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2-69 極皇杯お疲れ様会:前編

「――雪渚様!〈極皇杯〉お疲れ様でした!」


「――夏瀬さん!準優勝おめでとうございます!」


 〈オクタゴン〉へと向かう〈真宿しんじゅくエリア〉の道中、真夜中だというのにも関わらず〈真宿しんじゅくエリア〉は祝杯ムードで、皆が心から俺を祝福してくれている。俺は若干の照れ臭さも感じながら、〈真宿しんじゅくエリア〉の住民たちの温かさに心打たれていた。


「はは、どうも……」


「そういやアルジャーノンは〈真宿しんじゅくエリア〉のエリアボスだったな♪いいエリアじゃねーか♪みんなアルジャーノンが好きなんだな♪」


「ああ、お陰で楽しく過ごせてるよ」


「そりゃ何よりだ♪」


 〈オクタゴン〉の門扉もんぴの前に辿り着くと、門番をしてくれている元・〈竜ヶ崎組〉の構成員が俺たちに声を掛けた。


「これはこれは、ボスに銃霆音じゅうていおん様……!皆さん既に中でお待ちですよ」


「ああ、ありがとう」


「それとボス、〈極皇杯〉準優勝おめでとうございます!」


「はは、どうも」


 〈オクタゴン〉の庭園を通り、その建物の玄関の扉を開く。――すると、騒々しい音が耳に飛び込んできた。その一階リビングには、ポテトチップスやビスケットに缶の酒……様々なものが散乱していた。


「地獄か♪ここは♪」


「コイツら……」


「――おい!遅いぞ!夏瀬!」


 軽く酔っ払い、俺に大声で怒鳴り立てるのは幕之内だ。幕之内は俺の肩を掴み、リビングまで引っ張る。彼の後ろで束ねた金髪が、彼の動きに合わせて揺れた。


「――せつな!お邪魔しとるばい!」


「――雪渚が帰ってきたのだ!?」


「――夏瀬雪渚か。お、邪魔しているぞ」


「――まさに、颯爽登場でござるな」


「夏瀬くんっ☆おかえりなさいっ☆」


「――ボォス!帰ったかァ!」


 〈オクタゴン〉に集まっていたのは、俺の想像を遥かに超える人数であった。〈神威結社〉の天ヶ羽(あまがばね)天音あまね日向ひなた陽奈子ひなこ竜ヶ崎(りゅうがさき)たつみ御宅おたく拓生たくお勿論もちろん、各々がお菓子を食べたり、酒を飲んだり、ゲームをしたり、談笑したりして楽しんでいる。


 予選Aブロックからは、庭鳥島にわとりじまもえ馬絹まぎぬ百馬身差ひゃくばしんさ冴積さえづみ四次元よじげん。予選Hブロックからは、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬てまり犬吠埼いぬぼうざき桔梗ききょう猿楽木さるがき天樂てんらく霧隠きりがくれしのぶ夜空野よぞらの彼方かなた


 〈十天〉からは、杠葉ゆずりはえんじゅ杠葉ゆずりはしきみ漣漣漣さんざなみるい噴下ふくもとふもと、師匠――大和國やまとのくに綜征そうせい。――そして、徒然草つれづれぐさ恋町こまち飛車角ひしゃかくあゆむ


 今年のファイナリストからは、大和國やまとのくに終征しゅうせい知恵川ちえがわ言葉ことのは幕之内まくのうちじょう海酸漿うみほおずき雪舟せっしゅう――そして、黒崎くろさき影丸かげまる。意外なメンバーもいたが、間違いなく、過去最多の〈オクタゴン〉への来客数だ。


