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ep.7

「ケイタ!朝だよ!はやくいこうよ!!」


ライハルトが寝ている僕の上でぴょんぴょん跳ねている。

まだ朝の5時だ。

さすがに早すぎるだろうと思ったが待たせるのもよくないと思い、起きた僕たちはカナさんが買ってくれたパンを食べている。

資金調達がうまくいっているのもあり、今朝はメロンパンを出してくれた。

牛乳も飲みなさいと給食でしか見かけない小さいパックの牛乳をくれた。

ライハルトはパンも牛乳も喜んだ。

僕もカナさんもライハルトが喜ぶ姿に癒やされる。


6時前には準備もできて僕たちはバッシシの家へと向かった。

街の中は静まり返り、時々荷馬車がやってきて店の準備を始める人もいた。

(みんな早起きなんだな)


この街には時計がない。

腕時計をしている人もみかけないし、バッシシも時間を言わなかった。

あまり細かいことは気にしない人たちなのだろう。


僕たちはバッシシの家の前に到着した。

家の中から人の気配がしないので、このまま外で待つことにした。

バッシシの家のまわりには珍しい薬草のようなものがたくさん植えられていた。

カナさんは植物図鑑を見ながら『これはミントね、これはローズマリーね。』と教えてくれた。

昨日いただいたお茶は庭で育てているハーブなんだろう。


『ハーブを見ていたらコーヒーが飲みたくなったわ!』

スマホの中ではお腹が空かないそうだが、そういう欲求はあるらしい。

カナさんはコーヒー豆とコーヒーを淹れるための道具一式を買った。

『ケイタくんも飲む?』と聞かれたが「お子様舌なのでコーヒーは苦手です」と断った。

ライハルトが欲しがったのでカナさんはミルクと砂糖たっぷりのコーヒー牛乳にして出してあげていた。

僕がそれなら飲めそうだと羨ましそうにしていると同じものをくれた。

甘くてほろ苦くてとても美味しかった。

「せっかくのコーヒーを台無しにしてるみたいで申し訳ないですけど、とても美味しいです。」

僕が照れくさそうにそう言うとカナさんは笑いながら『美味しく飲めたらなんでもいいのよ』と言ってくれた。


「わしにもそれをくれんかの。」

急に後ろから声がしたかと思ったらバッシシが立っていた。

「バッシシさん、おはようございます。これはコーヒーという飲み物ですが、この国にもありますかね?」

カナさんはブラックの状態でカップに注いだものとミルクと砂糖を出してくれた。

「苦いのでお好みでミルクと砂糖をいれてください。」


バッシシはにおいを嗅いで「ほほぉ。」と言った。

一口飲んでビクッとした。

「これは!苦い!?何という奥の深い飲み物じゃ!!」

バッシシはミルクも砂糖も入れずに飲み干してしまった。

「お気に召しましたか?」

「いかにもいかにも!わしの淹れるどのハーブティよりも芳醇で美味い茶だ!なんともうした?こーひーといったか?」

「はい、コーヒーです。コーヒー豆というものを焙煎して、粉にして、熱湯で成分を抽出したものです。」

(多分そんな感じだろう)


