2-41 優勝予想ランキング
「――ボス!急げェ!不戦敗ってヤツになるぞォ!」
「わかってる……!」
――二一一〇年十二月二十五日――〈極皇杯〉、本戦当日。天候は快晴。時刻は十五時を過ぎた頃。〈天上天下闘技場〉の観客席――その真下の位置にある、闘技場の回廊を、俺と竜ヶ崎は必死に駆けていた。
「――ガッハッハ!ボスも寝すぎちまったなァ!」
「……マジですまん!」
「姉御が『ろんぐすりーぱー』って言ってたけどよォ、よく寝るのはいいことだぞォ!まァ寝坊しちまったモンは仕方ねェ!急ぐぞォ!」
煉瓦造りの回廊を駆け抜け、石の扉の前に到達――思いっきりその扉を開ける。そこには――俺たちを除く、六名のファイナリストが集っていた。彼らは、息を切らして部屋に押し入る俺たちの方を一様に振り返った。
「ははっ、夏瀬、竜ヶ崎ちゃん、大事な本戦当日に寝坊かよ」
「幕之内殿、揶揄うのは良くありませんよ」
幕之内が俺たちを揶揄うように声を掛ける。それを終征さんが窘める。終征さんが後ろで束ねた黒髪が微かに揺れた。――ここはファイナリストの控室だ。
十数畳ほどの空間に、背凭れのない四つのクッション型ソファが置かれ、奥の壁には大型モニターが設置されている。映し出されるのは、何か文字と数字の羅列のようなものだ。
「昨日の疲れが残っててな……十三時間も眠ってしまった……」
「バーカ!夏瀬、おめー寝すぎだろ!男は毎朝早起きして筋トレ!見ろよ!この大胸筋の輝きを!」
「幕之内ィ!今の時代、『男は』とか良くねェんだぞォ!」
「竜ヶ崎殿もお元気そうですね」
「おォ!バッチリ回復したぜェ!」
明るく談笑する俺たちとは対照的に、少し振り返った程度で、こちらに興味を示さない四人の男女。知恵川言葉、海酸漿雪舟、現憑月月、黒崎影丸の四名――彼女らは、控室の隅に立ったり、ソファに腰掛けたりしながら、それぞれが真剣な眼差しでモニターに注目していた。あまりに張り詰めた空気に、思わず息を呑む。
「何見てたんだ?」
「ああ、モニターな。見てみろよ」
幕之内に促されるまま、モニターに近寄ってみると、そこに映し出されていたのは、昨晩、ファイナリスト八名が出揃ったタイミングから新世界中で始まった、〈極皇杯〉の優勝予想ランキングだった。優勝者を的中させた者の中から抽選で、A5ランクの黒毛和牛やファイナリストのサイン入り色紙等の豪華賞品が贈られるらしい。
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第十回〈極皇杯〉 優勝予想ランキング
1. E: 海酸漿 雪舟――04,973KILL――00:42:00
2. B: 大和國 終征――00,199KILL――01:21:47
3. F: 現憑月 月―――53,821KILL――00:06:11
4. D: 幕之内 丈―――00,154KILL――01:18:53
5. C: 知恵川 言葉――00,124KILL――01:59:55
6. A: 夏瀬 雪渚―――00,007KILL――02:41:38
7. H: 竜ヶ崎 巽―――00,050KILL――02:23:26
8. G: 黒崎 影丸―――00,003KILL――03:31:13
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「あァ?漢字が並んでて良くわかんねェなァ……。あっ、七番はアタイだぞォ!」
「成程。新世界中で昨晩から集計されている優勝予想ランキングだな」
「――おあッ!?じゃあアタイは七位ってことかよォ!」
「まあ俺も六位だし、似たようなモンだろ」
――いや、そこは飽くまで外野の予想だ。興味はない。真に着目すべきは歴としたデータとして掲載されている、予選の「KILL数」と「予選決着時間」だ。
「終征、お前、予選で本戦進出経験者は何人倒した?」
「四人ですよ。少し時間を掛けすぎましたね」
「ちっ、同率か。やるじゃねーか。まァタイムで勝ってっからいいだろ」
――KILL数は……かなりバラつきがあるな。Aブロックは修羅のブロックと呼ばれていたが、それは他のブロックの出場者が弱いというわけではない。どのブロックにも大量の猛者がいるのだ。
「それにしても……海酸漿殿や現憑月殿のきる数は異常ですね」
「やべーよな。なんだ五万四千弱って……九割方一人で殺っちまってんじゃねーか。しかもそれを六分で、だろ……?」
――その中で……現憑月月は外れ値。それによって霞むが、海酸漿雪舟も十分外れ値だ。凡そ、多少鍛えた程度の人間が叩き出せる数値ではない。
すると突然、モニターの画面が切り替わる。映し出されたのは〈天上天下闘技場〉――そのアリーナだ。画面の端の十天観覧席には、(寝坊した俺の所為で)今来たばかりの様子の天音や陽奈子の姿が見える。出場者観覧席には拓生や、予選で死闘を繰り広げた四十八万人の猛者たちの姿も映っていた。無論、庭鳥島たちの姿も。
