2-60 アマテラスタイム
『な、なんと、夏瀬雪渚!〈十天〉・第七席!日向陽奈子様へと、姿を変えましたぁぁぁぁ!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
夜空が美しい。俺の姿はまるで、満天の星空に浮かぶ、夜の太陽だった。俺は天からそのアリーナを見下ろす。先程まで俺を見下ろしていたはずの観客たちも、今や俺の遥か真下だ。
――これが陽奈子が見ていた景色か……。神にでもなった気分だ。
遥か真下の地上に立つ幕之内と終征さんは目を丸くして、呟いた。
「はは……夏瀬……オメー、いい性格してんな……」
「雪渚殿……貴殿は……何者なのですか……?」
「大丈夫、異能で陽奈子に変身しただけだ。俺は陽奈子じゃない」
「夏瀬……オメーが陽奈子ちゃんじゃなくて安心したけどよ……。これは……異能を出し惜しみしてる場合じゃなさそうだぜ?終征」
「幕之内殿、そのようですね……。〈十天〉と戦える機会、全力で戦ってこそです……!」
「俺は一分間だけ〈十天〉の第七席だ。始めようか」
地上の幕之内の身体には、更に四本の腕が生えた。そして、終征さんの周囲には何本もの刀が浮いている。夜空の下で、その刀がキラキラと月光を反射していた。
――あれが幕之内の偉人級異能、〈荒拳〉――「六本腕の異能」……ってところか。そして終征さんの偉人級異能、〈義経〉――「刀を触れずに扱える異能」……。
「――行くぞ」
俺は急降下。――速い。想像の五倍は速い。それも当然だ。文字通り、光の速さなのだ。軽く拳を握る。それでも、その拳には光の速さが乗っている。その拳を、六本腕で構えた幕之内の拳に合わせる。
「――今年じゃねーとオレはダメなんだよォ!」
「そうか、俺もだ」
――パァン――弾けるような音が鳴った。眼前にいたはずの幕之内がいない。顔を上げると、幕之内の身体が〈継戦ノ結界〉に衝突し、勢い良く跳ね返っていた。そしてまた〈継戦ノ結界〉に衝突した。まるで箱に投げ込んだスーパーボールのように、跳ね返ってはまた跳ね返る。壊れた、玩具のように。
『夏瀬雪渚ぁぁ!!!容易く幕之内丈を吹き飛ばしたぁぁ!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
――これが……陽奈子の力……。
視線を横に向ける。終征さんがこちらを真っ直ぐ見据えている。
「雪渚殿……いや、日向殿相手に勝てるとは思えませんが、拙者は逃げませんよ」
「――そうですか」
終征さんが刀で防御の姿勢を執る。俺はその身体ごと、軽く蹴飛ばした。幕之内と同様に、スーパーボールのように、〈継戦ノ結界〉に跳ね返りながら吹き飛んでゆく。
『無双!まさに無双劇です!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
――そして、凄まじい衝撃音が鳴った。天から血の雨が降ってくる。吹き飛ばされた幕之内と終征さんが、天で衝突したのだ。
天を見上げると、光の束が落ちてくる。〈犠牲ノ心臓〉の発動だ。
『な、なんと!大逆転!!準決勝第一試合!!勝者は!!夏瀬雪渚ぁぁぁぁぁぁ!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
――丁度一分が経ったのか、俺の変身は解け、元の柄シャツと赤いニット帽が視界に入った。トランプ柄の柄シャツに付着した砂埃を両手で払い、俺を賞賛する一千万人の観客を見渡す。
「アルジャーノン!!すげーぞぉぉぉ!!!」
「このまま優勝しろー!!」
「夏瀬ー!!」
――これで決勝進出……。泣いても笑っても、次で……最後か……。
俺はその歓声を噛み締めながら、深く一礼した。そして、徐に選手入場ゲートへと歩みを進める。
「アルジャーノン!!決勝もカマせー!!」
「夏瀬ー!!!」
「〈神威結社〉ー!!!」
すっかり夜も更けた、肌寒い聖夜。大歓声を浴びながら、回廊へと続く選手入場ゲートに足を踏み入れる。その狭い通路――壁に凭れ掛かるようにして、彼女は立っていた。
「あらあら♡見事な勝利だったわねぇ」
――海酸漿雪舟。一回戦第一試合で竜ヶ崎相手に完勝した……前々回王者……!
