2-65 異世界転生者漂流譚:前編
岩山に囲まれた辺境の町・〈カルナス〉では、夜になると焚き火を取り囲んで一つの決まり文句が語られる。
「ダンジョンの門が開くとき、魔物は這い出し、英雄は生まれる――」
子供たちにとっては御伽噺。だが、大人たちにとっては非情な現実だ。
町の北に広がる「灰の森」には、三十年前に現れたダンジョンが未だに口を開けている。鉄と炎の武具を纏った冒険者ギルド所属の冒険者たちが朝な朝な集まり、命を懸けて潜るその迷宮は、「黒鉄の奈落」と呼ばれ、既に百人以上が帰らぬままとなっている。
この世界、〈アルストラ〉には、魔物が存在する。彼らの棲むダンジョンは突如として大地に現れ、時に街一つを呑み込むことさえある。人々はそれに抗うために「ギルド」を結成し、職業としての「冒険者」を育ててきた。
冒険者ギルド・〈カルナス中央ギルド〉の掲示板には、今日も血の匂いがする依頼が並ぶ。
"討伐: 魔狼一体、灰の森中腹にて出没"
"調達: 奈落層の青光石を十個、魔力感応型"
"捜索: 失踪した新人冒険者〈ライネル・セム〉の消息"
十六歳の青年、クロード・シェイドはソロの冒険者であった。ソロにして冒険者ランクはS。剣聖の再来とも謳われた、剣術の天才であった。彼の周囲には、彼に魅了された女性が集まっている。彼は一人、掲示板の前でお目当ての依頼を探す。
「はて……今日はどれにするか」
"討伐: 白虎ビャッコベルク、灰の森奥地のダンジョン最下層に出没"
「ビャッコベルク……伝説上の魔物と云われていたが……本当に存在したのか。……よし、丁度いい」
クロードはその依頼書を持って受付へと歩み寄る。受付の女性は笑顔でクロードに一礼した。
「クロード様、本日もありがとうございます」
「ああ、この依頼を受注したいのだが」
「……これは……白虎ビャッコベルク……!危険度評価:|Catastropheの依頼ですが……」
「そうだな……。僕にとっても危険な討伐依頼には変わりない。だが誰かがやらなければ、町の人々も怯えて眠れぬ夜を過ごすことになるだろう」
「はい……。クロード様、いつも危険な討伐依頼ばかりお任せしてしまい申し訳ございません」
「構わないよ。ビャッコベルクの様子は今どうなっている?」
「はい、今は眠りに就いているようで動きを見せません。ただ、目を覚ましてしまうと世界崩壊の危機すら有り得ます……」
「そうか……。迅速に対処しなければならないな……」
「Sランク冒険者でいらっしゃるクロード様とは言え、お一人では危険です。町の実力者たちも既に向かっておりますので合流次第討伐に当たってください」
「わかった」
「報酬はいつもの通り、一割だけクロード様にお渡しし、残りは町の貧しい子供たちに分け与える形でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
「かしこまりました。では、ご健闘を祈ります」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここが最下層か……」
――「灰の森」奥地にあるダンジョンの最下層。度々地響きのような音が聴こえていた。そして獣が唸るような声。クロードは緊張した面持ちのまま、ボス部屋の巨大な扉を開いた。――すると。
「なっ……!」
「ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
ボス部屋の中央で、刀を体中に纏った、巨大な白虎が雄叫びを上げていた。そして、その周囲の床には、ガイル、アルク、リアム、レイダム――町の実力者たちの遺体が転がっている。その様は見るに無惨だった。
「全滅……だと!?」
――まずい……!想定外だ……!
「ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァァ!!」
クロードは気を引き締め直す。ビャッコベルクが吼え、刀を纏った体で突進攻撃を繰り出す。クロードは腰の鞘から〈ノーブルレイピア〉を抜き、その攻撃を受け止めた。
「くっ……!」
――くっ……重い……!
即座にビャッコベルクは第二の刃、第三の刃を繰り出してくる。その度に空が裂かれる。怒涛の攻撃に為す術もないまま、クロードはビャッコベルクの刀で斬り付けられた。
「ぐは……ッ!」
激痛、鮮血、血飛沫。クロードは、これまで戦ったどの魔物よりも強いその敵に恐怖した。遥か格上の存在――クロードは、ここで死ぬのだと悟った。
――クソ……!これだけはやりたくなかったが……このままでは世界が終わってしまう……。
クロードは懐から、青白く発光する一つの石を取り出した。魔力感応型の青光石――当人の魔力量に応じて力を発揮する魔石である。
――ビャッコベルク……!次元の狭間へ消えてもらうぞ……!
「飛んでけ、ビャッコベルク……!」
クロードがそう叫ぶと、青光石が瞬く。しかし、一つだけクロードは誤算を犯した。
「なっ……!」
――ビャッコベルク自身が……青光石に魔力を……!?
「ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァァ!!」
――まずい……!僕まで転移を……!
時既に遅し。クロード・シェイドとビャッコベルクは、剣と魔法の世界・〈アルストラ〉から消滅した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ここは……」
次にクロード・シェイドが目を覚ましたのは、都会のビル群が聳え立つ、新世界・〈超渋谷エリア〉のスクランブル交差点――その中央だった。クロードによって塞き止められる交通。数台の乗用車がクラクションを鳴らしている。
「なんだ……?金属の……塊?それに……この高い建造物は……?」
――何処だ……?ここは……。あっ……!
「ビャッコベルク……!」
――そうだ……!ビャッコベルク……!ビャッコベルクは何処だ……!?
クロードが周囲を見渡すも、何も見当たらない。クロードは焦る。顳顬を冷や汗が伝う。
――まずい……。あんな化物を放置しては……この世界の人々に危害を与えかねない。それこそ……世界の危機だ……!
「探さなければ……」
クロードはボロボロの体を引き摺りながら、その場を去っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――一週間が経った。場所は〈南国諸島ニライカナイ〉・〈渚岐南エリア〉。モーテルやマーケットが建ち並ぶ南国風の街並みの中、クロードは飢えていた。
「腹が減った……。せめて……水が飲みたい……」
この一週間、クロードは各地でビャッコベルクを探し回った。しかし、何処にもビャッコベルクの姿はなかった。
クロードはこの新世界の文字が読めない。言葉は通じるが、知らない単語ばかりで会話が成立しない。香りに誘われ、飲食店にも立ち寄ったが、この新世界では珍妙な格好のクロードは、店主に冷たく突っ撥ねられ、飲食すらままならなかったのだ。
――もう……ダメだ。俺はここで死ぬのか……。
そして――遂にクロードは倒れてしまった――。海風がクロードに優しく吹き付けていた。
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