2-63 嘘と欺瞞のドロッセルマイヤー
俺と黒崎は再びアリーナの地で相対する。黒崎はレイピアを振るって、剣先に付着した血液を落とした。剣先から赤い血が滴り落ちる。
『さあ決勝戦!!まだまだどちらが勝つか予想できません!!』
「はぁ……!はぁ……!」
お互い息は切れている。次の瞬間、またしても景色が塗り変わった。そこは――俺も一度訪れた空間。〈十天円卓会議〉が行われる、白一色の部屋だった。中央には円卓が置かれ、何人かの〈十天〉が座っている。
「〈十天円卓会議〉……?」
空席の「Ⅹ」の席――その近くには黒崎が控えている。黒崎は、無機質な空間の中で、徐に口を開いた。
「〈十天円卓会議〉へようこそ。夏瀬様」
「……また幻覚か」
「夏瀬様、このようなサービスはいかがでしょうか」
――不味い……!
『掟:流血を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
――途端、〈十天〉の面々が一斉に立ち上がり、俺に攻撃を仕掛けてくる。陽奈子の光速の打撃に師匠の一太刀。雷霧の押韻による電撃。天音の煌めく流線状の水による攻撃。涙ちゃんのハイドロ攻撃。
その光景は最早、天災と言っても良い。「無敵状態」の罰で無効化しているものの、解いた瞬間、即座に死に至るであろうことは言及するまでもなかった。地獄絵図のような光景の中、優雅に佇む黒崎に告げる。
「黒崎……あんた……!」
「〈天衡〉による『無敵状態』の罰ですか?この攻撃は無意味ですね」
黒崎がそう告げると、俺の視界は再びアリーナへと引き戻された。同時に、俺を狙っていた〈十天〉の面々も消滅する。
『さあ!攻防が続きます!』
――観客からは俺たちが普通に戦っているように見えているのか……。
『掟:レイピアによる心臓への攻撃を禁ず。
破れば、そのダメージは無効化され、その千倍の威力の攻撃を受ける。』
黒崎は〈ノーブルレイピア〉による刺突で、心臓を避けた致命傷を狙ってくる。それを必死に回避して〈リベレーター〉を撃ち込む。その、繰り返し。
「黒崎、あんた……なんであんなことをしたんだ?天音たちにあんな光景を見せて……そうまでして勝ちたかったか?」
――問題は……俺の〈天衡〉によって、掟を書き換えたのがバレた点。見当も付かないが、絶対に何か理由があるはずだ。何か……ヒントはないのか……。
「当然でしょう?〈極皇杯〉を優勝することは、私の夢ですから。そのためならなんだって致しますよ」
――準決勝……海酸漿雪舟との試合では黒崎は僅か二秒で勝利した。……ヒントなんてない。
「お前は杠葉家の使用人だろ。そんな夢があったのか?」
――一回戦は現憑月月……。戦わずして現憑月が降参を宣言したことによって黒崎の不戦勝……。これもヒントはないか……。
「――夏瀬様、例え話をしましょう」
――いや待て……。おかしくないか……?「戦わずして降参」だと?予選を勝ち上がったのにも関わらず?だったら何のために出場したんだ、という話になる。
「例えば、私奴の無二の姉が不治の病を患ったとしましょう」
「何の話だよ……」
レイピアが喉を掠める。〈リベレーター〉の銃口は黒崎の心臓を狙うも、あと一歩のところで躱される。
「その病を治したいという願いを叶えるために、私奴はどうしても、優勝すればどんな願いをも叶える〈極皇杯〉を優勝しなければならなかった」
「…………」
「そうした思いの下、他の出場者を貶めるために策を弄した。そのときの私奴は、果たして糾弾されるべきでしょうか」
「それがあんたが〈極皇杯〉に出場した理由か?」
「例え話だと申し上げたはずですよ、夏瀬様」
「……庭鳥島や知恵川が俺を謀ったのは別に責めるつもりもねえ。そもそも善悪なんて人の都合のいいように人が決めた価値基準に過ぎねえ」
「同感です」
「だから俺の行動原理は腹が立つかどうかだ。腹が立てば殴る」
「存外に脳筋ですね」
「お前は天音や陽奈子を傷付けた。だから殴る」
「腹が立ったから殴る?犯罪者の思考ではありませんか?」
「――一緒にするな」
