ep.6
テントで寝るのも慣れてきた。
ライハルトは耳がよくて、寝ていても魔物が近づいてくると起きて倒しに行ってくれた。
ありがとうと伝えると「お前らは頼りにならないからな」と言いながら照れていた。
『売れないコピー用紙がたくさんあるんだけど。』
カナさんはアプリ上で売買不可になったコピー用紙の在庫を2つほどこちらに出してきた。
僕に街のどこかで売れというのだ。
僕は生まれてからアルバイトというものをしたことがない。
ただでさえ人と話すのが苦手なのに、僕に人に物を売れというのだ。
店を開くなんて考えただけで具合が悪くなってきた。
僕たちはテントを片付け、街に戻ることにした。
ローランまでは遠い。
馬車に乗せてもらうにもお金がかかるだろう。
次の大きな街までは徒歩だと3日くらいかかる距離だった。
軟弱な僕に1日に10km以上歩けだなんてひどい話だ。
僕は少しこの街で体制を整えるまで滞在しようと提案した。
カナさんもいろいろ試したいので構わないと言った。
ライハルトは森で魔物を狩りながらレベルを上げると息巻いていた。
僕は紙を買い取ってくれそうな店を探した。
「そんな高級品はうちなんかじゃ扱えないよ」と断られるばかりだった。
勇気を出して入った道具屋の店主はこの街でそんな高級品は売れないだろうと言った。
帰り際にもしかしたら、と街外れで本を書いている変人魔法使いになら売れるかもしれないと言ってきた。
この国では本は貴重なもので、紙も同様に貴重品なのだという。
日本の学生たちのように教科書やノートを気軽に持っていたりはしないらしい。
逆に本を読むような人は王都で城に仕えるような官職につく人ばかりなのだという。
だからこの街には紙を必要とする人はいないと言うのだ。
僕は本当に気が進まなかったが、カナさんのためにもどうにか在庫処分をするために街の外れに向かった。
行けばすぐにわかる変な家に住んでいると教えてくれた。
目的の家は本当にすぐに見つかった。
その家はおかしな形をしている。
出来損ないの家が何軒も重なったような、デコボコした造りだ。
僕はここの住人を訪ねるのを諦めようとした。
僕にはハードルが高すぎる。
回れ右をして帰ろうとすると後ろから声がした。
「そこの少年、わしに用事があるのだろう?」
僕はビクッとしてゆっくりと振り返った。
「こんにちは。」
僕は観念して目の前にいるおじいさんに返事をした。
おじいさんは笑いながら「そんなに怖がらんでもよかろう」と言って、外にある椅子に座るように言った。
僕はドキドキしながら椅子にちょこんと座った。
「わしは大魔法使いのバッシシじゃ。」
シワシワの顔は真っ白でふわふわの髭で覆われていてサンタクロースを思い出す風貌だった。
「えっと、僕はケイタと言います。今日はバッシシさんがある物に興味がないか聞きに来ました。」
僕はゆっくりとコピー用紙の束を出した。
バッシシはゆっくりとそれを手に取った。
「本ではないようじゃが、この四角い物体はなんじゃ?」
「あ、外側の紙をめくると中には白い紙が500枚入っています。」
「白い…紙?500枚も??」
僕は丁寧に外側の包みを片側だけ剥がして、中から数枚のコピー用紙を抜き取った。
「このような紙なのですが…」
僕が紙を手渡すとバッシシは触ったりにおいを嗅いだり透かしてみたりした。
「これが紙だと言うのか…こんなに薄くて白い紙が存在しているのか…なんと美しい。」
どうやら気に入ってくれたようだった。
あとは売れるかどうかだ。
「僕の国ではそんなに珍しいものではないのですが、この街では買ってくれる人がいなくて。」
「ほぉ、異国の人なのか。こんな技術があるなんて、よほどの国なのだろう。」
「いえいえ、小さな島国です。」
(嘘は言っていない)
「よかろう、わしにどれほど買えるかはわからんが買えるだけ買おうではないか!」
バッシシはそう言うと家の中に入って行った。
ドアがバーンと開いてバッシシはお金の入った袋を持ってきた。
テーブルの上にお金を出すと、「これでどれくらい買える?」と聞いてきた。
銀貨が数百枚はあるだろう。
僕は驚いて「この束1つなら銀貨1枚で十分です!」と言った。
バッシシは「おい!!」と怒った声を出して、お金を袋にしまって僕の腕を掴んで家の中に引きずり入れた。
僕は殺されるのではないかと声も出せなかった。
バッシシはまだ怒った表情で僕を家の奥へと引っ張っていく。
僕は部屋の中の椅子に座らされた。
「おぬし、わし以外と値段交渉はしたか?」
「い、いえ、その前に取引を断られて、きましたから。」
僕がそう言うとバッシシは安心したように息を吐いた。
「わしが軽く見積もっただけでもその紙の束は銀貨50枚くらいの価値はあるだろう。いや、必要な者にとってはもっと価値があるかもしれん。」
「そんなにですか?」
僕はバッシシから本を渡された。
何かの革でできた表紙の中は日本でいう和紙のような厚い繊維質の多い紙に直に書かれたような本だった。
文字は読めないので何の本かはわからなかった。
「わしの国の本とはそういうものだ。分厚くて重くて、書きにくい紙でできている。そして紙を作る職人なんて少ないからな、とても貴重なものだ。」
