3-14 軍人天竺紀行
――同時刻。ニコラ・メーデー・合戦坂は、〈神屋川エリア〉の東に広がる森の中を歩いていた。彼女の黒いショートボブヘアをぐるりと一周するように着けた白いダイヤ型の装飾が、木漏れ日を反射して一層の輝きを見せる。
――瞬間、木の上から何者かが彼女に強烈な蹴りを放つ。ニコラ・メーデー・合戦坂――私は、即座に腰の鞘から剣を抜き、その蹴りを剣身で受け止めた。
「誰や?ねーちゃん。〈神屋川エリア〉では見掛けへん顔やな」
「それは質問か?」
「おっ、ねーちゃん面倒なタイプやな?せやで、質問や」
その女が軽い身の熟しで着地する。ボサボサのショートヘアの金髪、その毛先は赤く染まっており、目元に赤いチークを入れている。
「あっ、ウチは猿楽木天樂や!よろしゅーな!」
頭には緊箍児と呼ばれる輪が填まり、衣服は赤を基調とした虎皮の腰布――虎皮裙を着用している。その女の出で立ちは、『西遊記』にも登場する道教の神、孫悟空を想起させた。
「そうか。私は〈神威結社〉のニコラ・メーデー・合戦坂だ」
「……ってことはねーちゃんがウチの相手やな?ほんでねーちゃん、軍人さんやろ?戦場を生き抜いてきた人間特有の気……隠せてへんで?」
「先日まで〈陸軍〉の大将を務めていた」
「大将さん……!?その若さでエグいで!大将ってことは四次元の兄ちゃんと同じやんけ!」
「冴積四次元か。確かに〈陸軍〉に三人存在する大将の一人だ」
新世界における陸海空軍は、軍隊でありクランでもある。そのため、特定の国には属さず、その人員も世界六国中から集められている。ニコラ・メーデー・合戦坂、及び冴積四次元は、四千人が所属する〈陸軍〉の中から、三人のみが就く階級――大将に上り詰めた猛者だ。
「こりゃ本気でやらな死んでまうな……!」
猿楽木天樂は耳の穴から取り出した爪楊枝大の棒を急速に伸ばした。その様はまるで〈如意棒〉である。二人は剣と〈如意棒〉を構えた。
「夏瀬雪渚より『全員勝つぞ』と命じられている。この命に従い、私は勝たなければならない」
「それ命令じゃないんとちゃう?ま、ええけどやな」
ニコラ・メーデー・合戦坂――私は展開する。私の周りに、無数の剣を。剣先が木漏れ日を反射し、一層の鋭さを見せる。眼前の猿楽木天樂は驚いた様子を見せた。
「それがねーちゃんの異能やな!?」
「それは質問か?私の神話級異能、〈熾義〉だ。あらゆる武器を自在に生成し、自在に扱うことができる」
「立派やけど……派手なだけやで!」
猿楽木天樂が急速に〈如意棒〉を伸ばす。刺突による攻撃だ。私は宙に浮く無数の剣を眼前に集め、防御する。カン、という金属音と共に、剣先から火花が散る。
「そんなこともできるんかい!」
無数の剣が晴れる。その瞬間、私は右手に持っていた剣で猿楽木天樂を斬り付けた。猿楽木天樂の肩に致命傷を与える。
「ねーちゃん、それええ剣やな?」
「質問か。〈熾天剣エノク〉――幼少期より私と共にある剣だ」
「ええで!――『身猿』!」
猿楽木天樂が後方に跳躍し、自身の髪の毛を十数本、引っこ抜いた。そして、その髪に息を吹き掛ける。――すると、髪は人間大のサイズとなった。猿楽木天樂の分身体だ。彼女らは一様に〈如意棒〉を手にしている。
「どや!?ウチの十八番やで!?」
猿楽木天樂の分身体の猛攻を、無数の剣で応戦する。若干、こちらに分があるように思われた。
「この程度か?猿楽木天樂」
「……ッ!強いな?ねーちゃん!――『帰化猿』!」
