表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/195

3-6 犇めく

「うっ……ううっ……」


 目を覚ますと、見慣れた天井が視界に入った。――〈オクタゴン〉の二〇一号室――俺の部屋の天井だ。


「――せつくん!」


「――雪渚!」


 視界の端から思いっきり抱きつかれる。その柔らかい感触も、良く知ったものだった。


「天音……陽奈子……」


「せつくん……!良かった……!良かったです……!」


「雪渚ぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁん!」


「――ボォス!飯持ってきたぞォ……って起きたのかァ!」


「――雪渚氏!お目覚めですな!」


「竜ヶ崎……拓生……」


 ――ああ、思い出した。「魔王城バトルロード」の収録で……確かひしめきに……。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺は飛び上がるように起き上がった。あのときの痛みが、トラウマのように俺の心を支配していた。思わず自身の胸を押さえ付ける。


「――せつくん!めっ!です!無理をなさっては!」


「雪渚!大丈夫!?」


「はぁ……はぁ……!あ、ああ……大丈夫だ……」


「雪渚氏がそれほど怯えるとは……よっぽどですな……」


「でも言ったろォがァ!ボスは死なねえってよォ!」


「あれ……なんで俺……無事なんだ……」


 ひしめきから食らった生々しい傷は、何事もなかったかのように完治していた。それと同時に気付いた。俺はまた、天音に助けられたのだと。


「雪渚……」


「ああ、そうか……。天音が助けてくれたのか……」


「……はい。即死じゃないことを祈りながらでしたが、何とかなって良かったです」


 俺の部屋に集まった〈神威結社〉の面々には涙が浮かんでいる。また、俺は仲間に心配を掛けてしまったのだ。


「せつくん、一週間も眠ったままだったんですよ?本当に……心配したんですから」


「一週間も……そうか。心配掛けて悪かったな。天音」


「いえ、せつくんが生きていてくれたなら、何よりです」


「雪渚……色々聞きたいことはあると思うけど、少し休んで。あとで四天王のみんなも来てくれることになってるから、そこでちゃんと話そ?」


「ああ……悪いな、陽奈子」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――〈オクタゴン〉のリビング。そこには、今回の「魔王城大量虐殺事件」の当事者である、〈神威結社〉の面々に魔王軍四天王、そして杠葉ゆずりは姉妹が集まっていた。


『今回の「魔王軍バトルロード」――その収録現場で起きた悲劇……。これを受け、〈警視庁〉はひしめき朽葉くずは容疑者を世界初・・・のS級犯罪者に指定――』


 テレビからは無機質なニュースの音声が聴こえてくる。それはとても現実のものではないようで、何処どこか冷たく感じた。


「……ってワケにゃ~。それであまねっちやえんじゅちゃん、しきみちゃんたちが駆け付けたことで、ひしめきちゃんも〈十天〉四人相手じゃ流石さすがに勝ち目がないと思って退散したんだね~」


「そうか……。それで現在逃亡中と……」


『…………ああ、夏瀬の坊主。……〈警視庁〉でも捜査を進めているところだ』


 ガラスのローテーブルの上に置かれた、車輪付きのペットカメラ。その声の主は〈十天〉・第三席――飛車角ひしゃかくあゆむだ。LEDリングの目がチカチカと点滅している。


「飛車角様、私奴わたくしめも色々と疑問がございます」


『……黒崎の坊主か。……なんだ?』


大雑把おおざっぱな質問で大変恐縮ですが……ひしめき朽葉くずは……彼女は何者なのですか?日向ひなた様のお力で生き延びたようなもので、私奴わたくしめでは全く歯が立ちませんでした」


『…………〈鬼ヶ島〉って知ってるか?』


「〈鬼ヶ島〉……でございますか?」


「〈鬼ヶ島〉……あの昔話しか思い付きませんな……」


「いや、あれだろ。終征しゅうせいさんや師匠のお兄さん――幻征げんせいさんが消息不明になったっていう……」


『…………そうだ。……その〈鬼ヶ島〉の方角から、ひしめきが泳いできたのを見たという複数の目撃情報があった。……数年前のことだがな』


大和國やまとのくに様のお兄様と何か関係があるのでしょうか……?」


『…………さあな。それともう一つ。……黒崎の坊主。お前が〈極皇杯〉で戦った現憑月うつつづきるな。……覚えているか?』


「はい、無論でございます」


「確か……降参してたわよね。勝負もせずに……」


『……彼女とひしめき朽葉くずはにも何らかの関係性があると見ている。……現在捜査中だが間違いないだろうな』


「それと陽奈子さん、確か彼女は、『はんぶん様』のことを知っていたのですよね?」


「う、うん……」


『…………それは妙だな。……〈不如帰会ほととぎすかい〉の教祖が『はんぶん様』と呼ばれていることを知っている人間は、俺ら〈警視庁〉の上層部の人間か、日向ひなたの嬢ちゃん、それか〈不如帰会ほととぎすかい〉内部の人間だけのはずだ。……さては会員番号一桁ダーキニーか?』


