2-56 My new gear
一時間の休憩時間を終え、俺、夏瀬雪渚は〈天上天下闘技場〉の選手入場ゲート、その南門へ足を運んでいた。あとは、ミルルンの実況によってアリーナ内に呼び込まれるのを待つだけだ。
――一回戦とは違って頭脳戦に持ち込む隙はない、至極単純な近接格闘。その経験や場数、体力では俺は終征さんや幕之内に劣る。それでも、沢山のものを背負ってきた。俺はやらなきゃいけない。その義務がある。
『――それでは!始めましょう!準決勝第一試合!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
『――男は言った!〈極皇杯〉とは、「存在証明」である、と!一回戦では超頭脳戦に完勝!その卓越した頭脳と知力、策略で新世界十一億人を揺らした!』
ミルルンの実況に合わせ、ゆっくりとアリーナに足を踏み入れる。そこでは、一千万人の観客が俺を見下ろしながら、皆がその期待に瞳を輝かせていた。一回戦での完勝――そこから来る期待の視線は、一回戦のときよりも遥かに重く。
――俺は、今日も勝つだけだ。
『――優勝予想ランキング六位!南門!Aブロック代表!「革命前夜のスーパールーキー」!!夏瀬雪渚ぁぁぁぁ!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
観覧席を見上げ、ぐるりと一周見渡すも、天音たち〈神威結社〉の面々の姿は見当たらない。音声が聞き取りやすいモニター越しに観戦しているのだろうか――そんなことを考えているうちに、ミルルンが次のファイナリストを呼び込む。
『――男は言った!〈極皇杯〉とは、「宿命」である、と!一回戦では幕之内丈と引き分け、見事準決勝に駒を進めた!〈十天〉の遺伝子、覚醒なるか!?』
東門から現れたのは、赤い着物風の上着と青い袴風の下衣を身に纏う、長い黒髪を後ろで束ねた爽やかな雰囲気の青年だ。赤い着物の上から羽織った水色の半纏が風に靡いていた。
『――優勝予想ランキング二位!東門!Bブロック代表!「ファンタジスタ無双侍」!!大和國終征ぃぃぃぃ!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
終征さんはこちらを見て小さく頷く。それに呼応するように、俺も小さく頷いた。そして、俺たち二人の視線は、西門へと向けられる。
西門の選手入場ゲートには、リーゼントスタイルの如何にもといった格好の、所謂、不良の若者たちが花道を作っていた。その花道を、力強い足取りで進み、アリーナ内に足を踏み入れる男の姿。
「「「総長!!!ご健闘をお祈りします!!!」」」
「……もう総長じゃねーっつの」
『――男は言った!〈極皇杯〉とは、「夢」である、と!三年連続ファイナリストにしてボクシング世界王者!拳骨一つで暴力団を壊滅させたその男が想い描く未来に、勝利の女神は微笑むのか!?』
長いストレートの金髪を後ろで束ねた、色黒で上裸の、大柄な男。尖った形のサングラスに筋骨隆々の肉体。上裸の肉体の上から羽織った、背中に虎が刺繍された赤いスカジャンが、吹き付けた夜風を受けて靡いていた。
『――優勝予想ランキング四位!西門!Dブロック代表!「Mr.ノックアウト」!!幕之内丈ぉぉぉぉ!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
終征さんも幕之内も、治療室にて全快した様子だ。その身体には傷一つない。幕之内はこちらを見ながら、白い歯を覗かせて言った。
「よう夏瀬、竹馬大学で初めて会ったときから只者じゃねーとは思ってたが、まさかここまで来るとはな」
「俺も幕之内と戦うことになるとは思ってなかったよ。二人共、いい試合にしよう」
「ええ。雪渚殿、幕之内殿、手加減無用でお願いします」
『さあ御三方!準備はよろしいでしょうか!?』
俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。ミルルンのその問い掛けに、俺たち三人は小さく頷く。広大なアリーナに緊張が走る。
『では参りましょう!皆さんご一緒に!行きますよ!3,2,1――Ready……!』
「「「「「Fight!!!」」」」」
「〈リベ――」
開戦の合図と同時に、〈リベレーター〉――俺がそう口にして、武器を手に取ろうとした瞬間だった。俺の眼前に突如として現れたのは、幕之内の顔であった。
「――遅いぜ?夏瀬」
幕之内が指に力を込め、弾き出す。――デコピンだ。しかし、呆気に取られた俺の額に命中したそのデコピンの威力は絶大だった。凄まじい激痛と共に、俺の身体は後方に吹き飛ばされ、観覧席真下の壁面に背中から激突する。
「――ぐふっ……!」
『これは……!凄まじい破壊力のデコピンだァ!』
血反吐を吐き出した俺は、そのまま摺り落ち、尻餅を搗く。何とか立ち上がり、正面に視線を送る。――そこにあった光景は、モニター越しに観た一回戦第四試合を、更にヒートアップさせた光景だった。
両腕を伸ばし、そのまま大回転――二本の刀で鎌鼬のように幕之内を斬り付ける終征さんと、いつの間にか両手に赤いグローブを填め、左右のストレートの連打で斬撃を相殺する幕之内。両者の体からは血が飛び散っていた。
『一方、一回戦第四試合の再戦となる両名!拳と刀が飛び交う!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
――俺は蚊帳の外かよ……!
「雪渚殿、何を突っ立っているんですか?」
「ハハッ!ついてこれねーか!?夏瀬!」
――冗談じゃない……!あの二人の間合いに足を踏み入れれば即死だ……!
