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2-46 全言語デッドエンドしりとり

 開戦の合図と同時に、知恵川ちえがわ言葉ことのはは、衆目に晒される中、相対する夏瀬雪渚に語り掛ける。


「夏瀬雪渚……あのとき、天プラの社長室で言ったことを覚えているのです?」


「『私の仕掛ける「言語ゲーム」の上でボコボコにしてやるのです』――だったな」


「……私の偉人級異能、〈詞現ワーズワース〉は、『言葉にした名詞を具現化させる異能』なのです。例えば、『林檎』と言えば……」


 知恵川言葉の手に林檎が握られている。何処どこから湧き出てきたものかもわからない。突然、知恵川言葉の手中に現れ、握られていた。


「この通り、『林檎』が現れるのです」


「実際に目の当たりにすると……凄まじい異能だな……」


「そして、『ペガサス』と言えば……」


 林檎をひと口(かじ)った知恵川言葉の背後に美しい白い翼を持つ馬――ペガサスが現れる。ギリシャ神話に登場する伝説上の生物である。ペガサスはその威厳を示すかのようにいなないた。


「この通り、『ペガサス』が現れるのです」


「伝説上の生物までも具現化できるのか」


「イメージ次第なのです。なので、イメージを絶やせば……」


 知恵川言葉の手中の林檎と、背後のペガサスがあっという間に消滅した。アリーナを取り囲んで見下ろす、一千万人の観客もその様子を息を呑んで見守っている。


「この通り、消滅するのです」


成程なるほど。イメージを続けなければ消えてしまう、と。神話級にも相当する強力な異能かとも思ったがバランスは取れているようだな」


「そうなのです。次に、私が『無力化』と言えば……」


 夏瀬雪渚に違和感が生じる。何か、大事な力を失ったように感じる。


「夏瀬雪渚は異能を使えなくなったのです」


「そのようだが……何が目的だ?頭脳戦に関係があるのか?」


「飽くまで一時的なもの、心配は要らないのです。そして、最後に、私が『共有化』と言えば……」


 夏瀬雪渚にまた違和感が生じる。失った〈天衡テミス〉の代わりに、新たな力を授けられたような、そんな、感覚。


「私の偉人級異能、〈詞現ワーズワース〉が夏瀬雪渚にも共有化されるのです」


「……成程なるほど。コイツで頭脳戦をしようって魂胆か。それで?ゲームのルールは?」


「――『全言語デッドエンドしりとり』なのです」


「『全言語デッドエンドしりとり』……?」


「通常のしりとりのルールに加えて、このしりとりではお互いの『回答』が、〈詞現ワーズワース〉によって具現化するのです」


「それだけでも厄介だが……全言語ってことは……」


「そうなのです。通常のしりとりは、既出の単語を使うと負けなのです。それに加え、『同じ言語を使(・・・・・・)ってはいけない(・・・・・・・・)』というルールを追加するのです」


 一千万人の観客が途端に騒めき立つ。お互いが顔を見合わせ、あまりに難易度の高い知恵川言葉の提案に困惑している。


「言語……ってあれだろ?旧世界にあった、英語とか、中国語とか……」


「いや……今じゃ一部の言語学者や好事家こうずかしか知らない言語だぞ……」


「でも旧世界じゃ国が違うと言葉が通じなかったって話だぜ?」


「同じ人間なのに言語が通じない……って不思議な話だよな……」


「言語学者の知恵川さんらしい提案だな……」


「いや……でも夏瀬って旧世界の人間だろ。天才って話だし、多少は話せるんじゃねーか?」


 ――新世界は、たった一つの言語によって構成された世界だ。かつての旧世界では、国境をまたげばたちまち言葉は通じなくなった。一部の好事家こうずかが趣味として英語や中国語を学んではいるものの、それらの言語を知るものは限りなく少ない。


「言語も縛ろうってワケか。いいじゃねえか、言語学者が国語辞典より語彙がなかったら興醒めだ」


「面白くない冗談は勘弁願うのです」


 夏瀬雪渚は生来、ゲームには真剣であった。幼少期に禁じられた反動である。彼はこの一風変わった異能戦に、誰よりもワクワクしていた。


「とは言え、同じ言語は使えないという縛りでは、使う文字が共通しない――しりとりが成り立たないのです。なので、しりとりは日本語訳して成立させることとするのです」


「ああ、日本語の『積み木』から英語の『フォックス』に繋げられるってことな。でもその正誤判定って俺たちレベルの人間しかできないだろ」


「心配は無用なのです。私たち以外――〈継戦ノ結界(バリア)〉や画面越しにこの異能戦を観戦する方には、私の異能によって、私たちの頭上に日本語訳が浮かび上がるようになっているのです」


「新世界中が審判ってワケか。面白い」


「――ということで、見来みくる未流流みるる。このしりとりの勝者をこの第十回〈極皇杯〉の本戦、一回戦第三試合の勝者とするのです。運営は異論はないのです?」


『――えっ!えっと……ちょっと確認します!』


 夏瀬雪渚が見上げる十天観覧席付近の実況席――そこに座る紫の髪のポニーテールの女、ミルルンが大慌てで〈十天〉・第一席――おおとり世王ぜおと相談を始めた。彼の赤い毛先が微かに揺れる。


『――お待たせしました!問題ないとのことです!』


「感謝するのです。そして見来みくる未流流みるる、この戦いに実況は不要なのです。見来みくる未流流みるるが悪いわけではないのです。ただ、日本語訳が見える外野の見来みくる未流流みるるに実況されては、つまらない頭脳戦になってしまうのです」


