3-15 真っ二つの天使長
〈神屋川エリア〉のサバンナ。その中央には、濁った川が流れている。〈十天〉・第二席――天ヶ羽天音は、川を隔ててその女騎士と相対していた。ブロンドのミディアムヘアの、女騎士。彼女は神々しい剣――〈聖剣エクスカリバー〉を魔法の鞘に納め、銀色の鎧に身を包む。
「〈十天〉・第二席の天ヶ羽天音か。私も運がないな……」
天ヶ羽天音――私は白い髪を搔き上げる。背中からは三対六枚の白い翼が生え、相対する女騎士――犬吠埼桔梗を見下ろすように快晴の空に舞い上がる。
「竜ヶ崎さんと〈極皇杯〉の予選で戦った犬吠埼さんですね?」
「私のことを知っているのか。〈十天〉に知ってもらえているとは光栄だ」
「もちろんですよ。第八回〈極皇杯〉のファイナリストでもありますし、〈極皇杯〉の打ち上げにも来てくださいましたもの」
相対する犬吠埼さんは、腰の魔法の鞘からその剣を抜き、構えた。千の松明を集めたかの如き、神々しい光を放つ最強の剣――〈聖剣エクスカリバー〉だ。
「〈十天〉・天ヶ羽天音。悪いが、私は貴殿に勝てると踏んでいる」
「へえ、それはどうしてですか?」
「貴殿の神話級異能、〈聖癒〉は、あらゆる傷を瞬時に癒し、死者すら蘇生させるほどの力だ。どんなに攻撃しようとも、即座に傷を治されてしまえば当然勝ち目がない」
「そうですね。それが私の力ですから」
「だが弱点はある。それは――『一撃必殺』だ」
「へえ……」
「この剣――〈聖剣エクスカリバー〉は、決して折れず、毀れず、あらゆるものを両断する」
「その剣がまさに一撃必殺を体現している、ということですね?」
「その通りだ。命中さえさせれば、この勝負――私の必勝だ」
「〈極皇杯〉の親善試合でもお見せしましたが、私は過去に癒した傷をダメージとして蓄積し、それを攻撃にすることもできます。一撃必殺を受ける前に、私が沈めれば問題ないのでは?」
「貴殿も知っているだろう。この魔法の鞘にも不思議な力があってな。どんなに傷を受けても血を失わない代物だ。私の敗北はない」
「〈極皇杯〉で観ましたが、あなたも一撃必殺には弱いご様子でしたけどね。まあ、試してみないとわからないこともあるでしょう。試してみますか?」
「ああ。お手柔らかに――いや、全力で頼む」
「全力を出せれば良いのですが」
私の背後には、弧を描くように、美しい装飾が施された四つの水色の水瓶が現れる。〈水星砲アクアリアスカノン〉――四位一体の、私の武器だ。〈水星砲アクアリアスカノン〉は、私の周囲をくるくると回っている。
犬吠埼さんは、〈聖剣エクスカリバー〉を縦薙ぎに容赦なく振るう。私は、その攻撃を――避けなかった。
「なっ……!」
その攻撃は、心臓ごと的確に斬り裂く一撃だった。私の身体が真っ二つに割れる。断面から血が噴き出す。――と思ったのも束の間、断面は繋がり、再生した。
「おや?何かしましたか……?」
「一撃必殺が弱点……ではなかったのか……?」
勝利を確信していただろう犬吠埼さんの表情が曇る。目を丸くして、信じられないといった様子だ。
「一撃必殺が弱点なんて……私が一度でも申し上げましたか?」
「悪い冗談だろう……。では貴殿には……『死』という概念が存在しないのか……?」
「はい。私に『死』という概念は存在しません」
――それは過言ですが……まあいいでしょう。
「ふふ、私の愛するせつくんですら勘違いなさっていたようですからね。無理もないですよ」
「……これが……〈十天〉か……」
「犬吠埼さんも無意識下では理解していたはずですよ。私には勝てないのだと」
「何……!?そんなことは……」
「でなければ、私を殺していましたから。犬吠埼さんに人は殺せませんもの」
「そうか……。そうかもしれないな……」
――私には奥義がある。自殺したせつくんを蘇生させたときのダメージを、〈水星砲アクアリアスカノン〉で攻撃に変えることだ。せつくんには「身の危険を感じたら躊躇せず使ってほしい」と言われているが、どう考えても使うべきはここではない。だって……弱すぎるから。