「丈夫そうですね。」
「いかにも。分厚いからな。」
バッシシは杖をくるくる回して僕にお茶を出してくれた。
ティーカップが一人でゆらゆらと飛んできた。
ハーブティは苦手だったから、一口飲んで変な顔をするとハチミツを入れてくれた。
甘くてとても美味しい。
「美味しいです。ありがとうございます。」
落ち着いた僕にバッシシは話を続けた。
「王都ら辺にいる面の皮の厚い商人に同じ取引をしてみろ、いいカモにされて根こそぎぼったくられるぞ。他の商人に話してなくてよかったぞ。」
「それで中に入れてくれたんですね。」
「いかにも。悪いやつはどこにでもいるからな。」
バッシシは一見怖い感じがするけど中身はとてもいい人のようだ。
「でも僕は銀貨1枚で売れたらいいかなって思っていたんです。在庫も結構な量があるので。」
「どれくらいあるんじゃ?」
僕はそう聞かれてスマホを見た。
中でカナさんが5束入りのダンボールを10箱見せてくれた。
「少なくともこれが50くらいありますね。」
バッシシはいつの間にか僕の真横に来ていて、スマホを覗きこんでいた。
「不思議な魔導具をお持ちじゃな。アイテムボックスかな?」
「はい、ええ、そのようなものです。」
スマホのことをなんて言えばいいかわからなくて言葉を濁した。
これだけは誰にも奪われてはいけないものだ。
普段は街を歩くときにはシャツの中に隠している。
「事情はわかった。しかし銀貨1枚だとわしが大金持ちになってしまうがそれでいいのかね?わしはこれを持って王都で貴族に売りつけるぞ?」
「王都に行くんですか?!」
「いかにも。こんな高級品は貴族にしか売れないじゃろ。」
「バッシシさん、王都へはどうやって行きますか?馬車でも10日はかかると言われていたのですが。」
バッシシは首を傾げて「王都に行きたいのかな?」と聞いてきた。
僕が頷くと、こう提案してきた。
「よし、わしがおぬしを王都にお連れしよう。そのかわりその紙の束を1つ銀貨5枚で売ってくれ。とりあえず10束ほど。売れ行きがよければ残りも全部買い取ろうじゃないか。」
スマホの中でカナさんが両手で大きな丸を作っていた。
僕はその提案を受けた。
「あの、もう一人というか、子猫を1匹連れていきたいのですがよろしいですか?」
「かまわんよ。わしも準備があるから出発は明日の朝にしよう。出直してくれるかの?」
「助かります。では明日。」
僕は丁寧に礼をしてバッシシの家をあとにした。
早足で街を出てライハルトを探しに森に向かった。
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森につくとライハルトはテントを張っていたあたりに魔物を山積みにしていた。
「ケイタ!見てよ!」
「すごいな、こんなにたくさん!」
オオカミのようなサイズの魔物もいた。
『ライちゃん、レベル61になってるわよ!すごいわ!』
ライハルトはエヘンとドヤ顔をしている。
小さな子猫が山積みの魔物の上で胸を張っている姿はなんとも可愛いとしか言えなかった。
カナさんはすべての魔物を収納してくれた。
食べるには多いからと言って高く売れるものから売ってくれた。
ライハルトにバッシシの話をすると意外にも「バッシシは有名な大魔法使いだよ!」と教えてくれた。
ライハルトが生まれる10年くらい前に魔物の大群が発生して、それを鎮圧する軍隊の中の魔法使いを指揮する軍団長だったという。
「歴史の勉強で習うんだよ。大魔法使いバッシシって。髭モジャのおじさんだろ?」
「今はどちらかと言うとおじいさんかも。」
「確かに、昔の話だもんな。そんな有名人に会えるなんて!楽しみだな!」
僕たちは同じ場所にテントを張り、明日の準備をして眠りについた。
ライハルトは興奮していたが今日の狩りで疲れたのだろう。
お腹がいっぱいになるとすぐに寝てしまった。
カナさんは暇があれば売買をしているようで着々と資金を増やしていた。
『原始的な物のほうが高く売れるみたい。』
そう言ってハンディタイプの肩もみ機を見せてくれた。
これは仕入れ値よりもはるかに安い値段しかつかなかったのだという。
『こんなに良い物なのにねぇ〜』
(自分がほしかっただけなんじゃ)
紙と同様にインクと万年筆は高く売れたという。
この国でも売れるかもしれないからということで、明日バッシシに見せてみることにした。
コショウや唐辛子も高く売れたらしい。
カナさんはいろいろ試して記録して分析して、と楽しそうにやっている。
レベルを聞くともうすぐ100になりそうだという。
(チートすぎだろう?)
僕は、と言えばさっき魔物を捌いて料理をしてやっとレベル7になった。
まったくもって未だに使い物にならない存在である。
僕は焦る気持ちを抑えて受け入れることにした。
できるだけお荷物にならないように2人にお世話になろう。
テントの周りは静かだった。
この小さな森にいた魔物のほとんどをライハルトが狩り尽くしてしまったのかもしれない。
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