「ケケッ♪いいメンバーじゃねーか♪」


「コイツら……遊びたかっただけだろ……」


「まあそれだけ〈極皇杯〉の余韻に浸りたいってコトだろ♪」


 天音が俺に歩み寄り、俺に頭を下げた。だが、謝りながらも、天音は何処どこか嬉しそうだった。


「すみませんせつくん。『お疲れ様会』とのことで、幕之内さんを中心に皆さん押し掛けて来られまして」


「はは、謝らなくてもいい、天音。俺も余韻に浸りたかった気分だ」


 幕之内が俺に缶ビールを突き出し、俺の肩に手を置いた。


「迷惑とは言わせねーぜ?今日は感想戦ついでに全員で黒崎さん――いや、黒崎のバカでもいじめよーや」


 幕之内は俺の眼前でパンチを寸止めする。まるで男子校の休み時間のノリだ。


「おー、やめろそれ。情けない」


「ハハッ、黒崎をいじめるなら準優勝のオメーがいねーと始まらねーからな」


「つーかお前、筋肉筋肉言ってるのに酒飲んでいいのか?」


「あー?アルコールでなくなるような筋肉なんざ要らねェよ!」


「なんじゃコイツ……」


 俺は幕之内と共に、今年のファイナリストたちが囲む輪の中に座った。その中には、黒崎の姿もある。


「黒崎……悔しいけど、優勝おめでとう」


「ええ、ありがとうございます。夏瀬様」


「ですが黒崎殿、良かったですね。これでまこも殿の不治の病も治せますね」


「えっ……ああ……それなんですが」


 黒崎は気不味きまずそうに、言葉をつむいだ。


「――申し訳ございません。それ、嘘です」


「「「はぁっ!?」」」


 俺は思わず立ち上がる。黒崎はくすりと笑った。彼の端正な横顔が、照明に照らされていた。


「黒崎……あんた……何処どこまで信用していいんだ……」


「あらあら♡飛んだトリックスターねぇ」


「食えない男なのです」


「フフ、ですが異世界の話は真実ですよ。まこも様やお嬢様方に、私奴わたくしめの成長した姿をお見せしたかっただけでございます」


 俺はそっとその場に座り直し、疑問だったことを黒崎に尋ねた。


「そう言えば黒崎、あんた……一回戦、現憑月うつつづきるなとの試合も、俺の異能をコピーして『降参』させたんだよな……?」


 ――一応、偽証できないようにしておくか。


『掟:偽証を禁ず。

 破れば、嗚咽おえつする。』


 黒崎は少し考えるような動作ののち、おもむろに口を開いた。


「いえ……そうであれば話は簡単だったのですが、実はあのとき、夏瀬様の異能を使ったワケではないのです」


 ――……マジか。じゃあ現憑月うつつづきは……何者なんだ?


「あ?夏瀬の異能ってのもイマイチわかんねーけどよ。じゃああのエロいねーちゃんは黒崎に降参させられたワケじゃなく、自主的に降参したってコトか?」


「ええ、幕之内様。そうなってしまいますね」


現憑月うつつづき殿……最後まで掴めない方でしたね。でしたら何故、出場されたのでしょう」


「気になるのですが……考えても仕方ないのです」


「そうよぉ♡今夜は楽しまなくちゃ」


「ガッハッハ!タコ女の言う通りだァ!今夜は朝まで宴だァ!」


 キッチンの付近では〈十天〉が会話していた。皆、楽しそうに各々の時間を楽しんでいる。俺も自然と口角が上がってしまう。


「ねーねー銃霆音くんっ☆この前のあの話、考えてくれたかなっ☆ボクのソロボーカルに銃霆音くんのラップパートを交えて楽曲出そうって話っ☆」


「あー?虹金貨こうきんか五百枚で考えてやるよ♪」


「こういうのってお金じゃないんだけどなっ☆」


 ――そのときだった。


「――雪渚はん。少々、よろしいでありんすか?」


 俺に背後から声を掛けたのは、小柄ながら、美しい黒髪に、豊満な胸元をあらわにした花柄の着物が映える女――〈十天〉・第四席――徒然草つれづれぐさ恋町こまちだった。


徒然草つれづれぐさ……さん」


 髪型はつやのある黒髪の、丸みを帯びたショートボブで、あごのラインほどまでの長さがある。サイド部分はストレートにカットされており、全体的にまとまりのある形状だ。髪の片側には金色こんじきのヘアピンが二つ着けられ、アクセントになっている。


 ――徒然草つれづれぐさ恋町。〈十天円卓会議サミット〉等で面識はあるものの、直接話したことはない。少し、近寄り難い印象だったが……何の用だ?


