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ep.8

「残りの在庫も全部引き取ろう。」

バッシシは魔法でお茶を淹れながらニヤニヤしてそう言った。

「売れたんですね!」

「思っていたよりも食いついてな。貴族連中は優位に立ちたがる。いい品物なら独占したがるからのぉ。売れることはわかったから、わしが小出しで売ってやるわ。」

バッシシは上機嫌で髭をなでた。


僕はハチミツたっぷりのハーブティを飲みながらライハルトを見た。

ハーブティはお気に召さなかったようでハチミツだけを舐めていた。


「ライハルトのこと、城ではどういう話になっているのですか?」

僕はライハルトのことを調べてくれるように頼んでいた。

「うむ。ライハルトの言うとおり、トカゲに食われたことになっとる。遺体も見つからず、トカゲにも逃げられたみたいでな。可哀想な最後じゃな。」


ライハルトはハチミツを舐めるのをやめてバッシシを見ていた。

「僕はこうして生きているのにな。父上に会わなくては!」

その気持ちはよくわかる。

しかしこの姿で会いに行ってすぐに信じてもらえるのだろうか?

「行くならわしが同行しよう。説明してやることもできるからな。しかしわしが言っても信じないようなら…そのときは別の方法を考えないといけないのぉ。」

「別の?何か心当たりはありますか?」

「まったくもってない。」


僕たちは少し暗い気持ちになった。

この猫がライハルトだと説明するにはどうしたらいいのだろうか。

そもそも人間の姿に戻らなくては王族として扱ってもらえないだろう。

良くてペットとして暮らすことを許されるか。

最悪の場合、死者に成りすます冒涜者として扱われるかもしれない。


「僕は留守番しています。きっと僕の存在は話をややこしくするだけだろうから。」

僕はすっかり船を借りることを忘れていた。

今となってはそんなことどうでもいいように思えたからだ。

かわいいライハルトが悲しい思いをしないでいてくれることが最優先だ。


「あいわかった。わしに任されよ。」

バッシシはそう言って立ち上がった。

「どうなろうともライハルトの命だけは守ってみせよう。この大魔法使いバッシシの名にかけて。」

この人は本当にすごい人だ。

任せて大丈夫だろう。


「ケイタ、心配するな!ちゃんと父上に船を貸すように言ってやるからな。」

「ライハルト、船なんてどうでもいいんだ。僕たちのことは何も気にしなくていいからね。」

僕はそう言ってライハルトの頭を撫でた。

ポヤポヤした毛は柔らかくて温かかった。


「この家の中はわしの魔法がかかっている。イタズラして怪我をせんようにな。」

「はい、おとなしく待ってます。」

バッシシはライハルトを抱いて家を出ていった。

(信じてもらえるといいな)


────


オモリの街にある家と違ってここの家は外側の見た目は普通だった。

しかし中はこちらの方がへんてこだ。

ドアが異様に多い。

床についているのは、なくはない。

地下室へ向かうドアだと言われれば許容範囲だ。

しかし天井についているのはどうだろうか?

