ep.18
「もうダメ…私…嫌だこんなの…無理よ…無理無理…」
荒れ地の大きな穴の横で小さな妖精みたいな守人は地面に転がっていた。
『私が復活したから大丈夫』みたいなことを言っていたのだが、どうやら大丈夫ではなさそうだった。
「あの、大丈夫ですか?」
追い込まれた人にこの質問をしてはいけないとわかっていたが、なんて声をかけていいかわからなかった。
「大丈夫じゃないわ…こんなの…ひどすぎるわよ…」
守人は倒れたままシクシクと泣いていた。
「うむ。腹が減った。カナよ何かお願いできるかな?」
『そうですね!お昼ご飯にしましょう!今日はボリュームたっぷりですよ。』
そう言ってカナさんはサンドイッチのようなおにぎりをみんなにくれた。
「なんだこれ?おにぎりに肉か?うまそう!カナ、天才!」
『おにぎらずっていう料理ですよ。中に味付けをしたお肉が入ってます。』
「よき!カナよ、わしにもう1つくれんか。」
バッシシはもうおかわりしていた。
甘辛い味付けの肉が挟まっていて野菜のシャキシャキと合ってとても美味しい。
チラッと守人を見ると涙と一緒によだれも流れているように見えた。
僕はカナさんから新しいものを1つもらい、守人に差し出した。
「お食事をされるかわかりませんが、あの、よかったら召し上がりませんか?」
守人はムクッと起き上がり、無言で受け取るとすごい勢いで食べだした。
「なにこれ?!私が封印されている間に、こんなに美味しいものが生まれたっていうの?!」
ぐしゃぐしゃの顔のまま守人は自分の体くらいの大きさの食べ物を食べきろうとしていた。
「シェフにお会い出来るかしら?」
僕は一瞬躊躇したが、カナさんを紹介した。
「カナさんです。」
守人はスマホの中で動くカナさんを見て固まった。
「私の仲間なの?」
そう言うと守人はヒュンっとその場から消えた。
『ルイシルバーと言います。みんなからはルイと呼ばれてましたわ。カナ、あなたはすごいシェフです!感服いたしました!』
声がスマホの中から聞こえた。
なんと小さな妖精のような守人、ルイはスマホの中でカナさんの手を握り、ブンブンと振っていたのである。
僕たちは驚きすぎて声も出せなかった。
ルイだけが嬉しそうにカナさんのまわりを飛んでいた。
はじめに声を出したのはバッシシだった。
「ルイとやら、こちらに戻って来れるかの?」
『はい?』
ルイはパッとスマホの中から消えたと思うとバッシシ目の前に現れた。
僕はそれを見て腰を抜かしてしまった。
「ルイさん、あなたはいったい何者なんですか???」
「え?この土地を守る守人よ?」
────
ルイはスマホの中に入ることができた。
自由にこちらと行き来できることがわかったのだ。
カナさんは最初は驚いていたのだが、初めての訪問者にとても喜び、スマホの中を案内していた。
ルイを連れてバッシシの家に帰るのは土地を守る者として何か問題が起きたらいけないと、僕とライハルトはこの場にテントを張って泊まることにした。
バッシシは夕飯を食べて帰って行った。
テントの中でルイは喋り通しだった。
元々話好きなのか、封印されていた反動なのかわからないが、「これはなに?」「これは食べられる?」と何でも知りたいようだった。
それに合わせてカザミレンやペグちゃんの話もした。
カナさんが買ってくれたぬいぐるみは『ペグ2世』とルイが名付けた。
腕を引っ張って移動するものだから、きっと途中で本体と腕が引きちぎれてしまったのだろう。
カナさんはちょうどいいサイズの持ち手のついたかごを出してくれた。
『移動するときはここに入れてあげてくださいな。』
『わぁ!ペグちゃんのお家ね。素敵よ!カナ。大好き!』
ルイはカナさんに特に懐いた。
暇があればスマホの中に入り、カナさんにつきまとい、質問攻めにしていた。
「ルイさん、今日は疲れたでしょう?僕も頭がまだ混乱していて。今日はもう休みませんか?あの、こちら側でもいいですし、その、カナさんの方でもいいですから。」
ルイはペグちゃんとカナさんを交互に見て悩んでいるようだった。
「辛いわ。どちらかを選べだなんて…そうね、今日はペグちゃんと寝るわ。」
そう言ってぬいぐるみのかごに潜り込むとあっという間に眠ってしまった。
カナさんは小さな布を出してくれた。
『ルイに掛けてあげて。』
僕はそっとルイに布をかけた。
お人形遊びをしているようでなんだか恥ずかしかった。
「カナさん、ルイがそちらに来て、何か異常が出たりしていませんか?」
『そうね、ルイが来た事以外は何も変わらないわ。』
