2-68 泣いてもいいんですよ
「1-SP3 オクタゴン間取り図」を投稿しました。
よろしければチェックしてみてください。
――十天観覧席。その決着を見届けた〈十天〉の面々は、次々に言葉を口にする。まず、言葉を発したのは杠葉槐だった。
「――影丸!影丸が優勝しましたわ!」
杠葉槐は、その妹・杠葉樒に抱きついた。その二人の表情には、純粋な喜びの色が滲んでいる。
「……く、苦しいよ……。……え、槐お姉様……。……で、でも、……お、おめでとう……。か、影丸……!」
「本当に今年は読めなかったぜ♪お前だったか、『怪物』――黒崎影丸♪」
「見事な決勝戦で御座った。雪渚殿も、良くぞ此処まで戦ったで御座る」
「まぁ、最後は異能使ってないからぁ、ネットの一部で炎上しそうだけどねぇ」
「でも二人とも、すっごく立派だったよっ☆」
一方、日向陽奈子は号泣していた。隣に立つ天ヶ羽天音も、涙を浮かべながらも、何処か満足げだ。
「うぇええええええん、雪渚ぁ……。カッコよかったぁ……!」
「……せつくん、立派にやり遂げましたね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――一方、治療室のカプセルで傷を回復させた俺は、独り、〈天上天下闘技場〉の屋外喫煙所で煙草を吸っていた。
時刻は既に二十三時。アリーナの中ではトロフィーの授与式が行われており、度々歓声が聴こえてくる。本来は準優勝者である俺も参加しなければならないのだろうが、悔しさからか、誰とも会う気になれなかった。
「――あっ!雪渚!やっぱりここにいた!」
声がする。パーテーションで区切られた屋外喫煙所に足を踏み入れたのは、金髪ツインテールのギャルであった。彼女の桜色の毛先がふわりと揺れる。
「陽奈子……」
その後ろには、〈神威結社〉の仲間たちの姿もある。陽奈子は俺の両手を優しく掴んだ。
「雪渚、カッコよかったよ。また惚れ直しちゃった」
「――ボォス!惜しかったなァ!ガッハッハ!でもいいモン見せてもらったぜェ!」
「いやはや、初出場で準優勝とは、流石雪渚氏ですな!」
「せつくん、お疲れ様でした。よく頑張りましたね」
「みんな……」
――そうだ。負けても誰も俺を責めない。なのに、どうしてこんなに悔しいんだろう。
「優勝できると思ってたしその自信もあった。だが慢心もなかったつもりだ。全力で戦った。それを超えられた。黒崎の方が一枚上手だった。完敗だよ」
「雪渚……」
「失望したか?」
――嗚呼、俺は何を言っているんだ。皆がそんなこと言うハズないのに。
その瞬間、陽奈子が爪先を伸ばし、俺の唇に――口付けをした。
「……陽奈子さん」
「陽奈……子……」
「――そんなことないよ!雪渚、スゴくカッコよかったよ!」
陽奈子の頬には赤みが差している。陽奈子は泣きそうな顔で声を張り上げた。
「雪渚、言ったでしょ?アタシはずっと雪渚の味方。雪渚、大好き」
「陽奈子……ありがとうな……」
「ボス!決勝の前にも言っただろォ!勝とうが負けようがボスはアタイのボスだァ!くよくよすんじゃねェぞォ!」
「らしくないですぞ!雪渚氏!」
「――せつくん。めっ!ですよ」
天音は優しく俺を抱き寄せた。豊満な胸で俺の頭を包む。
「せつくん。我慢しすぎです。悔しいですよね。……泣きたいときは泣いてもいいんですよ」
「うっ……ううっ……」
天音の優しい言葉に、我慢していた涙が零れ落ちる。俺は天音の腕の中で、人目を憚らず泣いた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「雪渚……頑張ったわね……」
「ボス……」
陽奈子が俺の頭を優しく撫でてくれる。天音はいつまでも、いつまでも俺を抱き締めてくれていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――数分後。俺は散々泣き喚いて少し落ち着きを取り戻した。その間、〈神威結社〉の面々は不満の一つも言わず、俺が落ち着くのを待ってくれていた。
「……せつくん、少しは落ち着きましたか?」
「あ、ああ……悪かったな、取り乱して」
「構いませんぞ。予選からずっと戦ってきて、やっとの思いで四十八万分の二に残って、あと一歩というところでしたからな。悔しいのは当然ですぞ」
「雪渚、今連絡来たけどファイナリストももう解散でいいみたいよ?みんなで〈オクタゴン〉に帰ろっか」
「おォ!帰ったらメシにしようぜェ!ボスも休憩時間何も食ってねェから腹減っただろォ!」
「はは……そうだな」
「せつくん、帰りましょうか」
「そうだな……。……いや、悪い。ちょっと泣きすぎて恥ずかしいから散歩して帰るわ。先に帰っててくれ」
「ふふ、そうですか。気を付けて帰ってきてくださいね」
「ボォス!アタイもついて行くかァ?」
「おー、アホめ。話聞いてたか?」