猿楽木天樂が口から煙を吐く。それはもくもくと、雲の形を成した。猿楽木天樂が雲――筋斗雲に飛び乗る。そして、更に――。
「――『身猿』!」
またしても増殖する分身体。だが、無数の剣による防御に隙はない。分身体も筋斗雲に乗り、〈如意棒〉による刺突を繰り出してくる。最早、どれが本体なのかはわからなかった。それでも、私の表情は一切崩れない。
「ねーちゃんは不思議やな。巽のねーちゃんと違うて、夏瀬の兄ちゃんのためってワケでもなさそうや」
「夏瀬雪渚の命令だ。夏瀬雪渚のため、というのとは少し違う」
「普通命令やとしてもそんなんでけへんで!?ウチは〈極皇杯〉の本戦進出経験者……常人なら裸足で逃げ出す相手や!なんでねーちゃんは戦えるんや!」
「私は……〈極皇杯〉を知らない。猿楽木天樂が何者だろうと関係がない」
「それでもや!ウチが強いのはわかるやろ!?死ぬのが怖くないんか!?イカれとるで!」
「私は、私の命などどうなっても構わない」
「ホンマに……!イカれとるやん……!」
私の周囲の無数の剣は全包囲に浮遊している。猿楽木天樂が『帰化猿』によっていくら上空から攻撃しようが、私には何ら影響はない。
「なんで……!なんでウチの攻撃が効かへんねや!」
猿楽木天樂の表情に焦りが見える。同時に、猿楽木天樂の動きに無駄が多くなってくる。
「――そこか」
私は、その隙を突くように〈熾天剣エノク〉を突き出した。神々しい剣先が猿楽木天樂の胸を貫く。――が、それは靄のように消えてしまった。
「ははっ!それ分身の方やで!ねーちゃん!」
「――む。ならば、これはどうだ?」
無数の剣が消失する。代わりに、私の両肩にはガトリング砲が現れた。再び、猿楽木天樂が目を丸くする。
「――ガトリング砲!?ホンマに何の武器でも自在に扱えるんか!?」
「――去ね」
ガトリング砲による、無慈悲なガトリング弾の嵐。それは森の中で、残酷なほどに響き渡っていた。ガトリング弾が猿楽木天樂の分身体を捉える度に、靄のように消えてゆく。
「――『身猿』!『身猿』!」
焦った猿楽木天樂は、ガトリング弾を回避しながら、髪の毛を毟り、慌てて分身体を補充する。――が、文明の利器には無力だ。また、音もなく消えてゆく。
「……本体はそこか」
「そこは『そんなに髪の毛引っこ抜いたら禿げてまうやろ!』ってツッコんでもらわなアカンとこやで……!」
「ユーモアには疎いのだ。気を悪くしたなら謝罪しよう」
「あっ……かん!強すぎるで!ねーちゃん!――『岩猿』!」
瞬間、猿楽木天樂の身体が巨大な岩石へと変貌する。それは、ガトリング弾を弾き返した。
「これで……どや?ねーちゃんにこの防御力を打ち破れる攻撃があるんか?」
私は静かにガトリング砲を消滅させる。そして、腰の鞘に〈熾天剣エノク〉を納める。代わりに私の手中に握られたのは、虚空から現れたロケットランチャーだった。それを巨石となった猿楽木天樂に向ける。
「ウソ……やろ?ねーちゃん、殺す気やないやんな……?」
「――沈め」
発射。……そして、爆発。周囲の木々がぼうぼうと燃え始め、眼前の岩石は――粉々に砕けた。
「なん……っでやねん……」
岩石は全身ズタボロになった猿楽木天樂へと姿を変える。その女は、力なく地に落ちた。
「命令遂行、帰還する」
私は猿楽木天樂を背に、来た道を戻る。 ――ニコラ・メーデー・合戦坂vs猿楽木天樂。勝者――ニコラ・メーデー・合戦坂。
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