何度も出たり入ったりするルイで、僕たちは実験していた。
ルイはスマホに入れるが、こちらのものをスマホの中に持ち込めない。
逆にルイがスマホの中から何かをこちらに持ってくることもできない。
「ルイがカナさんを見て「仲間」と言ったのはどういうわけでしょうかね?カナさん、もしかして羽が生えてたりします?」
『えぇ?!羽?』
カナさんは背中に手を回して背中に何かないか探していた。
『ないわ。えぇ、私は普通の人間よ。』
(普通ではないとは思うけど)
「とりあえずルイはこの土地の守人だと言っています。蛇がいないとわかった今はルイを頼るしかない。僕はこの土地を住めるようにしたいんです。ライハルトのためにも。」
僕はいつの間にかぬいぐるみとルイの横で丸くなって眠っているライハルトを見た。
猫とぬいぐるみと妖精。
なんて破壊力のある構図なんだろう。
『本当にかわいいわね。私も…ライちゃんのことも、ルイのことも、そしてケイタくん、あなたのことも笑顔にしてあげたいし、守ってあげたいと思っているわ。だから必要なときは気にせずにどんどん私を使ってね。』
僕は少し泣きそうになってしまった。
「はい。ありがとうございます。」
その日、僕たちはなんだかしんみりしたまま眠りについた。
────
「ケイタ!!ルイが僕のパンを取った!!ひどいよ!」
僕の寝袋の上で猫と妖精がケンカをしていた。
「朝からなんだい。僕のをあげるから、落ち着いてよ。」
カナさんは『もうすぐ焼けるから!』と2人をなだめていた。
焼き立てのクロワッサンをライハルトとルイが取り合っていたのである。
「私は守人よ!敬いなさいよ!」
「僕はこの土地の領主だぞ!そっちこそ敬え!」
食べ物の恨みは怖い。
『ほら!焼けましたよ!仲良く食べてください!』
「やったー!」
「カナ、天才!」
食べ物を与えると2人ともおとなしくなった。
「クロワッサンは焼きたてにかぎるのぉ。」
いつの間にかバッシシがやって来ていて、クロワッサンの取り合いに参加していた。
「朝から大変でしたね。」
僕がカナさんに同情すると、カナさんは意外にも嬉しそうだった。
『息子と娘がいたら、こんな感じだったのかしら。』
クロワッサンを取り合う猫と妖精と老人を見て、そんな想像をできるカナさんはすごいと僕は思った。
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朝食を終えた僕たちはテントを片付けて荒れ地を見に行くことにした。
一晩経った荒れ地に変化はなかった。
「ルイ、私が復活したから大丈夫って言ったのは、どういう意味だったの?」
ルイはビクッとして僕のところに飛んできた。
「見てて。」
ルイは僕らのまわりをぐるりと飛びまわった。
すると地面から草が生え、花が咲いた。
「ルイ!すごい!」
ライハルトは出来たばかりの草むらに寝転がった。
「すごいでしょ!でも見て。私が一回に浄化できるのはこれくらいの範囲よ。」
僕たちのまわり、直径5mくらいだろうか。
「確かに、この荒れ地の面積を考えると途方もない気がしてきましたね。」
僕たちはため息をついた。
「そんなこと言ってても始まらんぞ。小さなことからコツコツじゃよ。」
バッシシは髭を撫でながらうんうん頷いてそう言った。
「そうですね!まずはこの土地で1番いいって言ってた場所に案内してもらいましょうか。家を建ててもらわないと。」
僕はそう言ってニヤリとルイを見た。
「もちろんよ!約束は守るわよ!!」
ルイはそう言って僕たちの上をくるりと飛んだ。
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僕たちは穴の横から別の場所に移動していた。
ルイはこの土地のどこにでも瞬間移動できるんだそうだ。
よく見ると窪地になっていて、かつてここに湖があったと言われたらそう見える。
木々が生い茂っていたら美しい場所だったのかもしれない。
「この辺にね、大きな木があって。私はそこに住んでいたのよ。それが…こんな…土と岩だけになっちゃって…」
ルイはシクシク泣きだしてしまった。
「ケイタ、あのキラキラでなんとかしてやれよ。」
ライハルトはルイに同情しているようだ。
バッシシも小さく頷いている。
僕のあれが通じるかはわからないけど、試してみることにした。
闇の魔術によって荒れたこの土地を、どうか復活させてほしい。
僕は強く願って両手を天に広げた。
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