――そのとき、俺の〈リベレーター〉の銃弾が、空を切る。――そして、黒崎の左胸を貫いた。心臓の位置だ。――瞬間だった。俺の周囲に、俺を取り囲うように千発の弾丸が現れる。
「ぐは……ッ!」
そして全身に千発の弾丸を撃ち込まれたかのような鈍痛。――いや、撃ち込まれたのだ。虚空から。俺はその場に力尽き、前方に倒れ込んでしまった。身体中に空いた穴から血が流れている。
『黒崎影丸!!遂に!遂に!夏瀬雪渚を討ち取ったぁぁぁ!!!』
「はぁ……!はぁ……!」
『掟:赤いニット帽の着用を禁ず。破れば、全快する。』――そんな掟を定めようと、黒崎を見上げるため必死に上体を起こそうとする。――しかし、黒崎の足に頭を踏み付けられ、掟の対象を取れない。
「『全快』が目的でしょうが……させませんよ?」
――やはりそうか……。気付くのが遅かった。
「くろ……さ……き……あんたの……異能は……」
――黒崎の異能は、「幻覚」なんかじゃない。
「まあ、決着もついたようなものですし、ネタバラシといきましょうか」
――先程の銃弾で取り囲む攻撃。あれは、予選Aブロック――俺が「千倍反射」の罰で、エレベーター内の冴積四次元に喰らわせた攻撃だ。
「そうですよ。夏瀬様、私奴の〈戯瞞〉は、幻覚の異能などではございません」
――そして一回戦第二試合。現憑月月の降参。〈極皇杯〉本戦のルール説明をモニター越しに聞いたとき、俺はこんなことを考えた。
――あれ?相手の「降参」の宣言によって勝利できるなら、〈天衡〉の掟――その罰として「降参を宣言する」と指定してしまえば良くないか?
――つまり、黒崎の異能は、〈天衡〉なのだ。だが、神話級異能は同一の名称のものは存在しないし、黒崎の異能が〈戯瞞〉という名称なのもまた事実だ。だとすれば〈戯瞞〉の真の能力は――「異能のコピー」だ。
「俺の……異能……を……コピー……した……のか……」
「ご名答です。夏瀬様」
――〈天衡〉であれば、例えば『掟:〈天衡〉による掟の使用を禁ず。破れば、その掟が相手に通知される。』のような掟で、俺が掟を書き換えたことを知ることも可能だ。
『さあ!このまま終わってしまうのかぁぁぁ!!』
「いつ……から……だ」
「竹馬大学で初めてお会いした、その去り際ですよ。コピーできるのは一つの異能に限られますから。あのタイミングを逃す手はないと考えました」
黒崎は俺の頭を踏み付けたまま、倒れた俺の背に〈ノーブルレイピア〉を突き立てる。俯せの姿勢の俺の視界は暗闇に覆われ、誰かを〈天衡〉の掟の対象に取ることはできない。体に力も入らない。何もできることがないまま、時間だけが過ぎてゆく。
「天音たちに……あの幻覚を見せた……のも……」
「ええ、私奴の異能を『幻覚の異能』だと錯覚させるためです。賢い夏瀬様なら、きっとそこに辿り着くでしょうから」
「じゃあ……幻覚は……」
「はい、お察しの通りです」
――幻覚も〈天衡〉の罰によるもの……ということか……。やられたとしか言いようがない。もっと、早く気付くべきだった。
「その効果を高めるために予選でも異能は使っておりません。その分、予選では苦労しましたけどね」
「そう……か……」
「――終わらせましょう。夏瀬様」
「く……そ……っ……!」
「――さようなら」
そして、黒崎は俺の頭に〈ノーブルレイピア〉を突き立てた。――一突き。脳を貫通し、瞬間、俺の体は光に包まれた。手足の先から、光に包まれて消滅してゆく。
――と、同時に、虚空から現れた俺は、黒崎の首根っこを掴んだ。そして、〈リベレーター〉で黒崎を超至近距離で撃ち抜く。月光の下、パァン、と弾けるような銃声が響いた。
「――『さようなら』?それは……俺が馬鹿だったときの話だろ?」
「マネキン……でしたか……!」
「アホなのか?準決勝でもやった手だぞ?」
「まさか二度も同じ戦法を使うとは思ってもみませんでしたよ……!夏瀬様……!」
「心配すんな。服屋から貰ったマネキンは二体で終わり――俺は本体だ」
「いいでしょう。心ゆくまで死合いましょう……!」
「じゃあ始めようか、Round2……!」
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