「へへ、そっか。じゃ、雪渚!また後でね!」
「雪渚氏!〈オクタゴン〉で待ってますぞ!」
「ああ……」
「さて陽奈子さん、せつくんがいない間に陽奈子さんはお説教ですね。あなた、どさくさに紛れてとんでもないことをしてくれましたね」
「えー!仕方ないじゃん!雪渚が落ち込んでてそれしか思い付かなかったんだし――」
「はは……」
俺は〈神威結社〉の仲間たちと別れ、気晴らしがてら、〈歌舞姫町エリア〉へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈歌舞姫町エリア〉――そこは歓楽街だ。深夜のネオン街の通りを派手な服装の若い男女が行き交っている。ネオンライトが眩しく、深夜でもこのエリアはとても賑やかだ。
コンビニで缶ビールを買い、俺はコンビニ前で缶ビールを開けた。プルトップがプシュッ、と心地良い音を奏でる。ビールを一気に口に流し込むと、爽やかな麦の味が口内に充満した。まるでこれまでの疲れが癒されるかのようだ。
「ぷはぁ……!うま……」
そのとき、向こうの方から突然、黄色い歓声が聴こえた。
「きゃー!雷霧様よ!」
「Thunder Rhyme様~♡」
俺が立つコンビニの数軒隣――そのラブホテルから街中に現れたのは、雷霧だった。その隣で雷霧に腕を絡める美女は、何処か見覚えがある。それもそのハズだ。この〈歌舞姫町エリア〉の至るところに設置された看板に映る美女。ナンバーワンキャバ嬢の揚羽蝶々《てふてふ》、という源氏名だったと記憶している。
アフターなのか、キャバ嬢らしく、胸元を露出した派手なドレスを身に纏っている。ロングの金髪も相俟って妖艶な印象を受けた。頭には、アゲハ蝶を模した大きな髪飾りを着けている。
「――お♪アルジャーノンじゃねーか♪」
「雷霧……お前も一二三と一緒で割と何処にでもいるよな……」
「〈歌舞姫町エリア〉のエリアボスだからな♪このエリアはオレの庭よ♪」
「あれ、アンタ……〈極皇杯〉の準優勝者じゃない。こんなとこで何してるわけ?」
揚羽が俺に問うた。よく見ると、彼女の服が乱れていることに気付く。
「悪いな♪アルジャーノン♪オレの女だ♪コイツは〈鉛玉CIPHER〉のNo.3なんだぜ♪――おっと、オレはアルジャーノンと話があっから、蝶々《てふてふ》は先帰ってな♪」
「えー、わかったぁ」
そう言うと、揚羽は名残惜しそうにその場を去っていった。
「ま♪これは言っとかねーとな♪準優勝おめっとさん♪」
「……どうも。……『怪物』は……黒崎だったんだな」
「みてーだな♪今は〈十天〉の席が埋まってるが、万が一空席ができたらアイツは〈十天〉入りだ♪」
「そうか……。黒崎が次期〈十天〉……」
「そうなるな♪」
「……悪かったな、雷霧。お前が〈十天円卓会議〉で他の〈十天〉に喧嘩売ってまで与えてくれた〈十天推薦枠〉……準優勝で終わらせてしまった」
「そもそもよー♪フツーの奴は義務教育で異能のアレコレを学んでよー♪十八になって大学やら就職やらで広い世界を知っていきながら、結果二十年以上掛けて異能の使い方を学んでくんだ♪それをお前は蘇って一ヶ月経たずして〈極皇杯〉準優勝だぜ♪誇っていいって♪」
「悔しくないと言ったら嘘になるけどな……。雷霧、お前はこんな〈極皇杯〉を優勝したんだな……」
「ケケッ♪やっとアルジャーノンもオレのヤバさがわかってきたか♪」
「バカ、元から十分認めてるっつの」
「ケケッ♪冗談だよ♪――ってか、アルジャーノン♪お前こんなとこで油売ってていいのか♪」
「ん?どういう意味だよ」
「あ?丈から何も聞いてないのかよ♪お前らのシェアハウス――〈オクタゴン〉っつったか♪そこでファイナリストや予選組、〈十天〉の連中も集めて打ち上げやるんだってよ♪」
「はあ!?なんで〈オクタゴン〉なんだ……」
ポケットからプレートフォンを取り出すと、案の定、幕之内から鬼のような不在着信が入っていた。同時に、SSNSでフレンド登録したばかりの庭鳥島や知恵川からも不在着信が入っている。
「げっ……マジかよ」
「全員もう集まってるっぽいな♪オレも呼ばれてっから早く行こーぜ♪ほら、〈オクタゴン〉の屋上に温水プールがあんだろ♪美女の水着姿、見放題だぜ♪」
「お前な……」
――まあ、賑やかなのも悪くないか。
俺と雷霧は、そのまま徒歩で、〈歌舞姫町エリア〉に隣接する〈真宿エリア〉――その中央に位置する〈オクタゴン〉へと向かった。夜風が、二人の足音を運び去ってゆく。――こうして、俺たちの〈極皇杯〉は幕を閉じた。
第十回 極皇杯
BEST8
竜ヶ崎 巽
現憑月 月
知恵川 言葉
BEST5
大和國 終征
幕之内 丈
海酸漿 雪舟
準優勝
夏瀬 雪渚
優勝
黒崎 影丸
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