3-9 高天原幕府
――翌日、昼。俺たち〈神威結社〉の七名が歩くのは、〈桜和門エリア〉のメインストリートだ。
〈王手街エリア〉のメインストリートを横に逸れると、目に映る景色は江戸の城下町を彷彿とさせる和風の街並みに様変わりする。〈桜和門エリア〉のメインストリートは、満開の桜が咲き誇る美しい桜並木だ。
そして、眼前に聳え立つのは、石垣の上に日本式の城郭建築で建てられた、大きな大きな天守閣である。天守から延びる櫓が陽光を受け輝く様は、その堂々たる様を一層大きく見せた。その天守閣の四方を、塀が囲い、石垣と併せて磐石の守りを築いている。
――改めて重要文化財レベルだ……。〈オクタゴン〉が可愛く思えてくる。
「あのー、師匠――大和國綜征さんに会いに伺ったんですが」
「〈神威結社〉の皆様方ですね。お話は伺っております」
荘厳な建物に見蕩れる俺たちにそう返したのは、大きな城門の前に立つ二人の袴を着た門番である。城門の上には、S級クラン・〈高天原幕府〉を示す、日の出とX字に交差する日本の刀を模したロゴマークが刻まれている。腰に刀を二本携えた二人の門番は、大きな城門を力押しで開けた。
「〈神威結社〉の皆様、どうぞお通りください」
「ありがとうございます」
俺たちは二人の門番へ感謝の言葉を述べると、顔を見合せて頷いた。
「――ッしゃァ!行くかァ!ボス!」
「……よし」
俺を護衛するようにして先頭を歩む竜ヶ崎。その後に続くように、二人の門番に会釈をし、領地に足を踏み入れる。視界に飛び込んで来た光景は、枯山水――白砂を敷き詰めた石庭に、そこかしこで剣術の修行をする袴の男たちだ。
「いつ見ても立派だな、〈桜和門城〉。社会科見学に来た気分だ」
「ふふ、そうですね。旧世界を思い出せる数少ない場所ですね」
「そう言えばアタシ、〈極皇杯〉前の雪渚の最後の修行の日以来かも」
「――おォい!アタイも混ぜろやァ!」
刀の鍔迫り合い。そうして修行をする〈高天原幕府〉のクランメンバーらしき侍たちの方向へと駆け出してゆく竜ヶ崎。
「おわっ!なんだこの女!」
「貴様!ここが将軍様の居城だと心得ての狼藉か!」
「――って!〈極皇杯〉ファイナリストの竜ヶ崎巽!?」
――将軍様……。「剣聖大将軍」というのが師匠――大和國綜征の異名だ。師匠がそう呼ばせているのではなく、飽くまで彼らが自主的にそう呼んでいる。凄まじいカリスマ性だ。どうやったら自分を「将軍様」と呼ばせられるのか……。
「修行してんだろォ!アタイのこの鉤爪!〈ヴァンガード〉の威力を見せてやるよォ!」
「何なんだこいつ……。全然話聞いてねえ……」
「終征殿に報告を……!あっ……終征殿っ!」
袴を着た侍の一人が奥の天守閣から現れた終征さんの姿を見つけ、駆け寄ってゆく。
「ご苦労様です、終征殿!あの、あちらの者が武田殿に……」
「おォい!無視すんなよォ!」
「やめろ!なんだ貴様!」
遠方で揉めている二人を横目に、終征は丁寧に言葉を返す。
「お疲れ様です、上杉殿。忝ない。竜ヶ崎殿は兄者の客人でして……」
「あっ、そうでしたか!それは大変失礼を」
「マジですみません。〈神威結社〉の者が……」
「雪渚殿!お待ちしてましたよ!」
「おお!夏瀬さん!ご苦労様です!将軍様に御用ですか?」
現在進行形でこの〈桜和門城〉で修行させてもらっている俺にとって、この〈高天原幕府〉の面々は顔馴染みだ。誰もが気さくで、俺にも好意的に接してくれる。
「ええ、ちょっと師匠に重要な話がありまして。こら、竜ヶ崎……あんまり修行の邪魔しちゃ悪いだろ。ここに来た目的を忘れたのか?」
「おォ!ボス!忘れるわけねェだろォ!――おっと、邪魔して悪ィな!ガッハッハ!」
「雪渚殿、クランメンバーも増えたようですね」
「ああ、ニコと猫屋敷だ」
「ニコラ・メーデー・合戦坂だ」
「猫屋敷彼岸だよ~ん。……って、あたし〈極皇杯〉の本戦進出経験者だし知ってるよね~」
「無論ですよ、猫屋敷殿。それにニコ殿の戦場での活躍も拝聴しております」
「へえ、二人共有名人だな」
「では〈神威結社〉の皆様方、参りましょうか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〈高天原幕府〉の面々が暮らす〈桜和門城〉――その広大な領地を歩くこと数分。土地のあちこちに建てられた天守閣や木造の建物を通り過ぎ、俺たち八人は最も目立つ本丸御殿の目の前に立っていた。
「此方の最上階――上段の間に兄者がおります」
「ほへ~、立派な建物だね~」
「〈十天〉・第五席の大和國綜征か。実際に会うのは初めてだな」
そう呟くニコを横目に本丸御殿に足を踏み入れると、豪華絢爛といった、金色の襖が目を引いた。横に延びた木造の廊下が視界の先まで続いている。その視界の中心には、木造のリフトが設置されていた。
