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3-7 ソルジャー熾天使

「はあ……!?」


 飛車角さんの言葉に一同が騒めき立つ。当のニコ――ニコラ・メーデー・合戦坂がっせんざかは、ポーカーフェイスを保ったまま、何を考えているのかも読み取れない。


『…………ニコは〈陸軍〉では極めて成績優秀でな、女で〈陸軍〉の大将まで上り詰めたのはニコだけだ。……だがお前らも収録を通じてわかっただろ。……ニコは『壊れている』』


 ――ニコは生まれたときから戦場で育ったからだろう。本来人間として持ち合わせるべき感情を、彼女は持ち合わせていない。死をいたむ気持ちや、人の感情の機微を理解できない。


『…………そしてそれはニコの所為せいではない。……環境が悪かった、としか言いようがない。……俺も〈陸軍〉時代はニコに色々教えてやったんだがな……俺も色々あった。……俺ではニコを救ってやれない』


 ――そう。ニコの考えは俺には理解できないが、それで俺はニコを責めるつもりはない。環境の所為せいで破滅した人間の末路を、俺は良く知っているから。


『…………ニコ、〈陸軍〉を辞めて〈神威結社〉に入れ。……お前はそれでやっと、人間らしく生きられる』


「……飛車角上官、それは命令か?」


『…………命令だ。……俺からの最後のな』


「承知した。では夏瀬雪渚、今日からこのクランで世話になる。よろしく頼む」


「――ちょっと待てやァ!勝手に話進めんじゃねェ!アタイは認めねェからなァ!」


「竜ヶ崎……」


「こんな人の気持ちがわかんねェヤツ……!アタイは許せねェ!アタイが認めたヤツしかボスの〈神威結社〉には入れさせねェぞォ!」


「だがこれは命令だ。竜ヶ崎巽、異論があるなら私に勝って黙らせればいい」


「あァ!受けて立つ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――「真宿しんじゅくエリア中央公園」。すっかり狭くなった新宿に唯一残された、〈オクタゴン〉の裏手側にある公園だ。俺たち一同は「水の広場」と呼ばれるその広場へと移動した。俺たちの眼前では、石の壁面から水が流れ落ち、ちょっとした滝のようになっている。陽奈子がLEDリングを光らせる車輪付きのペットカメラを抱えて、相対する二人を見つめていた。


「ねえ、飛車角さん……これで見えてるの?」


『…………ああ、日向ひなたの嬢ちゃん。……LEDリングがカメラになっている』


「影丸!ニコさんの異能も神話級異能ですの!?」


「ええ、四天王ですからそのはずですよ、えんじゅお嬢様」


「……ど、どっちが勝つのかな……。この勝負……」


「たつみょんもお怒りだね~。まあたつみょんが〈竜ヶ崎組〉から受けた仕打ちを考えると当然かもね~。ニコっちはその気持ちがわかんないわけだし~」


『…………ああ、両者悪くないが……両者の正義のぶつかり合いだな……』


 ――竜ヶ崎は〈極皇杯〉を終えてからのこの数ヶ月でまた飛躍的に成長した。対して、「魔王城バトルロード」ではニコの戦闘シーンはあまり拝めなかったが、彼女もまた、女性ながら〈陸軍〉の大将にまで上り詰め、四天王にも選ばれた超実力者。この勝負……どうなるか。


 いつもの黄色い二本の角。そして新たに生やした黒い鉤爪と竜のような刺々しい尻尾。その尻尾をアスファルトに叩き付けながら、竜ヶ崎は告げる。


「ニコォ……!テメェみてェな危ねェヤツをボスに近付けさせねェのがアタイの仕事だァ!」


「そうか」


「なッ……なんだそれェ!会話しろォ!会話ァ!」


「先攻は譲ってやろう、竜ヶ崎巽」


「テメェ……!舐めやがって……!後悔しても遅いからなァ!――『竜ノ衝突ドラゴニッククラッシュ』!!」


 竜ヶ崎の全身を使った突進攻撃。――だが、ニコは鞘から抜いた剣の先で軽くそれを受け止めた。


「何をしているのだ?竜ヶ崎巽」


「クソッ……!強ェじゃねェかァ!――『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』!」


 続け様の竜ヶ崎の火炎放射。――が。


「耐火訓練は受けている。この程度の火ならば、大した傷にならない」


「なんだァ!?コイツ!熱くねェのかよォ!」


「問題ない。……竜ヶ崎巽には悪いが、私は命令を遵守しなければならない。終わらせてもらおう」


 その瞬間、ニコの周囲に、あかく神々しい剣が、無数に現れた。それは一つ一つが神聖な輝きを放っていて、思わず見蕩みとれてしまうほどだ。剣はニコの周囲をくるくると回転している。


