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2-42 始まる

 ――〈極皇杯〉。例年クリスマスに行われる、視聴率九割を超えるマンモスイベント。異能至上主義――異能によって全てが決まると言っても過言ではないこの新世界において、〈極皇杯〉を優勝することは新世界の頂点に手を掛けることを意味する。


 ――経済効果は虹金貨こうきんか五十億枚――日本円にして五千兆円を超える。新世界の世界六国に存在する各テレビ局は、〈極皇杯〉の放送権の獲得に社運を賭け、巨額を投じる。


「――せつくん!」


 竜ヶ崎と入れ違いでファイナリスト控室に足を踏み入れたのは、天音だった。天音に続いて、陽奈子と拓生が控室に飛び入ってきた。


「雪渚!来ちゃった!」


「むっふっふ!雪渚氏や竜ヶ崎女史の勇姿を小生一人で見届けるのは勿体もったいないですからな!」


「おー、ここファイナリストと関係者以外立入禁止って聞いたけど……良かったのか?」


「陽奈子さんと私でゴネました」


「あぁ……。まあ〈十天〉にゴネられたら関係者も首を横には振れねーわな……」


「へへー!……ってか、それにしてもとんでもない緊張感ね……。この部屋……」


 陽奈子の言う通り、控室の空気は張り詰めていた。俺たち以外は誰も口を開かない。陽奈子に愛の告白をしたらしい、陽気な幕之内はモニターに注目しながらシャドーボクシングで士気を高めている。礼儀正しい印象の黒崎も、俺たちに軽く会釈をする程度だ。一点、気になったのはそこに現憑月うつつづきるなの姿がなかったことだ。


 張り詰めた空気の中、少し緊張した様子の拓生の声がワントーン下がる。だが、その表情は自信に満ち溢れていた。


「雪渚氏……竜ヶ崎女史の勝利を見届けますぞ……!」


「ああ……」


「――陽奈子ちゃん」


 幕之内が突然口を開いた。陽奈子は、漫画であれば「ぎくっ」というオノマトペが用いられそうなわかりやすいリアクションをった。端的に言えば、気不味きまずいのだろう。


「ま、幕之内くん……ひ、久しぶりね……」


「おいおい陽奈子ちゃん、そんなに距離取らねーでくれよ」


「ご、ごめん……ちょっと気まずくて……」


「ハハッ、正直だな。陽奈子ちゃん」


 幕之内は軽く笑い飛ばすと、一呼吸置いて、真剣な面持ちで告げる。


「……陽奈子ちゃん」


「な、なに……?」


「陽奈子ちゃんが夏瀬のことを好いてるのはわかってる。でも惚れた女なんだ。オレは陽奈子ちゃんを諦めきれねえ」


「幕之内くん……」


「だからオレは必ず、この〈極皇杯〉を優勝して、陽奈子ちゃんを惚れさせる」


 ――幕之内の想いは……本物だ。


「幕之内くん……。……わかったわ。ちゃんと観てるから」


「ああ、見ててくれ。陽奈子ちゃん」


「――よォ♪マイメン・アルジャーノン♪」


 次に控室に現れたのは、〈十天〉・第八席――銃霆音じゅうていおん雷霧らいむだった。その背後には、〈十天〉・第十席――杠葉ゆずりは姉妹の姿もあり、二人は黒崎の下へと駆け寄っていった。


「……雷霧、お前も来たのか」


「あのロリ姉妹が控室に連れてけって五月蝿うるさくてな♪」


 雷霧の指し示す先では、黒崎がうやうやしくこうべを垂れていた。彼が敬意を示すのは、主君――杠葉ゆずりはまこもの妹君である、和装の杠葉ゆずりはえんじゅとゴスロリファッションの杠葉ゆずりはしきみの二人だ。


えんじゅ様、しきみ様……応援に来てくださったのですね。お心遣い、痛み入ります」


「当たり前ですわ!影丸が晴れて〈極皇杯〉のファイナリストになったんですもの!」


「……そ、そうだよ……。影丸……お、応援……し、してるから……」


「ありがとうございます。えんじゅ様、しきみ様。必ずや勝利を、お嬢様方と主君――まこも様に捧げます」


「……で、でも、影丸。……む、無理はダメだよ……?」


 賑わいを見せる控室。そんな中、俺たちが注目する控室のモニター――そこに映るのは〈天上天下てんじょうてんげ闘技場〉、アリーナである。眩い陽光がその大地を照り付けていた。十天観覧席付近の実況席へと移動したミルルンが、高らかに試合の開始を宣言する。


『――お待たせしました!それでは!これより第十回〈極皇杯〉、本戦を開始します!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


『――ちなみに司会は私、予選に引き続きインターネットアイドル!ミルルンがお送りします!今日も一日よろしくお願いしまーす☆』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


