ep.17
朝起きると昨日僕がノートの表紙に描いた絵が居間の壁に貼られていた。
「ケイタ!みんなのやつ!これ、すごくいいよ!」
ライハルトに頼まれてバッシシが貼ってくれたらしい。
『私がみんなと一緒に並んでいる姿を見られるなんて。なんだか泣けてきちゃったわ。』
カナさんが1番喜んでいた。
いつもスマホの中で独りぼっちでさぞかし寂しい思いをしているだろう。
僕はなんだか心が傷んだ。
朝食を終えると、「さて、今日は視察に行ってみるかの。」とバッシシが立ち上がった。
蛇をみつけても全力で逃げて作戦を立ててから出直すこと、と強く言われた。
逃げるときには風魔法を使うから、離れずついてくること、単独行動は禁止、とかなり慎重だった。
それだけバッシシさんの中で北の荒れ地の蛇はトラウマを与えたのだろう。
僕たちは身支度を揃えて北の荒れ地に向かった。
僕はいつか買った剣を握りしめ、バッシシさんから離れないようについて行った。
────
北の荒れ地は相変わらず生き物や植物すら視界に入らない。
岩と土とひび割れてできた穴だらけの土地だった。
亀裂がいつできるかわからないので、歩くにも慎重にならなくてはいけない。
「穴に落ちそうじゃな。」
「そうですね。ライハルトは落ちるかもしれません。」
「なんだよ!僕の身のこなしの良さを知ってるだろう?絶対に落ちないやい!」
バッシシは少し考えて僕の腕を掴んで空へと飛び立った。
「上空で攻撃を食らったら落下の衝撃で怪我をするかと思ってな。飛ぶつもりはなかったんじゃが。穴に落ちるよりはよかろう。」
「ありがとうございます。」
ライハルトは空を飛ぶのが好きなようで喜んでいた。
しかし足元に見えるのはどこまでも荒れた土地だった。
「蛇の痕跡はないですね。」
僕は目を凝らして荒れ地を見回した。
「魔物もいないし、本当にどうしようもない土地だよな。」
ライハルトは少し悲しげにそう言った。
王はなぜライハルトにこの土地を与えたのだろうか。
可哀想に思うならもう少し使い道のある領地でもよかったのではないか。
それとも息子が猫だと知られたくなくて、人の住んでいないこの土地を与えたのか。
考えてもわからない。
検討するのはライハルトに酷だと思った。
────
大きな穴をみつけてバッシシは下に降りた。
穴の中を覗いたけれど大きくて深すぎて何も見えなかった。
「中に何かありそうですよね。」
「何の気配もしないが、ここが唯一怪しい気がするのぉ。」
僕たちはバッシシの風魔法でゆっくりと穴の中に入っていった。
「何かの気配を感じたら、とりあえず逃げるぞぃ。」
「わかりました。」
進むにつれて真っ暗になった。
どれだけ深いのかがわかる。
太陽の光が届かなくなると空気が冷えてくるのがわかった。
僕はポケットに入れていた懐中電灯を出した。
カナさんに買ってもらったばかりだ。
小さいのにとても明るい。
僕はまわりを照らしてみた。
近くの岩肌しか見えなかった。
数分かけて下に降りてきた。
すり鉢状になっているようで、穴の入口より今いる場所のほうがかなり狭いようだった。
バッシシとライハルトは火魔法で辺りを照らした。
ゴツゴツした岩の中にいるようだった。
洞窟の入口のように横穴のあいている場所を見つけた。
バッシシは生き物の気配がしないと言って、その先に進んでみようと言った。
暗くてジメジメしている。
ぐにゃぐにゃと横穴は続いている。
一本道で他に道はないようだ。
しばらく進むとドーム状に開けた場所に出た。
僕は何か出てくるのではないかと身構えた。
バッシシもライハルトも生き物の気配はないという。
しかし僕はなんだか違和感を感じた。
「何もないようじゃな。行き止まりだし、戻るかの?」
ライハルトもぐるっと一周して「何もないね」と残念そうに言った。
僕はどうしても真ん中に違和感を感じ、よく調べた。
土を手で避けると床に丸い黒いものが現れた。
「ここ、丸くてツルツルだし、ここだけ真っ黒なんですよね。」
直径50cmくらいの円形の板が置いてあるように見える。
