっとね……」
「〈極皇杯〉の打ち上げのときよォ、お前ボスのことずっと目で追っ掛けてたもんなァ」
「あんた……そういうのは鋭いとね……」
「ボスに言わねェのかァ?」
「言えるわけなかばい。相手は天ヶ羽天音に陽奈子様、徒然草恋町……あたしじゃ太刀打ちできる相手じゃなかばい」
「あァ?恋愛に強さなんか関係ねェだろォ……」
「女としての魅力の話しとっとよ……。あたしじゃ、せつなの心を動かせん。それに……あたしはせつなを一度裏切ってしまったけんね。今更あたしがせつなに想いを伝えるなんて勝手すぎるとよ」
「――鳥女ァ。それじゃいつまで経ってもすっきりしねェだろォ」
「……仕方なかばい。これはせつなを裏切ったあたしへの報いばい」
「ボスはそんなこと気にしてねェんだよォ!気にしてるのお前だけだぞォ!」
「――でも!あたしにはせつなを好きになる資格なんてなかばい!」
「うるッせェ!ボスのとこ行くぞォ!」
「あんた……せつなの場所がわかっとね!?」
「鼻が利くからなァ!ボスは町の方向だァ!」
「……っ!わかったばい!フラれたらあんたで憂さ晴らししてやるけん!」
「フラれるに決まってんだろォ!ボスを舐めんなァ!」
「……あんた、誰の味方ね……」
竜ヶ崎巽が指し示す、〈神屋川エリア〉の中央――サバンナに囲まれた煉瓦造りの町。二人は上空を舞い、町へと向かってゆく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――俺は町から未だ出られずにいた。理由は明白。昇格戦という事情を知らない〈神屋川エリア〉の住民たちが、俺を祭り上げて離さないからだ。
「――夏瀬さん!これ、このエリアで採れた牛乳なんです!良かったら是非!」
「あ、ああ……ありがとう」
「夏瀬様!チーズもありますよ!」
「あ、ああ……ありがとう」
――ヤバいな……。みんな必死に戦っているだろうに……俺だけさっきから食わされてばかりだ。美味しいけど……。
「あれ?あっちから飛んでくるの……庭鳥鳥さんと……巽!?」
「え?なんで庭鳥島さんと巽が一緒にいるんだ?」
「さあ、何かあったのか?」
騒めき立つ住民たち。彼らが一様に目を向ける上空には、赤い翼を広げてこちらに向かってくる庭鳥鳥と、その背に乗る竜ヶ崎の姿があった。
――竜ヶ崎……アイツ何してんだ……。いや、俺が言えた話じゃないが……。
庭鳥鳥と竜ヶ崎は俺の前に降り立った。住民たちは俺たちを囲んだまま、様子を見守っている。庭鳥鳥は顔を赤らめて、もじもじと煮え切らない様子だ。
――なんか……デジャヴだな……。
「どうした、竜ヶ崎、庭鳥島。俺に何か用か?」
「おォ!ボス!鳥女がよォ、ボスに話があるんだとよォ!」
「俺に……?」
「ガッハッハ!その様子だと気付いてなさそうだなァ!ほら鳥女ァ!言ってやれェ!」
庭鳥鳥は、目を瞑って、自身の手で胸を抑える。そして呼吸を整えている。独特な緊張感がこちらにまで伝わってくる。そして、庭鳥鳥は顔を上げて、言った。
「……せつな、〈極皇杯〉で、裏切ったあたしを助けてくれたの覚えとるね?」
「……ああ、俺の異能で〈竜宮楼〉の北館を倒壊させたときか」
「あのときから……あたし、せつなのこと好きだったけん。……それだけ」
「そうか。ありがとう」
「返事は要らんばい。結果は……わかっとるから」
「……そうか。気持ちは嬉しいよ」
住民たちも、その様子に口を挟むことなく、静かに見守っていた。庭鳥島は自身の両手で頬を平手打ちした。パァン、と弾けるような音が街中に響き渡る。そして、庭鳥島は俺にニコッと微笑むと、背後の竜ヶ崎へと振り返った。
「――さーて、たつみ!これで悔いはなかばい!」
「ガッハッハ!そりゃ良かったぜェ!」
「これで後腐れはなかばい!」
「――『竜ノ息吹』!」
竜ヶ崎の火炎放射を皮切りに、町では異能戦が始まった。竜ヶ崎と庭鳥島の二人は、住民たちに危害が及ばないよう、戦いながら煉瓦造りの家屋――その屋根へと移動してゆく。その空中戦を見上げながら、俺はその場をそっと去った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――よぉ、手毬。やっぱりここにいたのか。探したぞ」
俺が立つのは、〈神屋川エリア〉の中央に位置するロータリーに囲まれた、一軒の家屋の前。元は〈竜ヶ崎組〉の事務所があった場所だ。着ぐるみに身を包む金髪の少女は、そこで俺を待っていた。
「――雪渚!待ち侘びたのだ!」
「手毬も世界十三位か。いつの間にか強くなったんだな」
――少なくとも、〈極皇杯〉の時点では、手毬の異能は下級異能、〈微電〉だった。「掌から静電気を発生させるだけの異能」だ。事実、俺は一度手毬に完全勝利している。
「ふふん!当然なのだ!雪渚はボクのライバルなのだ!」
――俺が〈五六総合病院〉で目を覚ましたとき、一二三は、「一度顕現した異能は一生付き纏う」と言っていた。……が、厳密には違う。
「あのときは俺の完勝だったからな」
――異能は当人の才能に依存して階級が決まる。しかし、才能というのは生まれつき――先天的な要素だけではない。後天的な努力や環境によっても伸ばすことができるものだ。それなのに、「一度顕現した異能は一生付き纏う」ワケがない。
「もう、あのときの弱かったボクじゃないのだ!」
――才能が大きく伸びた者が〈審判ノ書〉に改めて手を伸ばせば、〈審判ノ書〉が示す異能は異なるものになる、というのが俺の見解だ。
「決めようか――真の世界十三位を」
――とは言え、才能を伸ばすというのは極めて困難な茨の道だ。だからこそ一二三も、「一度顕現した異能は一生付き纏う」と言ったのだろう。しかし、現に手毬が世界十三位ということは……。
「望むところなのだ!」
――手毬の異能は、もう「掌から静電気を発生させるだけの異能」なんかではない。
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