3-13 兎の餅つきミンチ肉仕立て
丸眼鏡にボウルカット――球体のように丸々と太った肥満体の青年・御宅拓生はサバンナを駆ける。まだクラン対抗戦開始から数分であるのにも関わらず、既に彼は汗だくだ。
――まずいですぞ……!まずいですぞ……!始まってしまいましたぞ……!
小生は当てもなくサバンナを駆けていた。その広大なサファリパーク――サバンナには、キリン、ゾウにチーター、ライオン――動物園でしかお目に掛かれないレアな動物たちが悠々自適に生きていた。人に慣れているのか、襲ってくる様子はない。
「ひいっ!なんでライオンが普通にいるんですかな!?」
――そのときだった。眼前にドーンと凄まじい衝撃音。砂埃が舞う。小生は思わず立ち止まり、咳き込みながら、その砂埃の中を見ようと必死に目を凝らした。
「来たね!来ちゃったね!御宅拓生くん!」
「――ぶひっ!?」
砂埃が晴れる。現れたのは――ウサ耳を生やした、金髪ポニーテールの爆乳チアリーダーだった。
「ようこそ!〈神屋川エリア〉へ!私は〈十二支〉の卯佐美兎月だよっ!」
「貴殿は……!〈極皇杯〉のチアガールですかな!?」
「覚えててくれてたんだ!?あのときは〈極皇杯〉のチアリーダーを任されてたからねっ!」
――〈世界ランク〉二十八位……!小生で……勝てるのですかな……!?
ウサ耳をぴょこぴょこと動かす彼女。彼女の足下の地面は――抉られていた。まるで空から数トンの鉄球でも落としたかのように。
「あのー……ところでなんで地面が抉れているのですかな……?」
「あはは!面白いこと言うね、御宅くん!」
すると彼女は、酷く高く跳躍した。何メートルだろうか。五メートル、六メートル……。彼女は、こう告げて、そのまま小生を目掛けて急降下する。
「――私の異能に決まってるじゃん!」
「――ひいっ!?」
衝撃音。砂埃。地がまたしても減り込む。小生は辛うじてそれを回避し、前方に倒れ込んでしまった。眼前に立つ彼女は、ウサ耳を動かしながら不思議そうに告げる。
「あっれー?当たらなかったかぁ。おっしい!」
「殺す気……ですかな……!?」
「そのつもりでやらないと面白くないじゃん!手毬に『殺しはダメなのだ!』って言われてるから殺しはしないけどね!」
「ははは……最悪ですぞ……」
「カラクリがあるタイプの異能じゃないから説明しといてあげるね!私の異能は〈浮堕〉!私自身の体重を自在に変化させる異能だよ!」
そして彼女はまた高く跳躍する。そして、ミサイルかの如く急速に小生を目掛けて落下する。サバンナに響き渡る衝撃音。
「――ひいっ!」
必死に身体を転がして小生はそれを回避する。砂埃が舞い上がる。本当に間一髪だ。一秒でも遅れていたら今頃はミンチに違いない。
「つまりジャンプする瞬間に体重を鳥のように軽くして、落下する瞬間に体重を象のように重くするの!これで簡単に御宅くんも倒せるってワケだね!」
小生は恐怖していた。震えが止まらない。転がった体勢のまま、ガタガタと膝が小刻みに震えていた。
――こんな敵……どう勝てと……!雪渚氏……助けてくだされ……!
「あっれー?怖がってるの?そんなんでよく〈神威結社〉でやってられるね?」
また彼女が跳躍する。もう既に、彼女の目は小生を軽視し始めていた。
「ぴょーん」
俯せの姿勢のまま、顔を上空に向ける。燦々と照らす太陽をバックに、彼女――卯佐美兎月が映し出される。――そして。
「どっかーん」
小生を目掛けて急降下。――だが、怖くて動けなかった。動かなければ、死ぬというのに。当然のように、そのプレス攻撃は――衝撃音と共に、小生にクリティカルヒットする。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!痛いっ!痛いですぞ!ああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「あは!命中した!ラッキー!これコントロールムズいんだよね!」
「ああああああああああああああああああああ!!痛いっ!痛いっ!あああああああああああああああああああああああああああ!!!」
臓器が潰れた感覚があった。骨も何本か逝っただろう。全身に耐え難い激痛が走る。その痛みは、小生の理性すらも支配する。小生はただ、泣き喚いて、地べたでのたうち回り、痛みを誤魔化すしかなかった。
「ゴメンだけど私たち、勝たなきゃいけないんだよねー。手毬に拾ってもらった身だからさー、手毬のためにも絶対勝ちたいんだよねー」
地面を転がりながら、涙を流しながら、〈霧箱〉により、亜空間から必死にその中に収納していた物を取り出す。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
――ラノベ……違う!漫画……違う!フィギュア……違う!軍手……違う!何か……何か……役に立つものは……この状況を打開できるものは……!
乱雑に物を取り出してゆく。何か目当ての物があるワケではなかった。ただただ、何かないかと、救いを求めていたのだ。小生は〈霧箱〉に、縋っていたのだ。
「――だから邪魔しないでね?」
彼女は再びの跳躍。そして急降下。その凄まじい攻撃は、またしても小生に命中した。
「ああああああああああああああああああああ!!!痛いっ!痛いですぞ……!ああああああああああああああああ!!」
「うるっさいなあ、もう!」
小生は、亜空間に突っ込んだ手を離さなかった。転がった姿勢のまた、乱雑に物を次々に取り出してゆく。彼女は再び跳躍する。――だが、痛みが冷静さを取り戻させてくれた。小生は思考する。
――小生は……〈十天〉でもなければ、〈極皇杯〉のファイナリストにもなっていない。当然、四天王にも選ばれていない。小生だけなんだ。〈神威結社〉で、何も肩書きを持っていないのは……。
「やっぱウザいから殺してもいいよね?」
――ここで勝てないようでは……小生は、ただのお荷物……!
「――ばいばーい」
――ばあちゃん……力を貸してくだされ……!
「ありましたぞ……!」
小生は痛みを堪えながら、その場に立ち上がる。そして、亜空間から取り出したそれを、地面にぶちまけた。見上げる上空では、彼女が急降下し、迫ってくる。小生の足下にできる影が、どんどん大きくなる。
――引き付けて……引き付けて……。
「――今ですぞ!」
すんでのところで身を捻って回避。彼女の金髪の毛先が小生の頬を掠めた。衝撃音と共に――「べちゃ」と音が鳴る。
「……なっ、何!?」
彼女は酷く困惑しているようだった。足に纏わり付いて離さない「それ」に。彼女が藻掻けば藻掻くほど、「それ」は足に絡まり、彼女を離さない。
「――きゃっ!」
彼女はバランスを崩し、転倒する。彼女の服、髪、腕――至るところに白い「それ」が粘着する。もう、彼女は動けない。小生は丸眼鏡をクイッと持ち上げ、ドヤ顔で、見下ろす彼女に告げる。
「フッフッフ……『鳥黐』ですぞ」
「う、嘘でしょ……!勘弁してよ……!」
「鳥黐――鳥や昆虫を捕獲するために使われる粘着性の物質ですな」
「助けて!御宅くん!私が……私が悪かったから!やりすぎたなら謝るから!」
「因みに軍手を填めて、軍手と一緒に鳥黐をぶちまけましたからな。小生には付着していませんぞ」
「そんなこと聞いてないよ!ちょっと……助けてよ!これ……!」
「いやはや、もう少しだけ鑑賞させてもらいますぞ」
「……この……変態!」
――御宅拓生vs卯佐美兎月。勝者――御宅拓生。
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