「――シュッシュッ!なあ夏瀬。竜ヶ崎ちゃんって強ぇのか?オレあの子が戦ってるトコ見たことねーんだよな」


 再び控室の隅でシャドーボクシングを始めた幕之内が俺に問う。俺はニヤリと笑って答えた。


「ああ、強いぞ。〈神威結社ウチ〉の一番槍だからな」


「へえ……。お、来るみたいだぜ?」


『では始めましょう!一回戦第一試合!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 モニターに映るミルルンが、観客席の真下に位置する東門とうもんを指す。ミルルンがマイクを持つ手に力が入ったのを、画面越しでも感じ取れた。


『――女は言った!〈極皇杯〉とは、「舞台装置」である、と!二年前のクリスマス!事件は起こった!海から這い寄る混沌――〈極皇杯〉を優勝したその女は拒んだ!新世界の頂点――〈十天〉を!』


 ファイナリスト控室にいる俺たちも、そのモニターに映る東門とうもんに注目する。そこに映る人影は、次第に輪郭がはっきりしてくる。


『――優勝予想ランキング堂々の一位!〈統海三王とうかいさんおう〉の一角にして、〈日出国ひいづるくにジパング〉の海を制覇した女が今!誰も成し得なかった二冠に手を掛ける!』


 臀部でんぶから生えた巨大な紫色のたこ足に座る、黒髪ロングヘアの女。髪の毛先はたこの吸盤のようになっており、左右の側頭部には法螺貝型のかんざしを着けている。その女は、優雅に一礼し、アリーナに足を踏み入れた。


『――東門とうもん!Eブロック代表!「Champion」!!海酸漿うみほおずき雪舟せっしゅうぅぅぅぅ!!!!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 大歓声。トップバッターからの優勝候補の登場に、一千万人の観客が沸き立つ。アリーナ上空に浮かぶ巨大ホログラムディスプレイ――そのコメント欄も爆速で流れており、文字を追うことはできない。


『そんな前々回王者に対するは、この女だぁ!!』


 ミルルンは続いて西門せいもんを指す。


『――女は言った!〈極皇杯〉とは、「戦場」である、と!破竹の勢いで急成長!〈極皇杯〉前の時点で、ソロランキングでは堂々の九十八位まで駆け上がっていた!!』


 陰になって見えないその西門せいもんからは、黄色い双角が覗く。力強く大地を踏み締め、彼女はアリーナへと足を踏み入れる。


『――優勝予想ランキング七位!予選では第八回〈極皇杯〉の準優勝者・夜空野よぞらの彼方かなた、昨年ファイナリストの猿楽木さるがき天樂てんらく霧隠きりがくれしのぶを撃破!一気にその身に注目を集めた!』


 女の肌に鱗が現れ、太くたくましい尻尾が生える。陽光を爪の切っ先で反射し、一層の鋭さを見せる。彼女の尻尾がアリーナの地を叩き付けた。


『――西門せいもん!Hブロック代表!「千の黒星の昇り龍」!!竜ヶ崎(りゅうがさき)巽ぃぃぃぃ!!!!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 観客席ではウサ耳を生やした金髪の爆乳チアリーダーを筆頭に、チアガール集団が声援を送っている。モニター越しに、観客の声が聴こえてくる。


「あの竜ヶ崎ってコ……ついてねーな」


猿楽木さるがき霧隠きりがくれ夜空野よぞらの……予選でとんでもねーメンツ倒してんだけどな」


「竜ヶ崎の異能って、見た感じ上級異能だろ?」


「ああ。海酸漿うみほおずきの異能はわかんねーけどよ、相手は第八回王者……首を縦に振れば〈十天〉だったはずの奴だぞ……。神話級異能でも驚かねーよ……」


「異能の階級って一階級差でも無理ゲーなんて言われてんだぞ……。二階級差だったらそれこそ、竜ヶ崎巽に勝ち目なんてねーだろ……」


 ――同一の名称の異能が二つと存在しない偉人級異能や神話級異能と異なり、上級異能以下の異能は重複する可能性がある。上級異能はレアだが、竜ヶ崎の上級異能、〈竜鱗ドラゴスケイル〉が観客からして周知の事実なのも頷ける。異能至上主義の新世界では、異能に関する知識量が生死に直結するからだ。


 ――対してその対戦相手――海酸漿うみほおずき雪舟せっしゅうは予選でも全力を出していないのだろう。異能の輪郭すら掴めない。竜ヶ崎がどう戦うか……。


 そんな思考を遮るように、モニター越しの実況席に座るミルルンが声を上げた。――開戦の合図だ。


『さあ皆さんご一緒に!行きますよ!3,2,1――Ready……!』


「「「「「Fight!!!」」」」」


 会場中が一体となって開戦のゴングが鳴り響く。控室の誰もが、余計な言葉を発することはなかった。――良く晴れた空の下、第十回〈極皇杯〉、血で血を洗う本戦が、今、始まる。

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