「おぬしの国に行ってみたくなるのぉ!素晴らしいものじゃ!これも売るつもりかね?きっと儲かるぞい!」

「いえ、そんなつもりはありませんでしたけど。考えてみますね。」

バッシシはうんうんと頷いた。

僕にはまだコーヒーの良さがわからない。


コーヒーカップを収納するとバッシシはピーっと口笛を吹いた。

すぐに空が暗くなった気がした。

驚いて空を見上げると真っ赤な大きな生き物が空を飛んでいた。


「ドラゴン?!」


バッシシは僕に向かって杖を振った。

僕の体はふわふわと宙に浮いてゆっくりとドラゴンの背に降りた。

バッシシは僕の後ろに乗るとドラゴンを撫でた。

「ガルウよ、いつもの場所まで連れて行ってくれるかの。」

ドラゴンは鼻息をフンッと出すと上空へと飛んだ。

あっという間に街が小さく見えた。

僕は必死にドラゴンのウロコのようなもののデコボコした部分にしがみついた。

すごく硬い革のようで爪の跡さえ残らない、それでいて温かいというなんだか不思議な感触だった。


「ドラゴンに乗れるなんて!さすがバッシシ様!」

ライハルトも必死に僕にしがみついているようだった。

「おぬしが連れの子猫かね。よろしくな。」

「はい!ライハルトと申します。今はこんな姿ですが現国王の11番目の子供です。」

「ほぉ?それは興味深いのぉ。王都についたら姿をよく見せておくれな。」

「はい!ぜひとも!」

2人はこんな状況でも会話をする余裕があるようだった。

僕は高所をものすごいスピードで進んでいるということを考えるだけで吐きそうだった。


────


1時間くらいかかっただろうか。

僕には永遠に思える時間だった。

ドラゴンは広い草原に舞い降りた。

「ありがとうな。また頼むよ。」

バッシシはそう言うとドラゴンの口に何かを放り込んだ。

ドラゴンはまた鼻息をフンッと出して飛んで行った。

「あいつは酒が好きでな。」

どうやらさっき放り込んだのは酒瓶だったようだ。

(瓶ごとでいいのか)


「ドラゴンを王都に入れるわけにはいかないのでな。ここから少し歩くぞ。」

街道に出るとすぐに大きな城が見えた。

「我が城だ!ローランに帰ってきたぞ!」

見えるけど距離は少しあるようだった。

バッシシはライハルトに仔猫になってしまった経緯を聞いている。

ついでに僕の話もされた。

僕のことは異国から飛ばされた変な道具を持つ少年だと説明していた。

カナさんのことは変な道具という一言で割愛していた。

昨日寝る前にスマホとカナさんのことは秘密だと言い聞かせたからだ。


端折っただけで嘘はついていない。

(なかなかいい説明だったぞ!ライハルト!)


バッシシは驚いているようだった。

「呪いの類で姿を変えられることはあるが。トカゲに食われて猫になるなんて聞いたことがないのぉ。」

バッシシはライハルトを抱き上げて杖を向けた。

「呪いもかかっていないようじゃ。」

「人間には戻れないってことなの?」

「わしにはわからん。すまんの。」

ライハルトは少し残念そうだったけど有名人のバッシシと話ができるだけで嬉しそうだった。


10分ほど歩いてやっと門についた。

王都ということもあるだろうけど門には警備の兵士らしい人が立っていて、中にはいる人はそこでチェックを受けているようだった。


「バッシシ様!おかえりなさいませ!」

兵士はバッシシに敬礼をした。

「今日は連れもおる。異国で商人をしている者じゃ。」

「ケイタと言います。」

僕は兵士にペコリと頭を下げた。

「ケイタ殿、王都には商売をしに?」

「はい。バッシシさんと一緒にするつもりでおります。」

バッシシは隣で頷いた。

「問題ありません。お通りください。」

兵士はすぐに通してくれた。


「悪意のあるものは臭うように結界が張ってあるのじゃ。通れてよかったのぉ。」

(そういうことは先に言ってくれ)


────


ローランの城下町は活気に溢れていた。

オモリよりも街中が整備されているようで街灯があったり、花壇があったり、まるでヨーロッパの都市に来たようだった。

露店ではなく、商店街のような通りが続いていた。


「作戦会議じゃ。」

と言ってバッシシはカフェのような店に連れて行ってくれた。

なんだかわからない黄色い液体の入ったカップが出てきた。

飲むとキャラメルのような優しい甘さの飲み物だった。

「僕これ大好き!」

隣でライハルトがグビグビとそれを飲んでいた。


「さて、例の物じゃが。わしが一人で貴族御用達の商人に売りに行く。おぬしが仕入れ主だとわかれば最悪、悪い輩に狙われることにもなりかねん。おとなしくどこかで時間を潰すんじゃな。」

