3-1 Brand New Day
年も明け、〈極皇杯〉から早数ヶ月。季節は春。拓生も大学を卒業し、暫くは平和な日々が続いていた。〈オクタゴン〉の庭園――玄関の前では、利便性を求めて購入した〈翔翼ノ女神像〉が陽光を受けて輝いていた。
そんな〈オクタゴン〉のリビングには、〈極皇杯〉のファイナリストが集まっている。L字型のソファに腰掛けるファイナリストたちに、天音が人数分の麦茶を差し出した。
「どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとう、天音」
「天ヶ羽殿、〈十天〉がこんなことをされては……」
そう慌てて告げるのは終征さんだ。天音は優しく微笑んで言葉を返す。
「いえ、私はメイドですから。今日の皆さんはせつくんのお客様ですし」
「〈十天〉にこんなことをさせて申し訳ないのです。何か手伝うことはあるのです?」
知恵川もすっかり天音と仲良くなった。この前は天音と二人でランチに行ったらしい。
今回、〈オクタゴン〉に集まった〈極皇杯〉のファイナリストは、俺と竜ヶ崎を含め六名。終征さん、知恵川、海酸漿……そして。
「やあ恋町ちゃん、今日も可憐だね。この新世界に咲く一輪の花のようだ」
「……脳筋には興味ないでありんす」
……幕之内。これが今日集まってくれたメンバーだ。黒崎は仕事だとのことで多忙らしい。現憑月月はそもそも誰も連絡先を知らない。突然の招集にも関わらず、良く集まってくれた方だ。
「おー、竜ヶ崎、見ろ。あれがアホだ。ああはなるなよ」
「おォ!ボス!ああはならねェ!」
「てかつれこまはなんで当然のようにいるのよ。雪渚はアンタなんか呼んでないんだけど?」
「日向はんは薄情でありんすなぁ」
陽奈子と恋町は俺に腕を絡めたまま、ソファに座る俺の両脇で低レベルな言い合いを始めた。
「おォ!もう恋町も〈神威結社〉に入ればいいじゃねェかァ!」
「巽はん、わっちは日向はんと同じクランなんて御免でありんす」
「ふん!こっちこそ願い下げよ!」
幕之内が金色の頭髪を掻きながら、ソファに腰掛ける。
「夏瀬、オメー、〈十天〉にモテるのなァ」
「あらあら♡夏瀬くんは人気者ねぇ」
「〈十天〉キラーなのです」
――と、みんなは言うが、あの一件以来、涙ちゃんには途轍もなく嫌われてるからな……。当然、涙ちゃんも表では仲良く振舞ってくれているが、彼女の本性は俺しか知らない。
「ところで夏瀬雪渚、〈リベレーター〉のイメージの訓練は順調なのです?」
「ああ、師匠にも手伝ってもらってな。二丁拳銃以外も具現化できるようになってきた。出せる武器は同時に一つまでだが、剣でもハンマーでも出せるぞ」
〈極皇杯〉の本戦・準決勝前、知恵川の〈詞現〉の力を借りて、俺は〈リベレーター〉という新たな武器を授かった。最初のイメージは凝り固まるもの……あのとき二丁拳銃をイメージした以上、この先もずっと二丁拳銃を武器とするという想定だった。
「それは良かったのです。ただ、それができる夏瀬雪渚はやはり只者ではないのです」
「ああ、決まった形のない不定形の武器――それが〈リベレーター〉ということだな」
だが〈極皇杯〉での黒崎との決勝を経て、実力不足を痛感させられた。もっと自由に戦えるようにすべきだ。だからこの数ヶ月の師匠との訓練は主に、俺の想像力の訓練に割いた。お陰で今は、二丁拳銃に限らず、〈リベレーター〉の名を呼べば、今欲しい武器が俺の手中に現れるのだ。
「それで、雪渚殿。拙者たちに話とは……?」
「そうだぜ、夏瀬。オメーが大事な話があるっつーから来てやってんだ」
「ああ、まずは悪かったな。俺の用件にも関わらず集まってもらって」
「構わないのです。勝手に集合場所を決めたのは幕之内丈なのです」
「そりゃ〈オクタゴン〉居心地いいからよー。仕方ねーだろ?」
「でも夏瀬くんが私たちに話なんて珍しいわねぇ」
「ああ、他でもない、新世界の頂点に手を掛けた実力者であるみんなに、折り入って頼みがある」
「雪渚殿、穏やかではないようですね」
「で、夏瀬、頼みっつーのは?」
「――単刀直入に言おう。〈不如帰会〉壊滅に力を貸してほしい」