「な、なんだァ?その異能……!」


「質問か?私の神話級異能、〈熾義ミカエル〉だ。あらゆる武器を自在に生成し、自在に扱うことができる」


 瞬間、ニコの周囲を回転していた無数の剣が竜ヶ崎に襲い掛かる。それは、竜ヶ崎のからだを貫いた。竜ヶ崎の身体から血が噴き出す。


「……がはッ!」


 竜ヶ崎は力なくその場に崩れ落ちた。竜ヶ崎の呼吸はひゅー、ひゅーと弱々しく、今にも事切れそうだ。


「――竜ヶ崎!」


 俺は慌てて竜ヶ崎に駆け寄った。天音、陽奈子、拓生が慌ててそれに続く。


「――勝負は中断だ!天音、竜ヶ崎を頼む!」


「はい!せつくん!……竜ヶ崎さん!しっかりしてください」


 プロレス、ボクシング、レスリング、空手、柔道、相撲、剣道――数あるスポーツの中で、不慮の事故で命を落とすことはあっても、最初から相手を殺そうと殺意を持って臨む者はいない。――だが、この女――ニコラ・メーデー・合戦坂がっせんざかは、その禁忌を破った。俺はニコに歩み寄る。


「ニコ……やりすぎだ。完全に殺そうとしてただろ」


「勝負とはそういうものだろう。何を言うのだ、夏瀬雪渚」


「じゃあニコが同じ目に遭ってもいいのか?」


「私は死んでも構わない」


「なっ……!」


「私は死ぬその瞬間まで戦うことが仕事だと教官から教わった。〈陸軍〉を辞めても、それが私の役目なのだろう」


 ――ニコは……。


「ニコは……戦場でずっと生きてきたんだよな。辛くなかったのか?」


「……辛くなかった、と言えば嘘になる。休みはなかった。毎朝、早朝四時に叩き起こされ、その五分後には軍服を着て整列していなければならない」


 ニコは、目線を斜め下に落とした。そして、クールな表情を崩さないまま、淡々と言葉をつむいだ。


わずか一秒でも遅れれば体罰を受けた。寝るその瞬間まで時間厳守だ。最初は辛かったが……今はもう慣れた」


「飛車角さんから〈陸軍〉を辞めろって言われたが……未練もないか?」


「ない。命令に従うのみだ」


 ――ニコは俺と少し似ている。境遇はまるで違うが、俺は自殺することでその現実から逃げた。ニコは、自分を殺すことでその環境下で耐え抜いたのだ。


「じゃあ俺からも命令だ。――ニコ、〈神威結社〉に来い」


「命令が重複する。……が、命令であれば従おう」


 すると、背後から大きな声が聴こえてきた。


「――あァ!負けたァ!」


「竜ヶ崎……大丈夫だったか」


「巽ちゃん……アンタ、タフね……」


「姉御のお陰で助かったぜェ!」


「全く、竜ヶ崎さんも無理しないでください」


「ガッハッハ!ところでニコォ!強ェじゃねェかァ!」


「そうか」


 竜ヶ崎のハイテンションとは対照的に、ニコは無機質で冷めた返事をする。


「おォ……なんかわかんねェヤツだなァ!よォし、ニコォ!今日からアタイと一緒にボスを守るぞォ!」


「ボスとは夏瀬雪渚か。それは命令か?」


「命令なんかじゃねェよォ!」


「命令でなければ約束はできない」


「あァ!めんどくせェ!なんだコイツはァ!」


「はは、今日から俺はニコを〈神威結社〉に迎え入れる。みんなは異論ないか?」


「雪渚がOKなら異論なーし!」


「私も右に同じくです」


「ニコ女史!よろしくですぞ!」


「ガッハッハ!アタイはニコ、気に入ったぜェ!」


 その様子を見つめていた杠葉ゆずりは姉妹、黒崎、猫屋敷が俺たちに歩み寄ってくる。


「夏瀬様、上手くまとまったようですね。流石さすがでございます」


「お前の言葉は裏がありそうで素直に受け取りづらいな……」


「影丸が実は性悪なのバレてますわよ!」


「……わ、私たちには……や、優しいけどね……。……な、夏瀬さん……には意地悪……だね……」


「フフ、誤解ですよ。お嬢様方」


「ねーねー、なつせっちー」


「猫屋敷、なんだ?」


「――あたしも〈神威結社〉に入っていいかにゃ~?なんか面白そうだし~」


「――ぶふぉっ!?猫屋敷女史!?」


「――彼岸ひがん!?」


「ああ、構わないぞ。猫好きに悪い奴はいないからな」


彼岸ひがんが入ってくれるのは嬉しいけど……雪渚はテキトーね……」


「猫好きへの信頼が凄まじいですね……せつくん……」


 こうして俺たち〈神威結社〉は、新たにニコラ・メーデー・合戦坂がっせんざか――改め、ニコ、そして猫屋敷ねこやしき彼岸ひがんを仲間に迎え入れ、〈オクタゴン〉への帰路に就いた。

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