3-5 芔芔芔チャンネル
「あれ?あんたがこのつまんねー企画やってるディレクター?」
「えっ……犇さん……あの……」
「ねー、こんなつまんねー企画やってないでさー、あてぃしと遊んでくんない?」
「えっ……?えっ……?」
「ほら行くよー?あっち向いて――ホイ」
魔王城は地獄と化していた。その女――犇があっち向いてホイの要領で指を右に向けると、その風圧でディレクターの首が百八十回転し――そして、捥げた。ディレクターの首が、力なく地に落ちる。その表情は、絶望一色だった。
「――パパ!?パパ!」
ディレクターの娘……だろうか。五歳くらいの幼子が、何が起きたのかも理解できずに、首と胴体が離れた父親に駆け寄る。そして、事態を察したのか、涙を流し始めた。
「パパ……死んじゃやだよ!パパ……!」
「きゃははっ☆もう死んでるに決まってるじゃーん☆バカすぎだっつーの!」
爆笑する犇。髪型は黒のボブカット風。犇は、黒いブラジャーの上からアイドル風の白い衣装を羽織るような大胆な格好をしており、その服装の至るところに牛のような模様が入っている。俺は衝撃の光景に呆気に取られながらも、腸が煮え繰り返っていた。
「てかそもそもやる価値あんの?こんな番組さー」
犇の首から下がメキメキと音を立てながら変貌してゆく。その姿は人間の顔が付いた五メートルは優に超えるであろう巨大な蜘蛛だ。その様はまるで――ギリシャ神話に登場するアラクネを想起させる。あっという間に魔王城が白い蜘蛛の糸で彩られてゆく。
「あっ……ああっ……や、やめて……」
「やめてって言われると殺りたくなるよねー?」
逃げ遅れて腰を抜かした男性。犇は蜘蛛の糸で男性の首から下を雁字搦めにし、繭を創り出した。男性は眠ってしまう。犇の蜘蛛の脚には、同様に創られた幾つもの繭が吊り下がっている。
「――パパ!パパ!目を覚ましてよぉ!お願いだからぁ!」
そんな中、号泣するディレクターの娘に歩み寄ったのは――ニコだった。だが、ニコが発した言葉は、俺の想定していたものとは、掛け離れていた。
「何を悲しむ……?人はいずれ死ぬ。その時期が早まっただけだろう」
「うわあああああああああああん!!パパああああああああああ!!」
「理解に苦しむ。私には……理解できない」
――ニコ……!あのバカ……!
「きゃははっ☆あんたも狂ってるみたいだねっ☆で、なんだっけ?勇者と魔王軍だっけ?よくわかんないけどあんたも死んどく?」
「――待ちなさいよ」
真っ先に犇の前に飛び出したのは――陽奈子だった。陽奈子が光の速さで宙を飛び、巨大な蜘蛛と化した犇に殴り掛かる。犇はその一撃を、脚で受け止めてみせた。
「あれ?四天王っての全員殺さないとあんたは出てこないんじゃなかったっけ?まあいっか!殺しちゃお!」
「ふん、やってみなさいよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――せつくん!」
「天音……!」
魔王軍ルームに駆け付けた天音たち、〈神威結社〉の面々。その背後には、杠葉姉妹と黒崎も立っていた。彼女たちは皆、事態を飲み込めない様子だった。無理もない。
「ボス!無事だったかァ!」
「最悪……ですわ!罪のない人々を殺すなんて……」
「……え、槐お姉様……!……わ、私たちも戦わなきゃ……!……ひ、陽奈子お姉様が危ないよ……!」
「ですがお嬢様方!あまりに危険でございます!」
黒崎ですら、その表情には恐怖の色が滲んでいる。その現場には、俺たちを残すのみだった。逃げたのか、司会のミルルンもいないし、スタッフも殺されたか逃げたかで全滅だ。観覧席には数えきれないほどの死体の山が積み重なっていた。
「あまねえ!そっちはお願い!こっちは何とかするから!」
「わ、わかりました!」
陽奈子の声だ。見下ろすバトルステージでは、陽奈子と犇が戦っている。その実力は――ほぼ互角だ。
「皆さん、この場から離れないでください……!陽奈子さんなら大丈夫ですから!」
――クソ……!今俺が加勢に入ったところで陽奈子の邪魔にしかならない……!