「雪渚殿は初出場なんですよね?」
「ええ……」
「では雪渚殿、僭越ながら一言だけお伝えしましょう。拙者たちは八名だけで優勝を争いますが……その足許には彼ら――四十八万の屍が積み上がっていることを忘れてはなりません」
「そうですね……」
「終征、いいこと言うじゃねーか」
「幕之内……」
「お前も竜ヶ崎ちゃんも、背負ってるのはクランの仲間やダチだけじゃねえ。予選で色んな想いを託されて、色んな奴の夢を踏み躙ってここまで残ったはずだ。それはオレたちも同じ。だからオレたちは、全力で闘らなきゃいけねーんだよ」
「あァ!わかってらァ!」
「そうだな……」
俺はモニターの端に映る、庭鳥島たち――予選Aブロックで戦った猛者たちを見つめながら返事をした。
――そうだ。アイツらの想いも背負って、俺はファイナリストになったんだ。絶対に、敗北は許されない。
暫くして、モニターに映るアリーナの中央に、ミルルンが現れた。待ち侘びた本戦の開幕に、客席から歓声が沸く。それは、俺たちがいる控室にまで響き渡っていた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
『――さてさて皆さん、お揃いですね!?〈極皇杯〉本戦当日!本日もSSNSでトレンド一位!ありがとうございますっ☆』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
『では本戦開幕の前に!まずはルールを確認しておきましょう!――と、言ってもルールは極めてシンプル!タイマン――一対一での何でもアリの異能戦です!昨晩発表したトーナメント表に従って進行していきます!そして、トーナメントを勝ち上がった一名が!第十回〈極皇杯〉の王者となります!』
「あァ?ボス、結局アタイは何回勝ちゃァいいんだァ?」
「三回だな。一回戦、準決勝、決勝を勝てば優勝だ。まあ竜ヶ崎は細かいことは考えなくていい。いつも通り全力で戦ってこい」
「おォ!そうするぜェ!」
『――敗北となるのは次の三つの条件のいずれかを満たした場合です!一つ、「〈犠牲ノ心臓〉が発動する」!二つ、「戦闘不能状態に陥る」!三つ、「降参を宣言する」!』
「成程……予選と違って、相手を気絶させても勝利か」
「まァ気絶したら死亡――つまり〈犠牲ノ心臓〉の発動も時間の問題だもんな。あとはトドメ刺すだけだろ?」
「ここまで来て降参するような奴なんかいねェだろォ!」
――あれ?相手の「降参」の宣言によって勝利できるなら、〈天衡〉の掟――その罰として「降参を宣言する」と指定してしまえば良くないか?
「幕之内殿、拙者たちは一回戦第四試合……楽しみですね。柄にもなく滾っていますよ」
「はっ、そりゃオレもだ。全力出せる場なんて、〈極皇杯〉の本戦ぐれーのモンだからな」
――いや、野暮だな。そんなつまらない勝ち方をしても誰も納得しない。――というより、俺が納得できない。
『――そして戦いのダメージを引き継がないよう、準決勝以降、各試合前には双方の出場者は治療室で全快した状態で試合に臨んでいただきます!また、観客席には魔道具・〈継戦ノ結界〉が展開されていますので、出場者の方は周りを気にせず思う存分暴れちゃってください!ルール説明は以上です!』
そのとき、控室の扉が三回ノックされた。運営スタッフらしき男が顔を出す。
「――海酸漿雪舟様!竜ヶ崎巽様!選手入場ゲートへご案内いたします!」
「あらあら♡来たわねぇ」
「――っしゃァ!行ってくるかァ!」
「竜ヶ崎殿、健闘を祈ります」
「竜ヶ崎ちゃん、カマしてこいよ?」
「あァ!ボス!見ててくれェ!アタイが準優勝で、ボスが優勝だからなァ!」
「……違うんだよ。竜ヶ崎」
「――おあッ!?なんだよォ、ボス」
「お前が俺に恩を感じてくれているのはわかってる。その恩を返したいと思ってくれているのもな」
「あァ!ボスはアタイの恩人だからなァ!」
「準優勝じゃダメだ。俺を超えるのが最大の恩返しだろ?」
「ガッハッハ!さすがボスだァ!わかったァ!タコ女もぶっ飛ばしてよォ!決勝でボスもぶっ飛ばす!」
「ああ、お前なら大丈夫だ。思う存分暴れてこい」
竜ヶ崎の頭を撫でると、竜ヶ崎は嬉しそうに頭を擦り寄せた。その表情には純粋な喜びが滲んでいる。控室の照明を、二本の黄色い角が反射する。
「おォ!見逃すなよなァ!アタイの勇姿をなァ!」
スタッフの男と蛸足の海酸漿に続いて、竜ヶ崎も意気揚々と控室を後にした。彼女の黒いロングヘアが、微かに揺れる。彼女の言葉が、俺にとっては心強かった。
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