「ほぉ、気がつかなんだ。」
「何も聞こえないね。」
ライハルトは板に耳をつけていた。
「めくってみたいと思うのですが。」
「うむ、何かが出てくるかもしれぬ。ライハルト、戦闘態勢じゃ。」
2人はいつでも来いという雰囲気だ。
僕は円形の縁を掘り出すようにして持ち上げた。
やはり板だった。
中は空洞になっていて、何か黒い人形のようなものと、ぬいぐるみの腕のようなものが入っていた。
何かの儀式でもしたのだろうか。
「これはなんじゃろう?」
僕たちは触ることもできずに、ただそれをみつめた。
「真っ黒ですね。焦げたのかな?」
僕がそう言うとライハルトがクンクンとにおいをかいだ。
「燃えたにおいはしないな。」
僕たちはしばらく観察してみたが、中の黒いものはびくとも動かない。
「ケイタよ、こいつは黒い。こいつはこの前お前が倒したアレに似ておる。」
バッシシが言うのは黒い魔物のことだろう。
「僕も黒さが似ていると思ってました。」
「キラキラさせてみたら?」
ライハルトは飽きてきたようだ。
バッシシも頷いている。
「やってみます。」
────
僕は真っ黒なそれに向かって(元の姿に戻れ)と強く念じてみた。
部屋の中は光で覆われ、そこにある黒い何かは一際強く光った。
“たすけて…”
また何かが聞こえてきたような気がした。
僕はありったけの魔力をそれに注いだ。
強く光るそれは宙に浮いた。
そして急に弾けた。
僕たちは眩しすぎて直視できなかった。
光る何かは宙に浮いたまま動かない。
僕たちもただそれをみつめた。
不思議と敵意は感じない。
光がゆっくりとおさまり、そこにあるものが見えてきた。
「妖精?!」
僕は思わずそう言ってしまった。
小さな人形のような体に大きな羽がついている。
それはパタパタと飛んでいたのだ。
「おぬしは…守り人か?」
バッシシは信じられないという顔をしていた。
「なにそれ?」
ライハルトは検討もつかないという顔をしている。
飛んでいたそれはゆっくりと僕に近づいてきた。
そして僕の両手の上に立った。
僕は無意識にそれを受け止めていたのである。
「ありがとう、人の子よ。私はこの地の守人。ルイシルバーと申します。訳あってここに封印されていました。」
僕は目の前のものが何なのかまだ状況を把握できていなかった。
「えっと、僕はケイタと言います。こちらはバッシシさんで、こちらはライハルトです。」
どうしていいかわからないのでとりあえず自己紹介をした。
「ケイタ、そなたは私の恩人です。何か褒美をあげましょう。お金、宝石、名声、なんでも叶えてあげましょう。」
僕はそう言われて咄嗟にこう言ってしまった。
「この土地を、この荒れ地を、人や動物が住めるようにしてくれませんか?!全部とは言いません。荒れ地にしている元凶があるなら、それを取り除くだけでもいいです!蛇がいるならそれを倒してくれるだけでもいいです!どうにか、どうにかなりませんか?!」
僕は必死になりすぎて手の上の守人を掴みそうになっていた。
僕はハッとしてゆっくりとしゃがみ、守人を下におろした。
「それは問題ありません。私の封印が解かれたと言うことは、この地が復活するということです。蛇とは何のことですか?この地に蛇などおりません。」
守人は首を傾げていた。
バッシシも横に座り、この土地の昔話を聞かせた。
「それには私も心当たりがあります。その蛇の這った跡というのは、私がペグちゃんを引きずった跡でしょう。」
「ペグちゃん?」
守人はキョロキョロと何かを探しているようだった。
「ここにいませんでしたか?青い、丸い、鳥のような顔をした、ふわふわのものが。」
守人は部屋を飛び回って何かを探しているようだった。
そして自分の横にあったぬいぐるみの腕のようなものをみつけた。
「ペグちゃん!!何と言う姿に!!!体は?!何ということでしょう!信じられない!!!ペグちゃん!!どこに行ってしまったの?!!!」
守人はそのままわんわん泣いた。
僕たちは声もかけられずにただそれを見守った。
