ep.4
「ねぇ!ケイタ起きてよ!お腹空いたよ!」
目を開けると僕のお腹の上でライハルトがぴょんぴょん飛んでいた。
「ごめんごめん。昨日のパンの残りでもいいかい?」
ライハルトに食パンを一枚渡すと嬉しそうにすごい勢いで食べていた。
カナさんはそれをにこやかにみつめている。
動物が好きなんだろう。
すごい勢いで食べるものだから途中でむせていた。
スマホからするりとペットボトルが現れた。
子供が好きそうなリンゴジュースだった。
『ケイタくん、飲ませてあげて!』
僕は急いでキャップを開けてライハルトに飲ませた。
小さな黒い子猫はペットボトルから上手にリンゴジュースを飲んだ。
(現実の猫ならこんなことできないけど、これはこれでかわいいな)
「カナ!これはなんじゃ?!甘くてうまい!最高の飲み物じゃないか!」
『気に入ってくれて嬉しいわ。』
カナさんはニコニコしながらライハルトを撫でたそうにしている。
きっとこの場にいたらグリグリと撫でまわしていただろう。
「ライハルト、こういうときはカナさんに『ありがとう』ってお礼を伝えるものだよ。」
僕がそう言うとライハルトはポカンとした。
「王族が平民に礼を伝えるのか?」
悪ぶれた様子もなくそう言う。
王様の子供にどんな教育がされているのかわからないが、きっと身分の差みたいなものが僕の知ってる世界とはまったく違うのだろう。
「何かをしてもらってお礼を伝えるのに身分なんて関係ないと思うよ。」
「そうなのか!知らなかったぞ。カナよ!ありがとう!」
ライハルトは素直ないい子のようだ。
カナさんは『どういたしまして』と嬉しそうにしている。
【言葉は伝えないともったいない】
と僕の母親が教えてくれたのを思い出した。
僕はできるだけ人間と関わらないように生きてきたから、それを実践していたとは言えない。
「カナさん、僕からもありがとう。カナさんがいなかったら僕はすでにこの世界で死んでいたかもしれない。」
カナさんはニコニコしながら『何言ってるのよ。協力して元の世界に帰るわよ!』と言ってくれた。
僕は黙って頷いた。
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地図で見ると、街道を進むと少し大きな街にたどり着くようだった。
僕たちはとりあえずそのオモリという街に向かうことにした。
普段学校への登下校でしか歩かないような僕にとってそれはなかなか難儀なことだった。
運動は好きではない。
時々荷馬車とすれ違う。
本当に車や自転車などの概念がないようだ。
歩いていると急に目の前にネズミの親分のような姿の獣が現れた。
僕は驚いて後ろに下がってしまった。
「なんだ、チュパじゃないか。」
ライハルトは僕の肩から降りて、その獣に向かって何かを唱えた。
獣は勢いよく燃え上がり、パタリと倒れた。
その瞬間【レベルが上がりました】と言う機械音が聞こえた。
「え?!何??」
僕は今のできごとが理解できなくて目をパチパチさせていた。
『ケイタくん、ライちゃんのレベルが5になったみたい。』
カナさんが何やら数字が並ぶ画面を見せてくれた。
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ライハルト ♂ 6歳
レベル 5
【特性】 火 水 風 土
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まるでゲームのステータス画面のようだった。
HPやMP、攻撃力や防御力など細かく数字がでている。
僕が呆然とそれを眺めているとカナさんは自分のステータス画面を出した。
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水川カナ ♀ 54歳
レベル 34
【特性】 スマホマスター 商売 アイテムボックス
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『あらいやだ。年齢がバレちゃったわ!』
(レベル34?!)