俺の額からポタポタと赤い血が滴る。〈極皇杯〉らしい、至極シンプルな肉弾戦に、会場中が沸いていた。
『夏瀬雪渚!早速打つ手なしなのか!?いや、この男がそんなはずはない!』
――いや、落ち着け。俺には〈天衡〉がある。
『掟:流血を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
〈天衡〉の掟により、「無敵状態」の罰を受けた俺は、徐に二人の下へと歩み寄った。その、戦火の中に。
『おーっと!夏瀬雪渚!戦いの渦中に歩み寄ってゆく!何か策があるのでしょうか!?』
「――雪渚殿、斬らせていただきます」
「ほう、夏瀬。そんなに死にてーか!?」
終征さんの刀が俺の頸動脈を斬り裂き、幕之内の拳骨が俺の心臓を撃ち抜く。――しかし。当然の如く、俺にはダメージがない。その姿を見た一千万人の観客から歓声が上がる。
『な、なんと!!夏瀬雪渚!無傷だぁ!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
――さて、反撃だ。
「あり?なんで無事なんだオメー」
「雪渚殿、それが貴殿の異能のようですね?」
俺への攻撃を後回しにし、再びお互いを攻撃し始めた終征さんと幕之内。アリーナには二人の鮮血が絶え間なく飛び散っている。俺はその場に跳び上がり、その勢いのままに叫んだ。二人の目線は、頭上高く跳ぶ俺に向けられる。
「――My new gear!〈リベレーター〉!」
跳躍する俺の両手には、二丁の拳銃が握られる。〈リベレーター〉――知恵川に授けられた、俺の新しい武器だ。俺は跳躍の勢いを利用し、そのまま二人の頭にそれぞれ、〈リベレーター〉の銃口を向ける。
『夏瀬雪渚!予選では見せなかった、新しい武器かぁ!?』
――銃声。〈リベレーター〉が二人の頭を撃ち抜いたと思った瞬間、二人はそれぞれ、グローブと刀で銃弾を弾いていた。何度も死線を潜り抜けた者たちの技には、俺の即興では届かない。
「げっ、効果ナシかよ……!」
終征さんと幕之内は撃たれたことなど気にも留めていない様子だ。二人は互いに全く攻撃を止めない。寧ろ、その攻撃の嵐は加速していた。俺も〈リベレーター〉で二人を乱射するが、全て簡単に弾かれてしまう。
幕之内は、空を切るように矢継ぎ早に繰り出した右ストレートで、終征さんを吹き飛ばした。壁面に激突し、衝撃音がアリーナに響き渡る。
「――ぐは……ッ!」
『おーっと!幕之内丈!遂に決まったぁ!大和國終征を殴り飛ばしたぁ!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
――あれは……「入った」か……。
そのまま幕之内はこちらを向き、そのボクシンググローブに力を込めた。そして、構えた俺に必殺の一撃を放つ。
「――オメーも吹き飛べやぁ!」
『掟:流血を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
「ぐっ……!」
「はっは!こりゃいい!絶対壊れねェサンドバッグか!」
ダメージはないものの、砂埃を舞い上がらせながら後退りしてしまう。――しかし、カウンターで撃ち抜いた〈リベレーター〉の弾が幕之内の腹に命中した。その寸前、俺は掟を定めていた。
『掟:被弾を禁ず。
破れば、四肢が裂かれる。』
その瞬間、アリーナ内の東西南北方向に現れたのは、四台の乗用車だった。それぞれから繋がれたロープが、幕之内の四肢に巻き付いている。
『な、なんでしょうか!?突然、アリーナに四台の車が現れました!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「――あ?」
「執行!」
五月蝿いまでのエンジン音。四台の乗用車は東西南北方向にそれぞれ急速に発進した。それぞれに繋がれたロープが張り、幕之内の四肢を引っ張る。
――四肢を引き裂き〈犠牲ノ心臓〉を発動させ、まずは幕之内を退場させる……!
「今年の〈極皇杯〉は車がよく出てくんなぁ……」
幕之内は呑気にそう呟いた。――と、同時に四台の車が何か巨大な力に引っ張られるように、ピタリと動きを止めた。イメージは完璧だったはず。――だが。
「夏瀬、舐めてんのか?」
四台の乗用車が宙に浮き上がる。まるで、突然無重力空間に投げ出されたかのように。そして、幕之内は四本のロープを引っ張り、四台の乗用車を、こちらに投げ放った。バックの月が美しい。
――何トンあると思ってんだよ……!
「自分で言うのもなんだがよ、オレは話にならねーぜ?――沈めや、夏瀬」
『掟:流血を禁ず。
破れば、一切のダメージを受けない。』
頭上に降り掛かる四台の乗用車。額から滴る血。俺はそれを、何も抵抗せずに受けた。地に落ち、大破する乗用車。それらは消え、舞い上がる砂埃の中から、俺は幕之内に問い掛ける。
「化物か?幕之内……」
「ほぼ無傷のオメーに言われたくねーよ、夏瀬」
――やはり防戦一方では勝てない。「無敵状態」は甘えだ。攻めるしかない。
「さーて、まずは夏瀬から潰すか?」
――それにしても幕之内の偉人級異能、〈荒拳〉。シンプルな肉体強化系の異能かと思ったがそうではないのか?いくら異能と言っても、これは常軌を逸している。
「なんなんだ幕之内……お前の異能は……」
「あ?異能?……あー、悪ィ。勘違いさせちまったな」
「……は?」
「オレ、まだ異能使ってねーんだわ」
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