あのドアに行くための階段や梯子はない。

どうやって使うのだろうか。


『面白い部屋ね。』

静かにしていたカナさんがバッシシの部屋を見渡してそう言った。

「何かトラップが発動しそうだからおとなしくしとくよ。」

『そうね、防犯の意味でも何かしてるかもしれないし。それがいいわ。』

「コピー用紙の在庫が全部売れたとして、どのくらいの稼ぎになったかな?王様に船を借りなくてもお金があればどうにか帰れないかな?」

『そうね、ダンボール1箱につき銀貨22枚で10箱はあるから銀貨220枚の儲けかしらね。銀貨が1枚1000円だとすると…22万円になるわね。』

「飛行機があるとしてもギリギリですかね?日本からヨーロッパ方面に行くとしたらどれくらいかかるんだろう。」

『そうね、経路にもよるとは思うけど片道ならいけなくはないと思うわ。でも…』

カナさんが言おうとしていることがなんとなくわかった。

「この世界が僕たちの世界とは別の世界だとしたら、僕たちには帰る場所なんてないですよね。」

『ええ、薄々感じていたけど、どう考えても別の世界よね。』


僕たちは現実を突きつけられたようで言葉を失った。

最初からわかっていたのに、なんとか希望を持とうと足掻いていただけなのかもしれない。

船だろうが飛行機だろうが、ドラゴンに乗ったとしても僕たちの日本には帰ることができないだろう。


『そもそも私は肉体すらないしね!ケイタくんがいなければどこにも行けないし。私って一体何なんだろうね?』

「カナさんは…僕を守る天使みたいな存在ですかね?」

うまく言えなくてそう伝えるとカナさんは赤い顔をして照れていた。

『天使だなんて生まれて初めて言われたわ。うふふ。』

「すぐには無理でしょうけど、カナさんも好きに生きる道をみつけてくれたら僕は全力で応援しますよ!」

『そうね、この中にも何か楽しいことがあるかもしれないものね!』


カナさんはこちら側に出てくるということをもう諦めているようだった。

何も確証がないから僕も下手なことは言わない。

希望をもたせることは時に残酷なものだから。


────


待っている間、暇な僕たちはカナさんの売買の話で盛り上がった。

今のところ1番換金率がいいのは塩なのだそうだ。

人間が生きるのに必要な成分の一つだ。


「旅をするのもいいですし、どこかに土地を買って家を建てるのもいいと思いませんか?この世界にない野菜や果物を育てて売るんです。」

『まぁ!素敵ね!昔ね、旦那様とそんな話をしたことがあるわ!隠居暮らしは田舎でのんびりって。』

「夢がありますよね。」

その後カナさんは旦那さんが亡くなって数年経つのだと教えてくれた。


『大好きだったから、私の大きな部分を占めいていたから、失うと残りはスカスカでね。』

カナさんは悲しそうな顔になった。

「そんなに大好きな人に出会えたなんて奇跡みたいですね。」

僕がそう言うとカナさんの顔はすぐに明るくなった。

『そうなのよ!すごいことよね!』

それからしばらくカナさんは愛犬や旦那さんの話を聞かせてくれた。

僕にはない、楽しく生きてきた証の話だ。


────


数時間してバッシシが帰ってきた。

ライハルトは一緒じゃなかった。

「うまくいったんですか?!」

僕が開口一番にそう聞くと、「うーん。どうじゃろう。」と微妙な返事をした。


「しっかり説明をしてきたつもりなんじゃが、向こうもハイそうですかとすぐに信じることもできなかったようでな。ライハルトの母親はこれはライハルトですって大喜びしていたが、王となるとそうもいかないらしくてな。検証したいとかでとりあえず城に預けてきたわ。」

「そうですか。確かに死んたと思っていた息子が猫の姿で帰ってきたら混乱しますよね。」

「母親がしっかりしておったし、身の危険はないじゃろと思ったでな。」


今日は遅くなったので泊まっていくように言われた。

僕は客間のベッドを見て喜んでしまった。

ここ数日寝袋で寝ていたから背中が痛かったのだ。

お風呂にも入れていなくて、冷たい川の水を浴びたのが最後だった。


久しぶりに文明のありがたさを感じた。

この家の中はどこもかしこもバッシシの魔法がかかっているようだった。

ボイラーがないのに温かいお湯が出たり、ドライヤーがないのに温風が出たり、冷蔵庫がないのに食べ物が冷えていたりする。

僕たちが知っている暮らしそのものがここにはあった。


「魔法が使えない人たちはどうやって暮らしているのですか?」

「なぁに、外が明るくなったら起きて暗くなったら寝る。生きるためにすべきことは魔法が使えなくてもどうにかなるものじゃ。」

確かにそうか。

難しい話はまた明日にしようと言われ、夕食をごちそうになった僕は早々にベッドに入った。

清潔な寝具にふかふかの枕。

僕は一瞬で眠りについたようだ。


────


ぐっすり眠れて、僕はいつもより気持ちよく目覚めることができた。

バッシシはまだ眠っているようだ。

僕はせめてものお礼をしようと朝食を作ることにした。

勝手にキッチンを使って魔法の何かが作動するのは怖い。

カナさんが『私が作るわ!』とスマホの中で楽しそうにしている。

僕はありがたくお願いすることにした。


『焼くだけのクロワッサンの生地を仕入れたのよ!』

カナさんは手際よくパンを焼き、新鮮そうな野菜でサラダを作った。

驚くことにスマホの中に収納すると食品が傷まないのだという。

真空状態なのだろうか?

そもそもこのスマホにどんな大きさのものでも入れたり出したりできる事自体おかしなことだ。

今さら少しくらいチート性能がみつかっても変ではない。

出来上がったものからカナさんはどんどんこちらに出してくれた。

コーヒーのいいにおいがする。


僕がミルクと砂糖たっぷりのラテを飲んでいるとバッシシが起きてきた。

「なんと、いいにおいがするのぉ。」

「コーヒーとクロワッサンです。お口に合うといいのですが。」


バッシシはカップにコーヒーをたっぷり注いでまずはにおいを楽しんだ。

「この飲み物は最高じゃな。どうにかわしにも卸してくれんかのぉ。」

カナさんが通販サイトで買って、バッシシに売るのは可能だろうけど、それは僕たちがこの国に留まる前提の話になるだろう。


カナさんがスマホの中で植木鉢を手にしていた。

すぐに小さな苗が植えてある植木鉢が出てきた。

苗にはコーヒーの木と書いてあり、どうやら観葉植物のひとつのようだ。

「それは?」

「えっと、コーヒーの木の苗です。まだまだ小さいからうまく育てても数年は実をつけないでしょうけど。」

「わしにくれるのかね?」

「はい。この土地で育つのかどうかわかりませんが…」

コーヒーは確か温かい熱帯の方で採れるんじゃなかったかな。

「素晴らしい!!何としても育ててみせるぞ!」

バッシシは苗を眺めながらゆっくりと朝食を楽しんだ。

クロワッサンを口にしたバッシシは目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど驚いていた。


「実は僕の住んでいるあたりではコーヒーの木は育てられていなかったんですよね。だからどうやって育ててどうやって収穫してるのかわからないんです。」

僕は申し訳なさそうにそう言うと、「なぁに、わしを誰だと思っているんじゃ。大魔法使いバッシシじゃよ。」

バッシシはそう言ってニヤリと笑った。


────

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