「終わらせましょう。――『Angelic Rain』」
四位一体の水瓶から、天に聖水が注がれる。それは、雨のようにその小川に降り注いだ。慈悲深き雨は、犬吠埼さんの身体を貫き、穴を開けていく。
――そして、あまりの激痛に、犬吠埼さんは立ったまま気を失った。――天ヶ羽天音vs犬吠埼桔梗。勝者――天ヶ羽天音。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――同時刻。〈神屋川エリア〉の西側に広がる森の上空では、アタシ――〈十天〉・第七席――日向陽奈子が浮遊していた。アタシが見つめる視界の奥では、あまねえが翼を畳んで犬吠埼ちゃんを回復させてあげているところだった。
「さすがあまねえ、犬吠埼ちゃん相手に完勝だったわね」
――オタクくんも何とか勝利。ニコちゃんはちょっとやりすぎだけど……猿楽木ちゃんはあの程度じゃ死なないし。今のところは昇格戦も順調ね……。
「さて、アタシも頑張らなくちゃ。誰か倒して雪渚に褒めてもらおっと!……あれ?あの人って……」
見下ろす森の中の小道を、颯爽と駆け抜ける一頭の馬の姿がある。いや、違う。上半身は人間だ。ポニーテールの、褐色の肌の女……胸にはサラシを巻いている……。
「あっ!あの女……!」
アタシはその女の下へと急降下した。キキーッ――急ブレーキののち、その女――馬絹百馬身差は止まった。
「そうか……。吾輩の相手は〈十天〉――日向のであるか……」
「馬絹……アンタ……〈極皇杯〉で雪渚とキスしてたわよね……。アタシもまだ一回しかしてないのに……!」
――羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい……!!!
「一回したのならば良いではないか。夏瀬のはそんな細かいことに拘る女は好きではなかろう」
「はあっ!?アンタに雪渚の何がわかるの!?知った風なこと言っちゃって!」
「吾輩は夏瀬のに裸を見せたこともあるぞ?」
「は、はあっ!?い、いつそんなこと……!」
自分でもわかった。顔が真っ赤になっていることに。恥ずかしい。元々この手の話には耐性がなかったが、雪渚の話になるとどうしても余裕がなくなってしまう。
「吾輩を打ち破ったら教えてやろうぞ。日向の」
「アタシ、〈十天〉よ?五体満足で帰れるとは思わないでね?」
アタシの両手が神々しい光に包まれ、弾けた光の中から太陽の刻印が施されたシリコン製のガントレット――〈キラメキ〉が現れる。〈キラメキ〉はすっぽりとアタシの両手を覆う。
――瞬間。馬絹が跳躍し、後脚で強烈な蹴りを放つ。それは少し浮いたままのアタシの顔を容赦なく狙う。馬絹はアタシを一撃で沈める気だった。
――〈極皇杯〉のときより数段動きに磨きが掛かってる。何があったの?
アタシは、軽々と人差し指一本でその蹴りを受け止めた。
――まあ、それでもアタシの敵じゃないけど。
「なっ……!」
「それがアンタの本気なの?笑わせるわね」
「汝に勝てると……侮っていたわけではないのだがな……」
「アタシの異能で相手を殺さないように倒すのって大変なのよ?感謝しなさいよね」
〈キラメキ〉が神々しい光を纏う。そして、その拳を軽く突き出す。本当に、軽く。だが、光の速さが乗ったその攻撃は、威力を何百倍にも増幅し、馬絹に命中した。
「うぐっ……!」
馬絹は地との摩擦音を奏でながら、そのまま凄まじい速度で後退した。――そして、視界の遥か奥の巨木に激突する。宙を浮遊しながらそちらへと近寄ると、馬絹は白目を剥いて気絶していた。
「はあ、だいぶ抑えたんだけどなぁ」
思わず、溜息を漏らす。そして、そのまま高く跳躍し、巨木の上に飛び乗った。
「さーて、雪渚探そっと!」
――日向陽奈子vs馬絹百馬身差。勝者――日向陽奈子。
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




