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2-48 香菜と駆逐艦と鼬ごっこ

 ファイナリスト控室に集う面々が夏瀬雪渚と知恵川言葉の激戦に息を呑む間にも、その頭脳戦はハイスピードで展開していた。次は知恵川言葉――私のターンだ。


「――回答アンサー、『世界樹ヴェルルドストレーデット(スウェーデン語)』」


 炎に包まれるアリーナの中央――私と夏瀬雪渚の間に巨大な世界樹が現れる。世界樹は揺らめく炎の中で、悠然とそびえ立っていた。続く、夏瀬雪渚のターン。世界樹越しの遠方で、夏瀬雪渚が呟いた。


「――回答アンサー、『呪力パラン・カムサープ(タイ語)』」


 夏瀬雪渚がそう回答した瞬間、世界樹が、べきべきと音を立て、幹から折れた。そして私の方向へと倒れてくる。


 ――呪力によって世界樹を折った。上手いのです。……だが。


「――回答アンサー、『駆逐フロティーユ・ドゥ・艦隊コーントル・トルピユール(フランス語)』」


 突如、〈継戦ノ結界(バリア)〉内には海が現れる。海が『火宅かたく』による火を飲み込んで消す。同時に世界樹の倒木も消滅した。私の足下――海に浮かぶのは八(せき)の駆逐艦だ。それらは一様に、夏瀬雪渚に主砲を向けている。


 ――イメージ次第では、その単語に付随する要素も具現化する。駆逐艦隊となれば、海に浮かぶ光景をイメージするのが当然。だから海も具現化したのだ。


「――爆ぜるのです」


 凄まじい衝撃音。八の五十口径三年式十二(せんち)七砲が、海上に顔を出した夏瀬雪渚を襲う。――が。夏瀬雪渚もこの程度で負けるほど、愚かではない。


「――回答アンサー、『イージスの盾(アイギス)(古代ギリシャ語)』」


 夏瀬雪渚の手中に現れたのは、大きな盾。金の装飾が施された、神々しい立派な盾だ。その盾は五十口径三年式十二(せんち)七砲を見事に受け止め、その防御力で相殺した。


 ――『イージスの盾』。ギリシャ神話に登場する、女神アテナが持つ盾。あらゆる攻撃を跳ね除ける最高の防御力を誇る、不壊ふえの盾だ。――が、なんて繊細なイメージなのですか……!?


 ――具現化した名詞の性能――その性能は当人のイメージ、想像力に依存する。単語を知っている程度では具現化には届かない。その事物に関して、詳しく知っている必要がある。その点、神話の存在である「イージスの盾」を見事に具現化させる夏瀬雪渚は見事なのです。


「――回答アンサー、『鉄槌ラウハ・ハソーダー(ヒンディー語)』」


 一隻の駆逐艦に乗る私の手には、巨大な『鉄槌』が握られる。振り抜けば乗用車程度、簡単に鉄塊に変えられそうな代物だ。私は電動車椅子に座ったまま、その『鉄槌』を振り抜き、そのまま、海上に浮かぶ夏瀬雪渚に向けて投げ放った。――だが、夏瀬雪渚も一歩も退かない。


「――回答アンサー、『異方性磁石アニソトロープピネン・マグネエッティ(ヒンディー語)』」


 ――『異方性磁石』。ある特定の方向のみを強く磁化する特徴を持つ磁石。これにより、通常の磁石よりも強い磁力を持つ磁石だ。


 その異方性磁石の巨大な塊が現れたのは、駆逐艦の上に立つ私のぐ背後であった。夏瀬雪渚に向けて放たれたはずの『鉄槌』は、一瞬、空でぴたりと動きを止め、私の方向へと凄まじい勢いで迫ってきた。『イージスの盾』をいかだ代わりにして水上に立つ夏瀬雪渚が不敵に微笑んだ。


「いいよ知恵川……。やっぱ異能バトルの面白さってのは頭脳戦だよな?」


 回転しながら私に迫る『鉄槌』。それは私の肢体を『異方性磁石』と挟み撃ちにすることで、私の肢体を圧し潰そうとしていた。その海上では、夏瀬雪渚の初手――『火宅かたく』による残熱が、両者の思考を鈍らせていた。


「……そこだけは同感なのです。――回答アンサー、『空中分解ラスパート・フ・ヴォーズドゥヘ(ロシア語)』」


 眼前の『鉄槌』。背後の『異方性磁石』。――二つは、突如として弾けた。瞬く間に金属片へと変わる。私はそれと同時に『駆逐艦隊』のイメージをめた。同時に『駆逐艦隊』と海が消滅し、両者同時にアリーナの大地に着地する。


 まだ、『火宅かたく』による余熱は凄まじく、その熱は海で覆い尽くす程度で冷めるものではなかった。両者の額に汗が伝う。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 凄まじい頭脳戦に会場が沸き立つ。回答までに十秒という厳しい時間制限はあるものの、両者、ここまでの全ての回答に三秒も掛けていなかった。外野は私の異能によって日本語訳が見えるとしても、このハイスピードで展開される頭脳戦を理解できているのは〈十天〉でも極一部だろう。


「旧世界の言語なんて学んだところで銅貨一枚にすらならないだろうに……物好きだな、知恵川。――回答アンサー、『鼬ご(ムチェゾ・ワ・)っこ(パカ・ナ・パンヤ)(スワヒリ語)』(スワヒリ語)』」


