2-55 医学部次席不貞行為事件
「はぁ?銃霆音のヤツ、何考えてんの!?」
陽奈子が立ち上がり、憤る。その言葉に、庭鳥島、馬絹、冴積らが反応する。
「銃霆音……ホント読めない行動するばい……」
「だが賢明な判断であろうな。大和國のも幕之内のも、あのままだと三日三晩戦い続けていただろう」
「そうだネ……。〈十天推薦枠〉……一回戦第三試合勝者の夏瀬君を加えて三つ巴の準決勝にしてしまえバ、その拮抗した状況にも変化が訪れるかもしれないヨ……」
「でも三つ巴の〈極皇杯〉なんて前例にないわよ……。〈十天〉全員で話し合わなきゃいけないことを銃霆音は勝手に決めて……もう!」
「まあ私と陽奈子さんが勝手に十天観覧席から離れたのが悪いんですけどね……」
「ですがまさか大和國氏と幕之内氏……その両者と雪渚氏が対峙することになるとは思いませんでしたな……」
「ガッハッハ!ボスなら問題ねェ!〈神威結社〉のボスはいつだって最強だァ!」
「夏瀬雪渚、策はあるのです?」
――不味いな……。〈リベレーター〉を使った初戦でイレギュラーな三つ巴決戦……。
モニター越しに実況のミルルンの声が響く。その声色には、驚嘆の色が滲んでいた。
『え、えっと……では!一回戦第四試合!よって勝者は――大和國終征と幕之内丈の両名とさせていただきます!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
『一時間の休憩後!延長線という都合上、先に夏瀬雪渚と大和國終征、幕之内丈の準決勝を行います!!』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――十分後、回復のため治療室に訪れた終征さん、幕之内と入れ替わる形で俺たちは治療室を後にした。〈神威結社〉の面々、知恵川、そして庭鳥島、馬絹、冴積ら予選Aブロックの猛者たちと共に、俺はファイナリスト控室へと戻っていた。
「せつくん、これは厄介なことになりましたね……」
「ガッハッハ!ボスなら心配ねェだろォ!」
「竜ヶ崎女史はそれしか言いませんな……。ボキャブラリーが終わってますぞ」
「ても雪渚、どうするの?新しい武器……〈リベレーター〉で戦うんでしょ?」
この一時間の休憩時間は夕食の時間も兼ねている。俺と竜ヶ崎、知恵川以外のファイナリストは食事中なのか、その場にはいなかった。
「うーん、そうだな……。正直策もないしやるだけやってみるしかないな」
「でもせつなならまた機転利かせてどうにかするばい!頭よかけんね!」
「庭鳥島の、夏瀬のの頭脳は吾輩も認めておるところだが……単純な戦闘力で言えば大和國のと幕之内のに軍配が上がるだろう」
「フフ。何にせよ、どんな試合になるのか見物だネ……」
「夏瀬雪渚は私に勝ったのです。優勝してもらわなければ困るのです」
ファイナリスト控室は賑やかだった。その場には、〈十天〉の一員である、銃霆音雷霧や漣漣漣涙、杠葉姉妹もいたのだ。
「あら?影丸はいませんの?」
「準決勝前の腹拵えだろ♪アルジャーノンの所為で今年は押しに押してるしな♪」
「うるせーな……」
「夏瀬くんっ☆さっきの試合っ☆ボク、ビックリしちゃったよっ☆」
「おー、ありがとう……。涙ちゃん……」
〈十天〉・第九席――漣漣漣涙。彼女が俺に瞳をキラキラと輝かせながら迫ってくる。俺はそう返事をしながら、半ば彼女の優れた容姿に見蕩れていた。
水色のビキニの上から、白いモコモコとした縁取りが施された綺麗な海色のケープを羽織っており、下は海色のショートパンツ。鮮やかなオレンジ色で、淡い青のメッシュが螺旋状に入った大きな編み込みを肩に垂らした、ウェーブがかったボリューミーなサイドテール。――すると、天音や陽奈子の刺すような冷たい視線を背後に感じ、慌てて目を逸らした。
「夏瀬くんは本当に頭いいんだねっ☆ボク、頭良くないから憧れちゃうなっ☆」
「お、おう、そうか?そう言えば涙ちゃん、開会式のライブ、見事だったよ。流石トリクラだな……」
