2-51 革命前夜のスーパールーキー
「いやいや……敬意を表するよ。良くもまあここまで、新世界の人間が、旧世界の言語を扱えるモンだ」
夏瀬雪渚は、その場に座り込んだ。そして、ポケットから煙草を取り出し、オイルライターで煙草に火を点ける。
――夏瀬雪渚……舐めているのか……?何を……!
「『パンドラの箱』……ギリシャ神話に登場するあらゆる災いが詰まった箱だ。災いと言っても諸説あるが……俺がイメージした災いは『俺の話を最後まで聞かなければならない災い』だ。心配するな、それに伴って『回答に要する時間制限』も撤廃せざるを得なくなったから」
「何が……目的なのです?」
――この男……!
「種明かしだよ。勘違いしたまま負けるってのも腑に落ちないだろ?」
「……勘違い?私が……なのです?」
「お前の狙いはわかってる。コリアンダーによる、俺の『食物依存性運動誘発アナフィラキシー』の発症、及び俺の死亡か降参による勝利だろう」
「――!?何故それを……」
「気付いていないとでも思ったか?俺の〈エフェメラリズム〉に盗聴器を埋め込んだのはお前だな」
「…………っ!」
「埋め込んだタイミングは十中八九、俺が初めて天プラを訪れて、〈エフェメラリズム〉を入館ゲートに預けたときだろう。お前は社長室で俺に〈極皇杯〉で勝つと宣言して早々に階下に降りていったが……あの直後に盗聴器を埋め込んだんだろうな」
「……気付いていて泳がせたのです?」
「敬愛する一二三の前であんなに大口叩いたなら、意地でも勝たなきゃいけないもんな。そのために俺の弱点を探りたかったんだろ?天プラから帰った日の夜から〈エフェメラリズム〉の重量がほんの僅かに増えてたからな」
「……まさか……!」
「だからそれを利用させてもらった。ああ、アレルギーも食物依存性運動誘発アナフィラキシーも大嘘だよ。陽奈子にも言ってなかったけどな。調子が悪いのも全部演技だよバカが」
「……理解したのです。でも、だからなんなのです?勝負は振り出しに戻っただけなのです」
「まだ気付いていないのか?」
「……は?」
「――お前はもう負けてんだよ」
「はっ……?いや、〈犠牲ノ心臓〉は発動していないし降参もしていないのです。妄言はやめるのです」
「気温とお前の運動時間から考えるにそろそろか……」
――突如、私は凄まじい目眩と頭痛に襲われた。思わず、姿勢を崩し、前方に倒れ込む。――そして、何が起きたのかを、一瞬で、理解してしまった。
「くっ……!『ヒートショック』……なのですか」
「ヒートショックは一般的に寒い場所から温かい風呂に入るなんて例が有名だが、ヒートショックはそもそも急激な温度変化によって起こり得る生理的ショックだ。サウナを出て直ぐ冷水をぶっかけるなんてのが良い例だな」
――もう……ダメだ……。この勝負……。
「今回は『火宅』に『大焦熱地獄』に『ウルトラプリニー式噴火』――暑さはサウナの比じゃねーけどな」
――心臓が痛い。呼吸も苦しい。意識が朦朧とする……。これは……「死」だ……。
「それで……終盤の『凍曇』や『氷霰』によってヒートショックを起こしたのですか……」
「ああ。その分、『凍曇』や『氷霰』による寒さへの温度変化は急激だ。それを加速させるために、『凍曇』の直前まで攻撃――激しく運動させていたしな」
「……まさか、先攻の1ターン目……『火宅』と回答したときからこの結末が見えていたのです?」
「東慶大学の文学部首席か知らんが……俺はその大学の医学部で次席張ってたお前の大先輩だぜ?」
――このままでは……!一二三様に捨てられてしまっても仕方ない……!何か、何かないか……!
