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2-70 極皇杯お疲れ様会:後編

 〈オクタゴン〉の屋上には、屋上庭園に囲まれてプールが備え付けられている。天窓を閉めれば、真冬でも快適に遊べる温水プールだ。プールからは女たちのはしゃぐ声が聴こえ、屋上庭園では、肉の焼ける香ばしい匂いが充満していた。


 俺はプールサイドに腰掛け、紙皿に載せた豚バラを味わいながら、プールに浸かる水着姿の竜ヶ崎(りゅうがさき)手毬てまり――そして、庭鳥島にわとりじま馬絹まぎぬ犬吠埼いぬぼうざき猿楽木さるがきと話していた。


「へえ、それで……」


「うむ。吾輩らも予選で負け、より力を磨かなければならぬと思ってな。底辺クランで鍛え直すというのも悪くないであろう」


「百馬身差!底辺とは失敬なのだ!」


「せやで!ウチらもリベンジせなあかんからな!」


「夏瀬雪渚に竜ヶ崎巽――私たちはこの二人に負けているからな」


「いい判断なのだ!これで〈神威結社〉にも負けないのだ!」


「――手毬てまりは雪渚のライバルらしかばい!これなら雪渚にも対抗できるけんね!」


「おい庭鳥島……言っちゃ悪いがそれ手毬の妄言だぞ……」


「いや、夏瀬の。存外そうでもないかもしれぬぞ」


「馬絹……?」


「吾輩は占星術師であるぞ。羊ヶ丘のは今は弱いが、途轍もない力を秘めている――と星が告げておる。本当に夏瀬のを打ち破る日も、遠くはないかもしれぬぞ?」


「へえ……」


「そうなのだ?」


「というワケで、あたしら四人は今日から手毬のクラン・〈十二支〉の一員ばい!」


「これは……また強豪クランが増えたな……」


「ガッハッハ!アタイらも負けねェようにしねェとなァ!ボス!」


「はは、そうだな。竜ヶ崎」


「――雪渚はん。水着が脱げちまったでありんす。わっちの胸をその手で隠しておくんなまし」


 水中から突然、脚を掴まれ、水面に恋町が顔を出す。――本当に水着を着けていないように見える。俺は照れながら目を背けた。


「……男も大勢いるんだぞ。……脱ぐなよ」


「雪渚はんは強敵でありんすなぁ」


「――雪渚氏!例の件の収益が出ましたぞ!」


 背後から肉を喰らいながら現れたのは拓生だ。その手にはノートパソコンを持っている。


「おっ、拓生、出たか」


「なになに?雪渚、何が出たの?」


「――せつくん、何かされていたんですか?」


「あはっ☆夏瀬くんっ☆また面白そうなことをやってるねっ☆」


 プールを泳いで、陽奈子や天音、涙ちゃんが近寄ってくる。プールサイドからは、騒ぎを聞き付けて幕之内たちファイナリスト連中も集まってきた。


「ちょっとした小遣い稼ぎだよ。まあネタバラシと行こう。――拓生、パソコンを貸してくれるか」


「了解ですぞ!」


 拓生からノートパソコンを手渡される。その画面に映っていたのは、〈極皇杯〉の優勝予想ランキングであった。


「あ?夏瀬、これ、〈極皇杯〉の優勝予想ランキングじゃねーか。黒崎が最下位だったヤツな」


「幕之内殿、私奴わたくしめは逆転優勝しておりますので、その挑発はあまり効果的ではございませんよ」


「チッ、つまんねーな」


「――ケケッ♪やりやがったな♪アルジャーノン♪」


 そもそも、旧世界で用いられていた貨幣が使えなくなり、新たな硬貨に統一されたのは、異能によって貨幣の偽造が容易に行われるようになってしまったからだ。そのため、異能対策を施した硬貨が用いられるようになった。そのため、交通系IC等のデジタルマネーは姿を消したが、銀行やATMがなくなったわけではない。


「ああ。拓生には〈極皇杯〉の前からあることを頼んでいたんだ」


「そう言えば雪渚、オタクくんに何か頼んでたわよね?」


「ああ、俺が拓生に頼んだのは、〈極皇杯〉の優勝予想ランキング――そのギャンブルの胴元を勝手にやることだ」


「夏瀬雪渚……そんなことをしてたのです?」


「あっ……そう言えばせつなのSSNS(スーパーエスエヌエス)!そんな投稿があったばい!」


「ああ、ギャンブルの参加希望者は、俺の口座にそのギャンブルの賭け金を入金するよう、俺のSSNS(スーパーエスエヌエス)で告知していた。色々あってフォロワーもかなり増えていたからな」


「せつくん、あの投稿は何かと思っていましたが、そういうことだったのですね」


「えっ、でも雪渚、それって新世界中が参加するワケでしょ?下手したら、とんでもなく大損じゃない?」


「ああ、確かにとんでもないリスクを抱えていた。当然、予想を的中させた者にはオッズに応じて払い戻しをしなければならないが、オッズ的には胴元である俺たちにかなり有利な馬場だった。何せ、黒崎の最下位予想からの逆転優勝だからな」