ペグちゃんとはきっとぬいぐるみだろう。
この世界にそんなものがあったのかはわからないが、あの残骸を見るとそうとしか思えない。
きっと封印されるときに腕だけが一緒にあの中に入り、他の部分はきっともう存在すらしていないだろう。
「あいつがやったんだ。許せない。絶対に許さない!!今すぐあいつを殺す!!!!」
すごい殺気だった。
僕たちは無意識に後ずさりしていた。
(殺される)
「あいつとは誰のことですかな?わしらはここには初めて来ました。ペグちゃんというものについても何も知りませんぞ。」
バッシシも明らかに怯えていた。
ライハルトは僕のシャツの中に入って震えていた。
「失礼しました。私としたことが、取り乱してしまいました。あいつというのは私を封印した男、ディバインです。」
「叔父上?」
ライハルトがそう呟くと守人はこちらを睨んだ。
「王族の者がここに?」
「いいえ、僕は今はただの猫です。王も国も関係ありません。」
ライハルトは顔だけ出してそう言った。
「ディバインはまだ生きてるのですね?あの男は闇の魔術に心を乗っ取られていました。そして恐ろしい魔法でこの世を破壊しようとしていました。私は何とか止めようと、立ち向かったのですが、闇の魔術に勝つことはできず、あのような状態で埋められておりました。」
「叔父上、ディバインはまだ闇の魔術を?」
「さぁ?あの時、私もやつに向かって魔法を放ちましたから、当たっていれば魔法どころではなくなっているかと。」
「ライハルト、そのおじさんてどんな人?」
「現国王である父上の弟です。僕が知ってるのは病気で、ずっと城の北にある塔にいるってことだけです。会ったことはありません。」
ライハルトはなぜかちゃんと敬語で話していた。
「そうですか、あいつも深手を負ったのですね。しかし許せません。私のペグちゃんを!!よくも!!」
守人は今にも殺しに行きそうな勢いだった。
「そのペグちゃんの話を聞かせてもらえませんか?この世界のものではないような気がして。」
「ペグちゃんは…私の前に急に現れた素敵な人からの贈り物です。彼はその後、風のように消えてしまいました。レン…彼の名はカザミレン。」
僕の予想は当たっていた。
この世界にあの世界の物を持ち込めるとしたら、それは彼しか考えられなかったからだ。
「カナさん、丸くて、そこそこの大きさのペンギンのぬいぐるみ、売ってませんかね?」
『ちょっと待ってね。』
カナさんは通販サイトでそれらしいモノを探してくれた。
ヒントは残った青い腕だけ。
『これかしら?』
守人はスマホの画面に釘付けになった。
「ペグちゃん!!!なぜこのような板のなかに!!!早くそこから出せ!!!」
カナさんは怯えてそのまま購入ボタンを押した。
そしてすぐに目の前にそれは出てきた。
守人はすぐにそれに抱きついた。
「これは…本物のペグちゃんではないな。」
悲しそうにそう言った。
「本物は頭の毛が抜けていた。レンが間違って抜いてしまったのだよ。」
その場が静まり返った。
何か下手なことを言ったら殺されるかもしれない。
守人は声も出さずに泣いていた。
「レンも、ペグちゃんも、もうこの世にはいないのですね。」
僕たちは何も言ってあげられなかった。
────
泣き止むまで数分沈黙が続いた。
守人は涙を拭いて顔を上げた。
「ケイタよ、他に欲しいものはないのか?」
「え?!欲しいもの…えっと、家、なんですが。あの、小さくて構いませんが4人で住める家が、この土地にあったらいいなぁー、なんて。でも無理ですよね?」
「そんなものでいいのか?了解した。この地で1番美しいところに建ててやろう。」
守人は僕たちのまわりを飛んだ。
すると次の瞬間、僕たちはあの大きな穴のすぐ横にいた。
「わぁ!瞬間移動!」
ライハルトは目を輝かせた。
「これは、こんなにひどい状態だとは…」
守人は荒れ地の様子を見て絶句していた。
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