攻撃力や防御力はライハルトの方の数値が高かった。
特性もまったく違うようだ。
「僕のもありますか?」
カナさんはすぐに僕のステータスも出してくれた。
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梶田圭太 ♂ 16歳
レベル 1
【特性】 未選択
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数値は全てが1だった。
(俺が最弱か…)
なんとなく予想はできていたけれど、改めて見るとなんだかがっかりしてしまった。
『ケイタくん、特性を選択できるみたいだけど、どうする?』
未選択と書かれたその下に選択肢が並んでいた。
どうやら選べるのは1つのようだ。
料理や洗濯から始まって毒やら闇など怪しいものまである。
ライハルトに聞くと「光がいい!なんか格好いいじゃん!」と目を輝かせて言った。
「光かぁ…実用性はあるのかな?」
「光魔法が使えると思うよ。剣からピカッって何かが出たり!あと治癒魔法とかも使えるレアな特性だよ。王族に使える人はいなかったけど、教会にいる神官のじいさんが光使いだったよ。」
「レアなのか…」
他にも豪運だとか怪力だとか気になるものはたくさんあった。
(1つしか選べないなんてケチすぎるだろう)
僕は悩みに悩んだ挙句、ライハルトのおすすめの光を選んだ。
治癒魔法が使えるって冒険の序盤には必要なんじゃないかと思ったからだ。
ステータス画面を見てから僕はすでにゲームの世界にいる気持ちになっていた。
ゲームはほとんどやらないで育ったので詳しいことはわからない。
光を選んだけど、それ以外のステータスに変化は見られなかった。
レベルは1のままだ。
(僕にさっきみたいな魔物を倒せってことか)
「ケイタ!チュパは料理するとうまいんだ。頼む。」
ライハルトは黒焦げになった獣をつつきながら僕にそう言った。
「え?僕が?」
お前しかいないだろうという空気が流れて僕は恐る恐るそれを拾い上げた。
確かに肉の焼けるいいにおいがした。
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木陰の開けた場所に移動した。
カナさんは包丁と塩コショウと書かれた調味料を買ってくれた。
残金は残り少ない。
大事に使わなくてはいけないがこれは必要なものだろう。
僕は大きめな岩の上で黒焦げの獣に包丁を刺した。
内蔵に当たらないようになんとか表面の肉だけを削げるように頑張った。
「ケイタ、うまいじゃないか!」
ライハルトはよだれを垂らしながら横で応援してくれている。
僕は吐きそうになりながら黒焦げの部分を削ぎ落とし、スーパーで売っているような肉片にした。
ここまで来ると見慣れているのであとは調理をするだけだ。
残っていた薪にライハルトの火魔法で火をつけてもらった。
カナさんはバーベキューに使うような長い串を買ってくれた。
僕は石を組んで串に刺した肉を上手に焼いた。
塩コショウ味のただの焼いただけの肉だ。
すごくいいにおいがする。
『美味しそうね…』
カナさんは羨ましそうにこちらを見ている。
「試しに収納してみたらどうです?」
『でもお腹が空くわけじゃないし…』
と言いながらカナさんは焼けた肉を収納してみた。
串に刺さった焼けた肉はカナさんの手元に移動した。
『食べられそうだわ!食べてみていいかしら?!』
「もちろんです!」
僕の隣ではガツガツ食べているライハルトがいた。
食べても大丈夫だと思われる。
『ケイタくん…これって…すごく美味しいわ!!』
カナさんは夢中で肉を頬張った。
僕も食べてみることにした。
香ばしく焼けた肉は僕が今まで食べたことのない味がした。
鳥でも豚でも牛でもない。
どちらかというと豚肉に近いだろうか。
『ケイタくん、私も食べる喜びを知ってしまったわ…時々私にも食料をくれるかしら?』
「もちろんですよ!」
カナさんは申し訳なさそうにしていたが僕がそう言うと嬉しそうにした。
生きる上で食べるということは精神面でも大事なことだろう。
「よし!僕がチュパ狩りをしようではないか!」
ライハルトが小さな体でそう言うものだから僕もカナさんも笑ってしまった。
「頼もしいな。よろしく頼むよ。」
ライハルトは意気揚々と草原を進んでいく。
僕たちは街道をそれて、草原を進むことにした。
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草原にはチュパ以外にもウサギのようなものやカエルのようなものがいた。
ライハルトは手当り次第やっつけていき、カナさんはそれを収納していった。
冷蔵庫なんてあるわけないし、買う資金もなかったのでカナさんはブルーシートだけ用意してスマホの中の空間に魔物たちを積んでいった。
ライハルトのレベルはみるみるうちに上がっていき、いつの間にかレベル20になっていた。
狩りのセンスはかなり高いようだった。
僕も試しに枝を拾ってそれで魔物を倒してみた。
【レベルが上がりました】と言う機械音が聞こえ、僕もやっとレベル2になった。
ライハルトには鼻で笑われたが、僕はとても嬉しかった。
特性に光を選んだのはいいが、僕は魔法の使い方すらわからない。
枝を振り回して獣と格闘する姿は傍から見たら滑稽だったろう。
『ケイタくん!大変!』
僕が獲物を探しているとカナさんが叫んだ。
「どうしました?」
僕が急いでカナさんを見るとゴム手袋をした手に倒した魔物の姿があった。
『これを、こうすると、こうなって、見て!!』
手元の魔物が消えてコインが数枚現れた。
「それってもしかして…」
僕はカナさんの特性を思い出した。
『商売ができるみたい!』
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