 彼女の前髪はフルバング――所謂いわゆる、ぱっつんに近いスタイルで、まゆに掛かる程度の長さがある。その上にあかく大きな彼岸花ひがんばな花弁かべんを着けている。シンプルながら可愛らしさや幼さを感じさせる髪型だ。あでやかな着物姿は花魁おいらんを想起させる。


「下の名で……恋町こまちと呼んでおくんなまし」


 徒然草つれづれぐさの顔に赤みが差す。徒然草はそう言うと、俺の片手を掴み、自身の豊満な胸に触れさせた。彼女の瞳には、ハートが宿っているようにすら見えた。


 ――この女……発情している……!?


「――な、な、ななな、何やってんの!?つれこま!」


 慌ててその手を離したのは陽奈子だった。陽奈子は憤慨した様子で、徒然草をにらみ付けている。


「つれこま……人の名前を勝手に略さないでほしいでありんす」


「うるっさいのよ!つれこま!」


「本日はお日柄も良く、日向はんは相も変わらず阿呆あほうでありんす」


「なによ!このヤ、ヤリマン女!」


「二十二の齢になるまで恋愛経験皆無のこじらせ処女よりは幾分かマシでありんす」


「せ、せ、雪渚~!」


 陽奈子はルビーの瞳をうるうるさせ、俺にすがり付いた。


「陽奈子……。言い負かされるな……。――それで徒然草つれづれぐささん……」


「――恋町こまちでありんす」


 徒然草はニコッと笑って訂正する。俺はその圧に気圧けおされるように、その名を呼ぶしかなくなってしまった。


「えっと……じゃあ恋町こまち。どういう了見だ?」


「端的に言えば……わっちは『サピオセクシャル』でありんす。一回戦の知恵川はんとの試合を見て、雪渚はんに惚れさせられたでありんす」


 ――サピオセクシャル。知性に性的魅力を感じるセクシュアリティを指す言葉だが……徒然草――いや、恋町がそれだったとは……。


「――雪渚はん。いつでもわっちを性処理に使っておくんなまし」


 恋町は俺の耳元でささやくように耳打ちした。そして、ニコッと可愛らしく微笑んだ。


「――徒然草さん!陽奈子お姉様をいじめるのはやめていただけますかしら?」


「……つ、徒然草さん。……ひ、陽奈子お姉様が……か、可哀想だよ……」


えんじゅはんもしきみはんも、ほんまちっこくて可愛かいらしおすなあ」


「あーっ!徒然草さん!子供扱いしないでくださるかしら!?」


 陽奈子と恋町の間に割って入るように現れたのは杠葉ゆずりはえんじゅ杠葉ゆずりはしきみだった。――が、簡単に恋町にあしらわれてしまっている。遅れて、黒崎が俺の背後に現れた。


「夏瀬様、お嬢様方は日向様に良く懐いておいでなのです」


「へえ、あの二人が……」


「〈十天〉であり、〈日出国ジパング(わがくに)〉のまつりごとを担うと言っても、お二人はまだ十四歳でございます。日向様は純粋でお優しいお方ですから、お嬢様方も日向様に懐かれているのでしょう」


「ああ、なんかわかる気がするな……」


「〈十天円卓会議サミット〉や国会など正式な場ではきっちりなさっているのですが、今夜くらいは……」


 ――思えば新世界に蘇って一ヶ月弱。五六ふのぼり病院のベッドで目を覚ましたときは、こんなにも俺の下に人が集まるとは考えていなかった。少しばかり騒がしい気もするが、何にせよ、嬉しいことだ。


 そのとき、天音が手を叩いた。リビングに集う面々が、一斉に天音に注目する。


「――さて、皆さん。屋上でBBQやりますよ!」

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