「あの女ァ……!陽奈子とあれだけ対等にやり合うなんて何者だよォ……!」
「『芔芔芔チャンネル』の犇朽葉……ですな」
「あら?御宅さん、ご存知ですの?」
「その恵まれたビジュアルから、カルト的な人気を誇るNewTuber――配信者ですぞ……!ですが、こんな残虐な方だったとは……!」
バトルステージでは、光と化して飛び回る陽奈子が、犇のパワフルな攻撃に応戦していた。
「――『形態変化:蟲』っ☆」
「――『陽奈照』!!」
陽奈子が特大火力の拳を犇に撃ち込むと、犇はそれを蟷螂の鎌で受け止める。犇の首から下は、今度は巨大な蟷螂と化していたのだ。
「ははは!〈十天〉やっぱ強っ!あんた、大量殺人犯の方が向いてるんじゃない?」
「誰が……!アンタなんかと一緒にしないでよ……!」
「あー、あんた、〈不如帰会〉に家族と親友を皆殺しにされてるんだっけ?クッソウケるね!きゃははは!!」
「アンタ……殺すわよ」
「殺してみれば!?それって〈不如帰会〉と同罪だけどね!あっ、あてぃしを殺せたら『はんぶん様』のこと教えてあげよっか!?」
「あ、アンタ……『はんぶん様』のこと知ってるの……!?まさか会員番号一桁の一人……!?」
「きゃははっ☆あてぃしがあんなダサ男の信者なワケないっつーの!知り合いってだけ!『はんぶん様』のこと知りたい?」
「教えなさいよ……!」
「ウソー!!やっぱ教えなーいっ!――『形態変化:猋』っ☆」
犇の異能は異様だった。巨大な蟷螂に人間の頭が付いたような姿になったかと思えば、次は三つの頭を持つライオンのような姿に変貌する。
「なんだァ?アイツの異能……!」
「……っ!槐お嬢様!樒お嬢様……!天ヶ羽様から離れないでください!」
「影丸!どこに行くんですの!?」
黒崎は、何かを思い付いたようにバトルステージに駆け下りた。立ったまま戦闘を見守るニコと、激戦を繰り広げる陽奈子に黒崎が合流する。
――黒崎の〈戯瞞〉は「異能をコピーする異能」だ。黒崎ならば……敵の異能が何なのかわかるかもしれない……!
「日向様!私奴の異能で敵の異能をコピーします!」
「黒崎くん!……わかったわ!」
陽奈子の邪魔をしないように子供を守っていたニコは、何かを悟った様子だ。ニコは黒崎と入れ替わるように、泣き喚く子供を連れて魔王軍ルームまで戻ってきた。
「うわあああああん!!パパが……!パパが……!」
「この子供は何を悲しんでいるのだ?」
「テメェ!言っていいことと悪ィことがあるぞォ!」
そんなニコに、初めに怒りを露わにしたのは竜ヶ崎だった。竜ヶ崎はニコの胸倉を掴み、頭突きをお見舞いする。
「……痛い。何をするんだ」
「アタイも兄貴に両親を殺されたァ!テメェも両親を殺されたりしたら悲しいだろうがァ!」
「私は戦場で感情は不要だと教わった。『悲しい』……?よくわからないが、私には不必要な感情だ」
「竜ヶ崎、今は揉めてる場合じゃない。……それより天音、俺もアイツと戦う。天音はここでみんなを守ってやってくれ」
「――せつくん!ですが!」
「大丈夫、『無敵状態』の罰でサンドバッグになってくるだけだ。攻撃は陽奈子に任せる」
「……っ、わかりました。ですが、絶対に『無敵状態』の罰を解かないでください」
「……わかった」
『掟:赤いニット帽の着用を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
俺は見下ろす犇を対象に掟を定めた。観覧席の階段を滑るように駆け下り、陽奈子と黒崎に合流する。そして黒崎に尋ねる。
「黒崎……!アイツの……犇の異能は……!?」
「……っ!申し訳ございません!ダメです!コピーできません!」
「そんなことがあるのか……?」
「いえ、神話級異能ですらコピーできる異能です。考えられる可能性としては……これまでの異能の概念を覆す異能としか……!」
「……っ!陽奈子!大丈夫か!」
「うん!雪渚!こっちは大丈夫!」
「きゃははっ☆ゾロゾロと湧いてきてそんなに死にたいの!?」
「いいから来いよ……!」
――『無敵状態』。〈極皇杯〉で何度も披露した以上は読まれるだろうが、ヘイトを集める程度の役割は果たせる……!
「きゃははっ☆いいよ、あんたから死になよっ!――『形態変化:蟲』っ☆」
犇の身体がまたしても巨大な蟷螂に人間の頭が付いたような姿に変貌した。そしてその蟷螂の鎌が、俺の身体に襲い掛かる。
「は……?」
衝撃だった。幾度も俺を絶体絶命のピンチから救ってくれた「無敵状態」の罰は、容易く、破られた。俺の身体を斜めに斬り裂き、鮮血が噴き出す。
「――雪渚!」
「――夏瀬様!」
意識が遠のく。最後に目に映った光景は――涙を溜めて俺に駆け寄る天音と陽奈子、竜ヶ崎や拓生の姿だった。
「お相手は犇朽葉でした~☆」
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