『わ、わかりました!ではこの試合では実況をせず、見守らせていただきます!』


「知恵川、〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉やプレートフォンのような、旧世界が滅びてから登場した単語はどう扱う?何語になるんだ?」


「それらは新世界語として扱うのです。あと、「即死」、「死亡」、「記憶喪失」、「思考停止」など、対象へ直接干渉する単語は具現化しないのです」


「わかった。他に細かいルールはあるか?」


「当然、しりとりが繋がっていなくても敗北、日本語訳して『ん』で終わる回答をした時点でも敗北なのです。時間制限は十秒、パスも禁止なのです。その他の細かいレギュレーションは通常のしりとりに帰属するのです」


「十秒も要らないが……まあいいか」


「日本語訳して長音で終わる単語は長音の前の文字から始めることとするのです。また、複数の日本語訳ができる場合は訳が正解ならばOKとするのです」


「問題ない」


「『言った』『言っていない』等の不要ないさかいを避けるため、回答するときは「回答アンサー」と宣言することにするのです」


「まあその方がいいだろうな」


「それと『回答アンサー』は名詞のみとするのです。しりとりは名詞で行うのが美しいのです」


「ああ、同感だ」


「他に質問はあるのです?」


「――ない。フェアでいいじゃねーか、『全言語デッドエンドしりとり』」


 不敵に笑う夏瀬雪渚。そして、彼と相対する彼女――知恵川言葉は確信していた。


 ――私は旧世界の全ての言語――話者が数人しか存在しなかったとされる消滅危機言語も含め、三千言語以上を網羅している。当然「ん」で終わるような愚かな真似はしない。どう考えてもこの勝負、私の必勝で詰んでいる。この勝負を受けた時点で、夏瀬雪渚は敗北が決定したのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――一方、ファイナリスト控室。そこには夏瀬雪渚の指示に従って、控室に戻った竜ヶ崎巽の姿もあった。――が、しかし現憑月うつつづきるなの姿はない。


 モニター越しにその様子を見守っていた御宅おたく拓生たくおが声を漏らす。それに呼応して、天ヶ羽天音、日向陽奈子、そして夏瀬雪渚の言葉に元気付けられた竜ヶ崎巽も口々に言葉を発する。


「何という難解なルールでありますか……!日本語訳できるだけの語学力や語彙力も必要になりますな……」


「それに加えて、具現化に足る想像力も問われますね」


「えっと……ワケわかんないんだけど」


「あァ?なんだあの『しすてまちっく』!面倒なことせずにバトれやァ!」


「余程、自身の語学力や語彙力に自信があるようですね」


「ねえ、あまねえ。旧世界ってどれくらいの言語があったの?」


「そうですね……。諸説ありますが、三千から七千語くらいとされていますね」


「――おあッ!?七千だァ!?あの二人はその七千もある言語を全部使えるのかァ?」


「そう考えて良さそうですな……。小生も新世界語として公用語となった旧世界の日本語と、日常会話レベルの英語や中国語が限界ですぞ……」


「旧世界を知るせつくんや私にとっては未だ信じ難い話ですが、むしろこの新世界では英語ですら一部の好事家こうずかが趣味で学ぶ程度ですからね」


「でもあまねえ、旧世界じゃ義務教育で英語を習ってたんでしょ?」


「はい、大学受験でも英語は必須レベルでしたからね」


「旧世界でも二、三ヶ国語話せれば極めて優秀な部類ですぞ……。言語学者である知恵川女史は、このルールを提案した時点で相当な自信があるようですな」


「……ということは、雪渚がどれだけ知恵川ちゃんに食らいつけるかね。……まあ、でも――」


「――ええ。せつくんが頭脳戦で負けるはずがありません」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――一方、十天観覧席。控室からこの場に戻った和装ロリ――杠葉ゆずりはえんじゅが、興奮した様子で手摺てすりから身を乗り出している。


「常人なら三ターン続けばおんの字……最高難度クラスのしりとりですわね……!」


 銃霆音じゅうていおん雷霧らいむがその言葉に反応する。彼もまた、その試合の行く末を興味深く見守っていた。


「『ん』で終われねーなら『ンジャメナ』とか『ンゴロンゴロ保全地域』の出番はねーってことか♪まあアルジャーノンと知恵川なら『ん』で終わらすようなしょーもねーミスはしねーだろ♪あってないよーなルールだな♪」


「……こ、この『全言語デッドエンドしりとり』……ど、どんな戦略が有効なんだろう……」


 クマの縫いぐるみを抱え、ゴシック調の黒い傘を差した少女――杠葉ゆずりはしきみが姉に尋ねる。


「決まってますわ!『る』で終わる単語による『る』攻め!しりとりの必勝法ですのよ!」


「バーカ♪〈極皇杯〉の本戦でそんなつまんねー勝負してみろ♪二人とも俺が直々に殺したるわ♪」


「あら?銃霆音さんは今日も乱暴ですわね。……でも、相手の発した言葉に対して適切な言葉を返す……その点においてはラップバトルと近しいものがありますわね」


「あ?しりとりなんざと一緒にされちゃたまったもんじゃねーが♪まあそうだな♪本質は近ぇかもな♪」


 銃霆音雷霧が見下ろすアリーナでは、夏瀬雪渚と知恵川言葉が相対していた。第十回〈極皇杯〉、本戦一回戦第三試合――究極の頭脳戦が、今、開幕する。

この勝負、個人的ベストバウト


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