「ちょ、ちょっと待つのです……!なんで……私だけヒートショックを起こしたのです?」
「馬鹿かコイツ。お前がイメージ次第と言ったんだろ。お前だけに効くようにイメージしただけの話だ」
倒れたままの私に、夏瀬雪渚は手を差し伸べない。私を見下したまま、淡々と冷たい言葉を放つ。
――そうか……。『聖剣エクスカリバー』による傷も、事前に『超世』でそれに耐え得る肉体を……。
「くっ……!そっ、そうなのです!私がさっき回答した『運命共同体』……。あの回答によって、私が死ぬと同時にあなたも死ぬようにイメージしていたのです……!負けるのならせめて道連れにして引き分けにしてやるのです……!」
「妄言はやめろ。お前の目的は『圧倒的な勝利の演出』――そんな真似はしていないはずだ。それに、何か忘れてないか?」
「……は?」
「俺はこの勝負……一度も自分の異能を使ってないんだぞ」
「……っ!」
「序盤で回答した『特効薬』――あれで俺はお前がルール説明のときに言った『無力化』や『共有化』を解いていた。つまり俺は今、自身の異能を使える状態にある」
――盗聴器を仕込んでいた私は知っている……。この男の……異能は……!
「盗聴器を仕込んでたなら俺の異能についても詳しく知ってんだろ。俺の異能ならお前が何をしようが俺だけ助かることも十二分に可能だ」
――ブラフだと思いたい……が、そうではないことは私が一番よく理解していた。
「おっと、俺の話はまだ終わっていない。これから俺の二十二年の人生でも振り返りながら、二十二年掛けて話をしようかと思う。生憎記憶力が良すぎてな、生まれてから今日まで何があったか全部覚えてるんだよ。『無限記憶』なんて俺は呼んでるが」
「そういう……ことなのですか」
「お前はこのまま放っておけば死ぬ。〈犠牲ノ心臓〉によって実際には死なないとは言え、死の苦痛は味わうことになる。それは避けたいだろ?」
――何処まで……計算されていた?
「――が、幸運なことに、手番は『こ』だ。良かったな、死の苦痛を味わわずに済むじゃないか。その単語が何かはもう勘付いているだろうが、それを言わなきゃお前が死ぬまでここで俺は与太話でもしながら煙草でも吸って待たせてもらうわ。さーて、俺の話はいつ終わることやら」
――格が違う。この勝負が始まった時点で、私は「負けていた」……。
「俺は親切心で残してやったんだけど、お前の変なプライドで使ってない言語があったよな?そして、何度もお前の脳裏を過り、その度に言わないようにしていた単語もあるはずだ」
「そう……なのですか。その四文字を……言わせたかったのですか」
――この男が、私に「言わせる」のだ……。あの四文字を……。
「圧倒的な勝利の演出が欲しかったのは俺も同じだ。俺が考える圧倒的な勝利の形はこれしかない。力の差を見せつけた上で、その四文字を言わせることだ」
――その四文字……ルール……「降参を宣言」すれば……敗退……!
「さあ、『パンドラの箱』……日本語訳して、『こ』から始まる言葉だぜ?」
――敵わない……。遥か……格上……!
「……回答、『降参(日本語)』」
一千万人の観客が一瞬、しんと静まり返る。そして、間を置いて、状況を理解したミルルンが高らかに宣言する。
『――な、なんと!知恵川言葉!『降参』!『降参』を宣言しました!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「お前の上司の一二三ならあと一週間は楽しめたんだけどな。つまんね……」
夏瀬雪渚はそう吐き捨てると、倒れていた私にそっと手を差し伸べ、私の耳元で囁いた。
「いい勝負だった」
――挑発的な態度は〈極皇杯〉を盛り上げるためのプロレス……。テレビ映えすら……この男は考えていたのか……。
私は夏瀬雪渚の手を握り、電動車椅子に座った。夕陽が、アリーナの大地をオレンジ色に染め上げていた。
『全言語デッドエンドしりとりは「ん」が付いたことにより決着!そして同時に!「降参の宣言」により!一回戦第三試合!よって勝者は――夏瀬雪渚ぁぁぁぁ!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
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