勿論もちろん、オッズも常に公開しておりましたぞ!一切の不正はありませんな!」


「夏瀬様、そんなことをされていたのですね。私奴わたくしめの優勝まで利用して……勝ったのに負けた気分ですよ」


「俺が優勝して大儲けするつもりではあったんだけどな……」


 画面を開き、収支表を確認する。――収支は、プラス虹金貨こうきんか千四百枚。日本円で十四億円だ。


「……なっ!虹金貨こうきんか千四百枚だぁ!?夏瀬、これオメー!日本円で十四億円じゃねーか!」


「〈神威結社〉の大勝利ですな!」


「雪渚……アンタ、ホント凄いわね……」


「ふふ、せつくんは天才ですから」


「ははっ、笑えてくるな。よし!全員今夜は飲んで騒げ!今日は俺の奢りだ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――そして『お疲れ様会』は、夜をまたいだ。朝までのどんちゃん騒ぎ。疲れ果てた面々は、リビングの至るところで泥のように眠っていた。一足先に目覚めた俺は、リビングのエレベーター前の床でいびきを掻く竜ヶ崎を横目に、エレベーターで屋上まで涼みに向かう。風を浴びて酔いを覚ましたい気分だ。


 エレベーターの中で、ふと、プレートフォンを取り出し、操作する。〈世界ランク〉を確認してみると、諸々が更新された新たなランキングが画面に表示される。


――――――――――――――――――――――――

Solo Ranking

1.【天】おおとり 世王ぜお

2.【天】天ヶ羽(あまがばね) 天音あまね

3.【天】飛車角ひしゃかく あゆむ

4.【天】徒然草つれづれぐさ 恋町こまち

5.【天】大和國やまとのくに 綜征そうせい

6.【天】噴下ふくもと ふもと

7.【天】日向ひなた 陽奈子ひなこ

8.【天】銃霆音じゅうていおん 雷霧らいむ

9.【天】漣漣漣さんざなみ るい

10.【天】杠葉ゆずりは えんじゅ

10.【天】杠葉ゆずりは しきみ

12.【極】黒崎くろさき 影丸かげまる

13.【極】夏瀬なつせ 雪渚せつな

14.【極】大和國やまとのくに 終征しゅうせい

14.【極】幕之内まくのうち じょう

16.【極】――非公開――

16.【極】知恵川ちえがわ 言葉ことのは

16.【極】竜ヶ崎(りゅうがさき) たつみ

     ↓

――――――――――――――――――――――――


 ――〈極皇杯〉で格付けは済んだ。これで……俺は世界十三位か……。


――――――――――――――――――――――――

Clan Ranking

1.【S】――非公開――

2.【S】高天原たかまがはら幕府

3.【S】不如帰会ほととぎすかい

4.【S】警視庁

5.【S】鉛玉なまりだまCIPHER(サイファー)

6.【S】ワルプルギスの夜

7.【S】尋常じんじょう機関

8.【S】X-DIVISION

9.【S】赫衛かくえい

10.【S】天網てんもうエンタープライズ

11.【S】氷河時代

12.【A】神威結社

13.【A】ほむら自警団

14.【A】海軍

15.【A】――非公開――

16.【A】NO BORDER

17.【A】陸軍

18.【A】――非公開――

19.【A】オラクル・コーポレーション

20.【A】弱酸マスカレード

21.【A】――非公開――

22.【A】空軍

     ↓

――――――――――――――――――――――――


 ――〈神威結社〉もS級クランまであと一歩……。そう言えば、〈竜ヶ崎組〉を壊滅させてランクアップをすっ飛ばしてしまったけど、本来はランクアップ戦――昇格戦というのがあるんだよな。S級に上がるために、何らかのクランと戦うことになるのだろうか。


 機械音と共にエレベーターの扉が開く。プールサイドと屋上庭園には、BBQの跡が残っていた。――が、静かだった。するとプールの中に、人影を見つけた。――涙ちゃんだ。


「涙ちゃん、まだいたの――」


 そう声に出した瞬間、俺は何か違和感を感じ取り、反射的に、屋上庭園の南国風のヤシの木の陰に身を隠した。


「クソが……!!!ムカつくムカつくムカつくっ!!!!ボクとあの天才(笑)イキリ眼鏡がヤってる幻覚なんて……っ!キモイキモイキモイキモイ!!」


 凄まじい剣幕だった。冷や汗が、顳顬こめかみを伝う。涙ちゃんが水面を叩くと水飛沫が上がる。


「あのクソ執事も優勝なんかしてボクより目立ちやがって……!そもそも杠葉ゆずりはのバカガキ共があのクソ執事を甘やかすから……っ!死ねよマジで!」


 ――あれが……涙ちゃんの本性……なのか?


 瞬間、俺の手が草木に触れてしまう。その音に敏感に反応した涙ちゃんが、トップアイドルとは思えないほどの凄まじい形相で、こちらをにらみ付けた。


「――誰?」


 俺は観念して、ヤシの木の物陰から姿を現した。水着姿の涙ちゃんは、プールサイドに上がると、俺の真正面に立った。俺を上目遣いでにらみ付け、低いトーンで俺を脅す。


「夏瀬くーん、あんた、今見たこと――口外したらどうなるかわかってるよね?」


「…………さあ。天才(笑)イキリ眼鏡なもんでわからねーな」


「――あんたの仲間を全員殺す」


「…………天音や陽奈子も殺せると?」


「……ボクの異能――神話級異能、〈淼精ウンディーネ〉。『水や液体を自在に操る異能』……つまり、他者の血液すら操れる」


「…………逆流させる……ということか……」


 ――涙ちゃん――いや、漣漣漣さんざなみるいは本気だ。


「もう一度言うよ?口外しないでね(・・・・・・・)?」


「…………わかった。約束する」


 漣漣漣さんざなみるいは、ふぅ、と息を吐くと顔を俺から反らした。そして、また俺へと向き直る。そのときは――いつもの「涙ちゃん」だった。


「夏瀬くんっ☆ボクたちだけの秘密だよっ☆」


 寒空の下、夜が明けてゆく。

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