「ホントっ!?夏瀬くんにそう言ってもらえると嬉しいなっ☆」
「……何よ、雪渚。デレデレしちゃって。あまねえも何か言ってやってよ」
「私は自分の彼氏がモテていて悪い気はしませんね……せつくんの彼女は私ですし」
「あまねえもなかなかの性格してるわよね……」
「つーか天ヶ羽と日向は十天観覧席に戻れよ♪〈十天〉が揃ってねーと締まらねーぞ♪」
「はぁ!?なんでアンタに指図されなきゃいけないのよ!」
「とは言え陽奈子さん、せつくんの試合を生で観たいですし戻ってもいいかもしれませんよ」
「うーん、まあそうね。あまねえがそう言うなら戻るわ。……って、あれ?」
「あ?なんだよ♪似非ギャル♪」
「雪渚はどこ行ったの?」
その場には、夏瀬雪渚の姿がなかった。そして、漣漣漣涙の姿も――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――もう!雪渚はいつも勝手なんだから!どこ行ったのよ!」
「せつくん!せつくん!」
「便所じゃねェのかァ!?」
「トイレなら先程行かれてましたし、もしそうだとしてもあのせつくんが私たちに声を掛けずに勝手に行かれるとは思えません……!」
「雪渚氏なら心配要らないかとは思うでありますが……失踪事件も珍しくない時代ですからな……。心配ですな……!」
〈神威結社〉の面々が、〈天上天下闘技場〉内の回廊を駆け回り、夏瀬雪渚の姿を探す。特に、新世界の恐ろしさをよく知る、〈十天〉の天ヶ羽天音と日向陽奈子のその表情には、心配の色が滲んでいた。
「雪渚……!雪渚……!どこに行ったのよ……!」
「雪渚氏!返事をしてくだされ!」
「おい!ボスの身に何かあったんじゃねェだろォなァ!」
「わかりません……!……が、せつくんは簡単にやられるような方ではありません……!」
彼女らの心配は当然のものであった。夏瀬雪渚は端的に言えば、目立ちすぎたのだ。
〈竜ヶ崎組〉の壊滅に、蘇生という人間の禁じ手を破ったニュース、そして交際相手が新世界の頂点たる〈十天〉・第二席という事実。そして〈十天〉・第八席――銃霆音雷霧との異能戦やEMB決勝、〈極皇杯〉の〈十天推薦枠〉に、初出場にしてファイナリスト。異能という武器を誰もが持つこの新世界では、彼を取り込もうとする者や、彼に嫉妬して殺してしまおうと考える者がいても不思議はないのだ。
「クッソ……!こんなことならボスから離れるんじゃなかったぜェ……!」
「雪渚……!まさか……〈不如帰会〉に……!」
「だとしたら……最悪です……!せつくん……!どうかご無事で……!」
そして、夏瀬雪渚が負ったリスクはそれだけではない。問題は、〈竜ヶ崎組〉の組長にして、〈不如帰会〉の会員番号一桁――幹部でもあった、竜ヶ崎龍を倒したことだ。つまり、夏瀬雪渚は巨大宗教団体である〈不如帰会〉に喧嘩を売った。考えられるのはその報復――〈神威結社〉の面々が危惧していたのは、正にその点であった。
「あれ……?あの部屋って……」
日向陽奈子が足を止める。その視線の先は、石の扉の隙間から光が漏れる、一つの部屋であった。何か、中から声が聴こえてくる。
「……おかしいですね。使われていない倉庫のはずです」
「あァ?ボスがそこにいるのかァ?」
「巽ちゃんとオタクくんは少し下がってて。あまねえと私で中の様子を覗いてみるから」
「わ、わかりましたぞ……!」
天ヶ羽天音と日向陽奈子の両名は、その扉の隙間から中の様子を覗く。――しかし、そこから覗く光景は、彼女らの想像を絶するものであった。
「は………………?」
扉の隙間から光が漏れる。夜の帳が降りた中、二人の表情が曇る。そこでは――。
「あっ……♡夏瀬くんっ……♡」
――夏瀬雪渚と、漣漣漣涙が体を重ねていた。漣漣漣涙の喘ぎ声が、小さく、だが確かに、室内に響いていた。
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