幕之内と終征さんがその言葉を聞き、一斉に立ち上がる。そもそも立てない知恵川を除けば、冷静にその場に座ったままだったのは、海酸漿だけであった。
「あらあら♡夏瀬くんはいつも唐突ねぇ」
「夏瀬……オメー、言ってくれたか。待ってたぜ……!この時をよ……!」
「雪渚殿…!本気ですか……!?」
「本気だ。まあ座ってくれ」
二人は俺の言葉に大人しく従った。
「まあ〈不如帰会〉の蛮行についてはみんなも知っての通りだが……俺はそれを止めたい」
「確かに、〈不如帰会〉に酷い目に遭わされた人は多いわよねぇ。ここにいる人の中にもいるし……♡」
「ああ。放置すれば被害は広がるばかりだ。誰もやらないなら俺たちでやるしかない。――陽奈子、説明を」
「うん。〈十天〉の飛車角さんが言うには、〈不如帰会〉は警察も迂闊に手出しできない組織になってるわ。全面戦争ののち、勝てたとしても多数の死傷者を出すことになる」
「飛車角殿がそこまで仰いますか……」
「それは手出しできないわよねぇ……」
「だからこそ、精鋭だけで徒党を組む必要があるわ。限りなく死傷者を減らして戦うには、それしかないと思うの」
「海酸漿の言う通り、今日ここにいるメンバーには〈不如帰会〉に因縁がある者も多い。特に〈神威結社〉は〈竜ヶ崎組〉を壊滅させたことで〈不如帰会〉を敵に回したようなモンだしな」
――陽奈子に竜ヶ崎、そして幕之内……。みんなが〈不如帰会〉によって味わった悲劇の程は計り知れない。〈不如帰会〉を放置すれば、その被害は広がる一方だ。
「雪渚殿、それで拙者たちにも助力を……ということですね」
「ああ」
「あらあら♡夏瀬くん、でもそれって、私たちも『死ぬ』可能性があるわよねぇ。私たちに『死ね』って言っているのと変わらないわよぉ」
海酸漿の鋭い指摘に空気が張り詰める。
「……それも重々承知の上だ。みんながいくら実力者だろうと敵は未知数……全滅の危険すらある。〈十天〉も交渉して、〈神威結社〉の戦力強化も図った上でベストメンバーを集めるつもりだが、それでも危険は伴うだろうな」
「ふふ、そうよねぇ」
そのとき、倉庫から金庫を持ってきた拓生が、両手で抱えた金庫をガラスのローテーブルの上に置き、その錠を開けた。中には沢山の虹金貨が敷き詰められている。
「――だから一人当たり、虹金貨百枚を確約する。日本円にして一億円だ」
「……夏瀬雪渚。……らしくないのです。〈極皇杯〉のファイナリストになるほどの人間が金に困っているはずがないことは、夏瀬雪渚も理解しているはずなのです」
「……それも承知の上だ。その上で、今俺が出せるものが金しかない。だから実質的には、無条件で俺に力を貸してくれ、と言っているようなものだ」
「……アタシからもお願い」
――海酸漿の言う通り、「死んでくれ」と言っているのと何も変わらない。これは、断って当然の、無理な頼みだ。一人でも首を縦に振ってくれれば御の字の大博打――。
「――オレは構わねーぜ?〈不如帰会〉はいずれ潰さなきゃなんねーと思ってたからよ。夏瀬たち〈神威結社〉が味方なら心強え」
「幕之内氏!本当ですかな!?」
「ああ、オレは出張ってやるよ」
「ありがとう、幕之内」
「……夏瀬くん。あなた私たちを過大評価しすぎなのよぉ」
「え……?」
「〈極皇杯〉で優勝した黒崎くんや準優勝の夏瀬くんはいいのよぉ?でもねぇ、夏瀬くん、私たちは先の〈極皇杯〉で、力不足を嫌というほどに思い知らされた。今の私たちには、〈不如帰会〉に勝てるだけの力はないと思うわぁ」
「海酸漿……」
「それこそ私たちの力では何も為す術なく殺されるかもしれない……。そんな状態で夏瀬くんたちを手伝うなんてできないわよぉ。ごめんなさいねぇ」
「いや、いいんだ。無理な頼みだってのは承知の上だ」
「雪渚殿……拙者も同じ思いです。協力したいのは山々なのですが……拙者も、兄者を見つけるまで死ぬわけにはいかないのです」
「夏瀬雪渚、私も同意見なのです。私も……まだ〈天網エンタープライズ〉のために、一二三様のためにも死ねないのです」
「チッ……それでもオメーら〈極皇杯〉のファイナリストかよ。揃いも揃ってビビりやがってよ」
