3-11 ZOO
「でへへ、おー、トトちゃん。お前も可愛いなぁ。――へくしゅ!」
「雪渚……デレデレね」
「猫好きなのに猫アレルギーなのが悲惨ですね……」
〈真宿エリア〉――その駅前にある一軒の猫カフェに、俺たち〈神威結社〉は集っていた。〈神屋川エリア〉に向かう前に猫屋敷が店長を務める猫カフェに寄りたいという俺の強い希望によるものだ。
「トトォ!テメェ……ボスに可愛がられてずるいだろォ!」
「猫に張り合ってどうするんですかな……。竜ヶ崎女史……」
猫屋敷が店長を務めるその猫カフェ――「にくきゅう日和」は大繁盛――というワケではなかったが、キャットタワーに爪研ぎ用のスクラッチボール、沢山の玩具、遊ぶのに十分なスペースと、兎に角猫にとっての楽園のような場所だった。猫屋敷の猫愛が伝わってくる。
「ふふ、猫ちゃんたち可愛いですね」
「うん、みんな人懐っこいしいい子たちね」
「にゃはは~。猫たちも〈神威結社〉のみんなに懐いてるね~」
そんな中、予想外の反応を見せたのはニコだった。
「な、なんだこの愛くるしい生き物は……」
「ニコは猫を見るの初めてか?――へくしゅ!」
「ニコっちー、抱っこしてみて~。この子なら抱っこ好きだから~」
猫屋敷が一匹の成猫をニコに優しく手渡すと、ニコは緊張した面持ちを浮かべながらその成猫を抱き抱えた。
「……こ、こうか?猫屋敷彼岸」
「そうそう。上手いよ~」
「ふふ、猫ちゃんもニコさんに抱っこされて嬉しそうですね」
「ニコちゃんは猫見たことなかったのね、可愛いでしょ?」
「ああ……これが『可愛い』ということか……」
「ニコ女史、初の猫とのふれあい体験はいかがですかな?」
「……悪くない」
「ガッハッハ!ニコも可愛いトコあんじゃねェかァ!」
そのとき、俺のプレートフォンが鳴った。――鳴った、ということは通知オフに設定している恋町ではない。ポケットからプレートフォンを取り出すと、その画面には着信画面が表示されていた。相手は、「羊ヶ丘手毬」だ。
「おっと……悪い、電話だ。ちょっと出てくる」
「かしこまりました、せつくん」
猫カフェを出て外へ。「応答」をタップすると、その通話の主が興奮した様子で声を張り上げた。
『――雪渚!いつ来るのだ!こっちはもう準備万端なのだ!』
「おー、手毬、もう行くから待ってろ」
『早くするのだ!こっちは既にみんな臨戦態勢なのだ!』
――「戦おう」などとは言っていないが……やる気満々って感じだな。
「わかった、わかった。直ぐ行くから待ってろ」
『待ってるのだ!雪渚も今の〈神屋川エリア〉を見たらビックリすると思うのだ!』
「はいはい、じゃあ後でな」
通話を切り、ソロランキングの画面を開く。ソロランキングも、この数ヶ月でまた上位陣の面子は変わった。
――――――――――――――――――――――――
Solo Ranking
1.【天】鳳 世王
2.【天】天ヶ羽 天音
3.【天】飛車角 歩
4.【天】徒然草 恋町
5.【天】大和國 綜征
6.【天】噴下 麓
7.【天】日向 陽奈子
8.【天】銃霆音 雷霧
9.【天】漣漣漣 涙
10.【天】杠葉 槐
10.【天】杠葉 樒
12.【極】黒崎 影丸
13.【極】夏瀬 雪渚
13.【極】羊ヶ丘 手毬
15.【極】大和國 終征
15.【極】幕之内 丈
17.【極】――非公開――
17.【極】知恵川 言葉
17.【極】竜ヶ崎 巽
18.【極】冴積 四次元
19.【極】夜空野 彼方
20.【極】五六 一二三
21.【極】四季ノ音 奏
22.【極】霧隠 忍
23.【極】虎旗頭 桜歌
24.【極】猫屋敷 彼岸
24.【極】沙汰無 静寂
26.【極】馬絹 百馬身差
27.【極】帯刀 凌駕
28.【極】庭鳥島 萌
28.【極】卯佐美 兎月
30.【極】炎 勇者
30.【極】犬吠埼 桔梗
30.【極】猿楽木 天樂
33.【玄】慈 安寧
↓
――――――――――――――――――――――――
――犇朽葉の名前はない。カルト的な人気を誇る配信者――NewTuberである彼女がプレートフォンを持っていないなど有り得ない。他にも〈世界ランク〉に載らない抜け道があるのだろう。
――そして俺と同率の世界十三位には、「彼女」の名前がある。本来、〈極皇杯〉のファイナリストに選ばれなければ困難な世界TOP20……。そこに「彼女」の名があることは、特別な意味を持つ。
「さて……そろそろ向かうかな。〈神屋川エリア〉――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈神屋川エリア〉へと向かうエクスプレス。以前は〈神屋川エリア〉に駅はなかったが、一ヶ月前にエクスプレスが開通したとニュースになっていた。「陸の孤島」であったプレハブ街も、この半年近くで大きく発展したようだ。
エクスプレスの座席――俺の両脇には天音と陽奈子が、通路を挟んで反対側にはニコと猫屋敷が、後部座席には竜ヶ崎、拓生が座る。平日の昼間だからか、比較的空いているようだ。
