2-33 北館4F:バンケットフロア
白い内装のエレベーターの中に佇む、フード付きの白い防寒コートに身を包んだ男――冴積四次元は低い声で問うた。
「どうした……?何故逃げル……?」
「――最悪……ばい!」
――どういう……ことだよ……!
白尽くめの防寒コートの男――冴積は、こちらにスナイパーライフルを構える。それと同時に、覚悟を決めた俺は脳内で、眼前の冴積を対象に掟を定める。
『掟:被弾を禁ず。
破れば、その攻撃を相対する者へと千倍の威力で反射する。』
超至近距離で放たれた弾丸は、当然のように俺に直撃。――しかし、痛みはない。エレベーター内に見据える眼前の男――冴積の周囲には、彼を取り囲むように千発の弾丸が現れた。――まるで弾丸の檻である。
「ほう……」
冴積がそう声を漏らすと同時に、千発の弾丸が冴積を襲う。――が、それと同時にエレベーターの扉が閉まった。機械音は階下へと下ってゆく。
「やった……と?」
「バカ……!」
生存フラグを立てる庭鳥島の手を引き、再び、駆け抜けた廊下を逆戻りする。その廊下に、足音だけが響いていた。
――ただの勘だが……あんな程度ではあの男を倒せない。昨年の〈極皇杯〉の本戦……あれだけ強かった馬絹百馬身差は一回戦敗退のBEST8なのに対して、冴積四次元はBEST4。結果だけを見れば、馬絹より格上だ。
「――せつな!あれじゃあいつを倒せんと……!?」
「去年戦った庭鳥島ならわかるだろ……!あいつは異常だ……!あんなモンじゃ足止めにもならない!」
――瞬間移動にも似たアイツの異能……らしき力。回避は容易だろう。
「どうすっとね!?あいつば倒さんと、ファイナリストになれんばい!」
「わかってる……!」
――北館四階の大宴会場で奴と接敵した直後に、北館四階に止まったエレベーターの中から奴が現れた。俺たちは最短距離でエレベーターまで向かったのだ。どう考えてもおかしい。何らかの異能を使っているはずだ。その異能を、この鬼ごっこの中で推理するしかない。
そう思考しながら、廊下を駆け抜ける。行き先が決まっているわけではなかった。ただ闇雲に走っているだけだった。
「なんで……エレベーターの中におったんやろか?その前も……大宴会場にいたのもおかしかばい」
「何らかの異能なのは間違いないだろうな……」
「あたしもわからんけど……分身――じゃなかとかな?」
「いや……分身――って感じじゃねーな、あれは。明らかに本物だけが放つ殺気と存在感だ」
息を切らしながら、俺たちはある部屋の前に辿り着いた。豪華絢爛と形容すべき観音開きの扉を開け、その中に足を踏み入れる。
――そこは広々としたボールルーム――舞踏室だった。白を基調とした壁、そして床の一面には高級感を漂わせる紅白のペルシャ絨毯が敷かれており、心地好いクラシック音楽が室内を満たしていた。――そして、その中央に「奴」はいた。
「〈十天推薦枠〉……会うのを楽しみにしていたんだガ……」
「お前……!」
「そう逃げてばかりだト……興が削がれるナ……」
冴積は、まるで庭鳥島のことなど眼中にないかのように振る舞っている。俺の隣に立つ庭鳥島は、身を竦ませ、目は泳ぎ、恐怖で肩を震わせていた。――昨年の本戦、一回戦第三試合の「十六秒間」は、庭鳥島萌に、途轍もない恐怖を植え付けたのだ。
「いやいや……ビビるだろ。いないはずの場所にお前がいるんだから……」
――いや、逃げていても埒が明かない。話の中で、奴の異能のヒントを引き出せないか……?
「鬼ごっこは中止カ……?」
「なんだ?遊び足りなかったか?」
「……ああ、会話の中で僕の異能のヒントを探ろうと画策しているのカ……」
――くっ……!勘付かれたか……!鋭いな……。
「はは……賢いこって……」
――心が読める異能……という可能性は排除していいな。そうだとすれば先刻の奇妙な移動方法の説明が付かない。あるとしても読心術の類か、単に賢いだけだろう。
――そのとき、怯えていた庭鳥島が、嗚咽と共に口元を抑えて、ボールルームの外に飛び出してしまった。
「庭鳥島……!」
「放っておケ……。恐怖に耐えかねて吐き気を催したのだろウ……」
――庭鳥島……そこまでコイツに……。
「でもお前の妹ちゃん、アイツに瞬殺されてたけど」
「雨を降らせるだけの異能でも戦いようはあるのだがナ……無能な妹ヨ」
赤いニット帽の上から頭を掻き毟る。今更、コイツの価値観なんて知ったこっちゃないのだ。――既に、俺のやるべきことは決まっていた。
「はあ……。さっきは逃げて悪かったな、冴積四次元」
――戦って、勝つのみだ。
「理解したならば構わなイ……。僕は……君と戦いたい……だけダ」
「はっ!断る理由もねえよ……!」
『掟:攻撃を禁ず。
破れば、相手を殺せない。』
俺がそう答えながら掟を定めた瞬間、冴積四次元は――「消えた」。まるで絨毯に溶け込むかのように。――その直後、弾けるような銃声が聴こえたのは、背後からだった。
「――うおっ!?」
身を翻して一回転――弾道を回避する。その弾丸は頬を掠め、頬からは血が滴り落ちた。その赤が、紅白のペルシャ絨毯の赤に入り交じり、色鮮やかな赤を作った。
続け様に背後から銃声――先刻とは真逆の方向からだ。上体を反らして回避に専念するも、肩を掠め、トランプ柄の柄シャツに血を滲ませた。
「くっ……そ……!」
――不味い……。何処にいるのかも読めない。〈天衡〉の掟によって俺を殺すには至らないはずだが……このままじゃ体力が持たない……!
――「異能禁止」の罰でも良かったが……俺の強さを新世界に示すために必要なのは、「圧倒的な勝利の演出」だ。「異能禁止」の罰で勝ったところで、俺は真の意味で勝ったことにはならない……!冴積の異能を看破して勝つ――これが絶対条件だ……!
次は右から、左から――必ず、俺が背を向けた方向――厳密には「俺が向いていない方向」から飛んでくる弾丸。俺の柔肌を掠めた弾丸は、紅白のペルシャ絨毯に穴を空け、大理石の床に減り込んだ。今この瞬間、弾丸の檻に閉じ込められているのは、間違いなく俺の方だった。銃声は、絶え間なく響き続ける。
「はぁ……!はぁ……!」
――どういう異能だ……!?弾道は必ず背後から――まさか、俺に銃を撃つその瞬間を目撃されるのを嫌っている……?どうして……?
窓からは夕陽が射す。紅白のペルシャ絨毯や、白を基調とした高級感のある扉側の壁をオレンジに染め上げる。
右、左、後ろ、右、後ろ、左――次々に襲い掛かる銃弾の嵐。その最中、一つ、俺は違和感を覚えた。オレンジに染まった壁側からの攻撃がなくなったことだ。
そのことに気付いた瞬間、俺の天性の才、映像記憶や写真記憶と呼ばれる能力の完全上位互換――一度聞いたものや触れたものすら忘れない「無限記憶」により、馬絹が倒されてからの全ての出来事が、走馬灯のようにフラッシュバックする。
「あっ……」
――わかってしまった。冴積四次元の異能……!
――予選開始より二時間五分二十三秒。生存者数、残り四名。
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