「飛車角さん……アタシもそう思ったんだけど……本人は違うって……。嘘は……言ってないと思う」


『…………これは……謎が深まっただけだな。……悪い、俺は仕事に戻る』


 飛車角さんがそう告げると、車輪付きペットカメラのLEDリングの光は消えてしまった。


「……ってことだけど、雪渚はどう思う?」


「……俺もひしめき朽葉くずは会員番号一桁ダーキニーではないと思う。誰かの下に付くような人間には見えなかった。……黒崎はどう思う?」


私奴わたくしめも同感でございます。嘘で〈極皇杯〉を制した私奴わたくしめが断言しますが、彼女は嘘をいておりません」


「……か、影丸……わ、私もそう思う……」


しきみの言う通りですわ。ワタクシとしきみは、嘘にまみれた政界の人間ですわ。嘘を見抜くすべなら心得ておりますわ」


「ですが……どういうことだったのですかな?雪渚氏に攻撃が通用したのは……」


「そこだよな……」


 再びの沈黙。重い空気が、〈オクタゴン〉のリビングを満たしていた。そんな中、その空気を断ち切ったのは、これまで沈黙を貫いていたニコであった。


「夏瀬雪渚、どういうことだ?攻撃を防御しなければ命中する――当然の道理だろう」


「多分せつなっちの異能の話だね~」


 ――ああ、そうか。この場で俺の〈天衡テミス〉を知らないのは猫屋敷とニコだけか。


「俺の異能――神話級異能、〈天衡テミス〉。『相手と俺の間に共通の掟を定め、破った者に罰を与える異能』なんだ」


「あー、そういうことね~。〈極皇杯〉でのあれこれも色々合点がいったにゃ~」


「……せつくん、良かったのですか?そんなに簡単に異能を話してしまって」


「ああ、猫好きに悪い奴はいないからな」


「そ、そうですか……」


「雪渚の猫好きも大概ね……」


「俺の異能に関しては他言しないでくれ。異能の性質上、看破されると途端に弱いからな。〈極皇杯〉での決勝みたいに……」


「わかったにゃ~」


「夏瀬雪渚、それは命令か?」


「いや、指示だ」


「指示か、承知した」


「話を戻すと、俺はあのとき、『無敵状態』の罰――つまり、俺がダメージを一切受けないという罰を自分に下した。実際、これまで何度もその罰を有効活用してきたが……何故かあのときだけは、ひしめきに破られた」


「それ罰になってるのかにゃ~?『無敵状態』の罰なんて、せつなっちに有利で罰になっていない気がするけど~」


「例えばそうだな。『チョコレートの海に沈められる』……って罰、みんなだったら受けたいか?」


「おォ!最高じゃねェかァ!」


「……アタシは嫌よ。チョコは好きだけど汚れるし」


「私も同じ理由で勘弁願いたいですね」


「小生は大歓迎ですぞ!」


「……こんなふうに、罰って人によって捉え方が違うんだ。だから『無敵状態』の罰も罰として機能する。実際〈極皇杯〉でもそれで大活躍してくれたしな」


「なるなる~。せつなっちは賢いね~」


「では何故、あのときひしめき朽葉くずはの攻撃が夏瀬雪渚に通じたのだ?」


「考えられる可能性としては……せつくんの〈天衡テミス〉を無効化したのではないでしょうか」


「俺も同感だ。厳密には、あの蟷螂かまきりの鎌が異能の影響を受けずに攻撃できるものだった」


「なんだそれェ!クソ強ェじゃねェかァ!」


「じゃあ、くろさきっちがひしめきちゃんの異能をコピーできなかったのはどして~?」


「影丸の〈戯瞞ロキ〉は〈十天〉の異能ですらコピーできますわ!」


「ええ、使いこなせるかは置いておいて、私奴わたくしめの異能は、えんじゅお嬢様の仰るように、〈十天〉の皆様の神話級異能ですらコピーできます」


「実際、〈極皇杯〉の決勝でも俺の〈天衡テミス〉をコピーしてたもんな」


「はい、もちろん、下級異能、中級異能、上級異能、偉人級異能――異能の階級も問いませんが、異能がコピーできないのは初めてのことです」


「黒崎はあのとき、『これまでの異能の概念を覆す異能』って言ってたよな」


「はい、私奴わたくしめにはそうとしか……」


「雪渚、あのひしめきって女、ほとんどアタシと互角だった。そんなことができるのは神話級異能としか考えられないんだけど……でも、異能のコピーができないのなら神話級異能……でもないのよね?」


「……そうだな。仮に『悪魔級異能』とでも名付けるか。かく、飛車角さんの言う通り、〈鬼ヶ島〉と何かしらの関係性があることは間違いないだろうな……」


「それに現憑月うつつづきるな大和國やまとのくに幻征げんせい……『はんぶん様』……謎は増えるばかりね」


「ボス!どうすんだァ?〈鬼ヶ島〉に調査にでも行くかァ?」


「いや、危険すぎる。仮にそいつらが全員『悪魔級異能』を持つ何らかの一味なのだとしたら、対抗できるのは〈十天〉だけだ」


「そうですね。夏瀬様、私奴わたくしめも同感です。まだその時ではないかと」


「それよりこの件……飛車角さんに了解を取った上で師匠と終征しゅうせいさんにも共有した方が良さそうだな。特に終征しゅうせいさんにとっては、お兄さんを見つけることは悲願だろうから」


「そうですな。大和國やまとのくに幻征げんせい氏はあのお二人のお兄さんですからな」


 俺は車輪付きのペットカメラのマイクに向け、声を掛ける。


「あー、飛車角さん、今いいですか?」


『…………あ?……夏瀬の坊主か。……どうした?』


「さっきの件、師匠と終征しゅうせいさんにも話して構いませんか?」


「…………ああ、あいつらなら問題ない。……だがこの件を広げるのは〈世界ランク〉――ソロ三十位圏内の連中に留めてくれ。……不必要に民衆を混乱させることになるからな」


「わかりました、ありがとうございます」


「…………あと、一件。……夏瀬の坊主に頼みがあるんだが」


「はい、何でしょう?」


「…………ニコを〈神威結社〉に入れてやってくれないか?」

評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で

応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