「海酸漿……」
「あらあら♡警戒しちゃって、可愛いわねぇ」
臀部から生えたタコ足がうねうねと蠢いている。それはとても奇妙で、この世のものではないようにすら思えた。
「まあなんだ、準決勝頑張れよ」
「あら♡優しいのねぇ、ありがとう♡」
そのまま少し回廊を進むと、彼女たちが俺を待っていた。暗い回廊の中で、美しい彼女は一際輝きを放っているようにすら映る。
「――せつくん、決勝進出おめでとうございます」
「……雪渚、おめでと」
「ボス!イカしてたぞォ!」
「雪渚氏!完全勝利、おめでたいですぞ!」
「……みんな。ここで見てたのか」
「おォ!生で観たかったからなァ!」
素直に俺の勝利を賞賛する竜ヶ崎と拓生。それに対し、天音と陽奈子の表情が暗いように感じられた。
「天音……?陽奈子……?どうした……?」
「――せつくん、お疲れのところ申し訳ございませんが、大事なお話がございます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
治療室で天音の神話級異能、〈聖癒〉によって全快した俺はそのまま、俺たちだけしかいない静かな治療室で、天音の話を聞いていた。陽奈子は終始不安そうな様子で、その話に静かに耳を傾けている。天音の話を一通り聞き終え、ベッドに腰掛けていた俺は、困惑していた。
そしてその場には、当事者らしい〈十天〉・第九席――漣漣漣涙の姿もあった。窓から月光が差し込む。
「……成程。涙ちゃんと俺が……」
「そんなことがあったんだねっ☆」
「せ、雪渚、るいるい。そんなことやってないよね?」
不安そうに俺の顔を覗き込んで尋ねる陽奈子。陽奈子が欲しい回答は、「していない」というものだろう。そして、その問いに答えることは容易だった。
「ああ、やってない」
「うんっ☆ボクも知らないかなっ☆」
――だって俺は、そんなことは「していない」のだから。
「そ、そうよね!良かったぁ」
「せつくんの御言葉を聞いて安心しました……。少しだけ、不安でしたから」
天音と陽奈子は心の底から安心した様子だ。
「そ、そういうことだったのですな。まさかるいるいと……」
「あァ?よくわかんねェなァ」
「そもそも俺は、準決勝前に例のマネキンの用意をしようと思って、早くにファイナリスト控室を出たんだ。当然、そのことは天音たちにも伝えて控室を後にした」
「せつくんならそうするはずです。……ですが、私たちの誰もそれを認識しておりません」
「聞き逃しちまっただけじゃねェのかァ?銃霆音もうるさかったしよォ」
「いえ、私がせつくんの御言葉を聞き逃すなど、天地が引っ繰り返っても有り得ません」
「ボクもみんなに声を掛けてからご飯に行ったはずだよっ☆」
「賑やかだったとは言え、トップアイドルたるるいるいが誰にも気付かれないとは考えづらいですぞ!」
「ふむ……。それに天音たちが見た涙ちゃんと俺はなんだったんだ?」
「せつくんは先程の試合でマネキンをせつくんに錯覚させたようでしたが……それとは無関係なんですよね?」
「ああ、俺がその掟を定めたのはアリーナへ入場する寸前だ。そのマネキンもアリーナで死んだしな。無関係と考えて問題ない」
「じゃあアタシたちが見たアレは、やっぱり雪渚じゃなかったのよ。雪渚より身長が二センチ低かったし」
「そうですね。せつくんより肩幅が六ミリ広かったですから」
――俺、愛されすぎだろ……。
「ま、まあそれは兎に角だ。何が起きたのかを考える必要があるな」
「変装とかじゃねェのかァ?」
「夏瀬くんとボクに変装するってことかなっ☆共犯者がいれば別だけど、難しいんじゃないかなっ☆」
「〈十天〉に変装するなんて命知らずな行為……共犯がいるとは思えませんぞ」
「いえ、話はもっと単純なはずです」
「ああ、何者かの異能による幻、幻覚の類だと考えるのが自然だろう。なんつったって、異能至上主義の新世界だからな」
「そっか。雪渚やるいるいがアタシたちに声を掛けたのにアタシたちが気付かなかったのも、そいつの異能ってことよね。雪渚たちがその場にいないように見せる幻覚……みたいな」
「そうですね……。ですが、目的がよくわかりませんね。せつくんと漣漣漣さんの幻覚など見せて、一体何になるというのでしょう」
――そのときだった。治療室の天井の隅に設置されたモニターから、映像と音声が飛び込んでくる。――衝撃の、光景だった。
『準決勝第二試合!!な、なんと、二秒!!僅か二秒で決着しましたぁぁ!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
敗者の身体には、何本もの槍が突き刺さり、宙に浮いて息絶えている。そしてそこには、血濡れの「アイツ」が立っていた。
『――よって勝者は!――』
「マ、マジかよォ……!」
「決勝戦の相手が……決まりましたな……」
――……そうか。「アイツ」が……決勝戦の相手……。
「そっかっ☆あのコが決勝で夏瀬くんと戦うんだねっ☆」
「強敵……ですね……」
「雪渚なら大丈夫よ!自信持って!」
「ああ、ありがとう……。……そうだな、話を戻すか」
「犯人の正体と……その目的ですな……」
「……目的からなら犯人を絞り込めるはずだ。天音や陽奈子が俺を好きでいてくれてるのは、今や新世界じゃ誰もが知る事実だ。そんな天音や陽奈子に、涙ちゃんと俺の幻覚を見せればどうなると思う?」
「えっと……仲が悪くなるわよね。アタシたちはならなかったけど」
「ああ、そして俺が仲間に依存していることを知る者も多い。妨害工作によって〈神威結社〉の仲違いをさせれば、確実に俺はこの〈極皇杯〉でパフォーマンスを崩す。そんなことをしてメリットを享受するのは誰なんだろうな?」
「あっ……!ということは……犯人の目的は……」
「ああ。犯人が〈極皇杯〉を優勝することだ」
「そうなると……犯人は四人に絞り込めますな……」
「〈極皇杯〉を優勝することが目的でそんなことをしたんだったら、その時点で勝ち残ってないとおかしいもんねっ☆」
「そうかァ!ファイナリストの中に犯人がいるってことだなァ!――おあッ!?ア、アタイじゃねェぞォ!」
「巽ちゃん……わかってるわよ……」
「他の人にはその妨害工作を行う理由がありませんからね」
「ああ。事件が起きたのは準決勝の直前だ。その段階で勝ち残っていたのは、俺を除くと四人。大和國終征、幕之内丈、海酸漿雪舟、黒崎影丸――この四人だが、うち三人は犯人候補から外れる」
「……はい。その三人は、この〈極皇杯〉で異能を披露しています」
「それにその三人は……そんなことをする性格じゃないわよね……」
「そっかっ☆じゃああのコがそんなことをしたんだねっ☆」
「奇しくも……決勝の対戦相手ですな……」
――この犯人は天音や陽奈子を傷付けた。許してはいけない。
「大丈夫。決勝で問い質してやる」
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