「おォい!なんでアタイがボスの隣じゃねェんだァ!何かあったときボスを守れねェだろォがァ!」
「こら竜ヶ崎、うるさいぞ。静かにしろ」
「巽ちゃん、両隣が〈十天〉なんだから何なら今の雪渚は世界一安全よ」
「ええ、せつくんに手出しは絶対にさせませんから安心してください。竜ヶ崎さん」
「おォ!姉御と陽奈子がそう言うなら問題ねェなァ!」
「たつみょんは単純だね~」
「竜ヶ崎巽、勘付いてはいたがもしかしてアホなのか」
「……ザッツライ、ですぞ」
「ねーねー、せつなっちー」
「……ん?なんだ?」
「せつなっちはなんで屋内でもニット帽冠ってるの~?」
「毛量が多いから冠ってると落ち着くんだよ」
「雪渚氏は同じニット帽を三つ持ってますからな」
「外出用と〈オクタゴン〉で冠る夜用と洗濯時の予備だ」
「なるなる~。納得した~」
「なんだこれは。動いているのか?」
「ガッハッハ!ニコォ!テメェ、アタイよりモノを知らねェなァ!」
「ニコさん、エクスプレスですよ。新世界中を繋ぐ移動車両です」
「そうか。便利なものだな」
「てかニコ、今度ニコのスマホ買いに行かなきゃな」
「プレートフォンか。私には必要ない」
「必要ないって……ニコちゃん、ないと不便よ」
「不便だと感じたことはない。私のために手間を掛ける必要はない」
「ニコ、別に無理に使えとは言わないが持っててはもらうぞ。いざというとき、ないと困るからな」
「……承知した」
『――まもなく、神屋川駅。神屋川駅に到着します。お出口は右側です。列車とホームの間が空いているところがありますので足下にご注意ください――』
車内のアナウンスが、手毬たち〈十二支〉の待つ、〈神屋川エリア〉への到着を報せる。エクスプレスがゆっくりと停車すると、俺たちは立ち上がった。
「よし、降りるぞ」
エクスプレスを降車すると、そこは地下であった。地上駅であった〈真宿エリア〉とは景色がまるで異なる。線路の奥は薄暗い。旧世界でよく見られた地下駅と似た景色で、そこには何人かの人が往来しているだけであった。
「珍しいですね。この新世界で地下駅ですか」
「――おあッ!?トンネルかァ!?」
「なんだか不気味だね~。せつなっちの時代だと珍しくなかったんだっけ~?」
「そうだな、旧世界じゃ珍しくないが……」
「――こちらの階段で地上に上がれるようですぞ!」
「おォ!行こうぜェ!手毬たちが待ってるぞォ!」
地上への階段を駆け上がる。視界に飛び込んできた景色は――煉瓦造りの町だった。そして、その町を取り囲むように広大なサバンナ――サファリパークが広がっている。キリンに象、ライオンにチーター、様々な動物がその平原を駆けていた。心地良い風が吹き付ける。
「マジか……」
「まるでサファリパークですな……。これ……本当にあの城壁に取り囲まれたプレハブ街だった〈神屋川エリア〉ですかな……?」
「ガッハッハ!すげェことになってんなァ!空気が気持ちいいぜェ!」
〈神屋川エリア〉は以前、城壁に取り囲まれていたが、周囲の平原も〈神屋川エリア〉に属している。つまり、今目に映る広大な草原、流れる小川、それらを取り囲む広大な森――この全てが〈神屋川エリア〉ということになる。
「――夏瀬さん!ご無沙汰してます!また来てくださったんですね!」
「――夏瀬様!お疲れ様です!」
「みんな!夏瀬さんがまた来てくださったぞ!」
「――巽!久しぶりだな!」
「天ヶ羽様や日向様もいらっしゃるぞ!」
俺たちに声を掛けてくれるのは〈神屋川エリア〉の住民たちだ。以前、十六年にも及ぶ〈竜ヶ崎組〉の支配から〈神屋川エリア〉を救ったということもあり、すっかり〈神威結社〉はヒーロー扱いだ。
「〈神威結社〉の皆様!エリアボスの下までご案内いたします!」
そう言って俺たちの前に現れたのは、一人の若い男性。俺たちは顔を見合わせて、その男性について行くことにした。
案内されたのは、元々〈竜ヶ崎組〉の事務所があったであろう町の中心地。そこには、一際大きい、一軒の煉瓦造りの民家が建っている。男性が扉を三回ノックし、扉を開く。そこで待っていたのは――。
「こちらの方こそが、我が〈神屋川エリア〉のエリアボスです」
「――待ち侘びたのだ!雪渚!巽!」
物陰から飛び出してきたのは――羊の着ぐるみを着た金髪の少女――羊ヶ丘手毬だった。彼女の金髪の毛先がぴょこぴょこと揺れる。
「手毬……!」
「手毬ィ!久しぶりだなァ!」
――手毬が……〈神屋川エリア〉の新しいエリアボス……!
そのとき、突然、俺と手毬――両者のポケットからプレートフォンが飛び出し、二人の眼前に浮遊した。――そして、開戦を告げる。
『――ランクアップ戦のお知らせです。〈神威結社〉と〈十二支〉による、S級クラン昇格を懸けたクラン対抗戦を承諾しますか?』
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




