婚約破棄の現場で~〇が来た~
「心優しい彼女を虐めるお前は、俺の妻として相応しくない! よって、ここに婚約破棄する!」
公爵令嬢は浮気王子のドヤ顔にムカっときたものの、学校の模擬夜会だからと、そこは淑女の仮面で乗り切った。
だが、突然、現れた棒には目を瞠って驚いてしまう。
「――!」
棒は浮気王子周辺に何本も現れ、彼らを叩き始めた。
「い、痛い!」
「やめ、ろ!」
「誰か!」
「助けて!」
「けい――!」
「痛っ!」
その数は五本。
浮気王子たちを守ろうと、学校の警備兵だけでなく、騎士を目指す学生も動き出す。
公爵令嬢は棒の数にまさかと思った。
数日前、公爵令嬢は差出人不明の手紙が机の中に入っていた。
”これは棒の手紙です。この手紙を5人に送らないと、棒がやってきます。”
眉唾物の手紙だとは思ったが、公爵令嬢は浮気王子たちの机の中に棒の手紙を入れた。彼らは婚約者を蔑ろにし、顧みないので、お仕置きが必要だと思ったからだ。
その手紙が今になって効力が出たのである。
棒は標的と立ち向かってきた者たちを身動きできないまでに叩きのめすと、多くの衆人環視の目の前で煙のように消えていった。
被害者は怪我の後遺症もなく、ただ殴られて身体中が痛いだけだった。
浮気王子たちは全身包帯塗れのベッドの上で、父親から婚約解消と慰謝料を自分の資産から支払ったことを告げられた。
浮気王子たちを籠絡した女生徒は、彼らが登校を再開する前に学校を自主退学していた。婚約者の浮気相手として、複数の家から慰謝料を請求されて、それを払う為だった。
◇◆
「聞きました?」
「なんですの?」
公爵令嬢が学校のカフェテリアで、一人お茶を楽しんでいたところ、後ろのテーブルに座った3人の令嬢たちの会話が耳に入ってきた。
「殿下たちが棒に襲われた件。棒の手紙が来て、出さなかったせいだそうよ」
「棒の手紙って、なんですの?」
「棒の手紙は棒の手紙を出さないと、棒が来ると書かれている手紙ですわ」
「? 棒が来る?」
「そうなりますわよね。でも、模擬夜会で本当に棒が来ましたでしょ」
「確かに、棒は来ましたけど・・・」
「来ましたけど、あれは・・・」
実際に目にしていても、あまりに摩訶不思議な出来事に、それ以上、言葉が続かなかったようだ。
「あの手紙、以前から学校内で流行っていたそうですの。あの夜会があってから、その手紙がなくなったらしいですわ」
「なくなった?」
「ええ。もらった手紙を保管していたところから、消えたそうですの」
「まあ!」
ガタッ。公爵令嬢は驚きのあまり、立ち上がりそうになった。
何もなかったふうを装って、後ろの会話に聞き耳を立てる。
「まさか・・・、殿下方のところに現れたせいで、もう、なくなった、とか?」
「そんなこと、ありますの?!」
「棒が現れて勝手に動いて消えたのは、ご覧になったでしょ?」
「ええ」
「そうですわね」
「棒は役割を終えたのかもしれませんわ」
「ええ?!」
「あり得ますの?!」
「あり得るも何も。あの棒の手紙。いつ、誰から、この学校で始まったか。誰も存じ上げておりませんのよ?」
「・・・!」
「・・・!」
いつの間にか始まって、模擬夜会後に消えてしまった棒の手紙。
棒が現れて動いただけでも理解できない現象なのに、手紙本体も消えたという。
あまりのオカルトな現象に、3人の令嬢だけでなく、公爵令嬢も背筋が寒くなった。
”棒の手紙”は現地語で”これは棒の手紙です。この手紙を5人に送らないと、棒がやってきます。”と書かれていました。