「〈神威結社〉の皆様方。此方は昇降式のりふとです。拙者たちがえれべーたー代わりに使っているものですね。此方で最上階まで参りましょう」
木の柵で囲われた木造のリフトに俺たち全員が乗ると、それを確認した終征さんが、木の柵に取り付けられた二つのボタンのうち、赤いボタンを押した。すると、上空からキリキリと滑車が回る音を立てて、緩やかにリフトは上昇し始めた。
「なんか、緊張すんなァ!ボス!」
「まあ俺は何度も会ってるとは言え、師匠は〈十天〉だからな……。無理もないか」
「ふふ、竜ヶ崎さん。緊張しなくても、誰も殺して腸を引き摺り出したりはしませんよ」
「天音……なんでグロいこと言うんだ……」
ガタン、と音を立てて停止したリフト。眼前には、廊下を挟んで、金色の背景に見事なまでの松の木や富士山が描かれた襖が横に広がっている。
ゆっくりとリフトを降りる。終征さんが豪華絢爛の襖に手を掛け、その襖を開けた。静かな音を立て、襖が開かれる。
「兄者、失礼します。〈神威結社〉の面々を連れて参りました」
視界に飛び込んで来た光景は、畳張りの大広間の奥に鎮座する男――筋骨隆々の上裸の肉体の上から着物を羽織った姿の〈十天〉・第五席――大和國綜征。彼――師匠は徳利を片手に酒を嗜んでいる。
師匠は圧倒的な存在感を放っている。強者――と言わんばかりの佇まい。――いや、事実、俺が師匠との修行で百度以上挑んでも傷一つ付けられなかった超絶強者なのだが。
その空間には、師匠の他に一人の女――くノ一の格好をした、青い毛先の銀髪ショートカットの華奢な女が立っていた。片目は前髪で隠れているが、キリッとした目に結んだ口。その手には苦無が握られている。
「――おォ!霧隠じゃねェかァ!」
「正に、奇想天外でござるな。来客があると将軍殿より伺っていたでござるが、〈神威結社〉の面々でござったとは」
「おォ、なんだ霧隠ェ!このクランに入ったのかァ!?」
「そうでござる。今や〈高天原幕府〉のなんばーふぉーでござる」
「――雪渚殿、参られたか」
途端、途轍もない存在感を感じた。大広間の奥からだ。その男が声を発した瞬間、空気が凍り付く。
――流石……師匠……。
「師匠、ご無沙汰してます」
「うむ。まあ各々方、座るで御座る」
師匠の言葉に従い、俺たちはその大広間の中央に腰を下ろした。慣れない畳張りの空間に、竜ヶ崎がそわそわしている。
「雪渚殿、数日顔を見せなかったようで御座るが……何があったで御座るか?」
「ええ、師匠。それも含めてお話に参りました――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「成程。左様なことがあったで御座るか……」
俺は『魔王城バトルロード』の収録で起きた犇朽葉の件、そして飛車角さんから聞いた、〈鬼ヶ島〉の件。師匠の兄――幻征さんと何かしらの関係があるかもしれない件、全て洗いざらい話した。
「はい、以上が報告となります」
「うむ、飛車角殿からも聞いてはいたで御座るが……まさか兄者が失踪した、彼の〈鬼ヶ島〉から泳いできたのが犇朽葉とは……。〈鬼ヶ島〉は〈十天〉ですら立入禁止区域の筈で御座る」
「はい、彼女であれば、何か知っていてもおかしくありません」
「……天ヶ羽殿、日向殿、例の件は雪渚殿に話したで御座るか?」
「……いえ、余計に不安がらせることになるかと思い、まだ話していません」
「……アタシも」
「例の件……ですか?」
「――〈災ノ宴〉で御座る」
「〈災ノ宴〉……ですかな?」
「六十年ほど前であったか、初代の〈十天〉の時代で御座る。雪渚殿の言う、『悪魔級異能』を持つ十人の兵が現れたで御座る」
その後も、師匠は淡々と言葉を継いだ。俺たちは、呆気に取られながら静かにその言葉に聞き入っていた。
「その十人は〈十天〉と対を為す存在――〈十災〉と呼ばれたで御座る。〈災ノ宴〉――即ち、〈十天〉と〈十災〉による一対一のたいまんでの試合を十回繰り返し、勝ち星の多い方が世界を牛耳るという宴が執り行われたで御座る」
「な……なんだよォ……それ……」
「その結果、〈十天〉が勝利し、〈十天〉が新世界を治めることとなったで御座る。……当時の〈十天〉のうち三名は戦死したで御座るがな……。そして――その発端となった『悪魔級異能』、それが顕現したのは、〈鬼ヶ島〉に訪れた者だけだったで御座る」
師匠の話は衝撃だった。皆が言葉を失っていた。ニコですら、クールな表情なままだが、視線を斜め下に落とし、どう反応していいか困っているようだ。
「師匠……つまり……今回の件は……!」
「左様。新たな〈十災〉が、生まれるということで御座る」
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