 夏瀬雪渚はそう回答するも、残熱によって汗が滴るばかりで、そのアリーナには何も起きない。お互いの目を見て離さないまま、両者、足りすぎた頭を回転させる。


「『いたちごっこ』……旧世界の海外圏では『猫とねずみのゲーム』として定着した表現なのです。まさにこの状況を指す言葉なのですが……具現化しないなら夏瀬雪渚の想像力不足なのです」


「……まあ『いたちごっこ』の具現化って意味わからんしな」


 ――とは言え『火宅かたく』による残熱で想定以上に体力の消耗が激しい……。だがそれは夏瀬雪渚も同じはず。もう少し痛ぶって圧倒的な勝利を演出する予定だったが、夏瀬雪渚は想像以上だ。少し焦るべきか……。頃合なのです。


「――回答アンサー、『香菜シャンツァイ(中国語)』」


 ――『香菜』。コリアンダーとも呼ばれる香辛料。パクチーの葉をつける実のことだ。


 その言葉を私が口にした瞬間、『イージスの盾』を手にする夏瀬雪渚の表情が微かに曇った。相対する、私にしかわからないレベルで。そして、私は勝利を確信し、初めて笑みをこぼした。


 ――この量のコリアンダーが降ってきては経口摂取は避けられない。これで私の勝利は確定――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 知恵川ちえがわ言葉ことのはが勝利を確信したのには理由がある。事が起きたのは、〈極皇杯〉予選の一週間前――二一一〇年十二月十七日、その日の夜のことだった。場所は〈オクタゴン〉・リビング。


 いつものように各々が入浴を済ませ、リビングに集まる〈神威結社〉の面々。皆で夕食を摂っているところだった。夏瀬雪渚が食卓に置かれた肉じゃがを口にして呟く。


「うん。美味しい。陽奈子もなんやかんやで料理スキル高いよな」


「ホント!?嬉しい!」


 日向ひなた陽奈子ひなこがホッとした様子で八重歯を覗かせる。一方、竜ヶ崎巽は手掴みで肉じゃがを口に放り込む。そして、その味を噛み締めながら咀嚼そしゃくする。


「ガッハッハ!うめェうめェ!」


「おー、アホめ。こぼすな、食べながら喋るな、あと箸使え。箸の使い方五回も教えたろ」


「でもよォ!ボス、あれ思いっきり握ると折れるんだもんよォ!仕方ねェだろォ!?」


「まず箸は思いっきり握るな……」


「巽ちゃんは相変わらずアホね……」


「アホですな……」


「アホですね」


 そう同調した天ヶ羽(あまがばね)天音あまねも肉じゃがを口にする。その咀嚼の間、日向ひなた陽奈子ひなこが様子を窺うようにして天ヶ羽天音の顔を覗いていた。


「あ、あまねえ……どう?」


「はい、とっても美味しいですよ。陽奈子さん」


「ほっ、良かったあ」


「このクオリティなら今後もせつくんのお口に入れても問題ないでしょう」


「毒味だったのですな……」


「まあ私には一歩及びませんがね」


「ホントあまねえには勝てないわよ。嫉妬しちゃうわ」


「ふふ、冗談ですよ」


 そう言って日向陽奈子と天ヶ羽天音はくすりと笑い合う。〈十天〉の時点で、元より二人は仲が良かったが、日向陽奈子の〈神威結社〉加入以来、二人はより仲良くなっていた。夏瀬雪渚を巡っての、ちょっとした小競り合いはあるものの、二人は既に親友と呼べる存在になっていた。


「二人もすっかり親友ですな!いいことですぞ!」


「ああ、二人がより仲良くなってくれたなら俺としても万々歳だ」


「ガッハッハ!うめェうめェ!」


「でも……ごめんね、雪渚。アタシ、雪渚がパクチー食べられないの知らなくて……」


 食卓――夏瀬雪渚の眼前にはパクチーのサラダが置かれている。そこには、まだ手が付けられていない。


「いや、俺が言ってなかったからな。残してしまって悪いな……。重度のアレルギーでな」


「ガッハッハ!アタイが食うから問題ねェよ!」


「小生も食べますぞ!」


「へへ、ありがと。みんな」


 〈神威結社〉の平和な団欒だんらんの時間が過ぎてゆく。


 ――ではこの件に、知恵川言葉がどう関係するのか。理由は明白だ。この会話を、知恵川言葉は全て盗聴していたのだ。


 夏瀬雪渚が常にポケットに忍ばせている〈エフェメラリズム〉。当然、この時点では〈エフェメラリズム〉は壊れていなかった。そして、この〈エフェメラリズム〉に、超小型の盗聴器が仕込まれていたのだ。


 ――ではいつ、どのように盗聴器を仕込んだのか?その答えも単純だ。答えは、「夏瀬雪渚が、初めて〈天網てんもうエンタープライズ〉を訪れたとき」である。その際、夏瀬雪渚は入館ゲートにて、武器である〈エフェメラリズム〉を警備員に預けた。その後、知恵川言葉との初対面と相成るが、知恵川言葉は社長室で口論を繰り広げ、一足先に社長室を後にした。〈エフェメラリズム〉に超小型の盗聴器が仕込まれたのは、まさにそのときだったのだ。

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