「いや、いいんだ、幕之内。これも想定内だ。今日は集まってくれてありがとう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――ファイナリストたちが帰った後、〈オクタゴン〉のリビングには〈神威結社〉の面々と恋町が残っていた。
「難しかったですな……。流石に相手が〈不如帰会〉ともなれば、敵に回したくはないという気持ちもわからなくはありませんぞ」
「でも良かったな、陽奈子。幕之内は協力してくれるんだとよ」
「うん!」
「あァ?ボス!幕之内だけで良かったのかァ?」
「ああ、元々一割の勝算もないような賭けだ。幕之内が乗ってくれただけで上出来だろう」
「とは言え、〈十天〉の数人は最低でも味方に付けなければなりませんよ。せつくん」
「そこが勝負所だな」
「〈十天〉は天音はんとわっちがいましんす。二人で十分でありんす」
「ちょっとつれこま!なんでアタシをカウントしないのよ!」
「虫の羽音でありんす?雪渚はん、小バエが紛れ込んでいるようでござりんす」
「お前らなあ……」
「ですがこの調子ですと、対〈不如帰会〉戦の仲間集めは時間が掛かりそうですな」
「まあ決行は夏だ。焦らず行こう。引き続き俺の修行もあるしな」
「そうね。……あっ、雪渚、大事な話があるの忘れてた!」
「大事な話?」
「うん!番組の収録!」
「番組の収録……?」
「うん、〈神威結社〉に注力しててテレビの仕事も断ってたんだけど、最近また受けるようにしてたのね。それで今度の特番の収録に雪渚も一緒に、って」
「おォ!ボス!テレビかァ!すげェじゃねェかァ!」
「へえ、〈極皇杯〉関係で細かい仕事は幾つか受けたが、特番ほどのレベルは初めてだな。なんて番組だ?」
「――『魔王城バトルロード』って番組よ」
「――ぶひっ!?『魔王城バトルロード』ですとな!?」
「ああ、聞いたことあるな。確か……」
「この時期に毎年行われる超人気特番ですな!勇者という設定のチャレンジャーが、魔王軍四天王という設定の強者四人と回復ナシの四連戦!そして勇者は勝ち抜けば、大魔王に扮した〈十天〉の一人と戦える――って番組ですぞ!」
「そして五連勝すれば大魔王と入れ替わりで〈十天〉入りが確約される、って話だったな。まあ踏破者は過去にいないらしいが」
「なるほど。それで今回の大魔王が陽奈子さんで、四天王の一人にせつくんが選ばれたというわけですね」
「そゆこと!」
「雪渚はんが日向はんの下……?プロデューサーはんはセンスがありんせんなぁ」
「はは……。四天王の他のメンバーは決まってるのか?」
「うん!一人は黒崎くんよ」
「げっ……黒崎か……」
「おォ!あの羊かァ!」
「執事ですぞ……。ベタですな……」
「あとの二人は、一人が第八回〈極皇杯〉のBEST4に残ったアタシの友達!で、もう一人はよく知らないけど〈十天〉の飛車角さんの昔の部下みたい」
「飛車角さんの昔の……?ってことは〈陸軍〉の?」
「うん、今は〈陸軍〉の大将……みたい」
――ガチガチの軍人か……。
「中々のメンバーが揃いそうだな……」
「それだけではございません。『魔王城バトルロード』の四天王と言えば、毎回そのメンバーは、神話級異能で統一されます」
「なっ……!ネットでその情報を見たことはあったが……マジなのか……」
「そう言えば〈極皇杯〉の決勝で、黒崎氏がナチュラルに雪渚氏は神話級異能だとバラしていましたな……。それで今回声が掛かったということでしょうな……」
「でもよォ!なんだか面白そうじゃねェかァ!強ェヤツもたくさんいそうだァ!」
「勇者に四天王……もしかすると、〈神威結社〉の戦力強化や対〈不如帰会〉の仲間集めにも繋がるかもしれませんな!」
「よし、やってみるか。『魔王城バトルロード』――」
第三章「四天王篇」開幕です。
お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
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