「わかりました。」

なんだか物騒なことを言われて少し怖くなった。

「何かあったら僕がケイタを守るよ!」

バッシシはそれを聞いて杖をライハルトに向けた。

「なんと!小さいのにすごい能力の持ち主じゃな!」

バッシシは鑑定のスキルを持っているのだそうだ。

ついでに僕のことも鑑定したらしいが僕についてはノーコメントだった。

嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。


「バッシシ様、ケイタは光の特性を持ってますがまったく使いこなせていません。お暇なときにご指南いただけませんか?」

ライハルトは僕をピシピシ叩きながらバッシシに向かってそう言った。

「わしの鑑定では特性まではわからんのじゃ。おぬしにそんな特性が‥よし、ことが済んだら少しみてやろう。」

「ありがとうございます!」

まったく使えていない光の特性、気になっていたんだ。


バッシシは麻袋に紙の束を2つほど入れてどこかに行ってしまった。

僕たちは店を出た。

いろんな店が並んでいて窓越しに見るだけでも楽しい。

ライハルトは店の中に入りたがったが、僕は買う気もないのに店に入るのが嫌だった。


「ここでなら何か買えるかも。」

僕が選んだのは食料品の店だった。

窓から乾燥したキノコや香辛料のようなものが見えた。

店の中に入ると独特のにおいがした。

「薬屋じゃん」とライハルトが残念そうに言った。

僕の知っている薬屋とは全く違うものだった。

漢方とか、そういう部類だろうか。


僕が失敗したと店を出ようとすると店主に声をかけられた。

「何かお探しですか?」

僕は観念して声の主の方を向いた。

そこには僕とさほど年齢が変わらないような若い女性が立っていた。


「あ、あの、僕は異国から来まして、字が読めないものですから、あの、食料品が売ってるかと思い間違って入ってしまいました。」

僕は正直に買うつもりがないことを伝えた。

「まぁ!異国から?!商人さんですか?」

「はい、そんな感じです。」

僕がそう言うと店の中にある椅子に座るようにと勧められた。

「少しお話するくらいならいいでしょう?」

僕は笑顔でグイグイくる人が苦手だった。

ことわることもできずに僕は椅子に座った。


「私はこの店の店主の娘、ファランです。」

「僕はケイタです。こちらはライハルト。」

ファランはニコニコしながらライハルトを撫でた。

「よろしくね。」

ライハルトは照れくさそうに「よろしく」とだけ言った。


「異国はどんな薬があるのかしら?持って来てはいないの?」

「あいにく薬は取り扱っていなくて。申し訳ないです。」

「そうなのね、うちはこの通りいろんな種類の薬草を揃えているわ。父が症状によって調合するの。何か必要なら父を呼ぶけれど…あなたたちは健康そうね。」

「あ、はい。すみません。」

「謝ることないわ!私が引き止めたんですもの!」


僕はポケットにカナさんからもらったチョコが入ってるのを思い出した。

「あの、これ、僕の国のお菓子なんですが。滋養強壮の効果もあるとか言われているもので。よかったらどうぞ。」

「そんな珍しいものをいいのかしら?!」

ファランは遠慮しつつ興味津々のようだった。

「もらっちゃえよ!それ、すごく美味しいんだよ!」

ライハルトはチョコが大好きだった。


ファランは深く頭を下げてチョコを受け取った。

個包装を開けるのに手間取っていたがライハルトが器用に開けてあげた。

「甘くていい匂いがしますね。」

ファランはそう言いながら口にチョコを放り込んだ。

そして目を丸くさせて「これは!!」と驚いていた。


「ケイタさん、私はこのような美味しいものを食べたことはありません!確かに滋養の効果がありそうです!!」

ファランは僕の両手を掴み、ブンブンと振った。

「あ、あの、喜んでもらえたなら良かったです。」

「今の商品で商売するつもりはないんですか?高価なものでしょうけど、貴族たちなら買うかもしれませんよ!」

「そうですか?そのつもりはありませんでしたが、考えてみますね。」

ファランは僕の腕を掴んだまま目を瞑り、チョコの余韻を楽しんでいるようだった。


「ファランよ、ケイタを解放してくれるかな。」

ドアの方を向くとバッシシが立っていた。

ファランはビクッとして僕の腕を放してくれた。

「バッシシ様のお連れ様でしたか?!どおりで!」

「異国は興味深いじゃろう?」

「ええ!とても!」

バッシシは「いつものをおくれ」と言って何かを買っていた。

買い物が済み、僕らはファランの店から出てきた。

「悪い子じゃないんじゃがな。」

「あ、はい。そうですね。」

僕は苦笑いをした。


バッシシはそのまま僕たちをある家に連れてきた。

「わしの家じゃ。遠慮せんで入っておくれ。今後の話をしよう。」

バッシシは王都にも家があるようだ。

さすがは大魔法使いだ。


僕は今後の話と言われてドキドキした。

商売のこともライハルトのことも、そして日本に帰ることも…気になることだらけだ。


────

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